暁の水平線に勝利を刻むアカデミア   作:スーパースタリオン

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入試はダイジェストでいきます


入学試験

 

 

 

「お前が提出してくれた進路志望調査書……確認したが、雄英のヒーロー科を第一志望することで間違いはないか?」

「はい、先生」

 

 何の変哲もない、ありふれた中学校の一室。

 進路指導室において、男は手元の書類を眺めながら難しい顔で唸った。机を挟んだ向かい側に座るのは、焦げ茶色のポニーテールを揺らす一人の女子生徒──舵原 渚(かじはら なぎさ)である。

 

 自身が担任として受け持つクラスの生徒たちの進路相談が、今年も始まった。生徒たちの進路を大まかに分けるならば、ヒーロー科とそうでないもの。現代社会においては前者の方が圧倒的に多く、後者の方が少数派だ。ヒーロー飽和社会と呼ばれて久しい今なお、子供たちの憧れは色褪せていない。

 

 そんな中で、渚の名は学年教師たちの間でも少なからず話題になっていた。彼女が進路志望調査書へ記入した第一志望校が、あの天下の雄英高校、そのヒーロー科だったからである。

 

 倍率三百倍、偏差値七十九という常軌を逸した数字は、雄英が紛れもなく日本最高峰の教育機関であることを示していた。

 

 しかし、横須賀市内にあるこの公立中学校から、過去に雄英高校ヒーロー科へ進学した者は一人もいない。サポート科や経営科、普通科への進学実績なら存在する。だがヒーロー科だけは別格だった。毎年のように受験者は現れるものの、その大半は記念受験で終わる。教師たちもそれを理解しているからこそ、普段ならば話題にすらならない。

 それでも今年だけは違った。

 

「舵原の成績なら、学科試験はまぁ問題ないだろうなぁ」

 

 彼がそう口にするのも無理はない。

 学年首位の成績に加え、一年次から生徒会執行部へ所属し、現在は生徒会長を務めている。教師からの評価は高く、生徒たちからの信頼も厚い。そして何より、彼女の個性はヒーロー科受験において十分な武器になり得るものだった。

 

 学力、人格、実績、個性。

 そのどれを取っても優秀だったからこそ、教師たちは期待していたのである。学校始まって以来初となる雄英ヒーロー科合格者の誕生を。

 

「ネックなのは実技の方だな」

「そうですね」

 

 渚も素直に頷く。

 雄英ヒーロー科最大の難関は実技試験だ。

 筆記で高得点を取れる者は全国に数多く存在する。しかし、その先で脱落する者もまた数知れないのである。

 

「去年までの情報を見る限り、実戦形式になる可能性が高いと思っています」

「卒業生から聞いた話じゃ、ロボット相手にポイントを競う形式らしいな」

「その可能性は高そうですね」

「個性全開で暴れていいんなら、お前は結構相性が良さそうだが……」

「さて、どうでしょう。勝負は時の運、ともいいます。油断も慢心もしません」

「相変わらず硬いな、お前は」

 

 彼は楽しそうに笑った。渚は昔からそういう生徒だった。小学校時代から渚のことを知っている。

 

 自信はある、しかし過信はしない。努力を積み重ねることを怠らず、自分を実力以上に大きく見せようともしない。その堅実さが周囲からの信頼へ繋がっていることを、彼はよく知っている。

 

「……そんなに硬く見えますか?」

「そうだよ。普通なら『頑張ります!』とか言うところだぞ」

「頑張るのは当然じゃないですか」

「まあいい。じゃあ、雄英のヒーロー科を受験するって方向で構わないな?」

「はい」

 

 迷いのない強い返事に、担任も真剣な顔で頷いた。

 

「分かった。ただし第二志望もちゃんと決めておけよ。お前なら他のヒーロー科だって十分狙える。最悪の場合、実家を頼る道もあるだろうしな」

「ありがとうございます」

 

 そう答えて頭を下げる渚に、彼は満足げに"こう見えて人生経験は豊富なんだ"と自慢げに笑う。その姿に渚の口元も思わず緩んだ。

 

 進路相談はそこで終わった。

 ゆっくりと扉を閉めた渚と入れ替わるように、廊下で待っていたクラスメイトが進路指導室へ入っていく。

 

 校内は授業中ということもあり静かだった。

 別棟にある教室へ戻るまでの廊下は長く、窓の向こうに見えるグラウンドでは下級生たちが体育の授業を受けている。元気よく走り回る姿をじっと眺めながら、渚は小さく息を吐いた。

 

「大丈夫」

 

 誰へ向けた言葉でもない。

 ただ、自分自身へ言い聞かせるような呟きだった。

 

 雄英高校ヒーロー科。

 その名が意味するものを渚は理解している。

 日本中から集まる才能たちと競い合い、その中で特に優秀な結果を残さなければならない。あまりにも高い壁だ。しかし、その壁を越えた先にこそ、自分が立ちたい場所がある。

 

 ヒーローになるだけなら他にも道はあった。

 担任が言っていたように、県内にも優秀なヒーロー科を擁する高校は存在するし、渚の成績や能力であれば、むしろそちらの方が現実的だったかもしれない。

 

 だが、それでは駄目だったのだ。

 渚がなりたいのは、ただヒーロー免許を持つだけの存在ではない。この人なら大丈夫だ。あの人が来てくれた。そんな期待と信頼を一身に受け、それに応え続けるヒーローだった。

 

 

──幼い日の記憶に焼き付いた、あの男のように。

 

 

 平和の象徴、オールマイト。

 物心がついた時から憧れ続けてきたその背中こそが、今もなお渚の目標だった。

 

 だからこそ雄英でなければならないのだ。

 オールマイト、エンデヴァー、ベストジーニスト、エッジショット……現在も第一線で活躍する数々のトップヒーローたちが雄英高校ヒーロー科を卒業している。

 

 彼らと同じ道を歩みたい訳ではなく、彼らの模倣をしたい訳でもない。それでも、誰もが認める偉大なヒーローたちがあえて選び、そして乗り越えてきた場所が雄英高校にあることに、大きな意味があると感じている。

 

 まさしく登竜門だ、偉大なヒーローになるための試金石。

 自らが抱く理想が本物かどうかを問われる場所──だからこそ、舵原渚はそこを目指すのである。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「(本当に多かったわね……)」

 

 

 時は流れ、雄英高校入学試験当日。

 渚はリュックを背負いながら、雄英高校の広大な敷地へと足を踏み入れていた。周囲には同じ目的を持つ中学生たちが数多く集まり、それぞれが緊張や期待を胸に抱きながら、受験生案内の表示に従って校舎へ向かった。

 

 倍率三百倍という異常な数字は、どうやら誇張でも何でもなかったらしい。

 

 校門から校舎へ続く道には絶えず受験生の列が続き、その光景は朝のラッシュアワーを思わせるほどだった。これほど多くの人間が、同じ夢を目指してここへ集まっている。その事実だけでも、雄英という学校がどれほど特別な存在なのかを改めて実感させられる。

 

 最初に行われたのは筆記試験だった。

 流石は日本最高峰のヒーロー養成機関と言うべきか、その難易度は決して低くない。過去問の傾向からある程度の予測は立てていたし、渚自身も受験勉強には相当な時間を費やしてきた。それでもなお、一切の不安なく解答できたとは言い難い。

 

 特に英語だ。昔から苦手意識のある教科であり、手応えという意味では決して良かったとは言えない。解答用紙を提出した後になって、「あそこは別の答えだったのではないか」と思い返した問題もいくつかあった。

 

 もっとも、全体で見れば大きく崩した感覚もない。

 昼休憩の間に軽く自己採点を行った限りでは、おそらく問題はないだろうというのが渚の結論だった。もちろん結果が出るまでは断言できないが、少なくとも、筆記試験で致命的な失敗をしたという感覚はなかった。

 

 

──そして約一時間の昼休憩を挟み、いよいよ受験生たちが本命と考える実技試験の時間がやって来る。

 

 

 ヒーロー科の実技試験。その事前説明を行うため、受験生たちは校内に設けられた巨大なホールへと案内されていた。

 既に大半の席は埋まっている。何百人という受験生たちが着席する光景は壮観であり、会場全体を包む独特の緊張感は、筆記試験とはまた違った空気を生み出していた。

 

 渚もまた指定された座席を探しながら階段状の客席を進む。

 周囲を見渡せば、自信に満ちた表情を浮かべる者もいれば、緊張から落ち着きなく足を揺らしている者もいる。友人同士で励まし合う姿もあれば、ひとり静かに精神統一を行う者の姿もあった。

 それら全てが、これから始まる試験の苛烈さを物語っているようだった。

 

「(ここからが本番……)」

 

 筆記試験は重要だが、ヒーロー科受験生にとって最大の関門は間違いなくこの先にある。

 個性もそうだし、判断力や実戦能力もそうだ。すなわち、ヒーローとしての資質──雄英高校が求めるものを示せなければ、どれほど学力が優秀であっても意味はない。

 

 だからこそ渚は静かに息を吐き、胸の奥で鼓動が強く鳴るのを感じた。緊張していないと言えば嘘になるが、不思議と恐怖や不安はなかった。

 

 憧れ続け、目指してきた舞台。

 ようやく、その入り口まで辿り着いた。全身全霊で完遂し、スタートラインに並ぶのだ──そう改めて気合を入れていると、不意に、会場前方のステージへひとりの男が姿を現した。

 

 

「今日は俺のライブにようこそー! エヴィバディセイヘイ!!」

 

 

 突如として響き渡った大音声に、会場中の受験生たちが面食らったように目を瞬かせる。だが、当の本人はそんな反応など意に介した様子もない。

 

 金髪にサングラス、全身から陽気さを振り撒くその男は、雄英高校の教師であり、現役のプロヒーローでもあるボイスヒーロー“プレゼント・マイク”だった。

 

 ラジオ番組『Present MICのぷちゃへんざレディオ』のパーソナリティとしても有名であり、その知名度は決して低くない。渚も当然その存在は知っていたが、本物だという感動より先に、あまりの声量に思わず顔を顰めていた。

 

 しかし会場からの反応は薄い。数百人規模の受験生を前にしているにもかかわらず、返ってきたのは沈黙だけだった。それでもプレゼント・マイクは慣れたものなのだろう。

 

「こいつはシヴィー!」

 

 そう笑い飛ばすと、まるで何事もなかったかのように説明を続ける。

 

「実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ! 要項通り、受験生のリスナーにはこのあと! 十分間の模擬市街地演習を行ってもらう!! 持ち込み自由! プレゼン後は各自、指定の演習会場へ向かってくれよな!! オーケイ!?」

 

 渚は説明を聞きながら、手元のプリントへ視線を落とした。

 

 演習場には複数の仮想敵が配置されており、それぞれに撃破ポイントが設定されている。受験生は制限時間内に仮想敵を行動不能へ追い込み、その合計ポイントによって評価される──大まかに言えばそういう内容だった。

 

 だが、その中にひとつだけ気になる点があった。

 

「(三種……?)」

 

 プリントには四種類の仮想敵が記載されている。

 しかしプレゼント・マイクは三種類と言った。

 聞き間違いではない。

 同じ疑問を抱いた受験生が他にもいたのだろう。

 

「──質問よろしいでしょうか! 配布されたプリントには四種の敵が記載されております!! 誤載であれば最高峰たる雄英において恥ずべき痴態ではないでしょうか!? 我々は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!」

 

 勢いよく立ち上がった受験生の大声が会場へ響く。

 質問というより糾弾に近い勢いだったが、プレゼント・マイクは気分を害した様子もなく笑みを浮かべた。

 

「オーケー、受験番号7111くん! ナイスなお便りサンキューな! そいつは誤載じゃあなくて、いわばお邪魔虫の敵だ! 各会場に一体、所狭しと大暴れしている0Pのギミックよ!」

 

 なるほど、と渚は納得する。

 避けて通るべきステージギミックということか、と誰かの呟きに内心で同意する。

 

 改めてプリントへ目を向けた。

 

 1P敵──最も小型で数が多いロボット。小回りが利くと補足されている。

 2P敵──中型機。サイズと耐久性が向上している。

 3P敵──さらに大型で、極めて高い耐久性能を有する。

 

 そして最後が0P敵──試験妨害用の超大型ギミックであり、撃破による得点は存在しない。

 プレゼント・マイクの説明通りならば、受験生たちの行動を妨害するため演習場を動き回る存在なのだろう。

 

 ならば試験攻略の基本方針は明快だった。

 無駄な戦闘は避け、ポイント対象を効率よく撃破する。

 0P敵に遭遇した場合は状況次第で離脱。少なくとも現段階では、その判断が最適解に思えた。

 

「英雄ナポレオン・ボナパルトはかく語りき! ──真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者と!! 更に向こうへ!! すなわち、Plus Ultraだ!!」

 

 会場へ響き渡るプレゼント・マイクの声に、渚は思わず口元を緩めた。

 

 十八世紀末、欧州大陸へ覇を唱えた偉大なる“小さな伍長(ル・プティ・カポラル)”の言葉を引用するとは、なかなか粋な演出である。受験生たちを鼓舞するための台本なのだろうか、あるいはアドリブか。

 

 それでも不思議と胸の奥が熱くなる。鼓動が自然と速くなるのを感じながら、渚は静かに拳を握った。

 

「それでは皆、よい受難を!」

 

 

 

 

 

■■■

 

 

「───」

 

 手を合わせ、精神統一を図る。

 説明会場の外へ出て、指示された通路を進んだ先に広がっていたのは、一つの街としか形容しようのない巨大な演習区画だった。同規模の会場が、渚の目に入るだけでも四つ以上存在している。広大な敷地を惜しみなく活用したその光景に、日本最高峰のヒーロー育成機関という雄英の肩書きは決して伊達ではないのだと改めて実感させられた。

 

 二月の冷たい空気を遮るため、制服から軽量のウインドブレーカーと伸縮性に優れたストレッチパンツへと着替えた渚は、同じ会場に割り振られた受験生たちの中に立っていた。

 

 緊張はあるが、不思議と身体は軽かった。

 ここまで積み重ねてきた努力がある。雄英を目指すと決めてから今日まで、自分に出来ることは全てやってきたという自負もある。だからこそ、不安よりも高揚感の方が勝っていた。

 

 いよいよ始まる。

 渚の胸の内に湧き上がる戦意は静かに熱を帯びていた。

 

「っと、ごめん! 邪魔しちゃったよね」

 

 不意に肩へ軽い衝撃が走った。

 振り返ると、慌てた様子で申し訳なさそうに立つ少女がこちらを見ていた。耳元からイヤホンのような器官が伸びているが、おそらく個性だろう。

 

 妨害目的の故意の接触ではないことは、その表情を見ればすぐに分かった。

 

「いえ、大丈夫ですよ。ここも人が多いですからね」

 

 軽くよろめいた身体を立て直しながら答える。

 

「自信ありそうだね?」

 

 少女は少し感心したように言った。

 

「ふふ、こう見えて緊張しているんです。そちらは?」

「いやぁ、うちも結構……」

 

 そう言って頭を掻く姿を見る限り、とてもそうは見えなかったが、わざわざ指摘するのも野暮というものだろう。

 緊張の形は人それぞれである。

 渚は一歩近付き、自然な動作で右手を差し出した。

 

「自己紹介は、合格した後に」

「え?」

「同じ受験生としてライバルではありますが、目指している場所は同じですから。共に頑張りましょう」

 

 一瞬だけ目を丸くした少女だったが、すぐにその表情を綻ばせた。

 

「……うん、そうだね」

 

 彼女は、差し出された手を握り返す。

 

「ありがとう。少し落ち着いたよ」

「それなら良かったです」

「そっちも頑張ってね」

「はい」

 

 名も知らぬ少女と別れ、渚は先んじて演習区画へと続く入口の前に立った。

 

 周囲を見れば、同じ会場へ振り分けられた受験生たちが思い思いの時間を過ごしている。持ち込んだ物の確認をする者、黙って目を閉じて集中を高める者、緊張を誤魔化すように身体を動かす者。

 その誰もが間もなく始まる実技試験へ意識を向けていた。

 

 渚もまた静かに呼吸を整える。

 心臓は早鐘を打っていたが、不思議と恐怖はなかった。ここまで来るために積み重ねてきた時間がある。やるべきことはやった。ならば後は全力を尽くすだけだった。

 

「はい、スタート!」

 

 その声が耳に届いた瞬間、渚は地面を蹴った。他の受験生の反応など見ていない。仮にフライングだったとしても恥をかくのは自分だけだ。しかし直後に響いたプレゼント・マイクの大声が、その判断が正しかったことを証明する。

 

「どうしたぁ!? 実戦じゃあカウントなんてないんだよ! さあ走れ走れリスナーズ!! 賽は投げられてんぞ!!?」

 

 演習区画へ飛び込んだ直後、一体の1P敵が進路を塞ぐように現れた。だが、それは障害にすらならなかった。轟音と共に炎が弾け、小型ロボットは火花を散らしながら砕け散る。

 

「っ、やべぇ!? もう始まった!」

「あの子、足速っ……!? 先を越される!!」

 

 背後から驚愕の声が上がるが、渚の意識は既に試験へ切り替わっていた。

 

 道路、建物、交差点、路地。

 目に映る情報を片端から拾い上げながら周囲を観察し、敵影の有無と移動経路を瞬時に判断する。まずは先行する。誰よりも早く敵を発見し、誰よりも早くポイントを積み上げる。そのために今の彼女に立ち止まる理由はなかった。

 

 

──個性“艤装”。

 

 それが、渚に備わった個性である。

 体内に蓄積した脂質を分子レベルで変換し、火砲や砲塔、装甲といった軍艦の兵装を実体化する能力。もっとも、生成できるものは兵装とその付随構造物に限られており、日用品や工具の類を生み出すことはできない。応用性・汎用性という点では決して高い個性ではなかったが、その代わり戦闘という一点においては極めて扱いやすかった。

 

 必要な兵装を思い描く、ただそれだけでいい。

 個性が発現し、そしてヒーローを本格的に目指すようになってから、幾度となく繰り返してきた工程だ。意識を向けた瞬間、体内に蓄えられた脂質が消費され、金属質の構造物へと変換されていく。右腕の側面から展開された砲架が瞬く間に組み上がり、その先に砲塔が固定される。重厚な砲身が姿を現すまで、一秒とかからない。

 

 慣れ親しんだ重量が、渚の腕へ伝わる。

 展開完了──。

 

 渚は速度を緩めることなく前方へ視線を向けた。市街地を模した交差点の先。建物の陰から姿を現した一体の2P敵が、無機質な駆動音を響かせながらこちらへ向かってくる。

 

 そして、その更に奥にも数体。

 獲物には困らなかった。

 

「てーっ!」

 

 乾いた砲声が響く。

 放たれた弾は真っ直ぐに飛翔し、先頭を走る2P敵の胴体へと命中した。金属同士が激突する重い衝撃音。機体が大きく仰け反り、火花と煙を散らしながら後退する。

 

 軍艦の艤装を、人間サイズで運用する。

 個性“艤装”の本質とは、まさにその一点に尽きた。

 

 幸いにも、勉強材料には困らなかった。

 幼い頃から渚は、自らの力について調べ続けてきた。

 超常黎明期以前の歴史書やネットアーカイブを読み漁り、日本に海軍が存在した時代の軍艦について学び、残された写真や図面を集めては、自分のこの個性で再現可能な形を模索してきたのである。

 

 体内に蓄積された脂質を分解し、兵装へと変換する。言葉にしてしまえば単純だが、その実態は決して容易なものではない。砲身を展開するだけでも相応の消耗を伴う上、重量や反動は最終的に渚自身が受け止めなければならないのだ。

 

 しかし今、彼女の右腕に展開されているのは、その中でも最も扱い慣れた兵装だった。

 

 12.7cm連装砲。

 もちろん、本来の軍艦に搭載されていたものと同等の規模や威力ではない。しかし構造や機構は可能な限り忠実に再現されており、単なる銃火器とは比較にならない火力を発揮する。元来、12.7cm砲は駆逐艦の主砲として運用されていた平射砲であり、対艦・対地戦闘に優れた兵装だった。

 

 本来であれば榴弾を使用する場面なのだろう。

 だが、ここは試験会場である。数多の受験生が入り乱れる環境で炸裂を伴うような砲撃を繰り返せば、仮想敵だけでなく周囲を巻き込む危険がある。ゆえに渚は、炸薬を用いない演習弾を選択していた。

 

 着弾時に爆発を伴わないとはいえ、その威力が失われる訳ではない。砲弾そのものが持つ質量と速度。その純粋な運動エネルギーだけでも十分な破壊力を有している。少なくとも2P敵程度であれば、正面から制圧するには不足しなかった。

 

「これで、55っ……!」

 

 砲声と同時に、脚部を撃ち抜かれた3P敵がバランスを崩して横倒しになる。行動不能で、ポイントに加算された。

 

──個性に問題があるとすれば、やはり重量と反動だった。

 渚とて、まだ十五歳の少女である。身長こそ同年代の女子平均より高いが、その身体は成長途中に過ぎない。日々鍛錬を積み重ねてきたとはいえ、艤装を支え続ける負荷と砲撃の衝撃は確実に体力を削っていくし、新たに砲弾を作るのも消耗する。

 

 汗が額を伝った。

 肩は重く、渚の腕には鈍い疲労が蓄積し始めていた。

 

 それでも足は止めない。

 十八体の1P敵、八体の2P敵、七体の3P敵。

 長射程と高火力を活かして各所の仮想敵を撃破し続けた結果、試験時間が残り五分となった時点で、渚は既に五十五ポイントを積み上げていた。

 

 だが、その程度で満足するつもりはない。

 合格ラインが何点なのかは知らない。だからこそ、一点でも多く、一体でも多く、ロボット達を倒し続けるのだ。

 

 

「──ギャァァァ!? なんだありゃあ!?」

「っ!?」

 

 叫び声に、渚は勢いよく振り返った。そして、その先にそびえ立つ巨大な影を見た瞬間、思わず目を見開く。

 

 0P敵──この実技試験のお邪魔虫ギミック。

 

 配布されたプリントには巨大とだけ書かれていた。だが、実際に目の当たりにしたそれは、そんな言葉では到底表現し切れない代物だった。周囲のビル群を見下ろすほどの鋼鉄の巨体が聳え立ち、その巨大な腕をゆっくりと振り上げる。その威容は、まるで災害そのものが形を得たかのようだった。

 

 相応に鍛錬を積んできたとはいえ、ここにいるのは実戦経験など持たない中学生ばかりだ。当初の予想を遥かに超える巨体を前に、多くの受験生たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ始めていた。

 

 次の瞬間、振り下ろされた鋼鉄の腕が轟音と共にビルへ叩き込まれる。コンクリートが砕け、鉄骨が軋み、崩壊した建物が大量の瓦礫となって降り注いだ。土煙が舞い上がり、地面が揺れる。

 今どき、ヴィランですらあそこまで分かりやすく派手に暴れ回る者は少ないだろう。

 渚は冷や汗を流しながら、その巨体を見上げた。

 

「────」

 

 ポイントは十分に稼いでいる。周囲の受験生たちが口にしていた獲得ポイントから推測する限り、自分はこの周辺にいる受験生の中でも上位に位置しているはずだった。

 

 ここで無理をする必要はない。

 理性的に考えれば、その判断が正しい。

 だが、その現実的な思考へ、別の感情が静かに待ったをかけていた。

 

──もう大丈夫、私が来た。

 

 誘拐犯に攫われ、恐怖に震えていたあの日。あの声に救われた。あの言葉に憧れた。だからこそ、今でも忘れられない。

 

「(アレを倒す?……いや……)」

 

 渚は冷静に現状を分析する。

 艤装の展開には脂質を消費する。砲撃のたびに砲弾を生成する以上、その消耗は決して小さくない。ここまで連続して撃破を重ねてきた結果、体内の蓄えも既に大きく削られていた。

 

「(榴弾に切り替えれば、あと五発……良くて六発)」

 

 受験生たちが逃げ回っている今なら、榴弾の爆風に巻き込む危険は少ない。しかし問題はそこではない。生成残量だ。

 演習弾ならまだ撃てる。だが演習弾では、あの巨体を止められない。必要なのは榴弾の火力。しかし今から榴弾へ切り替えれば、たった数発で脂質が尽きる可能性が高い。加えて、今使っているのは連装砲。ロボットの防御力がわかった時点で、単装砲への切り替えを早くに行っておくべきだった、と今更ながら渚は後悔した。

 

 

 個性は身体機能の延長である。

 そして“艤装”とは、自らの脂質を兵装へ変換する個性だ。高い攻撃力を誇る反面、その火力を維持するための消費も激しい。弾を撃てなくなれば終わり。

 それは、この個性が抱える根本的な弱点でもあった。

 

「あんた、さっきの……! まさか、戦う気!?」

 

 声に振り向く。

 そこにいたのは、先ほど開始前に少しだけ言葉を交わした少女だった。崩落する瓦礫を避けながらも、こちらを見ている。

 

「私がアレの動きを止めます」

 

 渚は砲口を巨体へ向けたまま言った。

 

「他に逃げ遅れた人がいたら連れて行ってください」

「ちょ、無茶だよ! あんなの相手にしたら……!」

「分かっています」

 

 自分でも無茶だと思う。勝算だって薄い。理性だけで判断するなら、ここで離脱するのが正解なのだろう。

 それでもなお、彼女は止まらなかった。

 

「けど、その無茶を押し通すのがヒーローですっ!!」

 

 叫んだ瞬間、渚は自分でも少しだけ可笑しくなった。まるで漫画やアニメの主人公みたいな台詞だ。けれど、それが今の偽らざる本心だった。

 

 迷いは断ち切れた。

 渚は腰を落とし、砲架を固定する。照準、距離、風向き、目標の移動速度。一瞬で必要な情報を頭の中で整理しながら、巨大な機体を見据えた。

 狙うのは胴体ではない。まずは脚部の無限軌道。あの巨体を支える土台そのものだ。

 

「っ!!」

 

 轟音と共に砲口が火を噴いた。

 炸薬を内包した榴弾が一直線に空を裂く。放たれた瞬間、肩から腕にかけて強烈な反動が駆け抜けたが、歯を食いしばって耐える。照準は逸らさない。

 

 次の瞬間、榴弾は狙い違わず履帯へと命中した。

 激しい爆発音が響き渡る。装甲板が歪み、無限軌道を構成する履帯が一部吹き飛んだ。鋼鉄の破片が周囲へ飛散し、巨大ロボの身体が大きく傾ぐ。

 

 だが、それでも止まらない。

 片側の履帯を失いながらも、残されたもう一方を無理やり回転させて前進を続ける。その姿は異様な執念すら感じさせた。

 そして、赤く光るセンサーが渚を捉える。

 

 今の砲撃で明確に脅威認定されたのだろう。

 巨体が軋みを上げながら向きを変え、残された腕をゆっくりと持ち上げていく。標的は自分と──そして背後に居るあの少女だった。

 

「いい加減っ───止まれッッ!!」

 

 渚は照準を素早く修正し、二発目を発射する。狙うのは反対側の履帯。更に続けざまに三発目。今度は巨大な腕を支える肩部関節へ叩き込んだ。

 

 立て続けに響く砲声。その度に全身へ伝わる反動は確実に体力を削っていく。それでも渚は引き金を引き続けた。

 

 二発目の榴弾が残された履帯を破壊。そして三発目、肩部へ命中した榴弾が内部構造を吹き飛ばし、激しい火花と共に関節部を破断させた。

 

 巨大な腕が支えを失う。放電が奔り、爆炎が吹き上がった。やがてその鋼鉄の腕は重力に従いながらゆっくりと傾き、そのまま地面へと落下する。

 倒れた腕は、まるで杭でも打ち込むかのように地面を叩き、そのまま無限軌道の上へ覆い被さるように横たわった。

 

 残された本体は僅かに身を震わせる。

 ギギギ、と駆動音が響いたが、もう動けそうになかった。

 脚部は完全に破壊され、腕も失われている──その数秒後、頭部に赤く灯っていたセンサーの光が静かに消えた。

 

 0P敵、完全停止。

 その事実を理解した瞬間、周囲にいた受験生たちからどよめきが広がった。

 

 

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