地獄の氷叢さん家   作:M.T.

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赤バーだぁぁぁ……ヤッタァ!!
スナネコ天使様、評価10ありがとうございます。
高評価を入れてくださった皆様、本当にありがとうございます!!
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作者は単純ですので、高評価・お気に入り・感想をいただけましたらモチベーションになります。


第34話 氷叢さんの授業参観

No side

 

「でね! 今日はトコヤミさんが大活躍だったんだよ!」

「へぇ……そうだったのね」

 

 六花は、遊園地から持ち帰ったアップルパイを雪代と一緒に食べながら今日の話をした。

 遊園地の期間限定アップルパイがとても美味しかったので、六花が雪代と一緒に食べる為に冷凍して持ち帰ったのだ。

 遊園地で飯田達と遊んできた六花は、そこで常闇が女の子を助けた話をする。

 雪代は、クスクスと笑いながら六花の話を聞いていた。

 するとその時、廊下から電子音で奏でられたバッハのカンタータが聴こえる。

 固定電話の着信音だ。

 

「あら……」

 

 着信音に気づいた雪代が、廊下に出て電話に応じる。

 そしてすぐに受話器を持って居間に戻ると、六花に声をかけた。

 

「六花、相澤先生から電話よ」

「?」

 

 雪代に声をかけられた六花が、廊下に出て雪代から受話器を受け取る。

 だが、相澤からの電話と聞いて、遊園地で“個性”を無断使用した事がバレたと思ったのか、顔を強張らせながら話しかける。

 

「……もしもし」

『あー、そう固くなるな。何かやらかしたとかじゃねえから安心しろ。授業参観のことで、少し話がある』

「授業参観……?」

『そうだ。お前の“個性”は規格外だ。明日の授業参観での演習も、俺は正直お前一人で全部解決出来ちまうと思ってる。それだと授業にならん。ってなわけで、お前には先にネタバラシだ。授業参観当日は、保護者を人質に取られた状態で演習を受けてもらう。保護者の皆さんには、当日は人質役として演技してもらう予定だ。ただし、このことは他言無用だ』

「えっとぉ……それってつまり、みんなにはお芝居のことを黙って一緒に演習を受けろってことですか?」

『いや、違う。お前が何もしなかったら怪しいからな。お前には、当日はこちらで用意したシナリオ通りに動いてもらう。指示はメールで送るから、よく読んでおけ。以上だ』

 

 そう言って、相澤は一方的に電話を切った。

 突然の連絡に、六花は肩を竦めて首を傾げた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

緑谷 side

 

 授業参観当日。

 僕が教室に入ると、蛙吹さんと、その席の横で楽しそうに話している麗日さんが気づいた。

 

「今日はカレーもちに……あ、おはよ! デクくん」

「緑谷ちゃん、おはよう」

「おはよう、麗日さん、梅雨ちゃん」

 

 麗日のうららかなスマイルに、僕は頰を染めながら挨拶を返す。

 

「今日は参観日だね~。デクくんのとこは誰が来るの?」

「お母さんだよ。なんか緊張してた」

「ウチの父ちゃんも!」

「緊張ってうつるよね」

 

 そう苦笑しながら教室の後ろを通り、窓側の自分の席へと向かう。

 いつもと同じ教室だけど、どこか浮き足立っているような雰囲気だ。

 あちこちで誰が来るだの、親がどうしたのと話が盛りあがっている。

 

 授業参観って、やっぱりなんか気恥ずかしいよね。あ、でも手紙読むんだった……

 微妙な顔でため息を吐いた時、「なんだ」と声がかけられた。

 

「あ、轟くん、おはよう」

「おう」

 

 乏しい表情でじっと見られ、僕は轟くんがさっきの疑問の返事を待っていることに気づく。

 

「あぁ、なんでもないよ。ただちょっと手紙を読むのが恥ずかしいなって」

「まぁな」

 

 それは誰だってそうだ、という事だろうかと思いながら、僕は聞く。

 

「轟くんは、手紙書いたの?」

「あぁ、一応姉さんに」

「お姉さんが来るんだ?」

「あぁ」

「そっか」

 

 そっけない轟くんの返事に僕が笑ったその時、常闇くんと話していた飯田くん、上鳴くん、峰田くんが気づいて声をかけてくる。

 

「おはよう! 緑谷くん! 今日は授業参観日和だな!」

「おはよう……あっ、昨日は遊園地どうだった? 行けなくて本当にごめん!」

 

 ハッと思い出す僕に飯田は笑顔で首を振る。

 

「気にすることはない。いろいろハプニングもあったが、満喫させてもらった。なぁ常闇くん!」

「あぁ……」

 

 神妙に頷く常闇くん

 だけど、峰田くんが重大な告発をするように言う。

 

「聞いてくれよ、緑谷! 常闇、ロリコンだったんだよ……!」

「ええっ?」

「なっ……虚言を吐くな……!」

 

 僕が驚いていると、上鳴くんが苦笑する。

 

「違う違う、常闇が幼稚園児にコクられたの」

「え、なんで?」

「まぁそれは話せば長くなるのだが、出会いはどこに転がっているかわからない。だが、とりあえず言えるのは、常闇くんはロリコンではないということだ」

 

 きちんと訂正する飯田くんに、峰田くんは食い下がる。

 

「いいや、二十年後ならわかんねーだろ! いや、むしろ今から理想の女に育てあげる光源氏計画を発動するつもりなんじゃ……!」

「それをやりたいのは峰田、お前だろう」

「あぁやれるもんならやりたいね!! 犯罪にならないギリギリな感じで!」

「峰田はギリギリアウトだろ」

 

 朝から欲望むき出しな峰田くんに、八百万さんと話していた耳郎さんがイヤホンジャックを揺らしながら振り返って言う。

 

「うるせえっ、チッパイ二人は黙ってろ」

「ハァ!?」

 

 峰田くんに鼻で笑われ、鬼の形相になる耳郎さんに飯田くんが首をかしげる。

 

「チッパイ?  とは何なんだ?」

「ちいせえおっぱいのこと」

「上鳴っ、んな説明してんなよっ、飯田も聞くなってば!」

「それは失礼した。だが胸は胸だ。大きくても小さくても気にすることはないぞ」

 

 飯田くんの言葉に八百万さんも同意して深く頷く。

 

「そうですわ、耳郎さん」

「ヤオモモに言われても」

「それより、チョコお餅……これが意外とイケましたの!」

「マジで ~?」

 

 チョコお餅……?

 聞こえてきた妙な組み合わせを不思議に思いながら、僕は席に着く。

 そろそろショートホームルームの始まる時間だ。

 時間ピッタリに相澤先生はやってくる。

 ──はずだった。

 

「相澤先生、来ないね?」

 

 サッと席に着いていた全員が注目したけど、チャイムが鳴り終わってもドアは開かない。

 葉隠さんの言葉に、蛙吹さんが「ケロ」と首をかしげた。

 

「遅刻かしら?」

「見本であるはずの教師が遅刻とは……! これは雄英高校を揺るがす、由々しき事態だぞ、皆!!」

 

 一大事だと飯田くんが立ち上がり腕を機関車のように回しながら叫ぶ。

 そんな中、麗日さんが僕の前の席を見て口を開く。

 

「そういえば、六花ちゃんも来とらんね」

「相澤先生だけではなく、氷叢くんも遅刻とは……! ホームルームをなんだと思っているんだ!」

「まー相澤先生だって、相澤先生である前に人間だし。たまにはそういうこともあるんじゃね? 氷叢だって、寝坊しただけかもしんねーじゃねーか」

「しかし、瀬呂くん! 我々が目指すヒーローとは一刻を争うものだろう!? 救けを求める人にとっては命をかけた時間……一秒といえど遅刻は大罪だ!」

 

 瀬呂くんの楽観的な発言に、飯田くんがヒートアップする。

 確かに珍しいな。

 氷叢さんは兎も角、相澤先生が遅刻だなんて……

 

「──何かあったのかな……?」

 

 僕の呟きに、かっちゃんが舌打ちして前を向いたまま口を開く。

 

「ボソボソ言ってんじゃねえよ、クソが」

「ごめん、かっちゃん。でもさ」

 

 結局、ショートホームルーム終了のチャイムが鳴り終わっても、ドアが開く事はなかった。

 流石におかしいと教室がざわつき始める。

 そんな中、八百万さんが訝しげに口を開いた。

 

「──そういえば、そろそろ保護者が来てもいい時間じゃありません?」

「そだな。でもまぁ始まるまで時間はもう少しあるし……」

 

 切島くんが、考えながらも楽観的に答えた。

 

「でも、まだ一人も姿を見せないのは……」

 

 眉を寄せて続けた八百万さんに耳郎さんが言う。

 

「どこかで迷ってるとか?」

「雄英、広いからねー」

 

 芦戸さんがあっけらかんと笑って言った。

 

「よし、僕が委員長として職員室に行ってくる。みんなはそのまま待機していてくれ」

 

 飯田くんがそう言って教室を出ようとしたその時、全員の携帯が一斉に鳴った。

 

「なんだ?」

 

 僕は、慌てて携帯を確認した。

 皆も慌てて携帯を確認する。

 

「相澤先生からだ……!」

 

 相澤先生からのメッセージは『今すぐ模擬市街地に来い』というものだった。

 

「市街地?なんで……」

「……あっ、俺わかった! 相澤先生、あっちでまとめて授業……つーか手紙の朗読と施設案内するつもりなんじゃね!? 合理的に!」

 

 頭の上に電球でも浮いたようにひらめいた上鳴くん。

 合理的な相澤先生ならありそうな事だとみんなが頷き、渋々移動を開始する。

 

「そういうことならばしかたがない……みんな、手紙を忘れずに!」

「ちょっと待ってよ、六花ちゃんは?」

「メールが一斉送信されてるってことは、氷叢くんもこのメールは見ているだろう。メールを見たら、後で来るんじゃないか?」

「それもそっか」

 

 飯田くんが率先して引率し、乗り場で待機していたバスに乗りこむ。

 広大な敷地内を、バスに揺られながら進んでいく。

 

「最初からあっち集合にしとけっての。めんどくせえわ ~」

「ハハ……」

 

 横並びのシートに座った僕は、左隣の峰田くんの率直な愚痴に苦笑する。

 だけど僕は、ずっと何か引っ掛かっていた。

 

「どうした、緑谷くん」

 

 右隣の飯田くんに話しかけられ、僕は迷いながら口を開く。

 

「うん……なんか、そういう二度手間なこと、相澤先生がするかなぁって思ってさ」

「確かに、相澤先生らしくはないな」

 

 目をシパシパと瞬きさせながら飯田くんも頷く。

 その横に座っている轟くんが、何を言うでもなく黙って話を聞いていた。

 合理的がモットーの相澤先生なら、あらかじめすべてを用意しておくはずだ。

 

「緑谷、考えすぎ、考えすぎ!ハゲんぞ?きっとうっかりしてたんだよ、うっかり相澤だよ」

「八兵衛か!」

 

 向かいでブフーッと吹き出す麗日さんの隣で、蛙吹さんが言う。

 

「それ、相澤先生の前でも言えるの? 峰田ちゃん」

「絶対言わねえから、絶対言うなよ!」

 

 焦る峰田くんを横目に、飯田くんがハッとして口を開く。

 

「もしかしたら、何か先生なりの考えがあるのではないか?」

「考え?」

「あぁ、ヒーローが呼ばれる時はいつも突然。だから、そのとっさの対応を今から訓練しているとか」

「あぁ、それはあるかもしんねえな」

 

 轟くんは、飯田くんの意見に無表情に頷く。

 するとその時、飯田くんが小さく欠伸をした。

 

「眠いの?めずらしいね」

「あぁすまない、振動に揺られているとつい……昨日、夜更かしをしてしまった。手紙が長すぎると時間をとってしまっていけないだろう?40枚からなんとか20枚まで絞ってみたんだ」

「絞ってそれ!?いや、20枚削ったのもすごいけど!」

 

 僕が驚くと、飯田くんは真剣な様子で首を振る。

 

「もう絞れない……感謝の気持ちがぎゅうぎゅうすぎて、一文字も削れないんだ……!」

「どうりでポケットが膨らんでると思ったぜ」

 

 こともなげな轟くんの言葉通り、飯田くんの手紙が入っているポケットはパンパンだ。

 飯田くんが取り出した膨らんだ封筒を見て、「私のサイフもそんくらいパンパンやったらな~」と笑う麗日さん。

 その天真爛漫な笑顔に、僕もつられて笑う。

 

 やっぱり考えすぎか……

 なんて考えながら、自分の書いてきた手紙をそっと取り出した。

 パンパンではないけれど、丁寧に書いた。

 

 お母さん、ハンカチ持ってきてるかな?

 涙もろいお母さんの事だ、手紙の内容が客観的に見て大した内容じゃなくても、泣いてしまうかもしれない。

 そんな様子を想像して、大丈夫かなぁと心配して苦笑する。

 でも、その想像が想像のまま終わってしまう事を、僕はまだ知らなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 僕達は、模擬市街地のバス停に到着した。

 でも、そこに相澤先生の姿はない。

 バスは元来た道を戻っていく。

 

「この中で待っているということなんだろう。さぁ、みんな行こう!」

「……なんか匂う」

 

 飯田くんが腕を上げて皆を誘導しようとした時、障子くんが自身の大きな触手の先に鼻を複製していた。

 

「オ、オイラじゃねえぞ!」

「違う……ガソリンのような匂いだ」

「どっかで交通事故とかの演習でもやったんじゃねえの?」

 

 上鳴くんがそう言った直後、小さな悲鳴が聞こえた。

 

「なんだっ?」

 

 その悲鳴がやまぬうちに、別の人達の叫び声も聞こえる。

 慌てて声のする方へ駆け出し、ビルが建ち並ぶ道路を駆け抜けていく。

 ガソリンの匂いが濃くなっていく。

 そして、信じがたい光景が目に飛び込んできた。

 

「っ……なんだよ、あれ……」

 

 立ち止まった切島くんが茫然と呟く。

 突然開けた視界の先には、空き地が広がっていた。

 本来、そこにあったはずのビルは倒壊したらしく、瓦礫が脇に無残に寄せられている。

 ビルの建っていたところには大きな穴。

 半径数十メートルはあるようだ。

 そして、その穴の中央にポツンと取り残された大きなサイコロのような檻。

 一見、宙に浮いているように見えるのは、丸かじりして残されたリンゴの芯のように、削り残された塔のような地面の上に檻が置かれているからだ。

 檻の中からあがっていた悲鳴が、意味のある言葉に変わった。

 

「お茶子ー!!」 

「父ちゃん!?」 

「焦凍……っ」 

「っ……」 

「天哉……!」

「母さん……!」

「出久……!」

「──お、お母さん……?」

 

 紺のスーツを着たお母さんの姿に、僕は息を飲む。

 お母さんだけじゃない。光己おばさんもいる。

 檻に囚われていたのは、皆の保護者達だった。

 それぞれ怯えたように檻から子供の名前を呼ぶ。

 するとその時、葉隠さんが右腕を肩の高さまで上げて声を上げる。

 見えないけど、おそらく指を指しているんだろう。

 

「六花ちゃん……!?」

 

 葉隠さんが指を差した先では、氷叢さんが、お母さん達と一緒に檻の中に閉じ込められていた。

 氷叢さんが教室にいなかったのは、そういう事だったのか……!

 慌てて駆け寄ろうとして、僕達は穴の淵まで行く。

 

「っ、くさ……っ、ガソリン……!?」

 

 麗日さんが、穴の中を覗いて顔をしかめる。

 穴の深さは8〜9メートルあり、その底に澱んだ液体が浮かんでいた。

 

「なんだよ、これっ?  なんで親があんなとこ……」

「つーか相澤先生は!?」

 

 その時、ざわつく僕達を冷たく撫でるように機械的な声が聞こえてきた。

 

『アイザワセンセイハ、イマゴロネムッテルヨ。クライツチノナカデ』

 

 機械で無機質に変えられた声だが、明らかな敵意が籠っている。

 僕達はとっさに身がまえた。

 

「暗い土の中って……」

「相澤先生、やられちゃったってこと……?」

「ウソだよ! なんかの冗談だろ!? もうエイプリルフールは過ぎてんだぞ! つーか、お前誰だよ!? 姿を見せろ!」

『サワグナ。ジョウダンダトオモイタイナラ、オモエバイイ。ダガ、ヒトジチガイルコトヲワスレルナ』

「人質……」

 

 皆は、事態を把握しようと声の主を探してあたりを見回す。

 そんな僕達に、触手に耳を複製させていた障子くんが言う。

 

「違う、この周りじゃない。声はあの檻の中からだ」

「中……?」

『ソノトオリ。ボクハココニイル』

 

 その声を合図にしたように恐れおののいて退く保護者達の後ろから、潜んでいた黒い人影が現れた。

 

「っ!?」

 

 フードつきの黒マントに黒いフルマスクをつけた人物。

 背の高い男だ。

 周りの保護者達は檻の隅に逃げる。

 

 ──なんだ、これ。

 いったいなんで、何が……

 

「なんで、六花まで!」

『コノコノ“コセイ”ハヤッカイダカラ、サキニツカマエテヒトジチニサセテモラッタ。モウニドト、キミタチノトコロヘモドッテクルコトハナイ』

「そんな……!」

 

 芦戸さんの疑問に男が答えると、耳郎さんが目を見開く。

 よりによって、クラスで一番強い氷叢さんを先に捕まえて人質にするなんて……!

 

「──っ」

 

 異常な事態に飯田くんが隙を見て、そっと携帯から連絡をしようとしたその時、男が言う。

 

『サキニイッテオクガ、ガイブヘモ、ガッコウヘモレンラクハデキナイノデアシカラズ。アァ、モチロン、ソコノデンキクンノ“コセイ”デモムダダ』

 

 男が上鳴くんの方を向く。

 

「マジか、くそっ……」

 

 僕らの事知ってる……?

 訝しむ僕の前で、男は続ける。

 

『ニゲテ、ソトニタスケヲモトメニイクノモキンシダ。ニゲタラ、ソノセイトノホゴシャヲスグニシマツスル』

 

 その時檻の中で、がっしりとした体格の人の好さそうな麗日さんの父親らしき人が格子をつかみ、ガチャガチャと揺らして叫んだ。

 

「あかん! 檻が頑丈でどうにもできひんわー!!」

「と、父ちゃん!!」

「た、助けて、百さーん……!」 

「お母様があんなに取り乱すなんて……気を確かに……っ」

「ゲコッ、ゲコッ」 

「危険音……ケロ……」

 

 普段、常に冷静な蛙吹さんの不安そうな鳴き声に、じわじわと不安が広がっていく。

 相澤先生がやられたかもしれない。

 親達と氷叢さんが人質に取られている。

 ──これは現実なんだと。

 

「お母さん……」

 

 檻の中で不安そうに涙を浮かべているお母さんを見て、自分でも血の気が引くのがわかった。

 

「なんで……なんでこんなこと……!?」

 

 僕達を追い詰めるように、男の声が響く。

 

『ボクハ、ユウエイニオチタ。ユウエイニハイッテ、ヒーローニナルノガボクノスベテダッタノニ。ユウシュウナボクガオチルナンテ、ヨノナカマチガッテイル。セケンデハ、ボクハタダノオチコボレ。ナノニキミタチニハ、アカルイミライシカマッテイナイ。ダカラ──』

「要するに八つ当たりだろうが、クソ黒マントが!!」

 

 男の言葉を遮り、かっちゃんが叫ぶ。

 

「かっちゃん!?」

「めんどくせえ、今すぐブッ倒してやるよ……!」

 

 そう不敵な笑みを浮かべて、掌で爆発を起こすかっちゃん。

 その勢いのまま、檻へ行くつもりなのか淵の前に駆けだそうとする。

 

『オット、ヒトジチガイルノヲワスレルナ』

「キャア!」

 

 男が、一番近くにいた光己おばさんを引き寄せる。

 その様子に、かっちゃんが「チッ」と舌打ちして二の足を踏んだ。

 かっちゃん、焦ってる……

 

「勝手に捕まってんじゃねえよ、クソババア!!」

 

 かっちゃんの言葉に、男に捕まり怯えていた光己おばさんの顔が一変する。

 

「クソババアって言うなっていつも言ってるでしょうが!!」

 

 その場の空気にそぐわない怒号に、一瞬全員がきょとんとして光己おばさんを見た。

 

「……すげー、流石爆豪の母ちゃん」

「ヘンな感心してんじゃねえ、クソ髪!!」

 

 啞然として呟いた切島くんにかっちゃんがキレる。

 

「爆豪さんっ、私達今、人質だから……」 

「あっ、そうね! そうだったわね!」

 

 檻の中では、お母さんが光己おばさんに困ったように話しかけている。

 

『……オトナシクシテイロ』

 

 そう言って、男は光己おばさんを突き放した。

 

「ずいぶん、胆の据わった母上だな」

「うん、相変わらずだな、おばさん……」  

 

 驚く飯田くんに話しかけられて、僕は緊張しながらも苦笑して答える。

 おばさんは、相変わらず豪胆な人だ。

 昔、イタズラがバレたかっちゃんと一緒に、とばっちりで僕も叱られた事がある。

 

 でも、おかげで少し落ち着いた。

 僕は小さく息を吐き出した。

 僕が…僕達が今、やるべきことは人質の救出。

 だからまずは──

 

「……それで、あなたの目的は何ですか」

 

 犯人の要求を知らなければならない。

 僕は男を見据えて、なるべく落ち着いた声を意識して言う。

 男もじっと僕を見返してくる。

 

『……モクテキハ、ヒトツ。カガヤカシイキミタチノ、アカルイミライヲコワスコト。ソノタメニ、ダイジナカゾクヲ、キミタチノメノマエデ、コワシテシマオウトオモッテネ』

「……それだけのためにかっ?」

 

 尻尾を怒りのために震わせながら、憤然と尾白くんが吐き出す横で、切島くんが怒鳴る。

 

「俺達が憎いなら、俺達に来いよ! 家族巻きこむんじゃねえ!」

 

 でも、そう言う切島くんを嘲笑うように男が言う。

 

『ボクガコワシタイノハ、キミタチノカラダジャナイ。ジブンヲキズツケラレルヨリ、ジブンノセイデ、ダイジナダレカガキズツケラレルホウガ、キミタチハイタイハズダ。ヒーローシボウノキミタチナラネ』

「……あなたもヒーロー志望だったのなら、こんなバカなこと、今すぐやめなさい!」

 

 たまらず叫んだ八百万さんに芦戸さんが憤慨して続ける。

 

「そうだよ! こんなことしてもすぐ捕まるんだからね!」 

『ニゲルツモリハナイ。ボクニハ、ウシナウモノハナニモナインダ。ダカラ、キミタチノクルシムカオヲ、サイゴニミテオコウトオモッタンダ。キミタチモ、ダイジナカゾクノサイゴノカオヲ、ヨクミテオクンダナ。──サァ、ダレカラニシヨウカ……?』

 

 人質に向かって手を伸ばす男。

 怯えて隅に寄る親達。

 

「やめて!!」

「っ……」

 

 麗日さんが必死で叫ぶ。

 そんな麗日さんの様子に引きずられそうになりながらも、必死で頭を回す。

 

 お母さん達をあそこから出すには、一緒に中にいる犯人をどうにかしなきゃならない。

 でも、犯人をどうにかしようとする前に、絶対に人質を盾にされる……

 

「……かと言って、犯人に気づかれずにお母さん達を逃がすこともムリそうだ……檻の周りに死角になりそうなものもないし……それにここから檻までは数十メートルはある。檻に辿り着くまでにすぐに気づかれる……〜〜〜っ、ダメだ、思いつかないっ」

「緑谷、もっと声小さくしろ。気づかれる」

 

 いつのまにかまたブツブツと呟いていた僕を隠すように、轟くんが前に立ちながら声をかけてきた。

 

「あっ、ごめん、つい……っ」

「緑谷くん、なにかいいアイディアは浮かんだのか」

 

 飯田くんも僕の前に立ち、小声で聞いてくる。

 

「いや、まだ……」

「そうか……みんな、犯人の気を逸らしてくれないか。気づかれないように」

「わかった、任せろ」

「なるべく早く思い浮かべよっ」

 

 飯田くんの言葉に、切島くんと上鳴くんが応えて前に出る。

 それに他の皆が続く。

 それぞれ犯人に話しかけて、注目を向けさせようとする。

 

「みんな、なんで……」

 

 皆の様子に、思わず口をついた僕の呟きに轟くんが答える。

 

「今、手も足も出せないのはみんなわかってる。お前の奇襲にかけるしかないんだ」

「奇襲って」

「そういうの得意だろ、どうにもならない何かをぶっ壊すのは」

「……っ」

 

 その言葉に、僕は涙腺が緩みそうになるのを奥歯を嚙みしめて我慢した。

 大事な家族を任された。

 なら、泣いてる時間なんかない。

 考えろ、死ぬ気で。

 

 奇襲……そうだ、正面突破は無理。

 犯人の隙をつければ……少しの間、動きを止められればいい。

 少しの時間さえあれば、檻まで移動できる。

 ……ほんの少しの間でいい、犯人の動きを止めるには……

 

 そうだ、犯人に気づかれなければいい。

 それができるのは……

 

 僕は、葉隠さんと八百万さん、そして麗日さんに集まってもらった。

 

「スタンガン?」

「うん、なるべく目立たないように小型で威力のあるものを作ってほしいんだ」

「……それが最善ですわね。わかりました」

 

 頷く八百万さん。

 少しして掌からポケットサイズのスタンガンを作り出し、それを麗日さんに渡した。

 頷いて受け取る麗日さん。

 

「塗装は目立たぬように土色にしてみましたわ」

「私はこれと葉隠さんを浮かせばええんやね?」

「うん、これができるのは葉隠さんしかいないから」

「ちょっと待って! 今、全部脱ぐからっ」

 

 そう言いながら、葉隠さんが制服を脱いでいく。

 わっ、は、葉隠さん!?

 

「ひょー……!! JKの生脱ぎ……!! 体は脳内補充!!」

 

 注意を引きつけていたはずの峰田くんが、いつの間にかがぶりよっていた。

 そんな峰田くんに、蛙吹さんの舌が伸びる。

 

「非常事態でもブレないわね、峰田ちゃん」 

「ふごぉっ!」

 

 峰田くんが地面に叩きつけられたのを見ていると、肩が叩かれる。

 後ろを振り向くけど、誰もいない。

 あ、葉隠さんがそこにいるのか。

 

「準備万端だよっ」

「気をつけて、葉隠さん……!」

「任せて!」

 

 そう言う葉隠さんに麗日さんがタッチする。

 するとふわふわと浮いた小型スタンガンが檻へ向かっていった。

 注意を引きつけている皆が、それに気づいてより一層大きな声をあげる。

 

 頼む……どうかうまくいってくれ……!!

 僕も声をあげながら、祈るようにその行方を見守った。

 皆の呼びかけにうんざりしているような黒マントの男の背後に、スタンガンが辿り着く。

 葉隠さんは低い姿勢を保って移動しているらしく、スタンガンが地面すれすれをふわふわと移動している。

 

『ダカラ、ダマッテクレト、ナンドイエバワカル……?』

 

 男が苛立ったように檻の中を歩き回る。

 それを追うように、格子のすぐ外でスタンガンが待機している。

 タイミングを計っているのだ。

 

『イチバンウルサイセイトノ、オヤヲシマツスレバ、オトナシクナルカナ……』

 

 男が親を見定めようと足を止めた。

 

 今だ、葉隠さん……!

 

 スタンガンが格子の間から男の足元へと近づく。

 バチバチとスタンガンが青白い光を放ったその瞬間、男の足がそれを蹴り飛ばした。

 穴へと落ちていくスタンガン。

 

「あっ……!」

『ドウヤラ、ミエナイコバエガチカクニイルナ……!』

 

 男が怒りに肩を震わせ、乱暴に鍵を開けて檻の外へ出る。

 そしてマントの中からライターを取り出した。

 

『ヒトリヒトリ、ジックリクルシメタカッタガ、ヤメタ。ミンナ、ナカヨク、ジゴクニイコウ』

「やめ……!」

 

 僕の叫びを待つ事なく、男はライターを穴に放り込む。

 その途端、穴から勢いよく炎が上がった。

 

「っ……!」

 

 熱風に息を飲む。

 感じる熱さで頰がピリリと痛んだ。揺らめく炎の先に見えるのは、絶望に必死に耐えようとしているような家族の顔。

 

「出久ぅ!!」

「お母さん!!」

 

 救けを求めるように手を伸ばすお母さんに、僕も思わず手を伸ばす。

 炎は風に煽られて勢いを増す。

 上がる炎でお母さんの姿が消えた。

 

「僕のせいだ……」

 

 作戦は失敗してしまった。

 皆、僕に託してくれたのに……!

 

 その時、絶望に崩れ落ちそうな僕を、さらに後ろから突き落とすような蹴りが飛んでくる。

 

「わっ……?」

「アホか、テメーは」

 

 バランスを崩しながらも、なんとか振り返る。

 かっちゃんがいつもの険しい顔で立っていた。

 そして、犯人を見据え、凶悪に笑む。

 

「今が絶好のチャンスだろうがよ!」

「かっちゃん!?」

 

 かっちゃんが、麗日さんに言う。

 

「おい、丸顔! 俺を浮かせろ!」

「う、うん……!」

 

 麗日さんがかっちゃんにタッチする。

 その途端、掌で爆発を連発させながら犯人へと向かった。

 僕はハッとする。

 犯人が檻から出ている。

 

「……っ」

 

 轟くんが犯人目がけて氷結させた。

 風の速さで走る氷に抜かされてかっちゃんが舌打ちする。

 

「半分野郎……!」

 

 氷は犯人の足元を氷結させた。

 

「クッ……!」

「この黒ずくめ野郎が!!」

「僕達も行こう!」

 

 飯田くんに促され、立ち上がる僕に麗日さんがタッチする。

 

「ありがと!」

「父ちゃんをお願い……!」

 

 飯田くんと一緒に、僕も檻へと飛ぶ。

 轟くんと常闇くんも、それに続いた。

 だけど、かっちゃんが男に掴み掛かろうとした、その時だった。

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 無数の氷の弾丸が、僕達の方へ飛んでくる。

 見ると、男の足を覆っていた氷はいつの間にか消えていて、男の隣には氷の弾丸を生成している氷叢さんがいた。

 氷がなくなって自由になった男は、かっちゃんの攻撃を躱した。

 

「ちっ……!」

「氷叢さん……!? なんで……!」

『イッタダロウ。コノコハニドトキミタチノモトヘモドラナイト。リッカチャンハ、サイミンジュツデボクノナカマニナッタンダ。キミタチニ、ダイジナクラスメイトヲキズツケラレルノカナ?』

 

 男の不穏な発言に、僕は自分の詰めの甘さを責めた。

 くそっ、なんでその可能性を想定してなかったんだ……!!

 

 僕達にとって、考えうる最悪な状況は二つ。

 ひとつは、人質にされたお母さん達や氷叢さんが(ヴィラン)に殺される事。

 もうひとつは、お母さん達や氷叢さんが、(ヴィラン)に取り込まれてしまう事。

 

「氷叢くん!! バカな真似はやめて、こっちに戻ってくるんだ!!」

「氷叢、敵の邪心に飲み込まれるな……! 己を強く保て!」

「氷叢、聞こえてるか!? 俺達のことがわからないのか!?」

 

 飯田くん、常闇くん、轟くんが氷叢さんに呼びかけるけど、皆の声は氷叢さんには届かなかった。

 氷叢さんが、男を庇うように立つ。

 近づけば攻撃すると言わんばかりだ。

 氷叢さんが邪魔で、お母さん達を救出できない。

 かといって、氷叢さんを攻撃するわけにはいかないし……どうすれば……

 僕達が二の足を踏んだその時、かっちゃんが叫ぶ。

 

「クソ(ヴィラン)に取り込まれてんじゃねえよ、クソ女!!」

 

 かっちゃんは、近接だと不利だと踏んだのか、一度距離を取ってから氷叢さん目掛けて爆破を放つ。

 氷叢さんは、掌から冷気を出してかっちゃんの爆破を相殺した。

 

「かっちゃん!?」

「爆豪くん、なんてことを……!!」

「やめろ爆豪、氷叢は(ヴィラン)に操られてるんだ」

「んなこと知るか!!」

 

 氷叢さんを攻撃しようとしているかっちゃんを飯田くんと轟くんが止めようとすると、かっちゃんが反論した。

 

「俺はクソ(ヴィラン)をぶっ殺すんだよ!! それを邪魔する奴ぁ、誰だろうと俺の敵だ!!」

 

 そう言ってかっちゃんは、もう一度氷叢さんを吹き飛ばそうとする。

 ……そうだ、今最優先にやらなきゃいけない事は、お母さん達を救け出す事。

 こんなところで立ち止まってる場合じゃない。

 

 氷叢さんは、背後に魔法陣みたいな氷の結晶を展開して、そこから無数の氷の弾丸を放ってくる。

 轟くんは左側の炎で弾丸を燃やし尽くし、脚を振るって起こした旋風で弾丸を吹き飛ばし、常闇くんは黒影(ダークシャドウ)で弾丸を薙ぎ払う。

 

「今だ、緑谷くん!!」

 

 飯田くんの声を合図に、右拳を振りかぶる。

 氷叢さんを、止めて、救ける……!!

 『ワン・フォー・オール・フルカウル』……30%……!!

 

「『デトロイト・スマッシュ』!!!」

 

 僕は、拳から放った衝撃波で、残りの弾丸を全て吹き飛ばした。

 そしてその勢いのまま、衝撃波が氷叢さんの方まで飛んでいく。

 氷叢さんは、咄嗟に氷の壁を出して衝撃波を防ごうとする。

 彼女なら、今の衝撃波も防いでしまうだろう。

 だから……

 

「死ねェ!!!」

 

 衝撃波を追い風にして氷叢さんの背後を取ったかっちゃんが、最大級の爆破を氷叢さんに浴びせた。

 氷叢さんは、防御が間に合わずに、吹き飛ばされて穴へと落ちていく。

 

『ナッ……!?』

「てめぇもだ、黒ずくめ野郎!!」

『クッ……!!』

 

 落ちていく氷叢さんに男が驚いている隙に、かっちゃんは男を取り押さえた。

 僕は、落ちていく氷叢さんを掴むと、そのままお母さんのもとへ向かった。

 穴の底からの炎に炙られながら辿り着いた僕に、お母さんが駆け寄る。

 

「出久!」

「お母さんっ、大丈夫!?」

 

 慌てて頷くお母さんに頷き返して、氷叢さんを地面に下ろしてから、すぐにかっちゃんの元へ駆け寄る。

 

「かっちゃん!」

 

 かっちゃんは掌から爆発を起こしながら、犯人を地面に押しつけていた。

 

「こんな雑魚、俺一人で十分なんだよ。クソが」

「勝己っ、アンタ、またクソなんて言って!」

「うるせえ、クソババアが!」

 

 檻から出てきた光己おばさんが、感動の対面も忘れて食ってかかる。

 僕がその光景に苦笑したその時、かっちゃんが押さえていた犯人が口を開く。

 

『アマイナ。テキヲツカマエタカラッテ、アンシンシテイイノカナ』

「えっ……?」

 

 犯人の意味深な発言に、ふと、穴の中を覗く。

 見ると、無数の氷の粒が今にも炎の中へ落ちようとしていた。

 

「まずい……!!」

 

 僕がその腕を伸ばす前に、氷が炎の中へ落ちた。

 直後、凄まじい爆発が起こった。

 そして檻が乗っているリンゴの芯のような地面が揺らぐ。

 

「な……っ!?」

「何した、てめえ!」

 

 かっちゃんが犯人に詰め寄る。

 

『イッタダロウ? ナカヨクイッショニジゴクイキダ』

 

 犯人の言葉に、僕はようやく犯人の狙いに気づいた。

 犯人は、自分が捕まる事を想定して、最後の悪足掻きを氷叢さんにやらせたんだ。

 氷叢さんは、僕達が犯人とお母さん達に気を取られている隙に、氷を炎の中に投げ込んだ。

 炎の中に落ちた氷が熱で融けて、ガソリンを吹き飛ばしながら急速に膨張し……

 

「水蒸気爆発か……!! うわっ……!」

 

 そう言った飯田くんが、揺れる地面にバランスを崩す。

 

「おい! 下が崩れそうだ! 早く避難しろ!!」

 

 穴の向こう側で尾白くんが叫ぶ。

 その周りでは、八百万さんが作り出した消火器で女子達が炎を消そうとしている。

 でも焼け石に水だ。

 

「あかん! こんなんじゃ間に合わへん……っ」

「猛烈な炎を消すより、もっと合理的な……そうですわ……!」

 

 八百万さんは何かを思いついたようにハッとする。

 

「キャア!」

 

 大きく傾く地面に、保護者達から悲鳴があがる。

 炎に崩れ落ちそうな取り残された檻の塔がとっさに手を伸ばしたかのように、轟くんが穴の向こうへと氷を伸ばす。

 氷でなんとか繫ぎとめられている塔。

 だが、氷の橋は炎天下のソフトクリームのようにたちまち溶けていく。

 

「さぁご婦人から先に! 僕につかまってください!」

「で、でも、あっ……」

 

 その間にもリンゴの芯のような地面はさらにぐらつく。

 炎は勢いを増して、塔ごと飲みこんでしまいそうだ。

 保護者達が不安そうに身を寄せ合う。

 お母さんが涙をこらえながら、僕を見た。

 

「出久……っ」

「っ……」

 

 大切な人を守れずに、何がヒーローだ……!!

 お母さんの顔を見て、僕は震えそうな口元で笑った。

 

「──大丈夫だよ、絶対救けるから」

「出久……」

 

 僕は必死で頭を回す。

 一人一人じゃ間に合わない……ッ、全員を一度に運ぶには……

 

 その時、僕の耳に轟くんの声が飛びこんできた。

 

「くそっ……早くしろ……!」

 

 轟くんは、氷結を続けていた。

 続けて凍らせる事で氷の橋は厚みを増す。

 けれど、いたちごっこのように凍らせるそばから融けていく。

 

「氷の橋……滑る……滑る……? そうか……っ」

 

 ハッとして僕は叫ぶ。

 

「滑り台……!!」

「どうした、緑谷くんっ? こんな時に!」

「滑り台だよっ、飯田くん! ほら、こないだ救助の授業で……!」

「救助袋か」

 

 轟くんが訂正する。

 

「そうか! つまりこの氷の橋を滑って避難するということだな!」

「もう時間がないよ、八百万さんになにか大きなシートを作ってもらって「もうそろそろできますわ……!」

 

 穴の向こうで、上着を脱いだ八百万さんの背中からシャツを破って大きな布のようなものが出てきた。

 

「防火シートですわ。さっきから作っていましたの。麗日さん、瀬呂さん、お願いします!」

「はいっ」

「いくぞ、せーの……!」

 

 シートを受け取った麗日さんがタッチしたものを瀬呂くんへと渡す。

 テープの先にシートをつけて塔へ向かって射出する瀬呂くん。

 

「受け取れ、黒影(ダークシャドウ)!」

「アイヨ!」

 

 切り離されたテープをつけたまま飛んできたシートを黒影(ダークシャドウ)が受け止め、僕に渡す。

 

「ありがとう! さすが八百万さん……!」

 

 そう言いながらシートを広げる。

 

「みなさん! これの上に乗ってください!」

 

 グラグラと足元がおぼつかない揺れの中で、保護者達が防火シートの上に乗る。

 

「葉隠さん乗った!?」

「乗ってる!」

「飯田くんの“エンジン”で引っ張って、僕達が後ろから押すのがいいと思う。轟くんはギリギリまで氷結していてほしい」

「わかった」

 

 氷結を続けながら轟くんも頷く。

 

「犯人と氷叢はどうする」

 

 常闇くんが言う。

 かっちゃんが気絶した氷叢さんを片手で掴み、もう片方の手で犯人を引っ張り上げ立たせていた。

 犯人は既に反抗する気をなくしているのか、大人しくなっている。

 

「おいていくわけにいかないけど──」 

「ヘンな真似したら、俺が爆破する」

 

 その時、また大きく地面が傾く。

 

「行こう! 緑谷くん!」

 

 飯田くんが先頭で、シート両端を後ろ手で持ちながら振り返る。

 

「──うん……!!」

「最初から全開だ……トルクオーバー……『レシプロバースト』……!!」

 

 走り出す飯田くんの脹脛にあるエンジンから爆音とともに黒煙が噴き出す。

 

「ぐっ……!」

 

 瞬間、引っ張られた速度に負けないようにと、後ろから押す皆。

 後ろのシートの両端は黒影(ダークシャドウ)が持ち上げている。

 轟くんは、直前でシートに転がりこんでいた。

 飯田くんの疾風のような駿足は、あっというまに氷の橋を滑り渡る。

 まるで箍の外れた暴走機関車のようだ。

 保護者達に叫び声をあげる暇も与えず、飯田くんの足は穴の向こうの地面を踏む。

 

「やっ……あっ?」

 

 祈る気持ちで待っていた麗日さん達が喜びの声をあげようとしたその瞬間、大きな音を立てて塔が炎の中に崩れ落ちる。

 それは氷の橋に伝わり、シートが通り過ぎるのを待たずにその下で折れ、炎に飲まれた。

 足場を失くした僕達は、咄嗟にに掴んだシートの端にぶら下がるしかない。

 

「うわぁ……!?」

「っ……あっ」

 

 その拍子に、僕のポケットから手紙が落ちた。

 羽のように舞い上げられながら、手紙は燃えて消えていく。

 

「くっ!!」

 

 シートごと落ちそうになるのを、飯田くんが察知して踏ん張り引っ張る。

 慌てて麗日さん達も続く。

 

「せーの……!!」

 

 立ち上る炎に飲まれそうになる瞬間に引き上げられる。

 でも、その反動で汗で手を滑らせたのか、シートの端にいたお母さんの体が弾かれるように宙に浮いた。

 

「キャ……!?」

「お母さ……!」

 

 投げ出されかけたその時、いつの間にかお母さんの後ろにいた犯人が、それを咄嗟につかんで引き戻す。

 

「っ……!?」

 

 瞬きの間の出来事に気づいたのは、僕とお母さんだけだった。

 その一瞬後、全員を乗せたシートは無事、こちらの地面に着いていた。

 

「助かった……」

 

 と呟く僕にお母さんが駆け寄ってくる。

 

「大丈夫!? 出久……っ」

「お母さんこそ……っ」

 

 大粒の涙を零しながら自分の体をさすってくるお母さんに、僕は顔をしかめた。

 また心配させちゃった……

 けれど、次の瞬間にハッとして犯人の姿を探す。

 

「犯人は……っ」

 

 犯人は、少し離れて立っていた。

 

『オメデトウ、コレデ、ジュギョウハオシマイダ』

「は?なに言って……」

「捕まえとけ、とりあえず学校に知らせねえと……!」

「それに氷叢と相澤先生を──」

 

 全員が顔面蒼白になる中、聞きなれた無気力そうな声が聞こえてきた。

 

「はい、先生はここです」

 

 倒壊したビルの陰から出てきたのは、普段通りの相澤先生だった。

 

「……は?」

 

 僕達が呆気に取られていると、お母さん達と一緒にいたはずの氷叢さんが、ケロッとした様子で起き上がって歩いてくる。

 

「あー、おもしろかった」

「「「「はあーーーーーー!!?」」」」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 その姿に、僕達は目を丸くする。

 飲みこめない事態に、生徒達がそれぞれ困惑する中、何事も無かったかのようにやってきた相澤先生は、保護者達に向かって言う。

 

「皆さん、お疲れ様でした。なかなか、真に迫っていましたよ」

「いや~、お恥ずかしい! 先生の演技指導の賜物ですわ!」

「緊張しましたわ」

「六花がちゃんとお芝居できるか心配でしたけど……よく頑張ったね、六花」

「えへへ〜!」

 

 豪快に笑う麗日さんの父親に、責務から解放されたようにホッと息を吐く八百万さんの母親。

 雪代さんは、氷叢さんと仲良さそうに話している。

 その近くで、蛙吹さんの父親が光己おばさんに話しかける。

 

「爆豪さんがキレた時はどうなる事かと思いましたケロ」

「すみません~っ、つい……」

 

 さっきまで恐怖におののいていたはずの保護者達が、急に和気藹藹と話しだした。

 ポカンとしたままの僕達の顔に、相澤先生が言う。

 

「まだわからねえか? わかりやすく言うとドッキリってヤツだな」

「じゃあ六花ちゃんは……!?」

「もちろん仕掛け人(こっち)側だ。洗脳されたって体で、(ヴィラン)の仲間になってもらった」

「「「「はー!?」」」」

 

 僕達の叫び声が、模擬市街地全体に響く。

 

「は、犯人も……!?」

「えー……この人は劇団の人です。頼んできてもらいました」

『エッ……ア、ハイ。オドロカセテゴメンネ?』

 

 犯人役の人は、黒マスクマント姿で可愛らしく首をかしげた。

 

「マジかよ~っ」 

「どうりで手ごたえねえ、クソモブだったぜ」

「ちょっと待ってください! さすがにやりすぎなのでは……!? 一歩間違えば、ケガどころではすみません!」

 

 躊躇いながらも抗議する八百万さんに、相澤先生は淡々と答える。

 

「万が一には備えてある。やりすぎってことはない。プロのヒーローは常に危険と隣り合わせだからな。ヌルイ授業が何の身になる?」

「それは……そうですけど……」

 

 相澤先生はじっと八百万さんを見据えて、ゆっくりと口を開いた。

 

「……怖かったか? 家族に何かあったらと」

「──はい、とても」

 

 八百万さんは神妙に答える。

 

「身近な家族や友達の大切さは、口で言ってもわからない。失くしそうになって初めて気づくことができるんだ。今回はそれを実感してほしかった。いいか、人を救けるには力、技術、知識、そして判断力が不可欠だ。しかし、判断力は感情に左右される。お前達が将来ヒーローになれたとして、自分の大切な家族が危険な目にあっていても、たとえ大事な友達が(ヴィラン)に取り込まれたとしても、変に取り乱さず、救けることができるか。それを学ぶ授業だったんだよ。授業参観にかこつけた、な。わかったか、八百万」

「……はい」

 

 相澤先生が生徒達を見回しながら言うと、八百万さんが頷いた。

 

「それともう一つ。冷静なだけじゃヒーローは務まらない。救けようとする誰かは、ただの命じゃない。大切な家族が待っている誰かなんだ。それも肝に銘じておけ」 

「「「「──はい」」」」

「で、結果的には全員救けることができたが、もうちょっとやりようあっただろ」

「は?」

「犯人は一人だぞ。わらわらしすぎだ。無駄な時間が多い。それにスタンガン? もっと合理的なもんがあるだろ。それから犯人の注意を引きつけるのに、話しかける一辺倒は芸がなさすぎる。他にいろいろ言いたいことはあるが……まぁギリギリ合格点だ」

「っ」

 

 相澤先生からの一応もらった合格点という言葉に、頰をゆるませる僕達。

 

「今日の反省点をまとめて、明日提出な」

 

 疲れきった皆が不満の声をあげる中、飯田くんが手を上げる。

 

「あ、あの感謝の手紙の朗読は……! ドッキリをカモフラージュするための合理的虚偽だったのですか!?」

「改めて手紙を書くことで、普段より家族の事を考えただろ?」

「確かに……!」

 

 食い下がった飯田くんが相澤先生の言葉にあっさりと深く納得した時、授業終了のチャイムが鳴った。

 

「それじゃ、今日はこのまま解散。保護者の皆様、ご協力ありがとうございました」

 

 相澤先生の礼に保護者が礼を返して、皆が保護者の元へ向かう。

 

「黙っててごめんね! これも授業の一環だって相澤先生に聞いて……私で協力できることがあるなら、がんばらなきゃって」

 

 申し訳なさそうに謝るお母さんに、僕は苦笑して「もういいよ」と首を振る。

 そしてチラリと紺色のスーツを見た。

 土埃などで、ところどころ汚れている。

 

 だから、汚れが目立たない、って言ってたんだ。

 僕もまだまだだなぁ。

 

 不甲斐なさを感じて息を吐く僕に、お母さんが「でも……」と続ける。

 

「……『大丈夫だよ、絶対救けるから』って言った時の出久、本当のヒーローみたいだったよ……!」

 

 そう言って、目を潤ませながら微笑むお母さん。

 その笑顔に、僕は胸が熱くなった。

 

 少しは、安心させる事ができたかな……?

 

 恥ずかしいような、嬉しいような、誇らしいような温かい気持ちに、自然と笑みがこぼれる。

 そして、燃えた手紙の事を思い出した。

 手紙じゃなくても、ほんの少しでも伝えなきゃ。

 

「……あのね、いつも心配かけてごめん。でも、僕、がんばりたいんだ、もっと……もっと。だから……」

「うん、お母さん、いつも見守ってるからね」

 

 お母さんの目がさらに潤む。

 一見頼もしく見える笑顔と言葉の裏に、心配を隠しながら。

 それに気づいて、僕も涙をこらえながら言った。

 

「ありがとう」

「今日はかつ丼にしようか」

「うん!」

 

 ぞろぞろとバス停に向かう面々に倣って僕達も歩き始めた時、少し離れて立っていた犯人役の人にお母さんが気づく。

 

「そうそう、あの人にお礼言わなきゃ……!」

 

 そう言ってお母さんが犯人役の人に近づいて、「さっきはありがとうございました!」と頭を下げた。

 僕もあわててそれに続く。

 

『イヤ、トウゼンノコトヲシタマデデス! ブジデヨカッタ!』

 

 そう言う犯人役の人をじっと見上げる。

 

『……ナンダイ? ワタシノカオニナニカツイテイルカイ? マァ、マスクヲツケテイルケド!!』

「……お母さん、先にバス停に行っててくれる? すぐ行くから!」

「? うん、わかった」

 

 お母さんが去った後、僕は犯人役の人をじっと見上げながら、口を開く。

 

「……あの、もしかして……オールマイト?」

『……ヨクワカッタネ、ミドリヤショウネン』

 

 そう言いながらあたりに人がいない事を確認して黒マスクを外した男は、トゥルーフォームのオールマイトだった。

 

「やっぱり!」

「教師の中じゃ、この姿の私が君達生徒に一番バレないだろうということでね。相澤くんに厳しく敵っぽい演技を指導されたり、映像を観ていろいろ研究してみたんだ。最後までバレないと思っていたんだが」

「全然気づきませんでした! でも、最後にお母さんを救けてくれた時、この人、ヒーローなんじゃないかって思ったんです。一瞬の迷いもなかったし、慣れてたように感じて……で、そう思ったら、オールマイトと同じくらいの背だなって……」

「ハハッ、性だね。考えるより先に手を出してしまった」

「改めて……お母さんを救けてくれて、本当にありがとうございましたっ」

 

 深く頭を下げる。

 でも、その頭が上げられなかった。

 

「どうした、緑谷少年」

「やっぱりまだまだ、まだまだまだまだだなって……あそこでオールマイトがお母さんを救けてくれなかったら、今頃……」

 

 お母さんがケガでもしていたら。

 そう思うと自分の不甲斐なさが身に沁みる。

 そんな僕にオールマイトの声が降ってくる。

 

「……どうも私はせっかちでいけない。私が救けなくても、君は救けていたさ」

「でも……」

「謙虚も度がすぎるとイライラするぞ!」

「ええっ、オールマイトにイライラされたら僕は……!」

 

 涙目でバッと顔を上げた僕の肩をバンバン叩きながらオールマイトが笑う。

 

「ハーッハ! イッツアメリカンジョークさ!」

「どこらへんがアメリカンなんですか……」

 

 がっくりとする僕にオールマイトはニカッと笑って言う。

 

「謙虚なのもいいが褒め言葉は素直に受け取ってくれよ。冗談抜きで今日の少年は頼もしかった。人質を全員救けようとする気迫、少ない時間の中で作戦を立てる冷静さ、仲間を洗脳されても本質を見失わずに困難に立ち向かう胆力、そして仲間との協力……敵として、君に苦しめられたくらいだ。手強いヒーロー達だとね」

「オールマイト……!!」

 

 憧れのヒーローからの賛辞に、僕の涙腺が決壊した。

 

「だから、その泣き虫は早く治した方がいいぞ!」

「ずみばせん!!」

 

 けれど、一度壊れた涙腺はなかなか元に戻りそうになかった。

 カッコ悪いと思いつつ、止めようにもすぐには涙は止まらない。

 

 今はカッコ悪くても、いつか笑顔で人を救けられるヒーローに……!

 

 僕は泣きながらも、ニッと笑った。

 いつか、誰かを救けるヒーローのように。

 

 

 

 

 

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