No side
「……ん? 今、なんか聴こえた?」
「……男子の声っぽかったけど」
「あ〜、ご飯の時揉めてたもんね! B組と」
「男ってアホだよなー……あ、でもさっきの、峰田の声っぽかったかも」
布団に寝転がっている葉隠の声に、近くの窓辺で涼んでいた耳郎が答える。
峰田という単語に、同じく布団でごろごろしていた芦戸がむくっと顔を上げた。
「おしおきでもされてんのかなっ? されちゃえばいいんだー!」
「ほんまやね!」
「一度痛い目に遭わないとわからないかもしれませんわね」
部屋の隅で蛙吹に背を押してもらいながらストレッチをしていた麗日と、その近くで荷物整理をしていた八百万も憤る。
「……もっと氷の温度下げとけばよかったです」
葉隠や芦戸と一緒に布団で寝転がっていた六花が、枕に顎を乗せながら言う。
六花は、峰田を氷漬けにして覗きを阻止した功労者だ。
すると蛙吹が冷静に言う。
「峰田ちゃんのことだから、そうそう変わらないと思うわ。今までだって痛い目に遭ったけど、相変わらずだったもの」
「それは……そうかも……」
蛙吹の言葉に、女子全員が納得する。
職場体験明けといい、合宿一日目といい、何度も制裁を喰らったにもかかわらず、峰田は諦めずにまた覗きを画策した。
もうそういうイキモノだと思うしかないと、女子達はすっかり諦めムードだ。
「今回は他のクラスの女子にまで被害が及ぶところでしたわ……同じA組として恥ずかしい……」
八百万が深刻そうに首を振ったその時、ドアノックの音に続いて声がした。
「拳藤だけど、ちょっといいかな」
意外な人物の訪問に、六花達はなんだろうと顔を見合わせた。
全員で目配せしてから、八百万がドアを開ける。
そこには拳藤を先頭に、同じB組の小大と塩崎、そして柳がいた。
拳藤は、持っていた袋を八百万に差し出す。
「さっきはありがとね、これお礼」
「お礼?」
「えー、なになに?」
拳藤が差し出した袋を、芦戸が興味津々といった様子で覗く。
それに続くように、六花も袋を覗く。
「お菓子だーっ」
「持ってきたお菓子の詰め合わせで悪いんだけどさ」
B組女子達が持ち寄ったお菓子なのだろう。
カ◯トリーマアムやキ◯トカット、か◯ぱえびせんやぽ◯ぽた焼などがある。
「でも何の……あっ、もしかして峰田さんの件ですか? それならばそんな必要はありませんわ! むしろ、A組の峰田さんが大変なご迷惑をかけるところだったんですもの……!」
「そんな気にすんなよ。結果的に大丈夫だったんだから」
「それに教えてくれたからこそ未然に防げたんだし」
「ん」
「これは私達の感謝の気持ちです。ここに来られなかった取蔭さん、小森さん、角取さんも直接お礼を言いたかったと申しておりました。ですが、ブラド先生から今日の訓練の注意点があると呼び出されてしまいまして……」
きょとんとした様子で笑う拳藤に柳が続けて言い、小大が同意する。
柳と同じく、拳藤の後ろにいた塩崎が祈るように手を組みながら言った。
「だからさ、これもらってよ。ほんの気持ち」
「でも……」
「それじゃ、ありがたく!」
「……いただきます」
「芦戸さん、氷叢さんっ?」
遠慮なくお菓子を受け取る芦戸と六花に戸惑う八百万に、耳郎達が声をかける。
「まーまー、ヤオモモ。せっかく持ってきてくれたんだし」
「そうよ、百ちゃん。気持ちを無下にするのはよくないわ」
「でも、私達は当たり前のことをしただけですし……」
「それじゃ、皆で食べようよ!」
渋る八百万に、葉隠がそう提案した。
「女子会しよー! 女子会! せっかくだし」
「さんせー! こういう機会もなかなかないしね」
「まぁ……女子会……」
「え、ほんとにいいの?」
「もちろんよ。それに、男子達も男子達で集まってるみたいだし」
「なんか……楽しそうですね、女子会」
「ん」
「……じゃ、やっちゃう? 女子会」
「やっちゃうー!!」
速攻で盛り上がった女子達は、部屋の真ん中にお菓子を広げ、自販機でジュースを購入し、布団をクッション代わりに車座になった。
A組の女子達も自分達のお菓子を持ち寄り、ジュースで乾杯をする。
八百万がわくわくと周囲を見回して口を開く。
「……実は私、女子会初めてなんですけど……どういうことをするのが女子会なんでしょうか?」
「……私も、はじめてなのでなにするかわかんないです」
「女子が集まって、何か食べながら話すのが女子会なんじゃないの?」
八百万と六花の言葉に、芦戸が答える。
盛り上げた本人も、何をするかわかっていないらしい。
だが、それに葉隠が、見えないがチッチッチッと指を振る。
「女子会といえば……恋バナでしょうがー!」
「そうだ、恋バナだ! 女子会っぽい!」
「うわぁ~」
「恋ねぇ」
「えー……」
「あー、そういうノリか」
恋という響きに、蛙吹と麗日は恥ずかしそうに顔を赤らめ、戸惑う耳郎に、苦笑する拳藤。
「こ、恋!? そんなっ、結婚前ですのに……!」
「その通りですわ。そもそも結婚というのは神の御前での約束で……」
「コイバナ……? なんですかそれ」
「鯉バナナ?」
「んーん」
首を傾げる六花と柳に、首を振る小大。
それぞれテンションの違いはあるものの、女子会の話題は恋バナに決定した。
「それじゃ、付き合ってる人がいる人ー!」
言い出しっぺの葉隠が音頭を取るように話題を振る。
だが、誰も彼もワクワクとした視線を周囲に送るだけで、名乗り出る女子はいない。
そんな沈黙が数秒続いて、葉隠が愕然として声をあげる。
「……えっ、誰もいないの!?」
周りを見渡して確認してみるが、誰も嘘をついたり隠したりしているそぶりはない。
この事実に、女子達は危機感を覚えた。
他校に進学した中学校の頃の友達からは、彼氏ができただの、友達に彼氏ができたらしいなどの話を聞くからだ。
「中学の時は受験勉強でそれどころじゃなかったけど、雄英に入ったら入ったで、それどころじゃないもんなー」
苦笑いする拳藤に、皆がうんうんと深く頷く。
ヒーロー科は、月曜日から土曜日までびっしり授業がある。
特にヒーロー基礎学の授業の日は、ハードな訓練が目白押しだ。
おまけに、授業だけではなく課題も出る。
恋人を作ってイチャイチャしている余裕など無い。
余裕があったとしても、そもそも六花のように彼氏がいない現状に無頓着だったりする。
「うわー、でも恋バナしたい! キュンキュンしたいよー! ね、片思いでも良いから誰か好きな人居ないのー?」
そう言って芦戸が身を乗り出す。
一度着いてしまった火は、そう簡単に消えるものではない。
他人の恋バナでもいいからキュンキュンしたいのだ。
するとその時、麗日の頬がほんのり染まる。
「好きな人……」
「あら? どうしたのお茶子ちゃん」
「あー! もしかして好きな人いるの!?」
真っ赤に染まった麗日の顔を見て、葉隠のテンションが上がる。
「おっおらんよっ!? おるわけないしっ」
「その焦り方はあやしいな~?」
「誰、誰っ? 女の子だけの秘密にしとくから!」
恋バナクレクレになった葉隠と芦戸に詰め寄られ、麗日はますます顔を赤くしながら焦りまくる。
「いやっ、これはその、そういうんと違くてっ」
「そういうのってどういうの ~?」
「ほらほら、吐いちゃいなよ……恋、してるんだろ?」
まるで取り調べのようなノリで、芦戸と葉隠が問い詰める。
するとその時、六花が真顔で燃料を投下する。
「……オチャコさん、デクさんのことが好きなんじゃないんですか?」
「ゴフッ!!?」
六花が尋ねると、麗日が吹き出す。
そんな麗日の顔は茹で蛸のように真っ赤だ。
「「おやおやぁ?」」
明らかに動揺した麗日を見て、芦戸と葉隠がニヤリと笑う。
麗日は、焦って早口になりながらも必死に否定しようとする。
「な、ななな何言うとるん六花ちゃん!? ちゃうから! 私とデクくんはそういうんじゃ……あっ、いや別に、今のは繋げて言っただけで……というかなんでそういう話になるん!?」
「いや……なんでって……特に根拠とかないですけど、なんとなくです」
「そうそう! 恋に理屈なんてないんだよ!」
「実際のところどうなのさ!」
六花の悪気のない発言に便乗する形で、葉隠と芦戸が尋問を再開する。
六花は、野生動物並みに勘が鋭いところがある。
空気を読んだり人の気持ちを考えたりする事は苦手だが、緑谷といつも一緒にいる麗日を見ているうちに、彼女自身も気づいていない緑谷への感情の変化を、無意識のうちに感じ取っていたのだ。
「ちゃ、ちゃうよ! ちゃうちゃう!! 別に好きとかそういうんじゃないから!!」
「じゃあデクさんのこと嫌いです?」
「いや、嫌いやないけど……っ」
「じゃあ好きなんです?」
「っ〜〜〜!!」
「ほらほら吐け〜っ!」
「ネタはもう上がってんだよ!」
「っ……ほんまそういうんじゃ〜!」
葉隠と芦戸が、麗日の脇腹くすぐりながら尋問すると、麗日は手をブンブン振る。
その拍子に指先の肉球が二人に触れてしまい、二人の体がふわりと宙に浮き上がる。
「ひゃっ?」
「うわっ」
「あっ、ごめん!」
麗日が慌てて両手の肉球を重ね合わせ、“個性”を解除する。
すると蛙吹が、冷静に口を開く。
「みんな、その辺にしてあげて。お茶子ちゃんが困ってるわ」
「そうです皆さん、話したくないものを無理矢理聞き出すのはどうかと……」
「え〜やだやだ根掘り葉掘り聞きたい〜! 無理矢理にでも恋バナしたい〜!!」
蛙吹と塩崎が麗日に助け舟を出すと、芦戸が布団の上で手足をバタバタさせて騒ぐ。
ようやく恋バナクレクレから解放された麗日は、両頬に掌を当てて動悸と顔の熱を落ち着かせようとする。
するとその時、芦戸が思い出したように言った。
「あ、そうだ! 六花はどうなのさ!」
「え、私?」
突然指名された六花が、きょとんとする。
雄英ヒーロー科最強かつ、トップクラスの美少女。
物忘れしてしまったり突拍子のない発言をしたりするが、そんな一面すらも天然カワイイと受け入れられ、本人の知らないところでプロヒーローも加入しているファンクラブまでできている。
そんな六花の恋バナに、その場にいた全員が注目する。
だが六花は、表情ひとつ変えずに言った。
「うーん……特にないですよ?」
「またまたぁ! 恋、してるんだろ?」
「いや、全然」
芦戸が探りを入れてみるも、六花は首を横に振って否定する。
「……これ、どっちだと思う?」
「さぁ……?」
「ん」
「六花ってあんまり表情変わんないからわかんないんだよね」
柳、拳藤、小大が顔を見合わせる中、苦笑する耳郎。
六花は表情の変化が乏しいので、何を考えているかわからない事が多い。
嘘をついているのか、それとも本当に好きな人がいないのか、本人の証言だけでは判断ができなかった。
だがその時、葉隠が思い出したように言う。
「あ、でもさ! 六花ちゃん、この前轟くんと一緒に帰ってたじゃん? あれは何なのさ!」
「え、まじで!? どういうことか説明してもらおうか?」
葉隠が提供したネタに、芦戸が再び取り調べのようなノリになる。
だが六花は、表情ひとつ変えずに冷静に説明する。
「ああ、あれはショートさんのお母さんのおみまいに行ってただけですよ……? お互いお母さんが親戚同士なので、それでよく呼ばれるんです」
「そうだったんだ〜」
「はい」
「う〜ん、なんかデジャヴ」
真相を聞いて、葉隠と芦戸は肩透かしを食らった気分になる。
蓋を開けてみればデートなどではなく、ただの親戚付き合いの延長だった。
芦戸は、体育祭前に六花と緑谷が付き合っているという噂があったが、蓋を開ければただの筋トレだったのを思い出す。
「ショートさんは……ライバルっていうより、弟みたいな感じですかね。話すペースがゆったりしてて、話してて心地いいんです」
「確かに、轟ちゃんは六花ちゃんと雰囲気が似てるから、話しやすいのはわかる気がするわ」
「そうかもね〜」
六花が言うと、蛙吹と葉隠が頷く。
最初は近づくなオーラ全開だった轟だったが、体育祭以降丸くなったように見え、本来は穏やかで話しやすい性格なのだと最近になって気がついた。
するとその時、芦戸がハッとしたように言った。
「いや、そうかもね〜、じゃないよ! やっぱり女子は、適度に恋バナしなきゃダメなんだよ!」
「そんな恋バナに限定しなくても」
「んー、でもさやっぱキュンキュンしたくないっ? だって女の子だもんっ」
「そうだねー」
行き詰まった迷える女子達に、葉隠が提案する。
「それじゃあさ。妄想でキュンキュンしようよ!」
「妄想?」
きょとんとする蛙吹に、柳も首をかしげる。
「いや、それは流石にちょっと」
「妄想っていうか、想像? 例えばA組とB組の中で彼氏にするなら誰!? みたいなの」
「それいいかも」
葉隠の提案に、と芦戸が食いつく。
「でも、どなたか一人を選ぶというのは……」
「女子会っていっても要するに井戸端会議みたいなもんだろ? あれやこれや雑談すんのもコミュニケーションの一環だって」
「そうですわね……何事も経験ですね」
まだ戸惑う八百万に、隣で慣れた様子であぐらをかいている拳藤がニッと笑う。
「じゃあさっそく……彼氏にするなら誰がいい!?」
「彼氏かー……」
そう言って、女子達はう~んと考えこむ。
「いざ彼氏って考えてみると、誰もピンとこないんだよねぇ」
「そうだね、そもそもそういう気持ちで今まで見たことがなかったし」
「同級生であり、ヒーローを目指す仲間でもあり、ライバルでもありますものね……」
「つーか、彼氏にしたい男がいないっていうのが一番大きいんじゃ?」
「それを言ったらおしまいよ、響香ちゃん」
「……あ」
その時、何かを思い出したように八百万が声を上げる。
すると芦戸が食いついてくる。
「なに? ヤオモモ。彼氏にしたい人いたー!?」
「私じゃなくて耳郎さんですわ」
「は? ウチ?」
驚く耳郎に隣の八百万が、初めての恋バナに少し照れたように話しだす。
「耳郎さんは、よく上鳴さんと仲良くお話しているなと思い出しまして……上鳴さんはいかがですの?」
「あ〜、デンキさん……」
八百万が言うと、六花が納得したように頷く。
「ちょ、ヤメテ! そりゃ、あいつはしゃべりやすいけどさ、チャラいじゃん。絶対浮気する」
「そうかしら? 上鳴ちゃんって、付き合ったら意外と一筋になりそう」
「えっ、梅雨ちゃん、上鳴くんが好きなタイプなん!?」
「いいえ、全然。でも上鳴ちゃんは基本女の子には優しいでしょ?」
「たしかに……入試の時、たすけてもらいました」
「う~ん、ただの女好きっていうだけじゃない?」
照れくさそうな耳郎が言った女好きというワードに、女子達の脳裏にブドウ頭が浮かんだ。
そして能面のような表情になって口を揃える。
「…………峰田(くん、ちゃん、ミノルさん)よりマシだ(です)けど」
「ん」
一拍遅れて頷く小大。
あまりの揃いっぷりにみんな顔を見合わせて吹き出す。
共通の敵は、一致団結に一役買うものだ。
「峰田に比べりゃ、誰だってマシだよ~!」
「……ミノルさん、そろそろ除籍されないか本当に心配です」
「いや、ないでしょ。害獣を野に放つようなもんだもん」
「あぁ、それもそうですね……」
耳郎の意見に対して、納得する六花。
これだけ問題行動をやらかしておきながら除籍されないのは、おそらく性欲の権化を監視しておく目的もあるのだろう。
ケタケタと笑っていた芦戸が、隣の拳藤に話しかける。
「B組に峰田みたいなのっているの?」
「いないいない。ウチの男どもは割と硬派だよ。あ、物間みたいなのもいるけど」
「物間はなー……」
「ん」
「物間だなー……」
「ん」
「顔は結構イケメンなのに、心がちょっとアレなのが残念だね!」
「B組の……赤点の人……」
普段の奇行を思い出しながら少しゲンナリした表情を浮かべる柳と頷く小大に、あっけらかんと言う葉隠に、思い出したように言う六花。
実のところ六花は、物間にあまり興味が無いので、『赤点の人』という印象しかないのだ。
その後イケメン繋がりで轟の名前が上がるが、親のエンデヴァーが厳しそうだという理由で候補から消えた。
六花の場合はそもそも轟と親戚同士なので、付き合う事はまず無い。
唯一塩崎だけは、エンデヴァーに慈しみの心を向けていたが、恋愛感情があるわけではない。
その次は飯田が候補に上がるが、真面目すぎるが故に却下。
女子に握手を求められただけで動揺して拒否するような真面目の塊に、まともな交際ができるかどうかすら疑問だ。
そしてその次は真面目で努力家な緑谷が候補に上がるが、重度のオールマイトオタクなので却下。
彼とデートしようものなら、オールマイトの握手会やサイン会にしか連れて行ってもらえなさそうだ。
誰も緑谷に気がない事に安堵しつつも、彼の良さをいまいちわかってもらえずどこか歯痒いような、麗日はそんな気持ちを抱いていた。
「じゃあ爆豪は?」
「ないな」
今度は耳郎がばっさりと切る。
「成績優秀、将来有望……だけど、あの性格じゃあなー」
「でもバクゴーさん、いいところもありますよ。勉強教えてくれましたし……面倒見はいいと思います」
「六花、まさかの爆豪!?」
「いや、いいところが無いわけじゃないってだけで、バクゴーさんうるさいのでヤです。私、もっと落ち着いた人がいいです」
六花の爆豪を擁護する発言に芦戸が食いつくが、六花は冷静に首を横に振って否定する。
ルックスは言わずもがな、実力があって頭も良く、大抵の事はすぐに完璧にこなせる天才肌でありながら努力家で、意外と面倒見のいい一面もある。
そんな頼り甲斐のある側面にグッとくる事はあるのだが、だからと言って盲目的に好きというわけでもない。
普段の言動が伴いさえすれば完璧な男なのだが、いかんせん言動がヒーロー失格である。
喧嘩っ早くて暴言ばかり吐くところは、六花も普通に苦手だ。
六花が好きな人を聞かれた時に「いない」と答えたのも決して嘘ではなく、たまにときめく事はあるものの、恋愛感情を抱くにはまだあとひと押し足りないのだ。
その後も他の候補を挙げていくものの、芦戸の厳しい審査で全員篩から振り落とされ、結局彼氏にしたい男子は一人も浮かんでこなかった。
「なんてこった……このままじゃ、キュンキュンできずに補習に行かなきゃいけないよ……ううっ、キュンキュンしたいよー!」
キュンキュンに飢えた芦戸が、布団の上で足をバタバタさせて唸る。
これから補習地獄が待っている彼女にとって、恋バナは砂漠のオアシスだ。
すると葉隠が、少し考えてから提案する。
「それじゃ、逆で考えてみるっていうのは? 私達が男子で、男子がもし女の子だったら彼女にするなら誰! みたいな」
「目線を変えるのね」
葉隠の提案に、六花達は妄想を膨らませる。
だがいくら考えても、女装した男子達の姿しか浮かんでこない。
どう考えてもしっくりこないと頭を悩ませる女子達に、口を開いたのは柳だ。
「でも、一佳が男ならモテそう」
「へ? 私?」
「ん」
「B組で一番カッコいいのは一佳だよ」
「確かに。拳藤さんの一言でクラスがピシッとまとまりますしね。誰にも公平で、厳しくそれでいて温かい……なかなかできることじゃありません」
柳と小大の意見に、塩崎も同意する。
すると八百万も、思い出したように口を開く。
「そういえば……職場体験の時、さりげなくフォローしてくださいましたわ。拳藤さんがご一緒でなかったら、もっと落ち込んでいたかも」
「あん時はお互い様だよ。つーかやめて、テレんじゃん」
「頼りがいがあるのはわかる気がするわ」
「わかる!」
「私も、ケンドーさんはかっこいいとおもいます。私、ケンドーさんにたすけてもらったことあります」
「ちょっと、やめてってば」
女子達が拳藤のイケメンエピソードにうんうんと頷き、六花も同意すると、拳藤が照れくさそうに苦笑する。
入学初日、学校で迷子になってしまった六花に世話を焼き、人生初コーラを奢ってくれたのが拳藤だった。
それから六花は、拳藤とラインを交換して交流する仲になった。
「チカンなんかにも、バシーッと言ってくれそう! 彼氏だったら、『俺の彼女に何してんだよ?』とか言っちゃってー!」
芦戸が、男になった拳藤を想像し、惚れ惚れした表情を浮かべる。
拳藤が男子だったら、外見も内面もイケメンなのは間違いない。
「……って、女子同士でキュンキュンしても!」
「いや、勝手にキュンキュンされても」
ハッと我に返った芦戸に、苦笑いする拳藤。
「やっぱさ、恋愛目線で見るからしっくりこないんだよ。相棒目線とかなら、意外とキュンキュンしそうなとこも見えてくるかもよ?」
「相棒ねえー」
「もしくは、一日入れ替わるなら、とか?」
拳藤の提案に、それぞれが考え込む。
芦戸は瀬呂と、蛙吹は常闇と、麗日は爆豪と、耳郎は上鳴と、葉隠は砂藤と、八百万と小大は口田と入れ替わってみたいらしい。
「六花は?」
「ん〜……私はショートさんかバクゴーさんがいいです。氷しか出せないので、たまには火とかあったかいのも出してみたいです」
「爆豪まさかの二回目!?」
意外な人気株に、耳郎がツッコミを入れる。
六花のあらゆるものを冷やす“個性”は、轟の左の炎や爆豪の爆破とは対極にある“個性”だ。
“個性”伸ばしによって熱い氷も出せるようになったが、それでも直接火を起こせる二人が羨ましいと思うのも事実。
冷たいものが好きな六花の事なので、仮に炎を出せるようになったとしても、「やっぱり氷だけでいい」と言い出しそうではあるが。
「恋愛抜きだとスラスラ選べるんだけどね」
「だめだぁ~、アタシ達恋バナの一つもできないよ!」
「今は補習がんばれ」
「きっと神様のお告げですわ」
「やめてぇ~」
「ミナさん……私は味方ですよ」
耳郎と塩崎に言われ抵抗するように布団の上でジタバタする芦戸に、元ビリの六花が同情する。
すると蛙吹が続ける。
「恋に落ちる、って言うでしょ? だから、気がつくと落ちてしまっているものなのよ。きっとその時になれば、誰かに気持ちを話したくてたまらなくなるんじゃないかしら。恋バナはその時にたくさんしましょ」
「ツユちゃんさん……いいことをおっしゃる……」
「……でも、やっぱり今キュンキュンしたいよぉ~! ちょびっとだけでもいいから!」
ほんわかした空気に一瞬染まった芦戸だったが、補習という地獄を思い出し、キュンキュンクレクレに変化した。
恋バナ乞食状態の芦戸に仕方なく付き合う形で、六花達は恋バナを続けた。
芦戸に好きなタイプを聞き出したら、強そうだけど子供っぽいところもあってヤンチャだけどずっと一緒にいてくれる男がタイプだというので、蛙吹がそれって常闇の
芦戸が
「じゃあ、
「ってことで! じゃないよ! もうこうなったら意地でもキュンキュンしてやる! 次は……現役ヒーローの中で、もし結婚するなら誰!?」
「ええ~?」
六花達の恋バナは、まだまだ終わらない。
さらにそこへ戻ってきた小森、角取、取蔭の三人も加わり、話はより一層盛り上がる。
妄想でキュンキュンこそできなかったものの、女子部屋は和気藹々とした空気に満ちていた。
なおその頃、男子達は明日の肉じゃがの豚肉を巡ってクラス対抗腕相撲大会をしていたのだが、勝負は大将戦の鉄哲対爆豪にもつれ込んでしまっていた。
その大将戦も物間の妨害によって無効試合となってしまったため、緑谷の提案で枕投げ対決に変更した。
最初は“個性”禁止のルールだったのだが、なかなか決着がつかず苛ついた爆豪が弾みで“個性”を使ってしまい、そこから枕投げは「うっかり!」「うっかり!」と連呼しながらの“個性”の応酬と化した。
もはや何でもありのデスマッチだ。
だが、“個性”を使って騒いだのが相澤に見つかり、A組B組関係なく説教を受ける事となった。
そして、争いの元になるような肉は無くしてしまえという相澤の暴論によって、男子のみ肉抜きとなったのであった。
あれだけやらかしてる峰田が除籍されない理由ですが、リードで繋いでおくためと考えたら割と納得なんですよね。
ヒーロー科に入れるだけの実力がある性欲の権化を下手に除籍したら、害獣を野に放つようなものですし。
除籍したその日にレ◯プ魔になられでもしたら、相澤先生的にはたまったもんじゃないでしょう。
まあ、セクハラされる女子達や、こいつのせいでヒーロー科に上がれなかった清廉潔白な普通科生徒には同情しますが。