地獄の氷叢さん家   作:M.T.

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第25話 氷叢さんの休日・その1

雪代 side

 

「ママ〜!!」

 

 体育祭が終わった後、私は六花を学校まで迎えに行った。

 正門の前で待っていると、六花がツッテケテーと足音を立てて駆け寄ってくる。

 

「あのね、あのね! 私、優勝したんだよ!」

「ええ、見てたわよ。さすが六花ね。すごいわ」

「えへへ〜!」

 

 私が六花の頭を撫でると、六花がふにゃりと笑顔を浮かべる。

 六花の手を繋いで、二人で駅へと向かう。

 

「ところで六花。さっきから気になってたんだけど……ママがプレゼントしたお守り、どうしたの?」

「あっ……」

 

 私が言うと、六花が思い出したように自分の頭を触る。

 髪飾りが壊れた事を思い出した六花は、申し訳なさそうに眉を八の字にして謝ってくる。

 

「えっと……そのょ……ごめんなさい、落として割れちゃって……」

「……そう。じゃあまた新しいの作ってあげる」

「ほんとに!?」

「ええ、任せて」

 

 私が六花にお守りと言って渡したのは、盗聴器と監視カメラを兼ねた即席の発信器だ。

 私の“個性”は、氷に知覚機能を持たせて遠隔操作する事ができる。

 私も雄英の通行許可IDを持ってはいるけど、一人じゃ調べられる情報には限界がある。

 だから六花に盗聴器を持たせて、教室内部の様子をリアルタイムで探っていたのだ。

 だけど今日は、六花が普通科の子に難癖をつけられて髪飾りを壊されたらしくて、途中から通信が途切れてしまった。

 まぁ壊れる事前提の消耗品だし、それで内通ができなくなったわけじゃないから別に問題は無いんだけど。

 

 ……それにしても、今日の体育祭は思ってた以上に収穫が得られたわ。

 USJの時は把握しきれなかった生徒達の弱点も把握できたし、六花を除けばクラス最強格の爆豪くんや轟くんですら()()()()だって事が確認できた。

 唯一の懸念要素は、オールマイト並みのパワーを持つ緑谷くんだけど……まだ“個性”を使いこなせていないようだし、どうとでもなる。

 ただ、忘れちゃいけないのが、ヒーロー科以外にも強力な“個性”を持ってる子がいるかもしれないって事。

 雄英のヒーロー科の入試は戦闘力重視で、搦手系の“個性”の受験生を想定した試験内容じゃないから、そういう“個性”の子が他科にいる可能性もある。

 入学式の時、他のクラスの父兄と仲良くなっておいて正解だったわね……

 今度それとなく探ってみようかしら。

 なんて思っていると、六花が話しかけてくる。

 

「ママ、なんで笑ってるの?」

「ふふっ、六花が優勝したのが嬉しいのよ。そうだ、今日のお夕飯はウナギ食べに行かない? 優勝のご褒美」

「やったぁ!」

 

 私の提案に、六花が大喜びする。

 最寄駅で電車を降りて、そこから徒歩10分のところにある鰻料理のお店に入る。

 USJの時の()()()()*1もある事だし、今回の体育祭も六花が頑張ってくれたおかげで収穫が得られたわけだから、ちゃんとご褒美はあげないとね。

 色々コースがあったけど、六花には一番高い『松』っていうのを奢ってあげた。

 

「おいしいね、ママ」

「そうね、美味しいわね」

 

 六花が肉厚な鰻に齧り付く瞬間を、しっかりスマホのカメラで撮っておく。

 スマホで撮った写真を確認すると、幸せそうに鰻を頬張る六花が写っていた。

 撮れ具合を確認してほくそ笑んでから、肝吸いのお椀に口をつける。

 本当は冷酒もあれば最高だったんだけど、帰り運転しなきゃいけないから、それはお預け……と。

 夕食を済ませた後は、明日と明後日の分の食材や、トイレットペーパーや洗剤なんかの日用品をスーパーで買い込んでから家に帰った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「六花〜、朝ごはんよ〜!」

「くぁぁ……」

 

 皮がパリッと焼けた鰆の塩焼きを、薑や酢橘、大根おろしと一緒に長角皿に盛り付けながら六花を呼ぶと、六花がパジャマのまま寝室から出てくる。

 

「「いただきます」」

 

 私と六花は、二人で一緒に朝食を食べ始めた。

 今日の朝食は、白米に豆腐とワカメの味噌汁、鰆の塩焼き、山菜の煮物、キュウリの糠漬け、葱納豆。

 

 今日と明日は、体育祭の振替休日だ。

 私も六花の休日に合わせてお休みを貰ったから、六花と一緒に過ごすつもりだ。

 

 六花は、たった一日で全国の注目の的になった。

 少なくとも今日明日は、絶え間なく話しかけられるのを覚悟しておいた方がいいだろう。

 そう考えたら、今日明日は家でゆっくりした方がいいのかもしれない。

 せっかくのまとまった休日だし、どうせ家から出ないなら、明日は大掃除でもしよう。

 なんて頭の中でスケジュールを組み立てながら山菜の煮物を口に運ぶと、六花が葱入りの納豆を食べながら話しかけてくる。

 

「ねぇママ、今日はお休みだけどどうするの?」

「うーん、そうねぇ……どこ行っても人いっぱいいるだろうし……今日明日は家でゆっくりしない?」

「? うん、いいよー。おうちでなにするの?」

「六花は今日どうしたい?」

「うーん……」

 

 私が訊くと、六花は唇に箸を当てたまま上を向いて考え込む。

 しばらくして、何か考えが思い浮かんだのか、「あ」と小さく声を漏らした。

 

「じゃあ、特訓する!」

「あら。せっかくのお休みなのに特訓するの?」

「うん。あのね、デクさんが言ってたんだけど、私みたいに強い“個性”だと、“個性”に頼っちゃうから、直接戦えるようにした方がいいんだって」

「……わかったわ。じゃあ今日は、特訓の日にしよっか」

 

 朝食を食べ終えて食器を片付け、洗濯物を干した後、私は六花と一緒に道着に着替えて型の稽古をした。

 こう見えて私は、子供の頃に空手と柔道を習っていて、両方黒帯を取得している。

 と言っても、私に教えられる事はもうほとんど無い。

 六花は天才だから、教えた事をたった一日で習得してしまう。

 おまけに、勝手に私の知らない事をやり出したりするから、教える方としては立場がない。

 ただでさえ“個性”が規格外なのに、近接格闘まで私を超えたらと思うとゾッとする。

 唯一の救いは、六花が私の言う事はちゃんと聞いてくれるって事くらいか…

 

 3時間稽古をしてから、作務衣に着替えて昼食の準備をする。

 今日は六花がリクエストした茶蕎麦を打つ。

 いつもの蕎麦の材料を混ぜて捏ねてから抹茶を練り込み、薄く伸ばして麺切包丁で均一な細さに切っていく。

 蕎麦打ちは小学生の頃からやってるからお手のものです。

 下準備が終わったら、たっぷりのお湯で麺を茹でる。

 作った生地のうち半分だけ茹でて、残り半分は夕飯用に寝かせておく。

 茹で上がったら、“個性”で冷やした水で締めて完成。

 

 ……うん、美味い。我ながら上出来。

 六花も美味しかったらしく、3人前茹でた蕎麦をあっという間に平らげてしまった。

 

 昼食の蕎麦を食べ終わった後は、5時間武道の稽古をして、洗濯物を取り込んでから、昼間に取っておいた蕎麦の残りを茹でて食べた。

 六花がお風呂に入っている間に夕食の片付けをしていると、廊下から電子音で奏でられたバッハのカンタータが聴こえる。

 洗い物の手を止めて廊下へ行くと、固定電話が鳴っていたので、番号を確認してから電話を取る。

 

「はい」

『夜分遅くにすみません。氷叢六花さんのクラスメイトの轟です。氷叢六花さんのお宅のお電話で間違いありませんか?』

「えぇ。六花の母です。六花に何かご用事?」

『はい、少し伝えたいことがあって……六花さんは今、そちらにいらっしゃいますか?』

「ごめんなさいね。六花は今お風呂に入ってて……もし良かったら、私が伝言を預かりましょうか?」

『いえ、大丈夫です。後でかけ直しますので』

 

 そう言って轟くんが電話を切ろうとした、その時だった。

 ちょうど六花がお風呂から上がってくる。

 

「ママ〜! おフロあがったよ〜!」

「あら……ちょっと待ってね。六花、轟くんから電話よ」

「……ん? ショートさんから?」

 

 きょとんと首を傾げる六花に、受話器を渡す。

 

「……はい、はい。え、ほんとですか? ……わかりました。はい、おやすみなさい」

 

 電話が終わったのか、六花が受話器をフックに戻す。

 

「轟くん、なんて?」

「んっとぉ……ショートさんのお母さんとお姉さんが、私に会いたいって」

「あら、そうなの?」

 

 轟くんのお母さん……冷ちゃんね。

 5つ下の従妹で、小さい頃は一緒に遊んだり、話し相手になったりしてた。

 私が結婚してからは一度も会ってないけれど、私に子供が産まれてしばらくしてから、No.2ヒーローのエンデヴァーと結婚したと知らされた。

 “個性”婚とはいえ、No.2ヒーローに気に入られたあの子を羨ましいとさえ思った事もある。

 だけどあの子が結婚してから15年が経つ頃、彼女の方から突然電話がかかってきた。

 電話に出るなり、夫が焦凍に毎日虐待紛いの訓練を強いている、焦凍の左側が醜く見えるとあの子は泣きながら語った。

 私はその時、あの子が助けを求めて伸ばした手を振り払ってしまった。

 私も旦那と娘に先立たれて、働きながら幼い六花を一人で育てていて、人の事を助けている余裕なんかなかったから。

 それからというもの、あの子とは一度も連絡を取り合っていない。

 

「あと、ママにも会いたいって言ってたよ」

「……そう」

 

 冷ちゃんが私に会いたい……か。

 最後に話したのは、六花が5歳の時だったから……もう10年になるわね。

 私はあの子に恨まれても仕方ない事をした。

 そんなあの子が私に会いたいなんて、どういう心変わりかしら。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「よ〜し、今日はお家の中をピッカピカにお掃除しちゃおう! お手伝いする人手ぇ上げ!」

「は〜い!」

 

 休日二日目、私と六花は三角巾と割烹着を身につけて掃除用具を準備した。

 この日は、前々から予定していた大掃除をした。

 どうせ家の外には出ないから、こういう日に一気に掃除してしまうのがちょうどいい。

 最初に役割りと順番を決めて、2階から順番に掃除していく。

 

「壊れ物とかもあるから、そっとね」

「うん!」

 

 私がちまちま掃除をしている間に、六花が“個性”を使って家具を浮かせたり箒や雑巾を操ったりして、私の10倍以上のスピードで掃除していく。

 私一人でやったら丸一日かかる掃除が、20分もかからずに終わってしまった。

 家から出ないからと思って、暇潰しのつもりで掃除の日にしたんだけど……

 

「……あら、もう終わっちゃった」

「えへへ〜」

「それじゃ、残りの時間はゆっくり映画でも見て過ごそっか。お昼ごはん作ってくるからちょっと待っててね」

 

 そう言って私は、掃除用具を片付けてキッチンに向かう。

 昨日炊いておいたご飯と、挽肉と木綿豆腐がまだ残ってるから、今日は麻婆豆腐にしよう。

 あとは余ってる野菜で冷菜と中華スープを作って完成っと。

 花椒をたっぷりかけた四川麻婆を八角皿に盛り付けつつ、六花を呼ぶ。

 

「六花〜、ごはんよ〜!」

 

 大声で六花を呼んでも、六花が居間に来ない。

 まぁ、呼んでも来ないのは慣れっこだ。

 何かに集中している時に周りの音が聴こえなくなるのはよくある事だ。

 

「六花〜? 聴こえてる〜?」

 

 いくら呼んでも、返事がない。

 こういう時は、私の“個性”の出番だ。

 六花のつけている氷の髪飾りを神経に接続して、居場所を探る。

 その瞬間、嫌な予感がした。

 

 六花は、私の書斎で何かを見ていた。

 書斎には、六花にだけは見られたくないものが置いてある。

 鍵付きの箱に入れて机の引き出しに入れてあるし、箱の鍵は金庫に入れてあるけど、六花の事だから、箱に興味を持って無理矢理開けようとしてもおかしくない。

 私は慌てて書斎へと駆けつけ、書斎の襖を勢いよく開けた。

 

「……何してるの」

「ママ〜、これなぁに?」

 

 私の方を振り向いて、無邪気な笑顔を浮かべながら話しかけてくる六花を見て、顔から血の気が引いていく。

 ……遅かった。

 箱は開けられていて、六花の手には母子手帳とマタニティフォトが握られていた。

 よく見ると、箱の鍵穴が微かに白く凍りついている。

 やっぱり、“個性”で鍵をこじ開けたのか。

 その光景を見て怒りが沸点に達した私は、六花の手から母子手帳と写真をひったくって怒鳴りつけた。

 

「人のものを勝手に見るなって言ったわよね!? 何勝手に鍵開けてんのよ!」

「……ママ、ごめんなさ……」

「ねぇ、なんでこんなことするの!? どうしてママの言うことが聞けないの!?」

 

 ついカッとなって、六花の言い分も聞かずに頭ごなしに怒鳴りつけた。

 すると六花は、目に涙をいっぱいに溜めて、どこかへと走り去っていく。

 走っていく六花の背中を見て、頭に上っていた血が急速に冷めていく。

 

 ……やってしまった。

 私とした事が、つい頭ごなしに怒鳴ってしまった。

 慌てて、走り去った六花を追いかける。

 六花の行った場所ならわかっている。

 嫌な事があって泣きたい時は、六花は決まっていつも押し入れの中で泣く。

 六花の寝室の押し入れを開けると、やっぱりいた。

 六花は膝を抱えながら体を丸めて啜り泣いていた。

 

「ごめんなさい……おそうじの時に見つけて、どうしても気になったの……鍵かかってたから、見ちゃダメだってわかってたけど……どうしても気になって、開けちゃったの……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 押し入れを開けると、六花は泣きながら正直に打ち明けた。

 勝手に箱を開けた事は、ちゃんと反省しているみたいだ。

 私は、六花の頭を撫でて優しく話しかける。

 

「もう怒ってないよ。でも、あの箱はママにとって大事なものなの。もう勝手に開けないって約束してくれる?」

「……うん」

「ありがとう。麻婆豆腐作ったから、一緒に食べよ?」

「……うん!」

 

 私が微笑みかけると、六花は涙を拭って笑顔を浮かべ、居間へと走っていく。

 

「…………」

 

 六花がいなくなったのを確認してから、私は六花が見ていた母子手帳を見た。

 そこには、()()()()()()()の名前が記されている。

 

 私には、娘は一人しかいない。

 氷花だけが、世界でたった一人の私の娘だ。

 私は、六花の母親ではない。

 六花の実の母親は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 15年前に亡くなった、私の娘の氷花だ。

 

 

 

 

 

*1
一括で2千万円




やー、やっと伏線回収できました。
ママはお母さんじゃなくてお祖母ちゃんだったわけですね。
ちなみに教師陣はこの事を知っています。
戸籍見れば一発でわかりますからね。
勘のいい方は既に気付かれていたと思いますが、3話の時点からガッツリ伏線張ってました。

・雪代さんがモノローグで氷花ちゃんの事を「娘」とハッキリ言っているのに対して、雪代さん自身のモノローグや作者が六花ちゃんの事を「娘」と言った事や、雪代さんの事を「母親」と言った事が一度もない
・同様に、雪代さんの事は「第五世代」と言っているのに対して、六花ちゃんの事を「第六世代」と言った事が一度もない
・「「氷花のために」六花を守る」という第3話のモノローグ
・ミッドナイト先生が「とても若くて綺麗なお」とまで言いかけたところでオールマイトに止められている
 →六花ちゃんとの年齢差は35歳で、「お母さん」と言うには「とても若い」って歳でもない

なお、まだサードインパクトを残しています。
おそらく、林間合宿前後にぶち込まれる事になるかと思います。
ちなみにサードインパクトの伏線も既に張ってあります。
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