ホラー世界の狂言回しになったので、怪異どもをボコして回ることにした 作:暁刀魚
その日、地獄ヶ原死神子ことフレリリの部屋を訪れると、俺はインターホンをならす。
そこは雪吊ソエンの、そこそこ高級そうではあるんだけど庶民の範疇みたいな部屋とは違い、ガチの高級マンションだ。
インターホン越しに少女――と呼ばないと本人が静かにキレるけど、実際は今年で二十五になる――が顔を見せる。
身長は確か155、ふんわりとした金髪の少女だ。
ファンからはおせいそだの何だの言われているが、実際に見るとその果てしないお金持ちオーラに目がやかれそうになる。
「お待ちしておりました、猿回し様」
中に俺を入れると、優雅にカーテシーをしてから招き入れる。
部屋の中も清掃が行き届いており、何よりなんかやたらとふわふわしていた。
カーペットにしろカーテンにしろ、ここまでふわふわしてると何とも歩行感覚が不思議な感じになるな。
まず履いているスリッパが凄まじい履き心地をしているのだ。
「本日はお越しいただき、まことにありがとうございます」
「いや、時間ならいくらでもあるしな。呼ばれたら行くさ」
基本、俺のやることなんて雪吊ソエンの動画を編集するか、ジムでトレーニングするか、無限にランニングするかのどれかだ。
時間には常に余裕がある。
ある意味で、理想の生活を送っているわけだから、他人の都合には少しくらい左右されても文句は言うまい。
雪吊ソエンは除く。
「うふふ、これ、先日フランスまで旅行に行ってきた際のお土産です」
「おお、それはありがとう……というかフランスに行ってたのか」
「はい。教養を深めるために、付き人の
美味しそうなフランスのお菓子を頂きつつ、行ってきたというフランス旅行について話を聞く。
雪吊ソエンが聞いたら「舎弟のくせに生意気」とか言いそうな話だ。
なんて思っていると、なにやら眼の前の席に座っていたフレリリは立ち上がり、俺の隣の席へと移動する。
そして俺の頬に手を伸ばすと――
「失礼いたします、ついておりましたので」
「ああいや、ありがとう」
――それを、自分の口に入れた。
それからどこか照れたように頬に手を当てると、目を細めながら微笑み――
「――ソエンには内緒ですよ?」
と、耳元で囁いてくる。
なんというか、相変わらずというか――
「……何が狙いだ?」
「もう、猿回し様は、警戒心がお強いのですね」
「いやだって……怪しいだろ……真意が読めんし……」
他の人間ならともかく、フレリリの真意だけは絶対に読めない。
どこか清楚に笑うその仮面の下は、俺にすら理解することは不可能なのだ。
「あら、そうですか? 私は猿回し様をお慕いしておりますし、とても好ましく思っております。殿方は苦手としておりますが、貴方ならこうして触れても、愛おしいと思ってしまうほどに」
「……それ以外の理由は?」
「
言いながら、そっと俺の頬に手を当てるフレリリ。
その表情は誰もが見惚れてしまうほど楚々としていながら、どこか危うい。
「ソエンのものは、私のものにしてしまいたいのです。他の女性に貴方が視線を向けるなら、私に振り向かせたいと思うのです。貴方は私のものであってほしいのです。私は、だって、貴方は、私は――」
そして、きっと俺にも読み取れないフレリリのその感情は――
「貴方が私を、毎夜続く死亡の遊戯から、
――きっと、フレリリ自身にもわからないだろう。
加えてその名前から怪異に目をつけられやすく、幼い頃からデスゲームに参加し続けてきた。
ときには参加者に殺され、時には参加者を殺し。
そんな記憶を忘れること無く引き継ぎ続ける死神子の精神が、まともでいられるはずもない。
本来、地獄ヶ原家の子女が与えられる特異な名前は怪異を遠ざけるためのものだった。
古い時代なら、名家の子女にそんな名前を与えれば周囲の住人から畏れられ怪異の悪意も遠ざけられる。
しかし今の時代、そういった名前は奇異の目で見られるもの。
結果として、今の時代にこの名前はそぐわないのだ。
「別に、今は実家を憎んだりはしておりませんよ? たっぷりと仕送りをしてくれていますし、紫子さんだって私のことを大変よく見てくださっています」
紫子は、昔からフレリリの面倒を見ている使用人だ。
フレリリを大変慕っており、昔は俺やソエンに対して敵意を向けていたが、今は普通に優しく接してくれている。
「貴方がデスゲーム怪異を退治してくれることも。だって、その御蔭でようやく私は人としてごくごく自然の生活を送れるのですから。ただ、思うのです」
そっと、俺の頬から手を離し、フレリリはそれを自身の頬に当てる。
そして、妖艶とすら言える笑みを浮かべた。
「――あの時、誰かに殺され、誰かを殺していた私は確かに、生きていたのではないのかと」
それは、きっと。
「もう、何が正しいのか私ですらわかりません。だから憧れるのです。理不尽を前に、好き勝手暴れる猿回し様や、自分の好きなことだけをして生きていくソエンに」
もはや、地獄ヶ原死神子に、フレンド・もふもふ・リリシュテインに正解なんてものはないのだろう。
だからこそ――
「俺から言えることは一つだけ。君は君だろう。地獄ヶ原死神子だろうと、フレリリだろうと」
「……だから私の名前を、フレリリで登録してくださらないのですか?」
「それもあるが、身バレ防止もある。ただでさえ君は今、多くのファンを抱える配信者だ。下手なところからそれが漏れても、君にとってよくないだろう」
「……本当にもう、いけない人ですね」
くすりと笑うとフレリリは立ち上がり、元の席に戻る。
それからすっと表情をもとに戻し――
「――賢者の手が、再び活動を開始しました」
俺に、次なる怪異の情報を伝える。
地獄ヶ原家は、今でこそ除霊師ではないが、かつては怪異との関わりが深かった家だ。
当時の情報網は現在も維持しており、葛木クスハとはまた違った形で俺を助けてくれている。
あっちは、家としては没落しているが葛木クスハ自身は現役の除霊師であり、除霊師としての知見があるのだ。
「賢者の手か……また厄介な怪異だな」
「猿回し様にとっては、因縁浅からぬ相手ではあります。どうかお気をつけを」
賢者の手。
こいつは俺がかつて退治した怪異である。
しかし、定期的に復活してくるのだ。
厄介なことに。
そしてその度に、あの手この手で俺をどうにかしようとしてくる。
猿回しという怪異を殺す怪異。
とでも、呼べばいいだろうか。
「今回の場合……厄介なのは牧駒ミウが巻き込まれることだな」
「ふふっ」
「別に冗談を言ったわけではないのだが……」
「ああ、ハリセンは……ハリセンは勘弁してくださいまし!」
いかん、フレリリのトラウマを刺激して話が脱線してしまう。
というか今はシリアスモードなんだよ、頑張れフレリリ。
「その牧駒様というのは……以前からお話にあった、怪異事件に巻き込まれた方ですか?」
「ああ、その後も何かと怪異事件に連れ回したりもしたんだが――」
俺は、これまでを振り返りつつこぼす。
「あの子は、とんでもない
霊媒体質。
怪異を惹き寄せやすい体質だ。
ただ、それと同時に自身のイメージを怪異化させやすい人種でもある。
葛木クスハや、フレリリもこの体質ではあるが、牧駒ミウはその中でも特に図抜けた能力をもっていた。
あんだけ食べてて太らないのは、超常現象の一種なのだ。
他にも、ここ最近俺と牧駒ミウは定期的にランニングで体力づくりをしているが、今のミウは俺と一緒に走ってもぜんぜん疲れずに数時間走り続けることが可能。
どうして今まで、あの子が怪異に関わらず生きてこられたのか、さっぱりわからないくらい牧駒ミウは怪異を引き寄せる。
三奈頃島で、親玉のエンカンがやめろと言っても手下の怪異が俺達に惹き寄せられたのは、俺ではなく牧駒ミウがいたからだ。
「……賢者の手が、彼女に目をつけない理由がございませんね」
「そういうことだ。……さて、どうしたもんかな」
そうして、俺は意識を賢者の手へと向ける。
対するフレリリは真面目な話が終わったのか、そそっと席を離れて俺に近づくべくこそこそにじり寄り始めるのだった――
いやしい、あるいはお労しい。
というわけでここまでがデスゲーム編。
次回から賢者の手編で一応一区切り。
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