地獄の氷叢さん家   作:M.T.

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第4話 氷叢さん家の入学準備

 雄英の合格発表の翌日。

 今日は、春から住む新居の内見の日だ。

 

「それじゃ、行こっか六花」

「どこ行くの?」

「これから新しいお家の下見に行くのよ」

「あれ? ママ、引っ越すの? この前お家売れないって言ってなかった?」

「それがね、お家を買い取ってくれる人が現れたの。その人の知り合いの伝手でね、春から雄英の近くで働かせてもらえることになったのよ。だから、ママも六花と一緒にお引っ越しするの」

 

 そう言って私は、六花を車に乗せた。

 まず車で新千歳空港まで行き、そこから飛行機で移動する事2時間弱、静岡空港に到着した。

 事前に連絡しておいた不動産会社から、当日は迎えに行くと連絡が来たので空港で待っていると、担当者の三倉さんが車でわざわざ迎えに来てくれた。

 年齢は30代半ばほどで、眼鏡をかけた、やや恰幅のいい男性だ。

 三倉さんに条件に合う空き家を紹介すると言われて、六花と二人で後部座席に乗り込み、三倉さんが押さえてくれた最初の物件へ向かう。

 年季の入ったカローラクロスが、田舎道へと入っていく。

 

 

「いやぁ、いくら“個性”の訓練用に広い土地が欲しいって言ったって、わざわざこんな不便なところに住みたいって……」

 

 三倉さんが、そう言って怪訝そうな表情を浮かべながら車を運転する。

 

 家選びの時、私は不動産会社に条件を細かく伝えておいた。

 まず、土地を広く使える事。

 次に、近くに民家やお店が無い事。

 そして、最低でも1部屋は和室がある事。

 その上で、できるだけ安い家。

 あと、できればトイレは和式希望。

 

 六花の“個性”が暴発しても被害が最小限で済むように、家は出来るだけ人里から遠いところがいい。

 “個性”の訓練をするにしたって、狭い庭じゃ満足に訓練ができない。

 和室とトイレに関しては、六花本人の希望だ。

 ずっと日本家屋で暮らしていたから、フローリングはどうしても落ち着かないみたい。

 受験前の段階で希望を伝えた時、三倉さんがドン引きしていたのが電話越しでもわかった。

 「僕ならそんな物件タダでも買わない」とも言ってたっけ。

 

 最初に紹介されたのは、最寄駅から車で30分のところにある築150年の古民家だった。

 価格はなんと、山付きで50万円。

 雄英から通える距離にしては、破格の物件だ。

 もちろん、修繕費や土地の管理費用、その他諸々は別途だけれども。

 

「そりゃあ、雄英の通学圏内にしちゃあ格安物件ですよ? でも紹介しといて何ですが、正直お勧めはしませんね。立地は最悪。駅やスーパーまで車で30分以上かかるし、雄英まではそこからさらに電車で1時間。往復3時間ですよ? 不法投棄されたゴミがあちこち散らかってるし……こちらとしても、買い手がつかなくて持て余してるんですよ」

 

 そう言って、三倉さんが細い山道を歩いていく。

 林の中は、壊れた電子レンジや自転車なんかの粗大ゴミが散乱している。

 三倉さん曰く、この山は長らく買い手がつかないせいで、不法投棄の温床になってしまっているという。

 なるほど、道理で格安なわけだ。

 そんな事を考えながら歩いているうちに、お目当ての物件が見えた。

 

「ほら、見てくださいよこれ。空き家っていうよりもう廃屋でしょ?」

「わぁ……」

 

 紹介されたのは、古びた二階建ての日本家屋だった。

 屋根や壁の一部が壊れていて、扉も傾いているけど、思っていたよりはずっと状態が良い。

 中に入ってみると、結構広い。

 埃がすごいし蜘蛛の巣は張ってるけど、住めなくはない。

 井戸まであるのか……

 

「一応電気は通ってますし、井戸も使えないことはありません。ここにあるものは自由に使っていいそうです。でもこれ修繕費バカにならないですよ? 山の管理費用だってかかるし……ハッキリ言って割に合いませんよ」

「はぁ……」

「とりあえず、一旦戻りましょう。もっとマシな物件紹介しますよ」

 

 うん……これだけの広さの土地があれば、六花が“個性”を暴発させても大丈夫そうだ。

 ここにある物も、流石に電化製品は壊れていて使えないけど、家具とかは氷で補強すれば使えるものも多い。

 私の“個性”を使えば、リフォーム代とか害獣や害虫の駆除代も掛からないから無問題。

 六花の希望していた和室と和式トイレ完備っていう条件もバッチリ。

 しかもインフラありときた。

 なんだこの物件、神か?

 

 ふと、私と一緒に家に上がった六花に目を向ける。

 六花は、古びた畳の上に寝転がって嬉しそうにはしゃいでいた。

 どんなに私が気に入った物件でも、最終的には六花の気持ちが一番大事だ。

 

「ねえ六花、このお家気に入った?」

「気に入った!」

 

 私が尋ねると、六花は満面の笑みを浮かべて答える。

 ……うん、決まりだな。

 

「買います」

「えっ?」

「ここにします」

「……マジで?」

 

 私が即決すると、三倉さんは零れ落ちそうなくらい目を大きく見開く。

 その後私は、すぐに売買契約を済ませ、現金一括払いでこの家を買った。

 ローンとかまどろっこしい手続きが無いから、入学式までには余裕を持って入居できるとの事。

 

 いやぁ、まさか一件目でこんな優良物件が見つかるとは。

 早いとこ引っ越しの準備進めとかないとな。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 新居の内見から一週間後、六花も中学の卒業式を迎えた。

 合格発表の後、六花が雄英に合格したという噂は、あっという間に広まった。

 たったの一晩で、殺人犯を出した面汚しの一家から、六花は町で最初で唯一の雄英進学者に、私は辺鄙な田舎から雄英進学者を輩出した英雄になった。

 今まで毎日のように続いていた嫌がらせの電話や落書きはピタリと止み、町の人達は、今まで私達を迫害してきたのが嘘のように、掌を返して白々しい笑顔を向けてくるようになった。

 

 学校で六花をいじめていた主犯格の女子が、「合格おめでとう」なんて言ってきたりもした。

 その後すぐ六花に「入学したら学校の先生や友達を紹介してね」なんてほざいていたから、六花を介してオールマイトやプレゼント・マイクなんかの人気のプロヒーローとお近づきになろうという魂胆だろう。

 携帯を機種変して、家電の電話番号も変えてやった。

 六花が雄英に受かったからって態度変えるくらいだったら、最初からいじめなんかやるな。

 

 六花の卒業式が終わってすぐ、私達は荷物をまとめて家を出発した。

 あれだけ私達を白い目で見てきたご近所さんが挨拶しに来たけど、皮肉たっぷりに「ご機嫌よう」って言ってやった。

 今まで散々六花をいじめてきた奴等なんかと、誰が仲良くするか。

 この家には、二度と帰ってこないでしょうし。

 

 そんなこんなで新居に到着。

 屋根や壁が壊れてるし、虫も湧いてるし、とにかく埃と蜘蛛の巣がすごい。

 でも、掃除してちょっと修繕すれば住めなくはない。

 田舎育ちを舐めるなよ。

 っと、まず住める状態にしないとだな……

 

「よし、リフォームだ! お掃除する人手ぇ挙げ!」

「は〜い!」

 

 私は、六花に手伝ってもらって、早速新居のリフォームを始めた。

 まずは車で往復1時間ちょいのホームセンターで、リフォームに必要なものを揃える。

 家に帰ったら六花と二人で三角巾と割烹着に着替えて、掃除の準備をする。

 そんで次は二階から掃除を……

 

「おうちっ♪ おうちっ♪ 新しいおうちっ♪ んん〜……ぱぁぁっ!!」

「えっ? ちょっ……きゃあああああああっ!!?」

 

 六花が両腕を広げると、冷気と共に無数の氷の粒が舞い散り、白くて冷たい竜巻が発生する。

 氷の粒を帯びてキラキラ輝く白い霧が、まるでベールのように視界を覆う。

 数秒経って、ようやく冷風が止んだので、ゆっくりと目を開ける。

 

「ちょっと六花、何やって……!?」

 

 信じられない光景が、目に飛び込んでくる。

 そこには、ちょうど私が思い描いていた、廃屋になる前の姿に限りなく近い日本家屋があった。

 埃や蜘蛛の巣だらけだった家の中は綺麗に磨き上げられ、ウヨウヨ沸いていた害虫は一匹もいなくなり、壊れていた屋根や壁は氷で補強されている。

 山の中に捨てられていた粗大ゴミも、全部綺麗に片付いていた。

 さらには、これから荷解きをするつもりだった荷物も、全部段ボールから出されている。

 中身はぐっちゃぐちゃだけど……

 

「わーい! おうちー!」

「嘘…………」

 

 六花の手で一瞬にして修繕された家は、所々氷で穴埋めされていて、透明な氷の中に刻まれた雪の結晶が光を浴びて影を作り、幻想的な風景を作り出していた。

 当の本人は、すぐに靴を脱ぎ捨てて家に上がると、家の中をドタドタ駆け回った。

 今日中に入居は無理だろうと思ってたから、宿を予約しておいたけど……必要なかったな。

 後でキャンセルの電話入れておこう。

 あとはレイアウトを調整して、前の家から持ってきた家具を置けば、私と六花の新居の完成。

 

 家作りが終わる頃には夕方になっていたので、作業を切り上げてすぐ夕食にした。

 引っ越したばかりだから、今日の夕飯は引っ越し蕎麦って事で、桜切り蕎麦を買って茹でた。

 まあ、本当は蕎麦を食べたかったから茹でただけなんだけど。

 乾麺だけど大目に見てください。

 

 

「ねえママ、なんでお引っ越しの時はお蕎麦を食べるの?」

 

 食事中に、蒸籠に盛られた桜切り蕎麦を頬張りながら、六花がそんな質問を投げかけてくる。

 引っ越し蕎麦は、江戸時代には既にあった習慣だと言われている。

 当時は自分で食べるんじゃなくて、ご近所さんに配る習慣だったみたいだけど。

 一説には、昔は木造家屋で生活音がダダ漏れだったから、『これからご迷惑をおかけします』っていう意味での習慣だったらしい。

 

「引っ越し蕎麦って言ってね、日本では昔から、新しく引っ越してきた人が、ご近所さんにお蕎麦を配る習慣があるの」

「なんで?」

「昔はお蕎麦が安かったからとか、『細く長く、末永いお付き合いを』って意味を込めて配ってたって言われてるわ。昔はご近所さんに配る習慣だったんだけど、いつの間にか引っ越した人が自分でお蕎麦を食べる習慣が根付いたんだって。だからお引っ越しの後は、お蕎麦を食べるのよ」

「ふ〜ん、じゃあ毎日お引っ越ししたい!」

「それはちょっと勘弁して」

 

 ほんと六花は蕎麦が好きねぇ。

 私も人の事言えないけどさ。

 

 

「ああ〜、気持ちいい〜♪」

 

 ご飯の後は、六花と一緒にお風呂に入った。

 いやぁ〜、無事に引っ越し終わってよかったぁ。

 六花は、湯船の中で、シマエナガのおもちゃを吹いて前に進ませて遊んでいる。

 春から六花も雄英生かぁ……

 私も頑張らないとな。

 

「ねえ、六花」

「なぁに? ママ」

 

 私が話しかけると、六花はこてんと首を傾げる。

 私は、六花の柔らかい髪を撫でて微笑みながら話しかけた。

 

「これから一緒に頑張ろうね」

「……? うん!」

 

 私が言うと、六花は力強く頷いた。

 せっかく六花が雄英に受かったんだ。

 私も、やれる事を精一杯やろう。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 2日後の日曜日、私は六花と一緒に、家から一番近いところにある被服店で制服と体操服の採寸をした。

 入学式まで残り3週間、やらなきゃいけない事は山積みだ。

 制服や体操服の採寸だけじゃなく、通学鞄や靴、文房具を買ったり、教科書を用意したり。

 通学鞄と靴は自由で、教科書は学校から郵送されるらしい。

 

 皆考える事は同じで、この時期の土日は新一年生が制服の採寸に来るから、毎年被服店は混み合うのだという。

 だけど幸い、私達の場合はそんな事はなかった。

 通学圏内とはいえ雄英から遠くて不便な場所にある店なので、予約の必要もなく、朝早くに行ったらすぐに対応してくれた。

 採寸は午前中には終わるそうだから、ついでにショッピングモールで鞄とか靴も選んでしまおう。

 

 

「しっずかなこっはんのもーりのかげっからっ♪」

「ちょっと、動かないでもらえる? 採寸できないから」

 

 六花は、採寸の途中で飽きてじっとしていられなくなったのか、歌を歌いながら体をぶらぶらと横に揺すり始めた。

 あまりにも動くものだから、とうとう採寸スタッフさんに怒られてしまった。

 

 六花は、昔から一ヶ所でじっとしていられない性分だった。

 入試の時は、試験の環境に慣れる訓練を10ヶ月間根気よく続けたから何とかなったけど、やっぱり新しい環境だとじっとしているのは難しいみたい。

 このままだと採寸が進まないので、助け舟を出す事にした。

 

「六花、グミあげるからいい子にしてなさい」

「わーいグミ」

 

 六花の口にグミを放り込むと、六花は美味しそうにグミを噛みしめ、その間にスタッフさんが手早く採寸を終わらせてくれた。

 その後、ショッピングモールのフードコートでお昼を食べてから、靴や鞄、それから文房具を選んだ。

 鞄と筆箱は、六花の好きなシマエナガの柄のものを偶然見つけたので、それを購入した。

 あとは、制服が届くのを待つだけだ。

 

 

 

 

 




ごめんなさい、入学編まで辿り着けませんでした。
次回から入学編に入ります。
ちなみに雪代さんは冷さんとクリソツですが、オリ主のお顔は冷さんというよりむしろ外典くん寄りです。
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