ホラー世界の狂言回しになったので、怪異どもをボコして回ることにした 作:暁刀魚
「いやぁ、なんといいますか」
「何かな?」
「久しぶりに出勤しているサルマさんに会いました」
出勤て。
まぁ、言わんとしている事はわかる。
現在俺は、久方ぶりに牧駒ミウが怪異に狙われたため、その警告を与えるため牧駒ミウの前に現れていた。
お陰でどこか口調が胡散臭い。
「それでですね」
「君の思うがままに語るといい」
「サルマさんが久しぶりに胡散臭い……! 本当に顔と声は胡散臭いですね……肉体は引き締まってますけど……」
裏切ってきそうな胡散臭い男の肉体がだらしなかったら嫌だろ……
そんなやり取りをしてから、沈黙が流れる。
どことなくその沈黙は気まずくて、何とも言えない空気が広がっていた。
いや、何とも言えないというか、これは――
「それで、ですね」
「何かな?」
「ええと、その…………」
もじもじと、どこか気恥ずかしそうに牧駒ミウは視線をそらす。
そうしてしばらく百面相をしてから、意を決したように――
「サウナに入ってるときに出てこないでくださいますか?」
「大変申し訳ない」
――言った。
そう、サウナ。
サウナである。
俺達は今、サウナにいた。
俺も牧駒ミウも、羽織っているものはタオルのみ。
何とも言えない空気というか、これは単純にサウナの熱気というやつですね――
いやまぁ、男女がサウナでタオル一枚とか、変な空気になるなって方が難しいけれど。
「まったく、どうしてこんなことになってしまったんでしょう」
「言の葉は場所を選べないからね」
「選べないにも程があります! 私以外に人がいなくてよかったですね!」
そこは仮に他の人がいても、俺がなんとか誤魔化すんだけど。
ただまぁ、根本的な問題として、俺達がこうしてサウナでタオル一枚になってしまったのには色々理由がある。
そもそもの問題、普通に考えてサウナに入っている牧駒ミウはともかく、俺がタオル一枚なのはおかしいだろう。
原因は単純――
「まさか二人でサウナに入りにやってきたら、こんなことになってしまうなんて――」
「同感だね」
――俺もサウナに入っていたからだ。
俺達は最近日課になっているジョギングのあと、今日はサウナで更に汗を流そうかって話になったのだ。
男女別のサウナなので、本来であれば俺達はこうして出会うことなんてなかった。
それを怪異が引き合わせてしまったわけである。
いやぁ、怪異って怖いね。
「ええと、それで、あの……あまり見ないでいただけると助かるのですが……」
「心配はいらないよ、この身は怪異。人としての在り方は意識しない限り存在しない。君に不安を抱かせることもないんだ」
「……エッチな目で見ないから安心してくれってことですか? ……それはそれで、なんか残念なような……」
まぁ、牧駒ミウにとっては知らないけれど、俺にとってはありがたいことに、今の俺は怪異モード。
口調にしてもそうだが、人間らしい感覚は普段よりも薄れている。
今目の前にいるタオル一枚で小柄で胸のデカイ女性を前にしても、特に思うことはない。
「じゃ、じゃあ逆に……サルマさんの方がムキってやるのはどうですか……? ちょっとこう、立ち上がって腕をいい感じにしてですね、パワーって言ってみてもらえます?」
「――――力」
「そ、そう訳されるんですか――――」
はい。
それはそれとして、何やら鼻息が荒いですよ牧駒ミウさん。
ちょっと怖いですよ牧駒ミウさん。
サウナで男女を二人きりにしたらまずいとはいいますけど、危なくなっているのは貴方の方ですよ牧駒ミウさん。
ちょっと聞いていますか? 聞いてください? 聞け?
やめろ、近寄るなー! 俺はまだ猿回しでいたいー!
「はっ」
「……危うく君が、理性を溶かして怪異になるところだったね」
「ごめんなさい……」
ふんすふんすと、俺の筋肉に這い寄ろうとしていた女が、そっと距離を取った。
あっぶねぇ……
「そ、それでその……今回の怪異はどのような怪異なのでしょう」
「此度の怪異は、この熱された
「ま、まさか……サウナに閉じ込められてしまうんですか……!?」
「――熱を持った岩石が、君を襲うだろう」
「滅茶苦茶物理的な手段!?」
そうして警告を終えた俺は、スゥ――とその場から消えていく。
ここからは、牧駒ミウに任せるほかない。
今回襲ってくる怪異は、あの賢者の手が差し向けた怪異。
もう一度牧駒ミウの前に姿を表す機会はあるが、果たしてそのタイミングで上手く彼女を守れるか――
「あ、ま、待ってください!」
「気をつけるといい、牧駒ミウ。君は――」
「――最後にもう一回だけ、腹筋触らせてください!!」
まぁ、なんとかなるか――――
スゥ――――
◇
賢者の手。
それは一言で言ってしまえば、人々が無意識のうちに抱く願いを、歪めて叶える怪異だ。
無意識の願い、幸福になりたいだとか、健康でいたい、だとか。
そういう、誰もが持っているありふれた願いを、悪辣な方向で叶えるのが賢者の手。
猿の手とは異なり、特定の誰かの元へたどり着くタイプではなく、この世界全てに影響を与えるような強大な怪異だ。
まぁ、手の形はゴリラの手なんだけど。
じゃあどうして、この賢者の手が俺――というか猿回しを狙うのか。
結論から言おう。
同業他社だからです。
はい。
まぁ、なんというかアレだ。
怪異っていうのはそもそも、特定の個人や場所に対する強い執着と悪意によって発生する場合が多い。
一見無差別に人を襲う怪異であっても、それは封印を破ったり入ってはいけない場所に入ったりといった、特定の”条件”が理由であることがほとんど。
あるいは、エピソード。
口裂け女とか、トイレの花子さんとか、怪談として有名になった怪異はエピソードに存在が紐付けられる。
いろいろな場所に無差別に現れるとしても、常に口裂け女なら口裂け女として出現するわけだ。
口裂け女が、いきなり腹割れ女になったりはしないのである。
対して俺と賢者の手は、特定の理由があって怪異になったわけではない。
そして怪異としてのエピソードが有名だったりもしないのだ。
どこにでも現れ、人知れず活動する怪異として、賢者の手は猿回しを排除したい。
故にこそ、賢者の手は俺を狙うのだ。
コレまでに何度か倒してきたものの、奴はある理由から何度でも復活してくる。
そして今回、やつはどのように俺を追い詰めるのか。
それについて、俺は一つの仮説を立てていた。
「――それで、結局俺はもう一度呼ばれること無く、君は無事にでてきたわけだが」
「はい。あ、牛乳おいしいです」
「……どうやって怪異を退治したんだ?」
サウナは風呂の中にあるタイプだ。
当然、風呂上がりには牛乳である。
やっぱりフルーツ牛乳が正義だよな。
え、コーヒー牛乳……? 残念だよ牧駒ミウ、君とここでこうしてやり合うことになるとは ――
という与太話はさておいて。
牧駒ミウは牛乳を飲み干すと、端的に言った。
「食べました」
いやあまりにも端的すぎるだろう。
「石って、案外普通に食べれるんですね。思い返してみると、子供の頃に砂とか食べた覚えがあります」
「いやそれはおかしい」
「熱さもそこまで気になりませんでしたし、案外なんとかなるものですね!」
「……君をそこまで育ててしまった俺が言うのもなんだが、成長しすぎだな」
やろうと思えば人間はなんだってできる。
確かに俺はそういった。
しかしまぁ、何とも牧駒ミウの成長は凄まじいものだ。
このまま行けば――
そう、おそらく賢者の手の狙いは――
牧駒ミウに、俺を
「まったくもう、心配しすぎですよ。私がサルマさんを食べるわけないじゃないですかぁ」
「とはいえ、いくらなんでもここまでとんでもない霊媒体質だとは、さすがの俺も思わなかったからな」
二回連続で怪異に襲われれば、危険を案じた俺が牧駒ミウを育てるのは、賢者の手にとって容易に想像のつくことだったのだろう。
それを利用し、最後に牧駒ミウが俺を食べれるくらいにまで成長させる。
実際にはあまりに無茶な方法だ。
理論上は可能でも、実際にそれを実行できるかは別の話。
ただ、これが失敗しても賢者の手は困らないし、向こうには山程時間がある。
やってみる価値はある、ということか。
何にしても――こちらとしても、対処はできるようにしたほうがいい。
「というわけで、ジョギングしてるときにも言ったが――お祓いを受けに行こう」
なので俺は、知り合いのツテを頼って、牧駒ミウの霊媒体質にお祓いを試みることに決めた。
知り合いというか、まぁ。
祓うの葛木クスハなんだけど。
……心配だなぁ。
ガツガツ。
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