雪代 side
「氷花の形見だから今まで育ててきたけど、私はあんたを娘だと思ったことなんて一度だってない」
私が六花を見下ろしてそう言い放つと、六花がポロポロと涙をこぼす。
あーあ、娘じゃないって言われたのがよっぽどショックだったみたいね。
自分でも不思議に感じるくらいに、私はこの子が泣いている顔を見ても何も感じない。
「なんで……なんで、そんなことゆうの……? わたし、ママのために今までがんばってきたのに……ヒーローになれば、ママがよろこんでくれるって思ったから……! ママだって、いっしょにがんばろうってゆったじゃん!!」
六花が、後ろで両手首を縛っている拘束具をガシャガシャと鳴らしながら叫ぶ。
私はクスッと笑って、六花の頭を撫でた。
「そうね。あなたは私の為に今まで頑張ってくれたわ。あなたのおかげで、私は雄英の情報を楽に入手できた。我が孫ながら上出来よ。でももう頑張らなくていいの。だって、あんたはもう雄英に戻れないんだもの」
「え……?」
「雄英に潜入してもう充分情報は手に入れられたから、あんたはもう用済みなの。ここで
私がそう言って口角を吊り上げた、次の瞬間。
「う゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
六花が、怒りに震えながら泣き叫んだ。
その瞬間、六花を中心に、室温が急激に下がっていく。
六花の“個性”は異形型の性質が少し混じっていて、周りのものを冷やし続ける体質は、“個性”因子の働きによるものじゃなくて、生まれつき変異している循環器によるもの。
腕が四本ある人間の“個性”を封じても腕が二本になったりしないのと同じで、私の血で作った氷の針で“個性”を封じても、生まれつきの体質までは封じる事ができない。
怒りで血圧や心拍数が上昇すれば、それだけ冷やす力が強くなる。
……まさかこのまま室温を下げ続けて、私を凍死させる気?
なんて考えたその時、バキッと何かが壊れる音が聴こえる。
見ると、六花の手足を拘束していた拘束具が凍って壊れていた。
……!!
そうかこの子、私の凍死を狙ってたんじゃなくて、拘束具を凍らせて脆くして……
私がその事に気づいた時には、六花が私に飛びつこうとしていた。
……無駄のない動き。
本当に、ヒーローになる為に毎日努力してきたのね。
だけど残念。
私を倒すのには、あとちょっと修行が足りなかったわね。
私は、六花の動きを見切ると、左脚に体重を乗せて六花の腹に中段蹴りを叩き込んだ。
「あ゛ぁっ…!!」
まともに受け身を取れずに腹に直撃を喰らった六花は、数メートル吹っ飛ばされて、壁に背中を打ち付ける。
六花は、その場に膝をついて、口の端からポタポタと血を垂らしながら咳き込んだ。
あー……これ、肋が何本か折れちゃってるかもね。
「ゲホッ、ゴホッ……」
私は、咳き込んだまま動かない六花のもとへ歩いていくと、髪を掴んで持ち上げる。
「室温を下げ続けて凍死を狙った方がまだ勝ち目があったかもしれないのに……誰があんたに格闘技を叩き込んだと思ってるの? “個性”を使えないあんたなんて、私の敵じゃないのよ」
「ママ……」
「ママって呼ぶなって言ったでしょ。私とあんたの絆なんか、最初から壊れてたんだよ」
「う……あああ……!!」
私が言い放つと、六花はポロポロと涙を流して泣き出した。
トドメの一撃を入れて気絶させようとしたその時、コートのポケットに入れていたスマホがブブッと振動する。
「……あら。ちょっと席外すわね。大人しく寝てなさい」
「がはっ……!!」
鳩尾にボディーブローを叩き込んで、六花を気絶させる。
完全に意識を失ったのを確認してから、氷の鎖で拘束して、オーステナイト系ステンレス鋼製の分厚い扉を開けて地下室の外に出る。
さっきの着信は……ドクターからか。
私は、携帯を操作してドクターに折り返しの電話をかけた。
「ドクター、先程は申し訳ございませんでした。ちょうど取り込み中でして……」
『なぁに、ちと気になったことがあっただけじゃよ。君は、何か変わりはないかの?』
「ええ、問題ありません」
『それにしても、あの先生が奪えない程の代物とはのぉ……誤算も誤算じゃよ。転送があと一歩遅かったら、凍死していたところじゃった。先生が『超再生』を持っていなかったら危なかったわい』
「ええ、全く……」
ドクターが、さっきの大惨事を思い出して、呆れるように言った。
実はこの地下の独房に送り込む前に、六花の“個性”を欲しがっていた先生のもとへ黒霧さんが六花を転送したのだけれど、結論から言うと“個性”の奪取は失敗した。
というか、先生が死にかけた。
六花に触れた瞬間、一瞬で体温を奪われて全身を壊死させられ、生命維持装置をも凍らされたのだ。
流石にまずいと思ったのか、先生はドクターの有する別荘の一つ、その地下の独房に六花を転送した。
ドクターの実験室を兼ねたこの独房は、マイナス196度の極低温にも耐える素材でできていて、見えないけど壁や床の至る所に隠しカメラや盗聴器、被験者のバイタルをリアルタイムで計測するデバイスが埋め込まれている。
でも、被験体の小さな変化を読み取って正確にドクターや先生に報告するには、人間の監視役が必要だった。
先生や脳無でも六花には近寄れないので、冷気に耐性のある私が監視役に志願したのだ。
『じゃが、調べれば調べるほど面白い素材じゃな。ただでさえ“個性”第七世代はまだ珍しいというのに、一つの“個性”を濃縮し続けてここまで極めた個体は、世界中を探してもこの娘くらいじゃろう。先生が欲しがるのも頷けるわい。ついでに回収した爆豪くんも中々の逸材のようじゃな』
「そうですねぇ。こちら側に引き入れることができれば、相当な戦力になるかと」
『では、引き続き監視を頼むぞ。何せその娘に近づけるのは君しかおらんからの』
「……了解」
ドクターの言葉に、淡々と頷く。
するとドクターが、思い出したように言った。
『ところで、ついさっき先生のシンパが届けに来た土産なんじゃが……これは君が送ってきた物かの?』
「あぁ……はい。いつもお世話になっているドクターと先生にお礼をと思いまして。『余市』、私の地元のウイスキーなんですよ。雄英の生徒が二人こちらの手に堕ちたことですし、連合の勝利に一杯いかがですか?」
『ほっほっほ、君もいい性格しとるのぉ』
「ん? なんのことです?」
『いやいや、こっちの話じゃわい』
私の質問に対して、ドクターが誤魔化すように笑う。
その時だった。
さっき六花の腹を蹴った左脚と、殴った右手がジンジンと痛み出したのは。
「っ……」
『ん? どうかしたかの?』
「いえ……何でもありません」
一度電話を切ってから手袋を外すと、拳が赤く腫れて水疱ができていた。
私も六花程じゃないけど、低温に対する耐性はある。
その私が凍傷になるくらい、六花は冷たかった。
あの子、合宿の間にどれだけ強くなってるのよ……
私の“個性”で制御できなくなるのも、時間の問題かしらね……
◇◇◇
それから三日後。
「六花、調子どう?」
「…………」
私が話しかけても、六花は私に視線すら向けずに、一点を見つめている。
あれから六花は、全く口を利かなくなった。
出生をバラしたりしたから、ポッキリ心が折れちゃったかしら?
自分で言うのもなんだけど、色々キツい事言ったからなぁ。
それとも何かの作戦かしら?
……あり得ない話じゃない。
この子は、普段の言動に反してたまに頭が切れる事がある。
私が気づいていないだけで、この子が何かを企んでいる可能性も充分考えられる。
なんて考えていると、携帯がブブッと鳴る。
見てみると、ネットニュースが更新されていた。
「……あら。これ見て六花。雄英が謝罪会見を開いたそうよ」
動画を再生して、スマホの画面を六花に向けて見せる。
そこには、スーツに身を包んだイレイザーヘッド、ブラドキング、根津校長の姿があった。
「先生……」
◆◆◆
死柄木 side
「早速だが…ヒーロー志望の爆豪勝己くん。俺の仲間にならないか?」
俺は、氷叢のガキのついでに攫った爆豪勝己の勧誘を試みていた。
だが……
「寝言は寝て死ね」
爆豪は、相変わらず悪態をつくだけだ。
麻酔から目覚めてから二日間、ずっとこの調子だ。
いい加減こいつの態度にも辟易していると、ちょうどいいタイミングで、雄英の謝罪会見が始まった。
『この度──我々の不備からヒーロー科1年生26名に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら敵意の防衛を怠り社会に不安を与えたこと、謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした』
『NHAです。雄英高校は今年に入って4回生徒が
『周辺地域の警備強化、校内の防犯システム再検討、強い姿勢で生徒の安全を保証する……と説明しておりました』
まるで悪者扱いだなぁ。
今雄英を叩いてるマスゴミ共は、事態の深刻さを何もわかっちゃいない。
だから必死に雄英の粗探しをして、責め立てる事で満足している。
それで解決する事なんざ、何も無いっていうのに。
「不思議なもんだよなぁ…何故奴等が責められてる!? 奴等は少ーし対応がズレてただけだ! 守るのが仕事だから? 誰にだってミスの一つや二つある! 『お前らは完璧でいろ』って!? 現代ヒーローってのは堅っ苦しいなぁ爆豪くんよ!」
「守るという行為に対価が発生した時点で、ヒーローはヒーローでなくなった。これがステインのご教示!!」
「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民。俺達の戦いは『問い』。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう! 俺達は勝つつもりだ。君も、勝つのは好きだろ?」
スピナーが自身の意見を主張すると、俺も現代社会の歪みを訴えかけた。
「荼毘、拘束外せ」
「は? 暴れるぞこいつ」
俺が指図をすると、荼毘が嫌そうな顔をする。
まぁこいつ、攫ってきたと思ったらすぐ暴れて、ノウメンが麻酔打ち直すまでずっと暴れてたからな。
「いいんだよ、対等に扱わなきゃな。スカウトだもの。それに、この状況で暴れて勝てるかどうかわからないような男じゃないだろ? 雄英生」
俺が言うと、爆豪は黙ったまま睨みつけてくる。
すると荼毘は、トゥワイスに拘束具の鍵を渡した。
「トゥワイス、外せ」
「はァ俺!? 嫌だし!」
キッパリ断ったトゥワイスだったが、結局すぐに拘束具を外した。
「強引な手段だったのは謝るよ…けどな。我々は悪事と呼ばれる行為に勤しむただの暴徒じゃねえのをわかってくれ。君を攫ったのはたまたまじゃねえ。ここにいる者、事情は違えど人に、ルールに、ヒーローに縛られ…苦しんだ。君ならそれを──…」
Mr.コンプレスが説得し、俺が爆豪に近付いた、その瞬間だった。
BOOM!!!
「「「!!」」」
突然、爆豪は俺の顔を爆破しにかかった。
爆豪の座っていた椅子は吹き飛び、爆豪は鋭い眼光を向けながら言った。
「黙って聞いてりゃダラッダラよぉ…! 馬鹿は要約出来ねーから話が長ぇ!」
「死柄木…!」
「要は『嫌がらせしてえから仲間になって下さい』だろ!? 無駄だよ。俺は、オールマイトが勝つ姿に憧れた。誰が何言ってこようが、そこぁもう曲がらねぇ」
「……………お父さん…」
駆け寄ってきたトゥワイスに支えられながら立ち上がった俺は、床に落ちた手を見てポツリと呟いた。
するとその時、テレビからマスゴミの声が響く。
『攫われた爆豪くんと氷叢さんについてはどうお考えでしょうか?』
雄英の教師の質疑応答に対して粗探しをしていたマスゴミが、立ち上がって尋ねる。
『特に爆豪くんは体育祭優勝、ヘドロ事件では強力な
マスゴミが、イレイザーヘッドに質問攻めする。
メディア嫌いのイレイザーヘッドがどう答えるか……
なんて考えていると、イレイザーヘッドは意外にも冷静に頭を下げた。
『行動については私の不徳の致すところです。ただ…体育祭でのそれらは彼の理想の強さに起因しています。誰よりもトップヒーローを追い求め…もがいている。あれを見て隙と捉えたのなら、
『根拠になっておりませんが? 感情の問題ではなく具体策があるのかと伺っております』
『───我々も手を拱いているわけではありません。現在警察と共に調査を進めております。我が校の生徒は必ず取り戻します』
根津校長が言うと、爆豪が笑った。
「ハッ、言ってくれるな雄英も先生も…そういうこったクソカス連合! 言っとくが先に手ェ出してきたのはてめェらの方だからな!」
「自分の立場…よくわかってるわね…! 小賢しい子!」
「刺しましょう!」
「なァ、このガキ俺がブッ殺してもいいか?」
「肉面んん……」
正当防衛を免罪符に俺達を爆破しようとしている爆豪に対して、俺達も警戒を強める。
特にトガ、マスキュラー、ムーンフィッシュの三人は、爆豪に殺気を向けて戦闘態勢を取っていた。
「いや…馬鹿だろ」
「その気がねえなら懐柔されたフリでもしときゃいいものを…やっちまったな」
「したくねーもんは嘘でもしねんだよ俺ァ。こんな辛気くせーとこ長居する気もねえ」
「…………」
俺がお父さんの手に視線を向けると、咄嗟に黒霧が止めに入る。
「いけません死柄木弔! 落ち着いて…」
「手を出すなよ……お前ら。こいつらは…大切な駒だ。出来れば、少し耳を傾けて欲しかったな…君とは分かり合えると思ってた…」
「ねぇわ」
「仕方がない、ヒーロー達も調査を進めていると言っていた…悠長に説得してられない。先生、力を貸せ」
俺は、砂嵐が映っているモニターに向かって言った。
「先生ぇ…? てめぇがボスじゃねぇのかよ…! 白けんな」
「黒霧、コンプレス。また眠らせてしまっておけ」
「ここまで人の話聞かねーとは…逆に感心するぜ」
「聞いて欲しけりゃ土下座して死ね!」
黒霧コンプレスが爆豪を拘束しようとすると、爆豪が反発した。
するとその時、ドアをノックする音が聴こえる。
「どーもォ、ピザーラ神野店です──」
……あ?
ピザだと?
ピザなんて頼んでな……
「SMASSH!!!」
いきなり扉が吹っ飛んで、コンプレスとスピナーが吹っ飛ばされた。
なっ……!?
オールマイト!!?
「何だぁ!!?」
「黒霧! ゲート…」
反射的に黒霧に命令しようとした、その瞬間。
「先制必縛! ウルシ鎖牢!!」
別のヒーローが店の中に乗り込み、腕から生やした木で俺達を拘束した。
「木ィ!? んなモン…」
「逸んなよ。大人しくしといた方が…身のためだぜ」
荼毘が体を拘束している木を燃やそうとすると、新たに飛び込んできたジジィが荼毘の後頭部に飛び蹴りを喰らわせ、戦闘不能に追い込む。
「流石若手実力派だシンリンカムイ!! そして目にも止まらぬ古豪グラントリノ!! もう逃げられんぞ
クソっ……何故こいつらの奇襲を許した……?
ノウメンは、何の手がかりも残さずにガキ二人を回収したはず……
配信した動画から特定された……?
いや、そんなわけ……
「オールマイト…!! あの会見後にまさかタイミング示し合わせて………!」
「木の人! 引っ張んなってば! 押せよ!!」
「や〜!!」
「くそっ……!」
全員木でガチガチに固められ、身動きが取れない。
「攻勢時ほど守りが疎かになるものだ…ピザーラ神野店は俺達だけじゃない。外は手練のヒーローと警察が包囲してる」
その声と共に、別のヒーローが乗り込んできた。
さらには、他のヒーローや警官もゾロゾロ乗り込んでくる。
「怖かったろうに…よく耐えた! ごめんな…もう大丈夫だ少年!」
「こっ…怖くねえよ余裕だクソッ!!」
爆豪も奪還されたか……
チッ……
「せっかく色々こねくり回してたのに………何でそっちから来てくれんだよラスボス…仕方がない…俺達だけじゃない……そりゃあ、こっちもだ。黒霧、持って来れるだけ持って来い!!!」
俺はこんな時の為に用意しておいた切り札を出そうとしたが……
「すみません死柄木弔…所定の位置にある筈の脳無が…無い…!!」
…………は?
「やはり君はまだまだ青二才だ、死柄木!
ふざけんなよ……!!
まだだ……
こんなところで、終わってたまるか!!
◆◆◆
雪代 side
「……あら。弔くん達、やられちゃったか。思ったより場所割れるの早かったな……」
私は、氷を端末代わりに、弔くん達の様子を確認した。
どうやら弔くん達は、乗り込んできたヒーロー達に捕まったらしい。
まぁ先生がいなきゃこうなるだろうとは思ってたけど……思ってたより到着が早かったわね。
やっぱりさっきの謝罪会見は囮か……
だとすると奴等は、それより前に連合のアジトを特定していたって事になる。
「このアジトにヒーローが乗り込んでくるのも時間の問題ね……ここはもう捨てるか」
そう言ってドアのロックを解除し、外に出ようとした瞬間。
FOOSH!!!
一瞬の赤い光の後、灼熱が襲いかかった。
「あ゛ぁ゛あ゛ああああ!!」
熱い、喉が焼ける……!!
血が沸騰する……!!
「また会ったな。まさか、こんな形で再会するとは思ってもみなかったが……」
ドアの方向から、そんな声が聴こえてくる。
咄嗟に“個性”を発動して、体を焼く炎を中和しながら、声が聴こえた方を振り向く。
「おじさん……っ」
「お゛まえ……っ、何故ここに……!?」
私を焼いた男が、体からゴゥッと炎を放ちながら近づいてくる。
「ヒーローだからさ」
そこには、フレイムヒーロー《エンデヴァー》が立っていた。