地獄の氷叢さん家   作:M.T.

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昨日一瞬だけ赤バーになってぬか喜びしてたらオレンジに戻った悲しみ。
面白いと思っていただけましたら、高評価・お気に入り・感想等よろしくお願いします( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
作者は単純ですので、高評価・お気に入り・感想をいただけましたらモチベーションになります。


第33話 氷叢さんの休日・その2

No side

 

「あつい……」

 

 六花は、快晴の空を見上げながらそう呟く。

 六花は黒い兎の垂れ耳のカチューシャをつけ、その上からキャスケットにも見えるキャップを被っている。

 ちなみに服装は、白い緩めのTシャツと黒のサロペットパンツ、ハイカットのスニーカーといった格好だ。

 

「やぁ、いい遊園地日和だな! なぁ氷叢くん! 上鳴くん! 峰田くん! 常闇くん!」

 

 飯田は、白い兎の耳のカチューシャをつけて張りきっていた。

 飯田の隣には、象の耳をつけた峰田、熊の耳をつけた上鳴、六花、猿の耳をつけた常闇がいる。

 ここはズードリームランド。動物をモチーフにした遊園地だ。

 森やサバンナを模したメルヘンな遊園地で子供からお年寄りまで幅広い年齢層に人気がある。

 日曜日の今日はとくに家族連れで賑わっていて、入園者の大半が飯田達と同じような動物の耳カチューシャをつけている。

 ネイティブが送ってきたのは、ここのチケットだった。

 

 緑谷と轟が行けないとわかって、飯田がどうしようかと思っていた帰り道、たまたま通りがかった峰田と上鳴を誘ったのだ。

 食い気味にOKした二人(無論、六花が一緒に行くと聞いたからだが)。

 当初はこの四人で行く予定だったのだが、行きの電車でたまたま常闇に会い、五人で一緒に行く事にしたのだ。

 

 常闇の方は、ホークス事務所で職場体験をしていた時、救けた市民にお礼にとチケットを二枚貰い、USJで一緒に戦った口田を誘って二人で楽しむ予定だった。

 だが、今日になって口田の弟が急に高熱を出したため一緒に行けなくなってしまい、仕方なく一人で来たのだという。

 

「委員長、この装身具はつけなくてはいけないものなのか?」

 

 初めての遊園地で、言われるままカチューシャをつけた常闇が飯田に聞く。

 実は常闇も、六花と同じで遊園地に来た事がなかったのだ。

 

「いけなくはないが、遊園地に入ったら遊園地色に染まらなくては楽しめないぞ! ズードリームランドに一歩入ったからには、我々はもうズードリームランドの住人なのだ! ほら! 道行くご家族連れもみんなカチューシャをしているだろう!」

 

 見かけが鳥の常闇に猿の耳は見た目にも違和感はあるが、つけているほうも違和感があるらしく耳を確かめながら聞く常闇に、飯田は自信たっぷりに答える。

 どんな事にも真面目な飯田は、遊園地も真面目に楽しむつもりなのだ。

 

「なるほど、そういうものか」

「イーダさんって、割とカタチから入るタイプですよね」

 

 熱く語る飯田に納得したように頷く常闇と六花。

 上鳴が、隣を歩く六花や、目の前を通り過ぎていくウサミミ女子達を見て、テンション高く口を開く。

 

「ま、ノリだよな。それに動物の耳つけた女の子ってカワイイし! ウサミミ最高!」

「?」

 

 上鳴の言葉に対して、六花は自分の黒い垂れ耳を触りながら首を傾げる。

 六花の天然な行動に対し、上鳴はホッコリして頬を緩ませる。

 何を隠そう、上鳴はウサミミ姿の六花が目当てで飯田の誘いに乗ったのだ。

 

「何言ってんだ、カワイイだけならぬいぐるみだってできる。大切なものが足りないだろうが!」

 

 なぜか憤る峰田に上鳴が首を傾げる。

 

「大切なもの?」

「ウサミミならバニーガールの恰好がマストだろうが……! こぼれんばかりのおっぱいに鋭角に食いこむハイレグに網タイツだろうが!! なぜ、男のドリームを売ってないんだ! ドリームランドなのに!! ハッ、そうだ氷叢! お前今すぐバニーガールの格好に着替えてこい! レオタードの角度は魅惑の30度!!」

「私、そのバニーなんたらってやつしりません。そんなに好きなら自分で着てくればいいじゃないですか」

「わかってねーな、野郎が着たって意味ねーだろうが! 女が着るからドリームなんだよ!!」

 

 峰田のセクハラ発言に対して、六花が呆れ顔で言い返すと、峰田がさらに反論する。

 女子に対してストレートにセクハラ発言ができる度胸は、もはや鋼のメンタルと言ってもいいだろう。

 拳を握り、力説する峰田に飯田は首をかしげる。

 

「君こそ何を言ってるんだ、峰田くん。森とサバンナにバニーガールがいるはずないだろう」

「いるかもしんねーだろ! 新宿歌舞伎町で働いていたバニーガールが、悪徳業者に騙されてサバンナに放り出される可能性だってゼロじゃねえ……想像力は常にプルスウルトラだぜ!」

 

 峰田のエロの力は既にプロ並みだ。

 しかし、飯田の真面目さもプロ並みだ。

 

「何故、わざわざサバンナに放り出すんだ? そもそもサバンナとは熱帯の草原であってアフリカや南アメリカなどにあるのだ。そこへ放り出すことが悪徳業者にとって何のメリットが?」

「メリットじゃねえ、バニーガールの可能性の話だよ! アフリカに歌舞伎町があるかもしれないだろうが!」

「なにっ!? アフリカにもカブキチョウという地名があるのか!?」

「ちげーよ! 夜の歓楽街って意味だよ!」

「おいおい、お前らさ、昼間の遊園地でなに言い合ってんだよ」

 

 上鳴が二人を止めに入る。

 辺りを見回すと親子連れたちが遠巻きに飯田達を見ていた。

 いらぬ注目を集めてしまっていたようだ。

 

「ぼ……俺としたことが! 長閑な休日の邪魔してしまって申し訳ありません!!」

 

 慌てて謝る飯田。

 家族連れは飯田の真面目さに苦笑しながら、それぞれの目的地に散っていった。

 頭を上げた飯田は決意を新たにする。

 

「こんなことではいけないぞ、みんな! 我々はもうズードリームランドの住人……下界のことは忘れて、遊園地を楽しもうじゃないか!! さて、どこから回ろうか。せっかくなら乗り物全部制覇しよう! 氷叢くんと常闇くんは、まずはどこに行きたい?」

「私はよくわかんないのでトコヤミさんが行きたいとこでいいです」

「では、俺は期間限定のアップルパイを……」

「うむ、アップルパイだな! 限定アップルパイは……ここだ、〝森のスィーツ屋さん〟で食べられるらしい」

「行こう」

 

 園内マップで場所を確認した五人は、森のスィーツ屋さんに向かった。

 慣れた様子で歩いていく飯田のおかげですぐに着く事ができた。

 店はリンゴのモチーフで飾りつけされている。

 早速、期間限定アップルパイと飲み物をそれぞれ一つずつ頼み、店の近くに置いてあるテーブルで食べる。

 ブドウジュースを注文した峰田が、コーラを注文した六花に声をかける。

 

「おい氷叢ぁ…コーラ一口くれよ」

「ヤです。デンキさんから貰えばいいじゃないですか」

「くっ……! 上鳴ぃ…何で氷叢と同じの頼んだんだよ!」

「いや、そんなこと言われても」

「峰田くん、テーブルを叩くのはよすんだ!」

「騒々しい……」

 

 六花との間接キスに失敗した峰田が悔しそうにテーブルをガンッと叩き、上鳴を責めると、真面目な飯田が峰田を注意し、常闇が呆れた。

 上鳴も、六花と同じコーラを注文していた。

 ならば同性の上鳴から分けて貰えばいいという六花の正論に対し、峰田は何も言い返せず、よりによって六花と同じ飲み物を注文した上鳴に矛先を向けた。

 そんな会話をしていると、店員が注文したアップルパイを運んできてくれた。

 

「うん、美味いな」

「あぁ、爽やかなリンゴの酸味を残しつつ、シナモンを効かせて甘味をきわ立たせている。パイ生地と、やわらかく煮たリンゴの食感もいい……美味」

「んん、うまっ……」

 

 味を嚙みしめるように深く頷いてから、嘴で器用に突くようにアップルパイを堪能する常闇。

 六花も、目を輝かせながらアップルパイを頬張っている。

 本当に美味しそうな様子を見ていると、飯田もさっきよりさらに美味しく感じた。

 

「しかし、常闇くんがそんなにリンゴ好きだったとは意外だな」

「リンゴを一日一つ食べれば、医者が遠ざかると言われるくらい栄養が豊富。しかもほどよい酸味と甘み。そして長期保存も可能……リンゴほど素晴らしい果物はない」

 

 なるほど、と頷きアップルパイを平らげる飯田に常闇は聞く。

 

「委員長はやはりオレンジが一番好きなのか?」

 

 飯田の飲み物はオレンジジュースだ。

 

「いや、そんなこともないんだが、僕のガソリンだからね。飲み物はついオレンジジュースになってしまうんだ」

 

 飯田の“個性”は『エンジン』。

 脹脛についているエンジンのような器官で素早く動く事ができる。

 その原動力が100%のオレンジジュースなのだ。

 

 飯田もたまに他のものを飲みたい時がある。

 だが、コーヒーを飲みたいと思って自動販売機で買おうとしても、気がついたらオレンジジュースのボタンを手が勝手に押している。

 しかし、いざという時に動けないようでは困るから、やはりオレンジジュースで正解なのだと飯田は思う。

 

「氷叢くんと上鳴くんはコーラが好きなのか。美味いのかい?」

「えっ、委員長コーラ飲んだことねーの?」

「ああ。炭酸だとエンジンがエンストしてしまうからね」

「あ、そうなんですね……」

 

 飯田が六花と上鳴の飲んでいるコーラを見て話しかけると、上鳴が驚いたような顔をする。

 飯田は“個性”の関係上炭酸飲料を控えているので、コーラを飲んだ事がないのだ。

 こんなに美味しい飲み物を飲めないなんて可哀想だと、六花は心の中で飯田を憐れんだ。

 

「さて、どこから回ろうか。氷叢くんと常闇くんは何か乗りたいものはあるかい?」

 

 他の四人がアップルパイを食べ終わったのを見計らって、飯田は園内マップをテーブルに広げる。

 

「いや、特にない。委員長に任せる」

「私もです」

「そうか……ならば、あそこからにしよう」

 

 移動する六花達。

 途中、木々にあふれるエリアになった。

 生い茂る木々の間には、一体どういう趣向なのか、タイヤやメロンパン、ピラミッド、赤い球体などの彫刻がポツポツと置かれている。

 

「……なんだか不思議な空間だな」

「あぁ、ここの園長は芸術好きな人らしくてね。昔からいろんな芸術作品を期間ごとに園内に展示しているんだ。僕が子供の頃に来た時は、なぜか全身白塗りの人達がここで組体操していたな」

「へぇ……」

 

 その光景を想像して常闇は普通の彫刻でよかった、と思った。

 逆に六花は、その組体操とやらを見てみたい気がした。

 そうして五人がやってきたのはティーカップのアトラクションだった。

 丸いトレイを模した台座の上にティーカップ型の乗り物がいくつか設置されている。

 

「委員長、何だ、これは」

「“オアシスのティータイム”だ。遊園地といえばまずはこれに乗らなければな! お、誰も並んでいない! すぐ乗れるぞ」

「はしゃいでんなー、委員長」

 

 はしゃぐ飯田の後に続いて、常闇もティーカップに乗りこむ。

 六花も、二人に続く形で、上鳴や峰田と三人でティーカップに乗り込んだ。

 他に乗っているのは小さい子供連ればかりだ。

 当然ながらティーカップに乗った事がない六花は、カップの中心についているハンドルが気になるようで、上鳴に話しかける。

 

「デンキさん、このハンドルなんです?」

「それを回すと、カップが回んの」

「へぇ……」

 

 開始のブザーが鳴り終わると、緩やかで楽しげな音楽が流れはじめる。

 六花は、音楽に合わせて緩やかにハンドルを回した。

 六花は、クール系の外見と規格外の“強個性”とは裏腹に、内面は幼稚園児のように純粋であどけない。

 初めての遊園地で彼女がはしゃいでいるのを見て、上鳴は年相応にドキドキしていた。

 彼も男子高校生、色々と多感な年頃だ。

 クラス一の美人と遊園地で遊ぶという夢のようなシチュエーションに、上鳴は内心かなり浮かれている。

 

「わがままオッパイの谷間に食い込む襷掛けカバン……唆るぜぇ……」

 

 なお、隣に座っていた峰田は、血走った目で六花の胸を見ながら鼻息を荒くしていた。

 若干前屈みの姿勢でハンドルを回し、さらにはショルダーバッグの紐が谷間に食い込む事で、サロペット越しでもその形がハッキリわかる程に胸が強調されている。

 峰田の想像力により、その肉感やフォルムが忠実に再構築され、脳内のエロフォルダに永久保存される。

 だがその直後、そんな煩悩は一瞬にして掻き消される。

 

「常闇くん……っ、いったい何を……!」

 

 後ろから、飯田の声が聴こえる。

 見てみると、飯田と常闇の乗っているティーカップが、遠心力で場外まで飛ばされてしまいそうな速さで回っている。

 それを見た六花が、何か納得したような顔をする。

 

「あ、なるほど。そういう遊びですか」

「えっ?」

 

 その直後。

 強烈な遠心力が、上鳴と峰田を襲う。

 

「「ぎゃああああああああああ!!!」」

 

 三人を乗せたティーカップが、横向きに高速回転しながら火花が散る程の速度で外周を回り、飯田と常闇のティーカップに追いついた。

 

「ムッ……氷叢か」

「トコヤミさん、どっちが速く回せるか勝負です」

「フッ、望む所」

「ち、違うぞ二人とも……!」

 

 何かを勘違いした六花と常闇が、互いに静かに闘志を燃やし合う。

 飯田の声も虚しく掻き消され、熾烈な競争が繰り広げられる。

 火花を散らしながら一心不乱にハンドルを回して勝負に勤しむ二人に対し、他の三人はティーカップの縁にしがみついたまま悲鳴を上げた。

 強烈な遠心力で、さっき飲んだばかりのジュースの大荒れの海でアップルパイが溺れる。

 

「「お゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……」」

「えっと……なんかごめんなさい……」

 

 数分後、飯田と常闇は近くのベンチでぐったりと座り込み、上鳴と峰田は地べたに四つん這いになって吐き気に苦しんでいた。

 峰田に至っては、さっき食べたアップルパイとブドウジュースをリバースしている。

 そんな四人を見て、六花は申し訳なさそうに謝る。

 ティーカップとは回転の速さを競う乗り物ではないと飯田が教えると、常闇は「早く言ってくれ……」と小さく首を振る。

 

「……しかし、氷叢くんと常闇くんは本当に遊園地が初めてなんだな」

「噓をついてどうする。……委員長、次は」

「もう大丈夫なのかい?」

「まだ本調子じゃないが、さっき、乗り物制覇しようと言っていただろう」

「それじゃ……次は大人しめのアトラクションにしよう」

「私もやりたいです」

「……俺は遠慮しとくわ」

「ああ、きもちわりい……」

 

 結局次のアトラクションは飯田、常闇、六花の三人で乗り、まだ吐き気が治らない上鳴と峰田は近くで休む事にした。

 そしてよろよろとやってきたのは、煌びやかなメリーゴーラウンド。

 ズードリームランドなので馬だけではなく、犀やライオンや象などの乗り物がある。

 飯田は馬に、常闇は犀に、六花はキリンに乗った。

 緩やかな音楽に乗りながらのんびりと回っている。

 サークルの外では、子供のはしゃぐ姿を思い出にしようとビデオやカメラを向けている親達がいた。

 

「……委員長、これは何が楽しいんだ?」

 

 常闇のシンプルな疑問に飯田が答える。

 

「何を言っているんだ、常闇くん。普段乗れない動物に乗っている。しかも安全に。ほら、子供達もあんなに楽しそうだろう」

「そういうものか……」

「見ろ、氷叢くんも楽しんでいるぞ」

 

 そう言って飯田が、キリンに乗っている六花を指差す。

 

「きりんっ、きりんっ♪」

 

 六花は、キリンの首に抱きついてキャッキャとはしゃいでいる。

 子供達のはしゃぐ声や柔らかく差しこむ日差しの中、緩やかにメリーゴーラウンドは回り続ける。

 

「……しかし、遊園地の乗り物は回るのが多いな」

 

 常闇のまたもシンプルな感想に飯田が答える。

 

「そんなことはないぞ、上がったり下がったり、回転もするぞ」

「やはり回るのか」

 

 飯田の説明に、常闇がツッコミを入れる。

 一方で、峰田と上鳴はというと。

 

「ぎぼぢわりい……」

「六花ちゃんのバイタリティ舐めてたわ……」

 

 メリーゴーラウンドの近くのベンチで休んでいた二人は、未だに吐き気に苦しんでいた。

 飯田と常闇はまだ比較的軽症で済んだが、底知れないバイタリティを持つ六花と一緒にティーカップに乗っていた二人は、未だに平衡感覚が元に戻らず視界がぐわんぐわんと歪んでいる。

 なんとか気分を紛らわせようと、二人は妄想を膨らませる。

 

「あー、太ももムチムチバツイチ子持ちのドスケベ爆乳爆尻ナースに介抱されてーなぁ……」

「あー、綺麗なお姉さんに逆ナンされてー……」

 

 二人は、美人なお姉さんに優しくされる妄想をする事で、吐き気を忘れようとした。

 美人なら目の前に六花がいるが、それはそれ、これはこれだ。

 二人がベンチで休んで体力を回復させていた、ちょうどその時だった。

 

「あの……」

 

 前の方から、可愛らしい声がかけられる。

 二人が顔を上げると、そこにはキリンの角と耳のカチューシャをした幼い女の子がいた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「つまり、迷子というわけだな」

「だから、ユカ、まいごじゃないもん! もうようちえんなのにまいごにならないもん!」

 

 メリーゴーラウンドに乗り終わった後、ベンチで待っていた上鳴と峰田から訳を聞いた飯田の結論に、ユカという女の子は唇を尖らせて反論した。

 ユカの話によると、母親と二人で遊園地に遊びに来て、母親がお昼ごはんを買いに行っている間に大好きなキャラクターの着ぐるみが通りかかり、ついそれを追って迷ってしまったらしい。

 

「ユカさん。私なんて、学校の中でもよく迷子になっちゃいます。私たち、仲間です」

「己の痴態を誇らしげに語るな……」

「なかまじゃない! ユカ、まいごじゃないもん!」

 

 六花が迷子のユカにシンパシーを感じて話しかけると、常闇がツッコミを入れ、ユカが不服そうに反論する。

 誰だって、高校生なのに学校の中で迷子になるようなダメ人間と一緒にされたくはない。

 そんな中、上鳴が苦笑して言う。

 

「って言い張るもんだから迷子センターに連れてけなくてさー」

「だからまいごじゃないもんっ、ただママとのまちあわせばしょがわからなくなっちゃっただけだもん」

「それを迷子というのだろう」

「っ……」

 

 常闇の冷静な指摘にユカがビクッと怯える。

 そして上鳴の後ろに隠れるようにしてチラッと常闇を窺い見た。

 その様子に全員がきょとんとする。

 

「なんかさっきから常闇に対してだけ態度違くねぇ?」

 

 峰田の言葉にユカが恐る恐る呟く。

 

「と、とりさんこわい……まえ、パンたべてたらつつかれたの……」

 

 それを聞いた上鳴と峰田は笑い出す。

 

「大丈夫だって! 常闇は鳥じゃねえよ。そういう“個性”なの」

「“こせい”……?」

 

 ユカは怯えながらも好奇心を覗かせて常闇を見る。

 

「思わず笑っちまったけど、笑いごとじゃねえよ。俺もたまにカラスに頭つつかれる」

「ユカくん、常闇くんは紳士だぞ。怖がることはない」

「でも……」

 

 怖がる様子のユカに、常闇は小さくため息を吐く。

 

「精神的外傷はそう簡単に癒せまい……それより親御さんが心配しているだろう」

 

 常闇の言葉に飯田が頷く。

 

「あぁ、そうだな。とりあえず迷子になった時のための待ち合わせ場所に連れていけば万事解決というわけだ。で、その待ち合わせ場所というのが……」

「リンゴのまえ!」

 

 ユカがこれだけは覚えてると言わんばかりに大きな声で答える。

 

「リンゴって……アップルパイ売ってるとこか? リンゴあったよな?」

「あぁ、たしか飾り物がたくさんあったな。森のスィーツ屋さんはすぐそこだ。行ってみよう」

 

 そして男四人に女二人で森のスィーツ屋さんに向かって歩きだした。

 ユカは常闇と一番離れている上鳴とはぐれないようにと手を繫いでいる。

 これで男四人だけだったら誘拐犯か何かと間違われていたかもしれないが、六花も一緒だったのでその心配はなかった。

 

「あか〜いリンゴのアップルパイ♪ あつ〜いリンゴにしっとりパイ♫ あまくてすてきなまほうのおかしっ♬」

 

 六花は、さっき食べたアップルパイを思い出しながら、即興のオリジナルソングを口ずさむ。

 すると六花の歌が気になったのか、ユカが話しかけてくる。

 

「まっしろのおねえちゃん、それなんのうた?」

「アップルパイのうたです。今つくりました」

「おねえちゃん、うたじょうずだね」

 

 ユカと六花は、ニコニコ笑顔を浮かべながら話している。

 六花のぽわぽわした雰囲気に心を開いたのか、ユカは六花に懐いていた。

 

「まっしろのおねえちゃんか。なぁ、オイラは?」

「ぽこぽこおにいちゃん」

「なんだそれ」

「ぽこぽこ〜! じゃあ俺は?」

「きいろのおにいちゃん」

 

 飯田はそんなやりとりを見て、微笑ましそうに口を開いた。

 

「君達は子供に好かれるんだな。話しやすそうな雰囲気があるんだろう。ヒーローには必要な要素だ」

「そうかぁ?」

「まぁな、子供にはわかるんだろうな、オイラの広い海のような心が! あ、別に常闇が狭いって言ってるわけじゃねえぞ!」

「気にしていない」

 

 照れる上鳴に、褒められ鼻を伸ばす峰田。常闇はどこ吹く風だ。

 

「おい、森のスィーツ屋さんに着いたぞ」

 

 飯田の記憶通り、森のスィーツ屋さんは期間限定アップルパイの宣伝でリンゴのモチーフで飾られている。

 

「待ち合わせ場所はここかい? ユカくん」

「ううん、ちがう。もっとおおきなリンゴのとこ……これっくらいの」

 

 不安そうに顔をしかめながらも、両腕を精一杯伸ばしてみせるユカ。

 

「委員長、もっと大きなリンゴねえの?」

「ズードリームランドは幼い頃よく来ていたが、そんな大きなリンゴなど知らないな……この園内マップにもそれらしきものはないようだし」

「ユカ、もうママとあえないの……?」

 

 じわりと目に涙を浮かべたユカに、飯田達は慌てた。

 人々を救うヒーロー志望、感謝の涙以外に幼い女の子を泣かせたとあっては言語道断だ。

 

「そ、そうだ! 高い所から見ればみつかるんじゃね!?」

「そうだな! それはいいアイディアだ。ところで高い所は……」

「ちょうどあるぜ、観覧車が!」

 

 峰田が指差したズードリームランドで一番高い観覧車を見て、常闇が呟いた。

 

「また回るヤツか……」

 

 そうして観覧車に乗った六人。

 

「ユカくん、しっかり目を凝らして待ち合わせ場所を探すんだぞ」

「うん!」

 

 どんどん上昇していく観覧車。

 皆それぞれ“大きなリンゴ”を見つけようと窓辺に張りつく。

 

「こういう時に、すっげー視力がいい“個性”とかだったら便利だろうなぁ。俺の『帯電』じゃ役に立たねえし」

 

 上鳴の言葉に飯田も頷く。

 

「僕の“個性”も探し物には向かないな」

「メガネのおにいちゃんの“こせい”はなぁに?」

「僕のは『エンジン』だ。ほら。これで早く走ったりできるんだよ」

「わぁ、いいなぁ。ユカ、まだ“こせい”でてないんだ」

 

 少し残念そうに呟くユカ。

 

「オイラの“個性”はコレだ。ほら、お前にやるよ」

 

 峰田が頭の『もぎもぎ』をもぎって差し出すが、ユカは「いらない」と首を振った。

 

「なんだと!? 超くっつくんだぞ、これ! ほらほらほらぁ!」

 

 ユカにすげなく断られた峰田が『もぎもぎ』をちぎっては壁にくっつけていく。

 そんな峰田を一瞥して常闇が口を開いた。

 

「無駄に動くな、揺れる」

「峰田くん、そんなことをしている場合ではないぞ! 早く大きなリンゴを探すのだ!」

「つーか、今更だけどよぉ……氷叢の“個性”で探せば良くねえか?」

 

 峰田の案に、飯田、上鳴、常闇がハッとする。

 だが当の本人は、露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「えぇ……コウキョウノバで“個性”使うのダメじゃないです?」

「今そんなこと言ってる場合じゃねえだろ……ユカちゃん困ってんだぞ」

「じゃああとでおこられたら、ミノルさんにやれってゆわれましたってゆっていいです?」

「何でオイラなんだよぉ!」

 

 六花の理不尽な発言に、峰田が抗議する。

 四人に説得された六花は、雪でできた鷹の大群を遊園地全体に飛ばした。

 すると、それを見たユカが怖がって上鳴にしがみつく。

 

「と、とりさん、こわい……」

「氷叢くん、ユカくんが怖がっているぞ。別の形にできないのか?」

「…………とりさん……かわいいのに……」

 

 ユカを怖がらせてしまった六花は、しょぼんと落ち込む。

 六花にとって、鳥は友達だ。

 特にシマエナガには強い思い入れがある。

 加えて、六花の造る雪像は、その動物の長所をそのまま再現できる。

 猛禽類の視力は人間の8〜10倍あるといわれ、人間の目には見えない紫外線も視認できる。

 鳥はなんだかんだで便利なのだ。

 

 しかし、ユカを怖がらせてしまっては元も子もないので、六花は雪の形を変えて小さな氷の粒にする。

 氷の粒を広範囲に飛ばし、遊園地全体をくまなく探した。

 だが、結局待ち合わせ場所らしきものはみつけられなかった。

 係員に聞いても、それらしきものはないらしい。

 

「……なぁ、もう迷子センター行った方がよくね……?」

 

 さすがに親が迷子センターに行ってるだろと上鳴の言葉に、ユカは必死で首を振る。

 

「しかし、まだ迷子の放送がないということはユカくんのママさんはまだ迷子センターに行っていないということだろう」

「もしかしてもう帰っちまってたりして!」

「う……」

 

 場を和ませようとした峰田の軽口にユカの目に涙があふれる。

 

「峰田、お前なぁ!」

「冗談だって!! ほんとに帰ってるわけねーだろが!」

「思慮に欠ける」

「……ミノルさんサイテーです」

「小さい子になんて冗談を言うんだい!」

「くうっ、オレだってほどほど小せえだろ! そんな責めるなっ……あっちょっと待ってろ!」

 

 峰田はハッとして駆けだし、配られていた赤い風船をもらって戻ってきた。

 

「ほら! 大きなリンゴだぞ!」

 

 なーんてなという峰田の声をユカが遮る。

 

「ちがうもん! もっとも~っとおおきいリンゴだもん!」

「リンゴ?」

「うん」

 

 飯田に聞かれて頷くユカに、上鳴は笑う。

 

「バッカだな~、これは風船だぞ。リンゴは果物」

「ちがうもん、あかくてまるいのはぜんぶリンゴだもん!」

 

 ハッと顔を見合わせる五人。

 

「つまり、本物のリンゴじゃなくて、赤くて丸い物、ということか!」

「大きくて赤くて丸い物……そんなのあったか!?」

 

 常闇は上鳴の言葉に、ハッと思い出す。

 森ゾーンで見た彫刻の中にあった大きな赤い球体を。

 

「ある。こっちだ」

「えっ」

 

 歩き出す常闇にユカが顔を上げる。

 

「待ってくれ、常闇くん! さ、ユカくん、行こう!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 赤い球体のモニュメントの前には、ユカの母親が心配そうに待っていた。

 

「ママ!!」

「ユカ……!! もう、どこにいたの! ママ、心配したんだからね……っ」

 

 駆け寄った親子はひしっと抱き合う。

 母親はユカから五人の事を聞くと、何度も謝罪と感謝を繰り返した。

 

「いえ、僕たちは当然のことをしたまでです。どうかお気になさらず」

「ユカさん、お母さんに会えてよかったですね」

「もう迷子になんなよ?」

「二十年後が楽しみだ」

「…………」

「ユカ、お兄ちゃんたちにありがとうは?」

「おにいちゃんたち、ありがとう!」

 

 それじゃと手を振って行こうとする飯田達。

 だが、ユカが常闇に駆け寄ってきた。

 

「と、とりのおにいちゃんっ」

「……どうした」

「あのね……こわいっていってごめんなさい……ユカをつついたとりさんよりもおおきいくちばしだったから、たべられちゃうかもっておもったの」

 

 常闇はおどおどした様子のユカに、フッと小さく笑う。

 

「……気にするな。俺が好きな食べ物はリンゴだ」

 

 その常闇の笑みに、ユカの頰がぽっとリンゴのように赤らんだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 それから五人は遅めの昼食を食べ、食後のデザートにまたアップルパイを食べていた。

 常闇がもう一度食べたいと言い出したので、それに釣られて他の四人も食べる事にしたのだ。

 だが六花だけは、何故かアップルパイを二個注文した。

 

「……やはり美味」

 

 リンゴは別腹なのかアップルパイを再度堪能する常闇。

 六花は、何故かアップルパイをその場では食べずに、二個とも冷凍した。

 そんな六花に対し、飯田が疑問を投げかける。

 

「氷叢くん、何故アップルパイを冷凍しているんだい?」

「これは……帰ってからママと一緒にたべる分です。おいしかったので……ママにもたべさせてあげたいです」

 

 そう言って六花がアップルパイを直に鞄にしまおうとすると、飯田が六花の行動に感激する。

 

「なるほど……氷叢くんは母上想いなのだな。感服したよ……! だが、直接鞄に入れるのは不衛生だぞ」

「あ……はい……」

 

 飯田が、こんな事もあろうかと持ち歩いていたビニール袋を手渡したので、六花はアップルパイをペーパーナプキンに包んでから、飯田に貰ったビニール袋に入れて鞄にしまった。

 

「そうそう、みんなはもう感謝の手紙は書いたかい?」

「あれな。まぁなんとか書いたけど……マジで親の前で読むのかな? すげー恥ずかしいんだけど」

「あ~、明日の授業参観な。めんどくせえ」

 

 げんなりする峰田に飯田がカッと目を見開く。

 

「峰田くん、めんどくさいとはなんだ! 日頃の感謝を家族に伝える絶好のチャンスじゃないか! 僕は便箋40枚を超えたよ」

「マジで!? 俺、2枚だけど」

「オイラ、1枚」

「そんな少ない枚数で足りたのか?」

「いっそ、委員長が代表して読めばいいんじゃね? 授業、委員長の手紙の朗読だけでさ」

 

 半分呆れて半分感心したように言う上鳴に、飯田は神妙に首を振った。

 

「そんなわけにいかないだろう。……しかし、確かに今のままでは他の人の読む時間を削ってしまうな……ムゥ、要点を絞らなくては……!」

 

 考え込む飯田の横で常闇が名残惜しそうに最後の一口を食べた。

 その時、通りを警備員らしき人達が慌てた様子で走っていくのが見えた。

 

「なんだ?」

 

 何かあったのかと五人が警備員が走っていった方向を向いた直後、物が壊されたような音や悲鳴が聞こえてきた。

 ただことではない様子に、五人は「行ってみよう」と立ち上がり、駆け出す。

 騒ぎの元はお化け屋敷だった。

 なんだなんだと野次馬が集まっている。

 

「下がって、下がって!」

「子供が中にいるはずなんです……っ、ユカが、まだ……!」

「ユカくんのお母さん……!」

 

 警備員に必死に訴えていたのは、さっき別れたばかりのユカの母親だった。

 六花達は野次馬をかき分け駆け寄る。

 ハッとする母親。

 

「あなた達……」

「いったい何があったんですか!? ユカくんは……」

 

 聞かれた母親が、泣きそうに顔をしかめて言う。

 

「さっきまでお化け屋敷に二人で入ってたの。でも、突然ユカがいなくなって……そうしたら人形のオバケがっ……」

 

そうしている間にも、中から何かを壊すような音が聞こえてくる。母親は「ユカ!」とお化け屋敷に向かって叫んだ。だが、返事はない。母親は警備員に訴える。

 

「中に入れてください! 娘を……っ」

「待ってください、今……あっ!?」

 

 お化け屋敷から聞こえてきた音に、振り返った警備員の顔が恐怖に歪む。

 お化け屋敷の入口から人形であるはずのおばけが顔を覗かせていた。

 ゆらゆら動く様子はまるで生きているようだ。

 

「キャー!」

「なんだよ、あれ……!」

 

 ざわつく野次馬を遠ざけようとしながら、警備員が言う。

 

「ち、近づかないでください! お母さん、今、ヒーローを呼んでいますからもう少し待っていてくださいっ」

「そんな……っ」

 

 居ても立ってもいられないように歯痒くお化け屋敷の中を見つめる母親。

 ズードリームランドは街中から少し離れている。近くに目ぼしいヒーロー事務所はなく、到着するまでにある程度の時間はかかってしまうだろう。  そんな母親を見て、飯田は何か決心したように声をかけた。

 

「ユカくんのお母さん、僕が探してきます。ご安心を」

「え?」

 

 きょとんとする母親を安心させるように笑顔を見せると、飯田は踵を返し、野次馬を掻き分けていく。

 あわててついていく上鳴達。

 

「ちょっと委員長、探すってどうやって」

「無論、中に入るんだ」

 

 そう言って飯田が遠回りしてやってきたのは、お化け屋敷の裏側だった。

 

「昔、兄が抜け道をみつけてね。ええと、たしか……あった、ここだ」

 

 飯田は真っ黒に塗られた地面近くの小さな窓にしゃがみこむ。

 

「兄の名誉のために言っておくが、もちろんこの抜け道を使ったことは一度もないぞ! ただ僕が中で転んだ拍子に偶然みつけたんだ。しかし、まさかこんな時に役立つとは……よし、開いた。すまないが君たちはここで見――」

「見張りはいらないっしょ。オレも行くって」

「マジかよ、上鳴」

「幼女が中に取り残されたままならば、時は一刻を争う。それに、中で何か起きているなら人数は多い方がいいだろう」「上鳴くん、常闇くん……そうだな。迷っている時間がもったいない。さぁ行こう」

 

 飯田を先頭に上鳴、常闇が這いつくばるように中へと入っていく。

 

「なんだよ、もう! しょうがねえな、オレも行くよ! みんなヒーローかよ、まだ志望だぞ!」

 

 なんだかんだ言いながらも、峰田もついていく。

 

「……まぁ、一回やったら二回目もいっしょですし……」

 

 六花も、殺人犯のような理論で他の四人についていった。

 

「うお、暗っ」

 

 最初は何も見えなかったが、目が慣れてくると中の惨状がわかった。

 本来、通路のはずの場所には壊されたセットや装置が散らばり、まるで台風でも過ぎ去った後のようだ。

 そんな薄暗がりの中、何かが動き回っている音がしている。

 しかも複数いそうだ。

 

「なんだよ、オバケ役の人が待遇改善でストでも起こしてんのかぁ……?」

 

 強がりながらも怖がって震えている峰田の声に、飯田も表情を強張らせ、あたりを警戒しながら口を開く。

 

「いや、ここは子供向けのお化け屋敷なんだ。人間じゃなく、全部機械の幽霊やオバケ、妖怪で驚かしていた……さっき入口にいただろう、ああいうやつだ」

「んなもんがなんで勝手に動いてんだよ……!?」

「そんなことより、あの幼女を探すことが先決だろう」

「そりゃそうだけどよ……ぐえっ!?」

 

 常闇の言葉に峰田が答えたその時、突然上から河童の人形が峰田に襲いかかってきた。

 子供向けに作られた愛嬌のある人形が薄暗がりの中、得体のしれない異形の気味悪さを醸し出している。

 

「峰田!」

 

 上鳴が叫ぶと同時に常闇も叫んだ。

 

黒影(ダークシャドウ)!!」

 

 その瞬間、常闇の体から黒影(ダークシャドウ)が飛び出す。

 

「シャァアアア!!」

 

 黒影(ダークシャドウ)は薄暗がりの中で甲高く咆哮した。

 その姿は檻から解き放たれた獰猛な鳥獣だ。

 咆哮した勢いのまま河童の人形に嚙みつき、あっというまに破壊する。

 

「ひっ……!」

 

 顔のすぐ横で河童を嚙み砕かれて峰田は腰を抜かす。

 だが、黒影(ダークシャドウ)は止まらない。

 

「モット…モット獲物ヲヨコセ……!!」

 

 黒影(ダークシャドウ)は自由で満たされた暗闇の中で、標的を求めて膨張し、常闇の事など忘れたように縦横無尽に飛び駆けていく。

 黒影(ダークシャドウ)は闇が深ければ深いほど攻撃力が増し、獰猛になってしまうのだ。

 攻撃力が増すその分、制御が難しくなる一面がある。

 

「止まれ、黒影(ダークシャドウ)!!」

「シャアアアア!!」

 

 黒影(ダークシャドウ)は止まる事なく、うろついたり、破壊行動をしている人形達を次々に襲っていく。

 鬼気迫る漆黒の鳥獣の殺戮のようだ。

 

「怖えよ! 常闇のペット!!」

 

 峰田の言葉に黒影(ダークシャドウ)がピタッと止まり、ゆっくりと振り返る。

 

「ペットダト……?」

 

 怒りを含んだ声に、峰田はブンブンブンッとちぎれるかと思うほど首を振った。

 

「ウソウソウソウソッ! むしろ飼い主っ!?」

 

 峰田の言葉に黒影(ダークシャドウ)だけでなく、常闇もムッとして口を開く。

 

「「俺達は(ハ)対等だ(ダ)……!」」

 

 怒りのまま峰田に飛びかかろうとする黒影(ダークシャドウ)

 ハッとして常闇が「やめろ!」と止めようとするが、疾風のように飛びかかる影はそれより速い。

 飯田が上鳴に向かって叫ぶ。

 

「放電だ、上鳴くん……!」

「お、おう!!」

 

 黒影(ダークシャドウ)が峰田に飛びかかる寸前、上鳴が体に力をこめて放電する。

 眩しい光が辺りを包んだ。

 

「キャウン!!」

 

 鮮烈な光を浴びた黒影(ダークシャドウ)がまるで小犬のように縮こまる。

 

「救かったぁ~」

「いいぞ、上鳴くん! 常に放電していてくれ。これでユカくんを探しやすくなった」

「わかった!」

「眩シイヨ~」

「我慢してくれ」

 

 常闇にキャンキャン泣きつく黒影(ダークシャドウ)

 そんな中、峰田が恐る恐る口を開く。

 

「……なぁ、このパニックで気づかなかったけどよ……氷叢どこ行った?」

「「え?」」

「……何?」

 

 峰田の言葉に、三人が後ろを振り向く。

 

「来てねえんじゃねえの? お化け屋敷の前で待ってるとか……」

「いや、確かにオイラの後ろにいたはずなんだよぉ! どこ行ったんだよあいつ!」

「何てことだ、ユカくんに続けて氷叢くんまで……! ユカくん! 氷叢くん! どこだ! いるなら返事をしてくれ!」

 

 だが、飯田の呼びかけに返事はない。

 人形も破壊されて動くものもいない今、物音一つしない。

 

「いねえんじゃねえの? 騒ぎの中で逃げ出して、また迷子になっちまってるとかさ」

「イルヨ」

 

 上鳴の言葉にすっかり大人しくなった黒影(ダークシャドウ)が反論した。

 

「本当か、黒影(ダークシャドウ)

「闇ノ中ニ紛レテ怯エテルヨ。リッカモ一緒にイル」

「おお、さすが闇属性」

「どこにいるかわかるか?」

「コッチダヨ」

 

 黒影(ダークシャドウ)が進んでいったのは、隅にある井戸だった。

 その前にキリンのカチューシャが落ちている。

 

「これはユカくんのつけていたカチューシャじゃないか!」

「コノ井戸ノ中ダヨ」

 

 四人は「大丈夫かっ」と井戸の中を覗くが、中には誰もいない。

 

「いねーじゃねーかっ」

「イルヨ!」

 

 常闇が考えこんでいた顔を上げて口を開く。

 

「……もしかしたら、“個性”が発現したんじゃないか?」

「ユカくんのか?」

「あぁ、闇に溶けたり、闇の中で物を自在に操れる“個性”が。それなら突然いなくなったのも、この惨状も納得できる」

「“個性”か、ならしょうがねーよな。なんせ、突然発現するし」

「おおい、ユカくん! もう大丈夫だ! 出ておいで!」

 

 井戸の中に向かって呼びかける飯田。

 しかし、そこには闇があるだけだ。

 

「なんで出てこないんだ?」

「パニくってんじゃね? ほら、初めて“個性”が出た時って、最初パニくるだろ? 俺もビックリして腹いっぱい……じゃなくて目いっぱい放電しちまって、一日アホだった……ウェイ」

 

 上鳴の限界も近づいてきている。

 

「オイラも、もぎりすぎて血ぃ出て、パニくったわ」

「もしくは姿を現す術がわからないとか?」

 

 飯田の言葉に常闇が言う。

 

「……俺が話してみる」

 

 井戸の中の闇に向かって話しかける常闇。

 

「……落ち着け。凪のように穏やかな精神で己の存在を意識すれば、お前は闇より帰ってくる」

 

 常闇の言い回しに、上鳴達は呆れたように言う。

 

「……うェ~い、常闇。相手、幼稚園児だってわかってる?」

「もっと嚙み砕いた言い方をしなければ伝わらないぞ! 常闇くん。固い、固い!」

「委員長に固いと言われるようじゃおしまいだな」

「どういう意味だ、峰田くん」

「……わかりやすく……」

 

 少し考え込んでから、常闇は井戸の中に向かって手を差し出し、言った。

 

「ユカ、この手を握れ」

 

 すると、闇の中から暗く透き通る女の子の小さな手がゆっくりと現われ、戸惑うようにおずおずと常闇の手に触れた。

 常闇はその手をしっかりと握り返す。

 その力強さに触発されたように、闇からユカの全身が現れた。

 

「とりのおにいちゃん……」

「もう大丈夫だ」

 

 ユカの姿によかったよかったと喜ぶ飯田達。

 井戸の闇の中には、六花が倒れていた。

 黒影(ダークシャドウ)は、井戸の中へと移動して六花を救出した。

 

黒影(ダークシャドウ)、氷叢は……」

「ダイジョウブ、気ヲ失ッテルダケダ」

 

 六花を井戸の中から救出した黒影(ダークシャドウ)は、地面に六花を降ろす。

 六花は気を失っており、頭にたんこぶができているが、致命傷には至っていない。

 

「お母さんがとても心配しているぞ! 早く姿を見せてやらねば」

 

 飯田の言葉に、ユカが小さく首を振る。

 

「なぜだ?」

「……ママ、すっごくこわがってた……ユカもこわい……ひとりでくらいのやだよ……」

 

 ポロポロと涙を零すユカの目を常闇は見据えた。

 

「……闇は己の本性を暴く。そこに恥じるものがなければ、恐れる必要はない」

 

 上鳴が「言い回し、言い回し!」とアドバイスを送る。

 常闇はまたしても考え込んだ。

 

「だからつまり……」

 

 だが、思い浮かばない常闇の代わりに、後ろで隠れていた黒影(ダークシャドウ)が顔を覗かせて言った。

 

「闇は友達ダヨ!」

黒影(ダークシャドウ)!」

「とも……だち……?」

「あぁ、俺の“個性”だ」

 

 いきなりの黒影(ダークシャドウ)に驚くユカ。

 一瞬ビクッとしたが、黒影(ダークシャドウ)に近づく。

 

「怖くないのか?」

「……ともだちならだいじょうぶ。とりのおにいちゃんも、こわくないもの」

「……そうか」

「友達、友達!」

「……ともだち!」

 

 喋る九官鳥のような黒影(ダークシャドウ)に、ユカがにっこりと笑いかける。

 その姿を見て、四人もホッとしたように頰を緩ませた。

 するとその時、六花が目を覚まして上体を起こした。

 

「んん〜……?」

「氷叢くん! 良かった、気がついたか……!」

「あれ……? イーダさん……? みんな……? わたし、なにしてたんでしたっけ……」

「もう大丈夫だ、すぐにここから出よう。立てるかい?」

「あ……はい……」

 

 飯田が声をかけると、六花はゆっくりと立ち上がる。

 

「……さて、行こうか」

 

 それから、ヒーロー突入寸前にお化け屋敷から出てきた五人と女の子。

 飯田がキビキビと的確にことの次第を説明すると、あっという間に騒ぎは収まった。

 破壊されたお化け屋敷の損害は遊園地が入っていた“個性”保険で賄われるらしい。

 

「ユカ、お姉さんにごめんなさいは?」

「おねえちゃん、ごめんなさい……」

「いえ、だいじょうぶですよ。勝手に首つっこんでジメツしただけなので……それより、たすかってよかったですね」

 

 母親に促されてユカが頭を下げると、六花がちょうどぶつけた頭を掻きながら言う。

 事の顛末はこうだ。

 六花は氷の使い魔でユカを見つけて助け出そうとしたのだが、足を滑らせて井戸の中に落ちてしまい、そのまま頭を打って気絶してしまった。

 ユカの“個性”が暴走中だった事もあって、一緒に闇の中に紛れてしまい、そのせいで峰田達が見失ってしまったのだ。

 

「本当になんて言ったら……ありがとう、ユカを何度も救けてくれて」

 

 ぜひお礼をしたいと言うユカの母親に飯田は恐縮する。

 

「いえ、そんな」

「ちなみに、お礼ってカラダで払う的な……?」

「子供! 子供の前だから!!」

 

 万が一の可能性にかけた峰田の口を上鳴が慌てて押さえる。

 

「ミノルさん、カラダではらうってどういう意味です?」

「六花ちゃんもいちいち聞かなくていいよ!!」

 

 六花が峰田の発言に反応すると、上鳴がツッコミを入れる。

 

「僕達は雄英高校ヒーロー科の生徒です。ヒーローを目指す者として、当然のことをしただけですので、どうかお気遣いなく!」

 

 そう言って胸を張る飯田達を見て、母親が賞賛の眼差しを送りながら、ユカの肩に手を置く。

 

「未来のヒーローのお兄さん達よ、ユカ」

「ありがとうございましたっ」

 

 ぴょこっと頭をさげるユカ。

 それじゃ、と行こうとする常闇に、ユカが駆け寄ってきた。

 

「あのね……うんとね……」

「どうした」

 

 頰を染めて、常闇を恥ずかしそうに見上げるユカ。

 

「とりのおにいちゃん、おうじさまみたい……だいすき!」

 

 目を見開き、驚く常闇

 「あら、まぁ」と母親。

 上鳴と峰田はゲッと顔を曇らせた。

 

「嘘だろぉ、コクられた!!」

「羨ましくなんかねえ! 相手は子供だ、女じゃねえ……でも二十年後なら……くそう! なぜだ、神よ……!!」

「わ……ぁ……っ」

 

 嘆く二人の近くで、六花はキャップで口元を隠しながら頬をほんのり染めている。

 六花は、生まれてこの方、恋をまだ知らない。

 だが、年頃の女子としては、やはり気になるものだ。

 天を仰ぐ峰田の横で、飯田がユカにしっかりと言い聞かせる。

 

「そうだったのか、ユカくん……しかし、交際はまだ早いぞ? 交際は大人になってから、きちんとご両親の許可を取ってからだ。もちろん、常闇くんのご両親の許可も取らねばな!」

「わかった、ユカ、がんばる! ね、とりのおにいちゃん」

 

 キラキラと眩しい笑顔を向けられ、常闇はどこか照れたように顔をしかめた。

 

「……先のことは闇の中だ」

 

 

 

 

 

 




A組で一番かわいいのは黒影(ダークシャドウ)。異論は認める。
本作では、常闇くんは飯田くんに誘われて遊園地に来たのではなく、たまたま行き掛けに一緒になったって事にしてます。
あと、六花ちゃんが一緒にいるので、上鳴と峰田はナンパしてません。
ナンパしてないので、ユカちゃんが逆ナンを覚える流れもありません。
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