「かわいそうに、誰も助けてくれなかったんだね。もう大丈夫。僕が来た」
全てに絶望した私に声をかけてきたのは、オール・フォー・ワンだった。
いや、正確には、動き回れない彼の代わりにメッセージを伝える為に、彼が精神を乗っ取ったシンパだった。
彼は、私の事を何でも知っていた。
私の生い立ちも、迫害されている理由も。
「家族に見放され、裏切られ、世間から見捨てられ、それでも腐ることなく真面目に生きていたというのに、加害者の家族というだけの理由で、世間は君を迫害した。それは決して許されることじゃない」
「あ、ありがとうございます……」
「そこでだ、氷叢雪代。僕から提案がある」
オール・フォー・ワンは、私に手を差し伸べて言った。
「僕と一緒に、この世界を壊さないかい?」
「…………え?」
「君は今まで、充分苦しんだ。だからこの世界に復讐するんだ。君には、その資格がある。このまま迫害され続けて、死ぬよりつらい目に遭っても、それでも真っ当な人生を望むか。それとも君を捨てたこの世界に一矢報いるか。賢い君なら、考えるまでもないと思うがね」
確かに、私には選択肢がなかった。
私は迷わず、この世界に復讐する事を選んだ。
今まで散々地獄を見てきて、学んだ事がある。
それは、人間の本質は悪だという事。
人は、叩く理由を見つければどこまでも残酷になれる。
社会のレールから一歩でも外れれば、正義の味方ヅラしたクズに蔑まれて、傷つけられて、最後は正義を免罪符に殺される。
どんなに繕ったって、人の本質はそう簡単には変わらない。
どちらの道を歩んでも待っているのは地獄なら、せめて一度くらいはこの世界に一矢報いたい。
だけど同時に、こうも思った。
この人は、なんでこんなに私の事を知っているんだろう、と。
彼が知っていた私の素性は、マスゴミすら知らない情報ばかりだった。
私の事を徹底的に調べたのか、そういう“個性”の持ち主なのか。
あるいは、私が地獄を見る事を
彼に全てを捧げる前に、見極めるべきじゃないのか。
私は、表向きはオール・フォー・ワンに従うフリをしつつも、彼を探ってみる事にした。
「それで……私は何をすれば良いのでしょうか? 先生が私にわざわざ声をかけてきたということは、私にしかできない役割がある……ということですよね?」
「さすが、君は優秀だね。僕が君に声をかけたのはね、君の孫の氷叢六花の“個性”が欲しいからなんだよ。君には、六花を監視してもらって、そして頃合いになったら僕のもとへ連れてきてほしい」
「あの……六花の“個性”が欲しいなら、私を介すなんて回りくどいことをせずに、直接あの子を攫えばよろしいのでは?」
「まずは君を味方にした方がやりやすいだろう? それに、生憎僕は今動ける状態じゃなくてね……万が一“個性”の奪取に失敗して暴れられた時、今の僕じゃ彼女を止められないんだ。だから自由に動ける君に、彼女を制御してほしいんだ。それと、君をスカウトしたのは何も氷叢六花の“個性”が欲しいからだけじゃない。君の“個性”と頭脳を、我々の為に役立ててほしい」
それから私は、黒霧さんの“個性”で転移させられ、先生と初めての対面を果たした。
「先生、氷叢雪代をお連れしました」
「やぁ、よく来てくれたね」
そこにいたのは、生命維持装置を身につけた黒いスーツ姿の大男だった。
彼と対面した瞬間、私は心臓を鷲掴みにされるような錯覚に陥った。
だけど動揺を悟られないように、汗ひとつかかずに耐えた。
「はじめまして、先生。私は氷叢雪代です。お目に掛かれて光栄です」
「これは素晴らしい。普通、僕と話す時は皆、最初は声すら出ないんだけどね」
「……ありがとうございます」
「君の能力は高く評価しているよ。これからはその力を、我々の為に使ってほしい」
そこで私は、先生から直接仕事を説明された。
最初の私の仕事は、六花の見張りと、最低限先生の駒として使えるようになる為の訓練だった。
“個性”の訓練や対人格闘術、あとは自主的に狙撃や情報収集、ハッキング、爆発物処理、医療技術なんかのスキルも齧った。
医療や拷問の技術は、私と夫の店を潰したクソを実験台にして高めた。
「今日は君に会わせたい人がいる。僕の友人が、君に会いたいと言っていてね」
私が先生に会った翌日、目隠しをされて黒霧さんの“個性”でどこかへと連れて行かれた。
連れて行かれた先は、ドクターの研究所だった。
ドクターはとても警戒心の強い人のようで、位置情報を私に特定されないように、私に目隠しをした上でワープで連れてきたらしい。
「氷叢雪代じゃな。先生から話は聞いておるよ。まずは君のことをちと調べさせてくれんかの」
私はまず、ドクターの研究所で検査を受けた。
IQテスト、ポリグラフ、その他“個性”数値や体質等の肉体データの測定。
私に割り振られた仕事は、ドクターの研究の手伝いだった。
私は、ドクターの研究所で、脳無という存在についての知識を得た。
よほど馴染みの深い“個性”でない限り、一人の人間が複数の“個性”を持つ事はほぼ不可能だ。
だけどドクターは、人間の死体を使って肉体を改造する事で、そんな不可能を可能にしたとの事。
脳無は、“個性”所有数と改造強度によって下位、中位、上位というレベルがあって、その中でも一番レベルの高いハイエンドという個体がいるらしい。
最初は気味悪いと思ったけど、正直あまり驚きはなかった。
ドクターを一目見た時の印象から、『この人ならやりそうなことだ』と思っていた。
だけどそれと同時に、ドクターに対してある疑念が湧いた。
ドクターのもとで研究を手伝っていた時に気付いた事だけれど、ドクターが脳無の調整に使っていた薬物と、氷太郎の体内から検出された大量の薬物の成分がほとんど同じだった。
そして、ドクターを怪しいと思った根拠はそれだけじゃなかった。
氷太郎が強姦殺人の現行犯として逮捕された時、私は拘置所に面会に行った。
その時の氷太郎との会話が、脳裏に浮かぶ。
「ねぇ氷太郎。覚えてる? 子供の頃はね、あなたは優しい子だったのよ。よくウチの蕎麦屋を手伝ってくれてね……それでね、氷花が泣いたら、あやしてあげてたの」
「あぁ? 蕎麦屋? さっきから何の話してんだババァ」
その時は特に気に留めていなかったけど、あの時の会話が気になって、私はもう一度氷太郎のもとへ面会に行って話をした。
すると、ある事がわかった。
氷太郎には、私が蕎麦屋をやっていた頃……正確には、夫の四十九日の法要より前の記憶が全く無かった。
氷太郎の記憶がない期間は、ちょうど氷太郎が家族想いの優しい子だった時期と重なる。
その時、恐ろしい事実に気づいてしまい、思わずゾッとした。
私は今まで、あまりにも荒唐無稽すぎて、その可能性を一度も疑った事がなかった。
私が産んだ時の氷太郎と、氷花をいじめていた時の氷太郎は、全くの別人だ。
今思えば、氷花が氷太郎にひどい目に遭わされたのに、最後まで氷太郎を恨んでいなかった理由も頷ける。
あの子は、はじめから知ってたんだ。
氷太郎があの時から既におかしくされてたって事を。
何の罪もない小さな子供をおかしくして、10年以上も薬漬けにして犯罪者に仕立て上げるなんて、そんな非道な事が平気でできる奴等を、私はよく知っていた。
この時点で、オール・フォー・ワンに対する私の信用はゼロに近かった。
オール・フォー・ワンが私の家族に降りかかった不幸に関わっていたのだとすれば、すべての辻褄が合う。
その可能性に気付いた時、自分でも不思議なくらいに、私は冷静だった。
こいつらが全ての元凶だったからといって、私達を陥れた世界への復讐をやめる理由にはならない。
むしろ私はそれも織り込み済みで、こいつらの仲間になったのだ。
その後も私は、オール・フォー・ワンの忠実な下僕であり続けた。
だけどそんなある日、私の日常に変化が訪れた。
「先生、誰だこの女」
『僕の友人だよ、弔。僕に代わって、君にいい知恵を与えてくれる』
「死柄木弔、君が先生の後継者ですか……はじめまして」
「誰だって聞いてんだよ。名乗れ」
「生憎、名乗る名前はありません。そうですねぇ……お面をつけているので、『ノウメン』とでも呼んでください」
USJ事件の数日前、私は初めて死柄木弔という青年に出会った。
どうやらオール・フォー・ワンは、弔くんを後継者にして、彼の体を乗っ取って世界を手中に収めるつもりらしい。
実際に弔くんに会ってみたら、何というか、大人子どもという印象だった。
最初は、自分の目的の為に利用するだけのつもりだった。
だけど彼と接しているうちに、そんな気は起こらなくなった。
幼くして家族を亡くしてオール・フォー・ワンに拾われた彼に、人生を弄ばれた氷太郎を重ねてしまったのかもしれない。
「オールマイトが雄英の教師になるそうだ。氷叢六花を雄英に入れなさい」
「……かしこまりました」
オールマイトが雄英の教師になるという噂を聞いたオール・フォー・ワンは、六花を雄英に入れるよう私に命じてきた。
六花が無事に合格してからは、氷の髪飾りで雄英内部の情報を盗聴して、それを連合に流した。
マスゴミも、USJも、ショッピングも、合宿も、全部私が手引きした。
「氷太郎。今日も一緒にお話ししようか」
体育祭明け、オール・フォー・ワンの指示でステインを連合に勧誘する前、私は久々に氷太郎の面会に行っていた。
氷太郎の態度は相変わらずだったけれど、途中でハッと我に帰ったような顔をして、周りをキョロキョロと見渡した。
「…………あれっ? 母ちゃん……? 氷花? ここはどこ? オレ、今までなにして……」
「氷太郎……?」
「母ちゃん、氷花はどこ……? オレ、氷花にあやまらなきゃいけないんだよ……父ちゃんのおはかまいりのとき、すぐもどるってやくそくしたのに、しらないおじさんにはなしかけられて……きがついたら、びょういんみたいなとこつれてかれて……っ、はやく、氷花のところにもどらなきゃ……」
正気に返った氷太郎は、自分のやった事を何も覚えていなかった。
氷花を散々いじめた挙句、妊娠させて死なせた事も、女性を暴行して殺した事も。
それどころか、氷太郎の精神年齢は5歳で止まっていた。
何かのきっかけで、正気に戻ったのだろう。
だけど元に戻った息子と一緒に話せた時間は、永くはなかった。
「ノウメン、氷叢氷太郎を殺しなさい」
ある日突然、オール・フォー・ワンが私に命令してきた。
「……え?」
「氷叢氷太郎の死体が是非とも欲しい。面会を許されている君なら、難しくないだろう? まあでも、出来ないというなら無理強いはしないさ。君を苦しめた元凶といえど、君にとっては実の息子だからね」
オール・フォー・ワンは、私に実の息子を殺せと命じてきた。
今思えば、わざわざ私に殺すよう命令したのは、私の自分への忠誠を試す意味もあったのだろう。
「……いえ、やらせてください」
私は、迷わずその命令を請け負った。
違法な薬物を大量に投与されて、体を弄られて、あの子はもう永くなかった。
他の誰かに殺されるくらいなら、私がこの手で引導を渡したかった。
それに、自分が氷花にした仕打ちを知って後で絶望するくらいなら、何も知らないまま死なせてあげたかった。
「母ちゃん、氷花はどこにいるの……? 氷花に会いたいよ……」
「大丈夫よ。すぐに会えるわ」
私は、次の面会の時に氷の針を氷太郎の心臓に埋め込み、心臓を刺して殺した。
氷太郎は、最期まで自分が氷花にした仕打ちを知らずに死んだ。
この子は、人生のほとんどを赤の他人に奪われて、薬漬けにされて体を壊された。
私は、息子の人生を壊した奴等に必ず一矢報いると心に決めた。
「ゆっくり休んでね、氷太郎。お母さんが、仇を取ってあげるからね……全部終わったら、お母さんもそっちに行くね」