最近仕事が忙しくてですね……
「雪代、お前は将来ヒムラ建設を背負って立つんだ。常に人の上に立ちなさい」
「はい、お父様」
「お前は、母親のような無能になってはいけないよ」
「……はい」
私は、歴史ある名家、氷叢家の分家の長女として生まれた。
当時私は静岡の大きな屋敷に住んでいて、屋敷には日本有数のゼネコンを立ち上げ一代で巨万の富と名声を築いた祖父と、その祖父の事業を継いだ父、氷叢本家から嫁いできた母、そして大勢の使用人がいた。
自己顕示欲の強い祖父と父は、私にも人の上に立つ事を求め、物心ついた時からあらゆる英才教育を私に施してきた。
幼い頃から帝王学やあらゆる教養を叩き込まれ、勉強はもちろん、あらゆるスポーツや武道、あらゆる芸術教養で一番になった。
時には会社の抱える課題の解決に貢献したりして、人の上に立つ人間としての素養を身につけさせられた。
祖父は元々本家の人間だったそうで、愚鈍な兄が財産と土地を継いだ事でプライドを傷つけられ、本家を見返す為に血の滲む努力をして事業を立ち上げたのだという。
私の母を買収して本家を支配下に置いたのも、かつて自分を蔑ろにした本家への意趣返しだったのだろう。
幼い私に人の上に立つ事を強要したのも、私を後継者にする事で、支配欲や自己顕示欲を満たしたかったからなのかもしれない。
私は、人の上に立つ事になんか興味がなかった。
それでも祖父や父の言う事を聞いて、ライバルを蹴落とし、時に体を壊してでも目の前の階段を駆け上ったのは、父に認めてほしかったから。
祖父や父に並び立てるような立派な人間になって、家族として対等になりたかった。
その先の未来で、心の底から笑っていたかった。
だけどそんな私の夢は、いとも簡単に砕け散った。
私が小学校を卒業する直前、弟の雪也が生まれた。
その瞬間、今まで築いてきたものが一瞬で崩れ去った。
「雪也、お前は私の自慢の息子だ。お前は将来、ヒムラ建設を背負って立つんだ」
「はい、おとうさま」
父は弟を溺愛し、仕事場や旅行先に連れ回した。
女の私は、弟が生まれた瞬間から、父に関心を向けられなくなった。
最初のうちは、積極的に父の手伝いをしたり弟の世話をしたりして、父の気を引こうとしたけど、すぐに無駄だと悟った。
父が弟を甘やかしたせいで弟は余計につけ上がり、姉の私を下女のように扱き使うようになった。
だけどそんな日々は、ある日突然終わりを迎えた。
「雪代、この人がお前の夫だ」
「……はじめまして、氷叢冱郎です」
高校3年生の頃、私は父があてがった一回り歳上の男と婚約させられた。
その人は、私の祖母の妹の息子……つまり私の従叔父にあたる人で、ヒムラ建設の旭川支店の社員だった。
第一印象は「なんだこいつ」、それに尽きた。
無精髭が伸びっぱなしだし、始終仏頂面でボソボソ喋るし、いい歳して気の利いた言葉のひとつも言えない。
だけどある日、そんな私の考えを覆す出来事があった。
周りのクラスメイトが受験や就職に向けて本格的に準備をしていた冬、私は彼の家に招かれてご馳走してもらう事になった。
「雪代さん、蕎麦は好きですか?」
「ええ、お蕎麦は大好物です」
「だったら僕が打った蕎麦、食べてもらえませんか?」
彼は、手打ち蕎麦をその場で茹でて食べさせてくれた。
その蕎麦は、私がそれまでの人生で食べた料理の中で一番美味しかった。
「……美味しい」
「良かった。それ、自信作なんですよ」
「すごいですね。こんなに喉越しのいいお蕎麦、食べたことないです。ずっと修行されてたんですか?」
「ええ、まぁ……僕ね、自分の店を持つのが、子供の頃からの夢なんです。それで、小さい頃からずっと修行してて……」
そう言って冱郎さんは、少し恥ずかしそうに、私の前で初めて笑った。
ひとつの事に人生を懸けて熱意を向けてきた彼の事を、羨ましいと思った。
彼の持つ熱が、私の冷え切った心を融かしてくれた。
同時に、彼の夢を叶えたいと思った。
「……でも、これでようやく夢を諦められます。最後に美味しいって言ってもらえて、嬉しかったです」
「何言ってるんですか! 出しましょうよ、お店! この味なら絶対人気出ますよ!」
「でも僕、経営とかさっぱりで……」
「そういうのは全部私がやりますから! こんなに美味しいものを作れるんだから、堂々とお店を構えればいいんです!」
それから私は、高校の卒業式の同日に冱郎さんと籍を入れ、父から譲り受けた道北の土地に移住する事になった。
子供の頃から投資でコツコツ増やし続けた軍資金で家を蕎麦屋仕様にリフォームして、学生時代に築き上げた人脈をフルに使って人を呼び寄せ、入籍から三ヶ月で開業まで漕ぎ着けた。
最初はこぢんまりしていた店も、順調に売り上げを伸ばして軌道に乗せ、年中安定してお客さんが入るようになった。
親に貰った顔と、子供の頃に受けた英才教育が、彼の夢を支えるのに役立ったんだから、何とも皮肉な話だ。
そして開業とほぼ同時期に私の妊娠が発覚し、大晦日に男の子が生まれた。
私達はその子に『氷太郎』と名付けて大切に育てた。
氷太郎は、自分の体を氷に変える冱郎さんの『氷化』の“個性”と、私の冷気を自在に操る『冷気操作』の“個性”を受け継いで、自分の体を鋭い氷の刃に変えたり氷の刃を生み出して操ったりする『氷刃』の“個性”を持って生まれた。
息子の氷太郎が生まれてからも、私は育児と両立しながら店を経営した。
氷太郎が1歳を過ぎてしばらくしたころ、私達に二人目の子供ができた。
二人目を作ろうと言ったのは私だった。
弟か妹がいた方が、一緒に励まし合えると思ったから。
そしてその年の冬至に女の子が生まれた。
私達はその子に『氷花』と名付けた。
私達夫婦の“個性”が混じり合って変異したのか、氷花は心臓が特殊な氷でできていて、体に流れる冷たい血で触れたものを冷やす常時発動の異形型“個性”を持っていた。
夫の夢を叶えられて、二人の可愛い子供達に恵まれて、この頃が私にとって人生で一番幸せな時間だった。
「冱郎さん。私ね、幸せな家庭を築くのが夢だったの。あなたに出会って、やっとその夢が叶った」
「僕もだよ、雪代さん」
そして開業から5年が経った頃、私は双子の男の子を妊娠した。
氷太郎も氷花も、弟が二人増えると聞いて喜んでいた。
この頃の私は、夫や子供達と、この先も幸せいっぱいの家族でいられると信じて疑わなかった。
だけどそんなある日、事件が起こった。
「おいこの店はどうなってんだ!? 客に虫の死骸入りのメシ出すのか!?」
「申し訳ございませんお客様。すぐに新しいものとお取り替え致しますので、少々お待ちくださ……」
「うるせぇ!!」
酔っ払った団体客が異物混入を訴えてきたので、私が対応していると、客の一人が立ち上がって私の顔にお酒をかけてきた。
「土下座しろよ」
その客は、私に土下座を強要してきた。
そうしたら、夫が血相を変えて厨房から出てきて、私にお酒をかけてきた客を殴り飛ばした。
「迷惑かけに来たんなら帰れ!! あんたらに出す蕎麦も酒も無い!!」
普段は温厚な夫が、初めて私の前で激昂した。
だけどその時、私は見てしまった。
少し離れた席に座っていた客が、迷惑客を殴った夫にカメラを向けていたのを。
それを見た瞬間、私は悟った。
嵌められた。
こいつら、最初から私達を嵌めるつもりで、わざと店の中で騒いだんだ。
案の定その客は、夫が客を殴るところをSNSで拡散して、私達の店の悪評を書き込んだ。
幸いこっちにも証拠は残っていたから、逆に営業妨害で損害賠償請求しようとしたけど、それも織り込み済みだったのか、訴える前に海外に逃げられてしまった。
そして客のSNSの書き込みを皮切りに、私達の店を貶めるデマが相次いで広がった。
やれ食中毒だの異物混入だの店員に暴言を吐かれただの、身に覚えのない誹謗中傷を受けた。
しかもそれだけじゃなくて、迷惑客が頻繁に来店しては、騒いだり店のものを汚したり店員や他のお客さんにちょっかいをかけたりした。
毎日のように続いた嫌がらせのせいで、客足はどんどん遠のいていった。
進んで店を手伝ってくれていたアルバイトの子達も、自分達にまで飛び火したら嫌だからと次々と辞めていった。
後で知った話だけど、最初にカスハラをしてきた客は、ヒムラ建設の息のかかった金融業者の社員だったそうだ。
それを知った瞬間、点と点が繋がった。
父が、夫の店を潰す為に嫌がらせをしたのだ。
私が結婚して家を出てからというもの、ヒムラ建設の業績は右肩下がりだった。
弟の雪也も中学受験に失敗したらしく、会社に貢献してきた私を捨てて雪也を跡継ぎに選んだ事を周囲に非難され、父は大恥をかいたそう。
それで私の経営していた蕎麦屋が順調に売上を伸ばしているのが気に入らなかったのか、汚い手を使って私を潰しに来たというわけだ。
赤字続きとはいえ、相手は国内有数のスーパーゼネコンの代表取締役社長。
その気になれば、自営業で食べている私達なんて簡単に潰せてしまう。
迷惑行為のストレスのせいか、私は体調を崩して高熱で倒れ、妊娠していた子供二人を死産した。
それに引っ張られるように夫も持病が悪化し、夫の夢だった蕎麦屋は廃業を余儀なくされた。
「雪代……俺、間違ったことしたかな……」
「冱郎さん……」
「……雪代、ごめんな……夢、壊しちまって……氷太郎、氷花……ダメな父ちゃんでごめんな……」
その後廃業から一年もせずに、夫は他界した。
夫は晩年、私や子供達が不幸になったのは自分のせいだと泣きながら謝っていた。
それから私は、がむしゃらに働いた。
資格を取って介護施設に就職して、昼は介護事務の仕事をした。
幼少期の英才教育のおかげか、仕事に慣れるのにそう時間はかからなかった。
そして夜はクラブで働いた。
私は子持ちで歳も若くなかったから、お金を稼ぐ為に、手段を選ばなかった。
枕営業とかはしなかったけど、むしろそういう事をしている子達の弱みを握って蹴落とした。
自分で言うのも何だけど、結構恨みを買うような事もやってたと思う。
暮らしぶりは決して裕福とは言えなかったけれど、子供達にはできるだけ美味しいものを食べさせて、欲しいものは極力買ってあげた。
夫の分まで、私が子供達を幸せにすると決めたから。
だけど仕事ばかりの毎日を送っていたせいか、私は子供達の変化に気づくことができなかった。
「氷太郎、どうして氷花を叩いたりなんかしたの?」
「うっせーんだよババア死ね!!」
「あっ、コラ待ちなさい氷太郎!」
夫が他界してから、氷太郎は攻撃的な性格になった。
前は妹想いの優しい子だったのに、事ある毎に“個性”を見せびらかしたり、妹や友達を平気で傷つけたりするようになった。
最初は、父親が居なくなって寂しかったからだろうと思ったから、寂しい思いをさせないように出来るだけ一緒にいてあげられる時間を作った。
だけど私の言葉や行動は、氷太郎には全く響かなかった。
もう専門家の意見を聞くしかないだろうと思って、“個性”カウンセリングも受けた。
「強い“個性”を持った子にありがちな倒錯ですね。正しく消していきましょう」
カウンセラーの氷太郎を見下したような目を見た瞬間、私は『ハズレだ』と見切りをつけ、すぐに別のカウンセラーを試した。
カウンセリングルームはどこも氷太郎には合わず、一日で通うのをやめてしまった。
結局、氷太郎の事を理解して正しく導いてあげられるカウンセラーには出会えなかった。
私は、“個性”カウンセリングについて独学で勉強して、氷太郎に寄り添ってあげられるよう努力した。
だけど全然効果が無くて、氷太郎の攻撃性はさらに増し、氷花もボロボロになっていく一方だった。
投薬治療も試みたけど、どの薬も氷太郎の体質には合わなかった。
もう我慢の限界だったから、福祉センターに駆け込んで、助けてほしいと泣きついた。
そしたらそこの職員は、面倒臭そうに言った。
「よくある兄弟喧嘩でしょ? 困るんですよね、そんなことで相談に来られても。悩み相談なら、牧師かカウンセラーにでも言ったらどうですか?」
どこの福祉センターに行っても、同じような事を言われて突っぱねられた。
氷太郎は、小学校に上がってからも友達や先生に“個性”を使って乱暴した。
「ちょっとあなた、どういう教育してるんですか!? ウチの子、お宅の子に怪我させられて顔を10針縫ったんですよ!?」
「大変申し訳ございませんでした。氷太郎、航平くんに謝りなさい」
「うぜーんだよババア! オレ悪くねーし!」
氷太郎は、反省するどころか開き直るばかりだった。
小学3年生の時に特別支援学校に転校させたけど、結局合わなくて三日で不登校になった。
氷花も、家では氷太郎に暴力を受けて、学校ではクラスの子達にいじめられて、そのストレスのせいか頻繁に体調を崩した。
だけど氷花が私や氷太郎を恨まずに前向きに生きてくれている事だけが、唯一の救いだった。
「氷太郎、また友達のところに遊びに行ってたのね」
「うっせえな、触んなよ」
「……ご飯作っておいたから、ちゃんと食べるのよ」
中学に上がってから、氷太郎は外出して夜遅くまで帰ってこない事が多くなった。
理由は明白だった。
あの子は、不良と連んでいたのだ。
しかもあの子がいたのは、地元でも有名な不良グループだった。
当時の私は氷花の事でいっぱいっぱいだったし、非行に走る氷太郎を強く止められなかった。
今思えば、殴って首根っこを掴んででも止めておくべきだった。
そしてあの子が高校に上がる直前、事件は起こってしまった。
「氷花? どこ行ったの?」
ある日、仕事を終えて家に帰ってくると、氷花がいない事に気がついた。
いつもは家に帰っている時間なのに、家中を探してもどこにもいなくて、携帯も繋がらなかった。
学校に連絡しても、学校にはいないとの事で、ご近所さんに氷花を見てないか聞いて回った。
そしたらご近所さんが、氷太郎が氷花と手を繋いで普段誰も使っていない倉庫へ入っていくのを見たと言った。
それを聞いた瞬間、全身から血の気が引いた。
すぐに教えてもらった場所へ向かうと、氷花と氷太郎の声が聴こえてきた。
倉庫の扉を開けると、悍ましい光景が目に飛び込んできた。
倉庫の中心で、氷太郎が氷花を床に押さえつけて犯していた。
周りにいた不良達は、その様子を見てニヤニヤ笑いながら、自分達の粗末なモノを扱いていた。
一瞬で怒りが沸点に達した私は、クソどもを押し除けて、氷太郎を思いっきり蹴っ飛ばした。
その場でクソどもを一人残らずぶちのめして、すぐに警察に通報した。
この一件で、氷太郎は少年院に送られ、その後二年間を少年院で過ごした。
「ママ〜、おにいちゃんは? どこいったの?」
「お兄ちゃんは氷花にひどいことをしたから、遠いところに行ったのよ」
「あのね、ママ。おにいちゃんは、ほんとはとってもやさしいんだよ。わたし、おにいちゃんだいすき。いつかおにいちゃんがかえってきたら、ちゃんとなかなおりするの」
幸か不幸か、氷花は自分が実の兄に何をされたのかをまるで理解していなかった。
あんな目に遭ったのに、あの子は最後まで、氷太郎の事を庇い続けた。
氷太郎がいない生活は、驚くほどに平和で穏やかだった。
あの子が事件を起こした事で、平穏な日々が訪れたのだから、皮肉なものだ。
だけど、本当の地獄はそこからだった。
数週間後、私が想定していた最悪の事態が起こってしまった。
「ねぇママ、わたし、おなかに赤ちゃんがいるの?」
「うん、そうだよ」
「じゃあわたし、ママになるんだぁ。男の子かな、女の子かな、たのしみだなぁ♪」
氷花は、氷太郎の子供を妊娠していた。
発覚した時点で、既に妊娠10週目だった。
産婦人科で妊娠を告げられた時、絶望する私の横で、氷花は無邪気に喜んでいた。
だけど私は、娘が実の兄に犯されてできた子供を愛する気にも育てる気にもなれなかった。
「氷花、まさかとは思うけど……産むつもりじゃないよね?」
「ん? うむよ? だってわたし、この子のママだもん。この子がうまれたら、おそばたくさんゆでていっしょにたべるの。でね、この子が大きくなったら、いっしょにおそばやさんやるんだー♪」
「いや……あのね氷花。赤ちゃんを産んで育てるって、すごく大変なことなのよ。おままごとと違って、途中でやめたりできないのよ? 何も思い通りにいかないし、我慢しなきゃいけないことだってたくさんあるわ。それちゃんとわかってる?」
「……わかってるもん。ちゃんとやれるもん! おりょうりも、おそうじも、おせんたくも、赤ちゃんのおせわも、ぜんぶひとりでできるもん! わたし、もうこの子のママだもん!」
私がいくら説得しても、氷花は子供を産むと言って聞かなかった。
一度決めたら絶対に曲がらないところは、夫にそっくりだった。
結局私の方が折れて、氷花と一緒に子供を育てる事にした。
それからというもの、氷花は図書館で手芸の本を借りてきて子供の為に靴下やおくるみを作ったり、自分で母子手帳に記録をつけたり、あの子なりに真剣に子供と向き合った。
子供の性別は産まれるまでわからなかったから、ベビー用品は、男の子か女の子、どっちでも使えるものを選んで揃えた。
そして12月初旬の大雪の日、予定通りに帝王切開の手術が行われた。
「ママ。あのね……わたし、この子の名前かんがえたんだ。男の子の名前と女の子の名前、ふたつかんがえたの」
「そうなんだ。なんて名前?」
「えへへー、まだないしょー♪」
氷花は、手術の直前まで、子供が産まれるのを楽しみにしていた。
いいママになって、将来は子供と一緒にお蕎麦屋さんをやるんだと口癖のように言っていた。
だけどその日の手術で、氷花は死んだ。
手術中の出血が止まらず、そのまま命を落としたそうだ。
14歳の誕生日を迎える事なく、あの子は逝ってしまった。
私は、子供達に幸せになってほしかった。
たったの14年で死ぬのが、いい人生だったと言えるのか。
こんな人生を歩ませる為に産んだんじゃない。
こんな事になるってわかってたら、子供なんか産ませなかった。
結局、氷花が考えていた子供の名前は聞けなかった。
だけど氷花の遺品を整理していたら、あの子の描いた絵が出てきた。
男の子とも女の子ともとれる子供の絵の上に、『六太』『六花』と書いてあった。
多分、氷花が産まれてきた子供につけるはずだった名前だ。
産まれてきた子供は、女の子だった。
私はその子に、『六花』と名付けて育てた。
いつか六花が大きくなった時、自分が産まれてきた事に責任を感じないように、私が母親で、氷花が姉という事にして育てた。
「ママ〜、みてみて! いっぱいおいもとれた!」
「まぁ、こんなにたくさん……じゃあ今日はいももち作ろっか」
「わぁ〜い!」
六花は、氷花に似て優しくて明るい子に育った。
父親に似た顔と“個性”の六花には、どうしても素直に愛情を向ける事はできなかったけれど、命懸けでこの子を産んだ氷花の為に、親としての務めを果たしてきた。
ご近所さんからは、未成年が近親相姦で作った子供だからと白い目で見られたりいじめられたりもしたけど、それでも私も六花も、前向きに生きた。
あの時までは。
「聞いた? あそこの家の息子さん、強姦殺人で捕まったんですって」
「うわ〜、子供の頃から危ない子だったもんね。いつかやると思ってたわ」
「ウチの娘、あの犯罪者の娘と同じ学校に通ってるのよ。何かされたらって思うと気が気じゃないわ」
六花が中学2年生の頃、ずっと行方不明だった氷太郎が、殺人事件を起こして逮捕された。
それをきっかけに、元々冷たかったご近所さんの目がさらに険しくなった。
六花は学校でひどいいじめを受けて、私も仕事をクビにされて町中の人から迫害を受けた。
誰も、犯罪加害者の家族なんかを助けてくれる人なんていなかった。
その時、目に映るものが全部白黒反転して見えた。
目に映る人全てが敵に見えて、何もかもが歪んで見えた。
今ある世界を破壊せずにはいられなかった。
そんな絶望の淵に立っていた時、誰かから声をかけられた。
「かわいそうに、誰も助けてくれなかったんだね。もう大丈夫。僕が来た」
◇◇◇
「…………」
六花に凍らされた私は、移動式牢に入れられて運び出された。
するとその時、氷の脳無が私を見ている事に気がつく。
「マ……マ…………」
脳無は、私に向かってハッキリと『ママ』と言った。
何かのきっかけで、生前の記憶が戻ったのかもしれない。
これから私やこの子は、タルタロスに連れて行かれて尋問を受けるのだろう。
おそらく、あらゆる手を使って、
その後は、死刑にでもなるのだろう。
ま、色々やってたからしょうがないか。
だけど私は、全部壊すって決めたの。
連合に繋がる情報は、死んでも渡さない。
全部壊した先の景色をこの目で見届けられない事が心残りだけど、後は弔くん達に任せよう。
「……大丈夫よ。独りじゃないから。一緒にいこう」
そう言って私は、
次の瞬間、私の体が激しく光を放つ。
それと同時に、その場にいた脳無二体の頭が光を放ちながら膨れ上がった。
「やめろ!!!」
私の企みを察したヒーローが止めようとするけど、もう遅い。
私は檻の中から、「ざまあみろ」と言わんばかりに笑ってみせた。
その直後、激しい音と衝撃波を放ちながら、私の体が爆ぜた。
◆◆◆
エンデヴァー side
『おいエンデヴァー!! どうなってんだこりゃあ!? 話が違えぞ!!』
時は数分前に遡る。
俺と氷叢六花は地下施設を制圧して神野へ向かっていると、突然ミルコが連絡を寄越してきた。
俺達ヒーロー側は、神野のバーと脳無の保管庫、それから氷叢雪代のいる地下施設の他に、もう一ヶ所攻め込んでいた。
地下施設からさほど遠くない場所にある、蛇腔総合病院だ。
実は俺達が爆豪と氷叢の救出及び連合の確保に向けて作戦会議をしていた時、HNにあるタレコミが投稿されたのだ。
それは、蛇腔総合病院の病院長を務める殻木球大が、病院内の隠し部屋で脳無を大量生産しているという内容だった。
あまりにもピンポイントなタレコミに、最初は連合側が仕掛けた罠かと疑ったが、公安の調査の結果、タレコミの裏が取れたので、同時に病院にも乗り込んでいたのだ。
蛇腔総合病院には、ミルコを筆頭に、プレゼント・マイクやミッドナイトなどの広域制圧に長けたヒーロー達が乗り込んだ。
ミルコの話によると、霊安室の奥の階段を降りた先に研究施設があったそうだが、何やら様子がおかしかったという。
何を言い出すのかと思っていたら、ミルコは耳を疑う言葉を口にした。
『その殻木ってジジィだがよ……こいつ、凍って死んでんぞ』
やっとお出しできました。
雪代さんのヴィランとしてのオリジン・前編です。
次回には全ての謎を明かしたいところ。