暁の水平線に勝利を刻むアカデミア   作:スーパースタリオン

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合否発表

 

 

 

 

『終──了──っ!!!』

 

 

 プレゼント・マイクの声が全試験会場へ響き渡った。

 その瞬間、それまで稼働していた仮想敵たちは一斉に動きを止める。唸りを上げていた駆動音も途絶え、暴れ回っていた鉄の怪物たちは、その場で物言わぬロボットへと戻っていた。

 

 ようやく終わった。

 その事実に、多くの受験生たちは安堵の息を吐く。

 

 悔しそうに歯を食いしばる者、不敵な笑みを浮かべる者、あるいは結果を神頼みするように両手を合わせる者──反応は様々だったが、それでも全員が全力を出し切った後の疲労を滲ませていた。

 

 ただ、複数存在する演習会場のうち二箇所だけは少し様子が違った。試験終了の合図が出たにもかかわらず、ざわめきが収まらないのである。

 そのうちの一つが、渚の参加していた演習場だった。

 

「あの子、一人で倒しちまったよ……」

 

 誰かが呆然と呟く。

 その視線の先には、地面へへたり込んだ渚の姿があった。

 

 0P敵。

 立ち向かう必要はない。倒す必要もない。獲得ポイントも存在しない。ただ受験生たちへ圧力を与えるためだけに配置された、お邪魔虫のギミック。

 少なくとも受験生たちはそう説明を受けていた。

 にもかかわらず、彼女は真正面から立ち向かった。逃げ遅れた受験生たちを庇うように前へ出て、誰よりも巨大な脅威へ果敢に砲口を向けたのである。

 

 無茶を押し通すのがヒーロー。

 そう叫んだ彼女の声を聞いていた者も少なくない。ロボットの轟音と崩落音が響く最中でさえ、不思議とあの言葉だけは耳に残っていた。

 だからこそ今、周囲の受験生たちは尊敬と困惑が入り混じったような視線を彼女へ向けているのだった。

 

「だ、大丈夫なの……!? どこか怪我した!?」

 

 慌てて駆け寄ってきたのは、試験開始前に少しだけ言葉を交わした少女だった。肩で息をしながらしゃがみ込み、渚の顔を覗き込む。

 

 顔色は悪い。

 額には汗も浮かんでいる。あれだけの砲撃を連続で行ったのだ。反動か、あるいは負傷か。同じく渚の様子を伺っていた周囲の受験生たちも同じようなことを考えていた。

 

──しかし、当の本人はというと。

 

「お腹が空きました……」

「え?」

 

 間の抜けた声が漏れた。

 そして次の瞬間──ぐぅぅぅぅぅぅぅ、と周囲にまで聞こえるほど盛大な腹の虫が鳴り響く。

 

 一帯が静まり返った。

 受験生たちは顔を見合わせる。少女もまた、何を言われたのか理解できずに固まっていた。

 やがて誰かが吹き出した。

 

「ぷっ……」

 

 それを切っ掛けに、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。

 

「ははっ、なんだよそれ!」

「心配して損した!」

「いや、あれだけ暴れたらそりゃ腹も減るだろ!」

 

 あちこちから笑い声が上がったが、しかし彼女が腹を空かせているのには明確な原因がある。

 

 脂質の大量消費、その代償だ。

 艤装の展開、砲弾の連続生成。終盤には榴弾への切り替えまで行っている。たった十分といえども、その短時間で消費したエネルギー量は決して少なくなかった。

 

 艤装の展開にも砲弾を生成するにも、全てには渚の体内の脂質が必要となる。使えば使うほどその燃料は減り、身体は減少した分の栄養を求めるのだ。

 

「う、笑い事じゃないんです……本当に限界でぇっ……」

 

 渚が情けない声でそう呟いた直後、先ほどと同じように腹が鳴る。その結果、周囲の笑い声はますます大きくなった。

 

 この空腹感は個性によるものだ。昔から慣れているので渚としては今さら羞恥心などないが、今は疲労や安心感よりも空腹の方が強い。

 砲撃の反動に耐え続けながら、砲弾を生成し続けた代償は決して軽くない。特に最後の榴弾の連射は消耗が激しかったらしく、身体の奥底から栄養を求める悲鳴が上がっているような感覚すらある。彼女は恨めしそうに周囲を見やった。

 

「お腹空いたっていっても、ウチ食べ物なんて持ってないしなぁ……」

「ポケットに……エナジーバーがあるので……取ってください」

「はいはい。これ?」

「ありがとうございます……」

 

 艤装を分解し、再度脂肪として身体に吸収する。この分解吸収のプロセスで消費するエネルギーの方が、生成した時よりも多いので回復効率は非常に悪いが、しないよりはマシだ。そして極めつけに、わざわざ事前に持ち込んでいたエナジーバーを渚は食べた。

 

 これは彼女が生まれ育った横須賀で、在日米海軍と一般人の交流イベントが行われた際に、米兵が開いていた露店から購入したものである。軍用ということだけあって携帯性に優れ、それでいて高カロリー・高タンパク。運動量の激しい渚にとっては非常食として重宝している一品だった。

 

 包装を開けるなり勢いよく齧り付き、ろくに味わうこともなく飲み込んでいく。その様子を見ていた受験生たちから「本当に限界だったんだ……」と妙に納得したような声が漏れた。

 

 まだまだ足りないが、立ち上がる気力は湧いてきた。

 破れた包装をポケットにしまい込んで、渚は砂埃を払いながら周囲を見渡した。座り込んだ渚を心配していたらしい複数の受験生と、それぞれ顔を合わせる。

 

「お見苦しい所を失礼しました。この通り、もう動けますのでご心配なく」

「ほんとに大丈夫? あれだったらウチ、先生のところまで付き添うけど?」

「いえいえ」

 

 そう言いながら渚は軽く両腕を動かしてみせる。疲労感は残っているものの、歩けないほどではない。むしろ極度の空腹さえどうにかなれば普段通りと言ってよかった。ここまでの消耗は久しぶりだが、エナジーバーのおかげで状態は悪くない。

 

 また今度、買えるだけ買おうと決めながら、渚は心配そうな表情を浮かべる少女に向かって微笑み、改めて頭を下げた。

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、本当に大丈夫ですので」

「そっか……なら良かった」

 

 ようやく安心したらしい少女が胸を撫で下ろす。

 

 試験が始まる前は名前も知らない赤の他人だった。いや、今も名前は知らないのだが、しかし、同じ演習場で戦い抜き、同じ巨大ロボットから逃げ惑った者同士である。不思議と赤の他人という気はもうしなかった。

 

 そんな空気の中、不意に遠方からサイレンのような音が響く。試験終了後の誘導が始まったのだろう。渚の周りにいた受験生たちも少しずつ移動を始めていた。

 

 本当に優しい精神性の持ち主なのだろう。既に問題なく動ける渚が不意に倒れたりしないように、少女は歩行速度を合わせながら渚のすぐ隣を歩いていた。

 

 受験生たちの流れに従うように歩き出した二人だったが、その会話は先程までの実技試験に終始している。

 

「ていうか、よくあんな大きいロボットに立ち向かおうと思ったね。凄いや」

「最初は私も逃げようとしたんですが、そうするべきだと思った瞬間に、身体が勝手に動いてしまいまして」

「へぇ……」

 

 感心したような声が返ってくる。

 渚自身、あの時の判断を改めて振り返れば、決して合理的なものではなかったと思う。

 

 合格だけを考えるなら、0P敵は間違いなく無視するべき存在だった。ポイントにはならず、危険だけが大きい。

 

 それでも砲口を向けたのは理屈ではない。

 幼い頃からテレビの向こうで見続けてきたヒーローたちならば──オールマイトならば、きっとそうしただろうという、ただそれだけの理由だった。

 

「試験の感触はどうです?」

「うーん、五分五分。それなりに倒せたけど、アンタほどじゃないかも。自己紹介、出来ずに終わったら悲しいなー」

「合格ラインが分からないので、私もまだ何とも。……ですがきっと大丈夫です。あなたとはクラスメイトになります、そんな気がするんです」

「はははっ、すっごい曖昧じゃん」

 

 ケラケラと笑う彼女に、渚もまた同じように笑った。

 根拠などない。しかし不思議とそんな気がした。試験開始前に偶然肩がぶつかり、少しだけ言葉を交わしただけの関係だ。それでも短い時間の中で、渚は妙な親近感を抱いている。友達になりたいな、と思う人に出会ったのは久々の経験だった。

 

「あの0P敵、倒したのあんただけかもね」

「どうでしょう? 案外、他の会場でも倒されているかもしれませんよ」

「まさか」

 

 彼女は即座に否定した。あの巨体を目の前で見ていたからこその反応なのだろう。実際、渚自身も冷静になって振り返れば、自分でもよくやったものだと思う。最後の方などほとんど意地だった。数発でも榴弾を外していれば、結果は違っていたかもしれない。最後の感覚的には、あと二発程度の砲弾しか生成出来なかっただろうから。

 

──といいつつも、実をいえば全く同じタイミングで渚よりも遥かに派手に0P敵を直接ぶっ飛ばしてしまった受験生が居たのだが、会場も違う二人は、そんなことを知る由もない。

 

 いずれにせよ、非常に長く感じた雄英高校ヒーロー科の入学試験は既に終わった訳だが。渚は確かな満足感と達成感に満たされながらも、一抹の不安だけは拭い切れずにいた。

 

 プレゼント・マイクは、仮想敵を行動不能にすることで与えられるポイントを競う、とは言っていた。しかし別に、他の審査基準が存在しないとは一言も言っていない。むしろ、これだけの数の受験生を選別するにあたって、非公開の評価基準が存在しない方が不自然だった。

 

 まず間違いなく、仮想敵を行動不能にするという一点においては高い点数を得ている。その自信はあった。

 

 だが、もし別の評価項目が存在するとしたら。もし自分が気付かないうちに減点されるような行動を取っていたとしたら。

 試験が終わったことで取り戻された平常時の思考が、今度はそんな可能性を次々と考え始める。

 

 もっとも、その不安を口にするつもりはなかった。

 試験は終わったばかりであり、隣の少女は最後まで渚を気遣ってくれている。わざわざ水を差すような話題を持ち出すのは無粋というものだろう。

 

 だから渚は胸の内を表に出さず、穏やかな表情のまま歩き続けた。少なくとも今だけは、試験をやり切った余韻に浸っていても許されるはずだ。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 入試が終わり、新幹線で実家へ帰ってきていた渚は、途端に襲ってきた疲れに身を任せ、すぐにベッドへ横たわった。

 

 まだ荷物の整理もしていないし、お腹も空いている。時間的にも寝るつもりはないが、少しだけフカフカのシーツに身を沈めたかったのだ。

 

 慣れない土地への移動、人生を左右する大一番、そして全力での実技試験。身体的な疲労だけではなく、精神的な緊張も想像以上に蓄積していたらしい。ベッドへ倒れ込んだ瞬間、全身から力が抜けていくのが分かった。

 

 結局、渚はあの女子との連絡先は交換していた。

 自己紹介は合格してから、なんて格好つけた言葉を放った渚としては、何となく撤回して自己紹介するのも違う気がして──けれど、せっかく友人になりたいと思った相手とあれっきりというのも、何となく嫌だったのである。

 

 そのため、連絡先だけを交換したのだ。

 トークアプリに互いを追加したわけではなく、メモ帳からちぎった紙に、お互いの電話番号を書いたものを交換しただけである。今時にしては少々古風なやり方だったが、試験終了直後の慌ただしい状況では、それが一番手っ取り早かった。

 

「合格……してるといいけど」

 

 渚は枕に顔を埋めながら呟いた。

 第二志望はちゃんと決めてあったし、その高校のスケジュールの都合もあって、雄英よりも先に既に試験は終えてある。そちらの方は間違いなく合格ラインを超えている確信があったので、万が一は大人しくそちらに進学するつもりだ。

 

 だが、渚としてはあくまで保険に過ぎなかった。本音を言えば、絶対に雄英が良かった。オールマイトの出身校だから、というのもあるが、自分の夢に向かって進むそのスタートラインに、どうしても雄英以外は考えられなかったのだ。

 

「はぁ……」

 

 何度目か分からぬため息が漏れる。

 こんな自分でも入試となるとナーバスになるらしい、と彼女は我がことながら驚いていた。試験中は余計なことなど考える暇もなかったというのに、終わってしまえば結果ばかりが気になってしまう。

 

 スマホを開くと、ちょうどEメールの受信通知があった。どうやら、あの少女はちゃんと連絡先に自分の番号を追加してくれたらしい。

 渚は届いたメールの内容を見て、ふっ、と笑った。

 

「ちゃんとご飯を食べるように、って。お母さんじゃないんだから」

 

 試験会場で盛大に腹を鳴らしたことを思い出し、少しだけ頬が熱くなる。あの場では空腹の方が勝っていて気にならなかったが、冷静になると、かなりはしたなかった。

 

 もっとも、その内容に不快感はない。むしろ、心配してくれていたのだと分かるからこそ嬉しかった。

 

 それから渚は、知り合って間もないその友人候補とメールのやり取りを交わす。出身地、出身校、趣味、互いの個性──当たり障りのない話題だったが、しかし同じ雄英受験者としてのシンパシーが、心理的な距離を縮めていた。

 

 まだ名前も知らない。それなのに、不思議と会話は途切れなかった。受験が終わったばかりの解放感もあったのだろう。気付けば三十分近くやり取りを続けており、ようやく空腹を思い出した渚はベッドから身を起こした。

 

 合格発表までは、まだ時間がある。

 だから今だけは試験のことを考えるのをやめよう。

 そう自分に言い聞かせながら、渚は夕食の匂いが漂う階下へ向かった。

 

 

 

 そして──入試が終わって、ちょうど一週間が過ぎた頃。

 

「渚、雄英から封筒が届いていたわよ。ポストに入ってたわ」

「ありがとう、お母さん。……ひとりで見てもいい?」

「うん、……雄英、受かっているといいわね」

「そうね。じゃあ、部屋に戻るから」

 

 朝食を食べ終わったとき、家の外のポストを確認しに外へ出ていた母親が、封筒を手に戻ってきた。差出人は雄英高校。渚は逸る気持ちを抑えながら、母から受け取ったその封筒を大事そうに両手に抱え、階段を足速に上がった。

 

 バタン、と部屋のドアを閉じ、そして封筒の封をゆっくりとカッターで開いた。中に入っていたのはプリントと──円形の機械のようなもの。

 

 首を傾げながらそれを取り出すと、ブン……という低い電子音と共にホログラムの立体映像が投影された。渚は、慌ててカーテンを閉めて日光を遮る。

 

『──やあ、初めまして舵原 渚くん! ボクは根津、雄英高校の校長をやっているただのネズミさ!』

 

 雄英に関するニュースや記事、学校から取り寄せた中学生向け資料などで何度も目にした顔だった。

 校長の根津──そう名乗った彼に、渚は自然と背筋を伸ばし、真剣な眼差しを向ける。

 

『ボクは今、君にひとつの結果を届けるためにここに居る。受験生諸君を待たせるのもエンターテインメントの一つだとは思うけれど、あまり長引かせると恨まれてしまいそうだからね』

 

 コホン、とわざとらしく咳払いをした根津校長は、その場をくるりと一回転し、小さな腕を大仰に広げてみせた。その仕草はどこか舞台役者じみている。

 

『さっそく結論から言おう!──舵原くん。君は見事、雄英高校ヒーロー科に合格した!』

「──よし」

 

 思わず声が漏れた。

 雄英高校。その頂点に立つ根津校長から直々に告げられた合格の報せ。実際にその言葉を耳にした瞬間、胸の奥で張り詰めていたものが一気にほどけていく。

 

 湧き上がる歓喜と安堵に突き動かされるように、渚はらしくもなく小さなガッツポーズを作った。

 

『さて、君の敵ポイントは55。全受験生中二位という素晴らしい成績だ。仮想敵の無力化という観点において、君は極めて優秀だった──しかし、ヒーローとは敵を倒すだけの存在だろうか?』

 

 根津校長は不敵な笑みを浮かべながら、ホログラム越しにそう問い掛けた。

 無論、これは事前に録画された立体映像に過ぎない。今この瞬間、自分の反応に合わせて話しているわけではない。

 

 それでも渚には、その言葉がまるで自分へ向けられた問いのように感じられた。柔らかな口調の裏に隠された鋭さが、確かな重みを持って胸に届く。

 

『もしそうなら、我々は試験開始と同時に順位表だけを作ればいい。だが、ヒーローはそれでは足りないのさ』

 

 根津校長の背後に設置された派手な装飾のお立ち台。そのさらに後ろには、まるでバラエティ番組のセットのような大型モニターが据え付けられていた。

 

 一拍置いて、根津校長は教鞭を勢いよく振り上げる。

 

『そこで登場するのが──救助ポイント!! これは試験中、審査員たちが密かに記録していた評価項目でね。人を助ける行動、他者のために危険を冒す行動、ヒーローらしい振る舞いに対して加算されるのさ!』

 

 これか、と渚は内心で呟いた。

 試験が終わってからも引っ掛かっていた違和感。

 仮想敵を倒すこと以外にも何か見られていたのではないかという漠然とした予感。その答え合わせを、ようやくしてもらえた気分だった。

 

 非公開の選抜基準が存在するはずだという自分の推測は、どうやら間違っていなかったらしい、渚は思った。

 

『君の救助ポイントは20。敵ポイントと合わせたら、総合75ポイント! 入試次席に相応しい好成績だ』

「次席……」

 

 思わず小さく復唱する。

 手応えはあったし、少なくとも不合格ではないだろうという自信もあった。だが、それと入試次席という結果は別の話。渚は達成感と共に、自分が本当に夢への第一歩を踏み出したのだという実感をゆっくりと噛み締めた。

 

『興味深かったよ、舵原くん。十分な得点を獲得していたにもかかわらず、君は危険な0ポイント敵へ立ち向かった。それは合格するにあたって、必ずしも合理的な判断ではなかったかもしれない。だが、少なくとも我々雄英は、その行動を高く評価したのさ』

 

 合格に必要な行動だと考えて動いたわけではなかった。ただ、あの瞬間だけは身体が勝手に動いたのだ。奥底に刻まれた憧れと理想に背中を押されるように。

 

 結果として0P敵を行動不能にしたものの、その行為が雄英側にどう受け取られたのかについては、渚自身ずっと不安を抱いていた。無謀だと判断されたかも、冷静さを欠いた行動だと思われたかも──そんな類の不安である。

 だからこそ、他ならぬ校長の口から高く評価したと言われた瞬間、胸の奥に残っていた最後の不安がようやく消えていく。

 渚は安堵の息を静かに吐き出した。

 

『改めておめでとう、舵原くん──もっとも、雄英は入学することがゴールではない。ここから先の方が、ずっと大変だけれどね! それではまた四月に会おう! HAHAHAッ!!』

 

 愉快そうな笑い声を最後にホログラム映像がふっと消え、部屋に静寂が戻った。渚はしばらくの間、何も言わずに映像が消えた空間を見つめていた。

 

 夢だった雄英高校への合格。それを告げる通知書は今、確かに自分の手の中にある。やがて我に返ったように瞬きをすると、渚は同封されていた合格通知書を掴み、そのまま部屋を駆けてリビングへ向かった。

 真っ先に、この結果を家族へ伝えたかったのだ。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 雄英高校ヒーロー科の入学試験が行われた翌日、モニタールームに集まっていた雄英の教師たちは、それぞれ席に腰掛けながらも落ち着かない様子で前方の画面を見つめていた。

 

「実技総合成績、出ました」

 

 EXAMINATION RESULT──そう表示されたモニターには、受験生の番号と氏名、そして獲得ポイント数が記載されている。表示されているのは成績上位十名のみ。僅か四十人という定数に対して、受験者総数は千人単位にも及ぶ。毎年恒例の行事とはいえ、その膨大な人数を選別する作業は雄英教師陣にとっても相当な重労働であった。

 

 しかし、雄英に教師として勤めているとはいえ、彼らもまた第一線で活動するプロヒーローである。

 未来のヒーロー候補たちを見極めようと眼光を鋭くする者もいれば、優秀な原石の存在に興奮を隠せない者もいる。試験映像を何度も見返しながら、それぞれが独自の観点で受験生たちを評価していた。

 

「救助ポイント0で1位とはなぁ! 仮想敵は標的を補足し近寄ってくる。後半、周りが鈍ってく中で、派手な個性で引き寄せ迎撃し続けた。まさしくタフネスの塊じゃねぇか!」

「対照的に──こちらは、敵ポイント0で7位です。過去にも“アレ”に立ち向かった奴は居たが……ぶっ飛ばすのは久しく見てねぇな」

 

 ガヤガヤと騒ぎながら、その動向と結果が注目されていた二人の受験生を中心に、各々の教師たちは評価を下していた。

 もちろん、既に結果は集計されているため、あくまで彼らの個人的な感想の類でしかない。それでも、自らの教え子となるかもしれない生徒について語る声には自然と熱が入っていた。

 

「しかし、7位の少年。まるで個性が発現したての幼児だな。0P敵をぶっ飛ばしたはいいが、その衝撃で自分の足や腕を損壊していた。リカバリガールの治療で治ったらしいがね」

「妙な奴だよなぁ。最後以外は、典型的な不合格者の動きだったってのに」

 

 限られた時間と広大な敷地──。

 雄英教師陣は、仮想敵の総数も配置も分からない受験生たちの何を見ていたのか。

 それは状況を素早く把握するための情報力であり、迅速に現場へ駆けつけられる機動力であり、どんな状況でも冷静さを保てる精神力であり、そして純然たる戦闘力である。

 

 市井の平和を守るための、ヒーローとしての基礎能力。それらが、このポイントという形で数値化されている──しかし、たとえそれらの基礎能力が優れていたとしても、まだ見なければならない重要な要素が残されている。

 

 圧倒的脅威。

 プロヒーローとして活動しているのであれば、誰もが一度は経験するもの。それが凶悪ヴィランであったり、あるいは広域災害であったりするわけだが、そういったものに相対した時の人間の行動は驚くほど素直に現れる。

 

 逃げるのか、立ち向かうのか、誰かを見捨てるのか、それとも手を差し伸べるのか。

 今回の試験における圧倒的脅威とは、0P敵である。雄英が、単なるお邪魔虫のギミックを設置するはずもない。見ていたのは、それに対してどのような反応と行動を取るかである。

 

 よって、教師たちの注目は単なる入試順位よりも、その0P敵を派手に倒した受験生へと向いていたのだ。

 

「細けえ事はいいんだよ! オレはアイツ気に入ったぜ! 思わずYEAHって叫んじまったしな!」

「0Pを倒したのはもう一人いるが、そっちはどう思う?」

 

 ふと、一人の教師が別画面に表示されている画像を指さした。

 

「この2位の女子は、敵ポイントと救助ポイントのバランスが良いな」

「数字だけじゃない。派手さはないが、堅実に仮想敵たちを倒している。長射程の個性を上手く活用しているようだ。路地裏からの奇襲にも素早く反応している。反射神経もある」

「まさか、2体もあのデカブツを倒されるなんてなあ。さっきのやつは自壊していたが、彼女は的確に弱点を狙って、必要最低限の火力で行動不能にしている。画面映えはないが……そこはまあ追々、か」

 

 モニターに映し出されているのは、艤装を展開したまま0P敵へ砲撃を加える少女──渚の姿だった。

 

 爆炎と土煙の向こうで冷静に狙いを修正し、巨大な機体の弱点を正確に撃ち抜いていく。その倒し方は決して派手ではない。別会場に明確な比較対象が存在するのもあって、より派手さには欠けて見える。

 

 だが、だからこそ教師たちの目には強く印象に残っていた。

 派手な力を振り回すだけならば難しくない。しかし、自らの能力を正確に理解し、その場その場で状況を分析しながら、必要な箇所へ必要なだけの力を投射するというのはまた別の才能である。少なくとも、雄英高校の教師陣はそう考えていた。

 

「個性は“艤装”……兵器を創造する個性ね」

「試験開始直後に個性で腕に火砲を装備してるが、生成速度は抜群に早いな。ほんの数秒だ」

「彼女の個性届の情報を見るに、推薦組の子と同系統の個性のようだが、こちらは火力特化だな。仮に他の物も作れるなら、立ち回りの評価も変わってくるが──」

「いやしかし──」

 

 口々に議論を交わす教師たちだったが、その輪に加わらず、ひとり黙って画面を見つめている男がいた。その視線の先には、試験終了後、その場にへたり込み、しばらく立ち上がれずにいた渚の姿が映し出されている。

 

「……………………」

 

 抹消ヒーロー“イレイザーヘッド”──もとい、相澤消太。その通算除籍指導数は百五十四回。ヒーローとしての見込みがないと判断した者には容赦なく現実を突きつけることで知られ、雄英教師陣の中でも特に厳格な男である。

 

 彼は渚だけを見ているわけではなかった。

 先程まで話題に上がっていた他の受験生たちも含め、試験開始から終了までの一連の流れ──仮想敵との交戦、行動、窮地に陥った際の判断、そして試験後の様子まで含めた全てを振り返りながら、静かに画面を見据えている。

 

 その瞳に何が映り、何を評価していたのか。

 それを生徒たちが知るのは、まだ少し先の話であった。

 

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