お盆に合わせて執筆しました。
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私は、
神野での事件から9年経った今、幹部の一人である氷叢雪代の生涯を知るべく、彼女を知る人物に取材を行った。
私はまず、埼玉県谷便市の老人ホームを訪れ、彼女が産まれる前から6歳の頃まで屋敷でメイドとして働いていたという90代の女性に話を聞いた。
「もう、あれから55年になりますかねぇ……とても頭の良い子でした。旦那様がとても躾が厳しい人で……よくあの子を叱りつけて、勉強を強要していました。あの子も、家族の機嫌を損ねないように、文句ひとつ言わずに言うことを聞いて……いえ、むしろ自ら進んで勉強をしているようにすら見えました。今思い出しても、あの子を取り巻く環境は異常でしたよ。物心ついてから、私はあの子が泣いたところを見たことがありませんでした」
次は、東京都文京区の大学を訪れ、そこで教授をしている60代の男性に話を聞いた。
彼は、小学5年生の頃に彼女とクラスメイトだったという。
「あぁ、彼女ね……よく覚えていますよ。勉強やスポーツ、あらゆる教養において何でも一番で、いつもコンクールで入賞していましたから。でも、彼女が笑ったところを見たことがなかったんです。いつも静かに一人で本を読んでいて、誰かと一緒に遊んでいるところを見たことがなくて……子供心にそれが気味悪くて、どうも話しづらくて……話したことはなかったです」
次は、豊島区の住宅地を訪れ、かつてヒムラ建設に勤務していたという80代の男性に話を聞いた。
「あの子の爺さんが、とにかく上昇志向と自己顕示欲が強くてな……自分がNo.1じゃなきゃ気が済まない、エゴの塊みたいな男だった。その倅も、父親によく似た男でなぁ……娘のあの子にも、常に“一番”であることを押しつけてた。あの子もあの子で、親の期待に応えようと必死だったんだろうなぁ。だが、あの子が中学に上がる直前、あの家に男の子が産まれた。そこからは、ひどいもんだったよ。あの家族は、生まれてきた子ばかりを可愛がって、あの子には全く関心を向けなくなったんだから。跡継ぎが産まれちまった以上、あの子はもう用済みだったんだろうよ」
次は、港区でホテルを経営している60代の女性に話を聞いた。
彼女は、中学1年生の頃に氷叢雪代とクラスメイトだったそうだ。
「あぁ、あいつ? いいトコのお嬢様だからってお高くとまって、ムカつく女だったよ。いっつも澄ました顔してさ。どうせアタシらのこと見下してたんだよ。田舎で貧乏暮らししてるって聞いた時は、ざまぁみろって思ったね」
次は、千代田区に法律事務所を構えている50代の弁護士の男性に話を聞いた。
彼は、高校2年生の時に彼女のクラスメイトだったそうだ。
「2年の時に、一度だけ同じクラスだったんですけどね……美人で頭が良くてお淑やかで、まさに高嶺の花って感じの人でした。当時は、畏れ多くてとても話しかけられませんでしたが……ここだけの話、私も彼女のことが好きだったんですよ」
次は、山梨県甲府市に訪れ、彼女が高校3年生の時の担任だったという70代の男性に話を聞いた。
「有名大学も充分に狙える優秀な生徒でしたよ。ですから進学せずに結婚すると聞いた時は驚きました。……あぁ、“個性”婚ってやつです。当時はそこまで珍しくなかったんですよ……ですが彼女は、思い詰めるどころか、どこか吹っ切れた顔をしていたんです。今思えば、家族にさえ見捨てられた彼女には、結婚生活に望みをかけるしかなかったんだと思います。ニュースを見る度に、彼女のことが頭を過るんです。担任として、何かしてあげられることがあったんじゃないかって……」
次は、静岡県垢離里市在住の50代の女性に話を聞いた。
彼女は、氷叢雪代の5つ歳下の従妹だそうだ。
「とても優しくて気立ての良い人でした。私の知らないことを何でも教えてくれて、私の何でもないような話を笑って聞いてくれて……ですが、姉さんが結婚してから連絡を取り合わなくなって……もっと話を聞いておけばよかったと、今になって後悔しています」
そう語る女性の目には、涙が浮かんでいた。
話を聞いているうちに、氷叢雪代という人間が見えてきた。
彼女の性格に多少の食い違いはあるものの、才色兼備でありながらも自分の事を多くは語らない女性という点は一貫していた。
幼い頃から偉大な資産家の祖父と父に英才教育を施され、自分の意見も言えない環境に身を置いていたというのは確かなようだ。
少なくともこの頃の彼女には、心の底から笑っていられる場所などどこにも無かったのだろう。
それから私は、北海道を訪れた。
彼女が結婚してからの半生を過ごした土地だ。
私はそこでまず、彼女の夫の知人だという60代の女性に話を聞いた。
「夫婦仲は良好だったと思います。とてもしっかりした人で……まだ若いのに、仕事も、家事も、小さい子二人の育児も全部こなしていました。今更こんなことを言うのも何ですが……あの時ちょっとしたことでも手助けできたんじゃないかって思ってます。彼女にとって、心の底から笑っていられた時間は、結婚してからの数年間だけだったと思いますから……」
次は、彼女が経営していた蕎麦屋の常連だったという60代の男性に話を聞いた。
「夫婦で手打ち蕎麦屋やってたんですよ。元々ご主人の夢だったらしくて……あぁ、ちょうどあそこの山のあたりです。山中のこぢんまりした蕎麦屋とは思えないくらい繁盛してましたよ。おかみさんがとにかく美人でねぇ……実のところ、僕もあの人目当てで行ってましたね」
次は、かつてその蕎麦屋の従業員だったという50代の女性二人に話を聞いた。
「最初はご近所付き合いの延長みたいな小さいお店だったんですけどね、奥さんの経営手腕のおかげで、たった半年で町一番の繁盛店になったんです。トップヒーローがお忍びで来てくれたこともあったんですよ」
「あんなことさえなきゃねぇ……え? あぁ、異物混入ですよ。それを機に、急に体調を崩すお客さんが増えて、食中毒なんじゃないかって噂が広まって……マナーの悪い客が迷惑行為をするわ、身に覚えのない誹謗中傷を毎日のように浴びせられるわ……それからめっきり客足が減って潰れちゃったんです。その後ひと月も経たないうちに、旦那さんの容態が悪化して、そのまま亡くなったそうです」
次は、夫がその蕎麦屋の常連だったという、60代の主婦の女性に話を聞いた。
「ウチの主人が言ってたんだけどね、あの蕎麦屋の異物混入や食中毒、アレ全部客の自作自演だったんですって。しかもみんなヒムラ建設の関係者だったそうよ。これは邪推だけど……きっと当時のヒムラ建設の社長がやらせたのよ。自分の会社の業績が落ちてるのに、追い出した娘が自営業で成功してたのが面白くなかったんでしょうね」
女性が、眉を顰めながら小声で言った。
氷叢雪代は結婚後、夫婦で手打ち蕎麦屋を経営していたらしい。
だがある日を機にクレームや嫌がらせが相次いで閉店に追い込まれ、心労が祟ったのか、廃業してすぐに夫が病死したという。
娘の才能に嫉妬したヒムラ建設社長の嫌がらせだったのではないかと噂されているが、真相は闇の中だ。
夫の命と夢だった店を失ったのは、彼女にとって、地獄の始まりだったのかもしれない。
でも、彼女が
そう思った私は、彼女が勤務していたという介護施設の元職員の50代の男性に話を聞く事にした。
「旦那さんが亡くなってからあの人は、子供達の為にと、がむしゃらに働いていました。知人から聞いた話なんですけど、夜職も掛け持ちしていたそうです。元同僚として、何かすべきだったんじゃないかと……今でも思い返すことがあります」
次に、彼女の子供達が通っていた幼稚園の先生だったという、60代の女性に話を聞いた。
「旦那さんが亡くなって、しばらく経った頃ですかね……長男の氷太郎くんが、急に“個性”を使って他のお友達をいじめるようになったんです。母親の見ていないところで、妹の氷花ちゃんのこともいじめていたようでした。“個性”カウンセリングの受診もしていたようなんですが、却って氷太郎くんの暴力性を肥大化させてしまったようで……正しいカウンセリングを受けていれば、あんなことにはならなかったんじゃないかと思います」
次に、氷叢氷太郎に“個性”カウンセリングをしていたという、50代の男性に話を聞いた。
「氷太郎……? あぁ、なんか危ない子でしたね。マニュアル通りに“個性”カウンセリングをしていたんですが、何が気に入らなかったのか、途中で脱走しましてね……それからは、あの子とも母親とも、一切連絡を取っていません」
次に、かつて彼女が足を運んでいたという福祉施設に勤務していた50代の男性に話を聞いた。
ちょうど
氷叢雪代と息子の氷太郎が
「あの頃は、あの人の家庭事情がそこまで深刻だと思っていなくて……助けを求めてきたあの人を追い返してしまいました。それが、まさかあんなことになるなんて思わなかったんです。あの時手を差し伸べていればと、今でも後悔しています……」
次に、小学2年生の頃に氷太郎とクラスメイトだったという、40代の会社員の男性に話を聞いた。
「あー……氷太郎? あいつ、授業中にいきなり“個性”使って斬りかかってきたんだよ。事ある毎に『“弱個性”は死ね』とか言って、ウチのクラスはみんなやられたよ。なんか病名ある精神状態だったんじゃないかな。見ろよこの傷、あいつにやられたんだよ!」
次に、キャンプ場を訪れ、家族連れでバーベキューをしていた30代の男女に話を聞いた。
彼等は、小学4年生の頃に長女の氷花とクラスメイトだったという。
「え、氷叢氷花ぁ? そんな奴いたっけ?」
「あれだよ、クソ女。授業中に教室でウンコ漏らした女!」
「あぁ、クソ女!」
「どんな奴だったかって? なんか頭おかしい奴っスよ。話噛み合わねーし、一人で教室の隅でノートに変な絵描いてたり、消しゴムとか髪とか変なもん食ったり、バカだからいじめても全然気づかねーし」
「あいつ、兄貴もヤバい奴だったよね。ホラ、あの家ってアレらしいから……なんかそういう子が産まれやすい家系だったんじゃないの?」
次に、特別支援学校を訪れ、そこで当時氷太郎の担任だったという50代の男性に話を聞いた。
「小学3年生の時、あの子がこちらに転校してきたんです。ですが、たったの三日で不登校になってしまって……お母様も大変苦労されていたようでした。まさかあんなことになるなんて……」
次に、彼が中学生の時に入所したという少年院を訪れ、彼を診察した精神科医だという60代の男性に話を聞いた。
彼は、中学2年の頃にコンビニで傷害事件を起こし、少年院に送られたそうだ。
「彼が入所したのは、中学2年生の時です。自分の行動を全く反省せず、自身の正当性ばかりを主張していました。幼少期の“個性”カウンセリングがうまくいっていないようでした。当時の“個性”カウンセリングは、“個性”による特性を社会に適合できるよう擦り合わせるプログラムでしたが、彼のような子はより個人差を感じやすくなってしまうという問題がありましたから……」
次に、中学2年生の頃に氷花の同級生だったという、30代の主婦の女性に話を聞いた。
「2年の1学期の終わりくらいかなぁ……あの子が急に学校来なくなったの。やけにお腹が膨らんでたから、変だと思ってたんですけど……あの子、妊娠してたんですよ。それから、2学期の終わりあたりに、あの子が亡くなったって話を聞いたんです」
次に、氷花の帝王切開を担当したという60代の男性の話を聞いた。
「氷花さんの手術を担当したのは私です。最善は尽くしましたが、あの子の命を救えませんでした。あの時あの子の命を救えていたらと、今でも後悔しています。雪代さんにとって、あの子を亡くしてからの人生は、地獄そのものだったと思います」
次に、中学3年生の頃に氷太郎のクラスメイトで、小学校も同じだったという40代の農家の男性に話を聞いた。
「氷太郎? いや、見てないですよ。出所してすぐに、母親と妹を置いてどっかに消えちゃったんです。あ、でも何か、半グレっぽい奴らと連んでたって噂は聞いたことありますけど」
氷叢雪代の長男・氷太郎は、幼少期は問題行動ばかり起こし、中学の頃にとうとう少年院に入ったという。
父親が亡くなってから急に凶暴な性格になったそうで、誰も手をつけられなかったそうだ。
一方の氷花も、社会にうまく適合できず、学校や家でいじめをうけていたそうだ。
そして中学2年生の頃に女の子を妊娠し、出産時に死亡。
産まれてきた女の子の父親は、兄である氷太郎だったそうだ。
その時の女の子が、氷叢雪代の孫であり養子の氷叢六花だ。
次に私は、小学3年生の頃に六花のクラスメイトだったという、20代の会社員の男性に話を聞いた。
「あー、なんか、変わった子だなぁって印象でしたね。授業中に急にどっか行っちゃったり、物忘れがひどかったり、字が汚かったり……正直雄英に入ったって聞いた時は驚きましたよ」
次に、中学3年生の頃に六花のクラスメイトだったという、20代の女性に話を聞いた。
「あー……実は私、六花のこと、結構いじめてたんですよね……なんか変わった子だったし、父親がアレだし……本人も全然怒らずに毎日学校に来るから、つい調子乗っちゃって……バカなことしたって思ってますよ」
次に、当時彼女達とご近所付き合いをしていたという60代の女性に話を聞いた。
「あの子の父親が逮捕されたのは、ちょうどあの子が中学2年の頃でしたかね……強姦殺人の現行犯で逮捕されたんですよ。警察の調べで、薬物をやってたことまでわかって……凶悪犯を産んだ母親と、凶悪犯の娘がこの町にいるって思うと……正直、ご近所さんだとも思いたくなかったです」
その後も取材を続け、氷叢雪代の生涯を記録に残した。
幼少期から親に敷かれたレールを歩まされ、やっと掴んだ幸せも親に奪われ、子供諸共世界から見捨てられ、地獄の中でもがき続けてきた。
そして、自分や子供達を不幸にした氷叢家と、自分達を見捨てた世界に復讐する為に、今ある世界を全て破壊する事を決意した……
それが氷叢雪代という人物のようだ。
そして最後に、私はある女性に取材をした。
「……あの人のことは、今でも許せないって思ってます。大事な友だちを殺そうとして、みんなの大事な思い出を壊して……だけど…………」
その女性が語った言葉は、私にとっては衝撃だった。
そして、今まで取材をしてきた人物の言葉の中で、一番重く私の心に響いた。
「……そうですか。取材にご協力いただき、ありがとうございます」
「あの、せっかくここまで来ていただいたことですし……良かったら、ママに会っていただけませんか?」
そう言って女性は、家の外へと私を連れ出した。
彼女が、「ママは冷酒が好きだった」と言っていたので、途中で酒屋に寄って、純米大吟醸を購入した。
それから花屋に行って、彼女が好きだったという花を見繕って、女性と一緒にある場所へ向かう。
「ママ、記者の人が会いに来てくれたよ」
そう言って、その女性……六花さんが、墓石に花を供えながら語りかける。
墓石の前には、アクリルの写真立てに入れられた写真が二枚並んでいる。
一枚は、まだ氷叢雪代が蕎麦屋をやっていた頃に家族四人で撮った写真、そしてもう一枚は、雄英入学の日に六花さんと二人で並んで撮った写真だ。
私も、購入した冷酒の瓶を供えて、線香を焚いて手を合わせた。
私はこれから、彼女の生涯を本に記すつもりだ。
世界に見捨てられて地獄を味わった彼女が、その命を賭して世界を変えようとした事を、一生忘れない為に。