飯田 side
怪談騒動があった日の深夜0時過ぎ。
僕は自室前の廊下でタオルケットに包まって体育座りをしながら、睡魔と闘っていた。
普段の僕ならとっくに就寝している時間なので、どうしてもうとうとしてしまう。
「っ……おっと、いけないいけない……」
ハッとして、女子の皆が淹れてくれたコーヒーを飲む。
緑谷くんは、僕一人では大変だから交代制で見張ろうと提案してくれたのだが、僕は委員長として皆の安眠を守らねばと思い、一人で見張りをする事にしたのだ。
しかし、コーヒーを眠気覚ましにしていても、やはり眠い。
うとうとと船を漕ぎ始めたその時、ヴィィ、と小さな音が聴こえる。
「っ……!?」
ハッとして周りを見渡すが、何も異変はない。
すると同じ三階の尾白くんと口田くんが部屋から出てくる。
尾白くんは、「あんな話聞いたら眠れない」と言って苦笑しつつ辺りを見渡す。
「……でも、なんだろうな、この音」
尾白くんと口田くんが少し怖がった様子で周囲を見回し、音の原因を探ろうと廊下を歩き始めた。
僕も起き上がって探ってみるが、怪しいものは何も見当たらない。
もしやこの階ではないのか……?
などと考えたその時。
「ぎゃあああ!」
突然、二階から峰田くんの声が聴こえた。
尾白くん、口田くんと一緒に大急ぎで二階へ向かうと、そこには青ざめた顔で緑谷くんに抱きついている峰田くんがいる。
上鳴くんと常闇くんも、青ざめた顔で部屋の外に出ている。
「何があったんだ!?」
「ま、また名前呼ばれたんだよォ!!」
「僕も聴いた。峰田くんの部屋のドア、ノックしてから……」
「お、俺も!」
「……俺も聴いたぞ」
峰田くん、緑谷くん、上鳴くん、常闇くんは、全員峰田くんが名前を呼ばれるのを聴いていたという。
「一体、何が起こっているんだ……」
◆◆◆
相澤 side
「音ねぇ」
そう呟く俺の目の前には、どんよりした顔の生徒達が座っている。
今日の生徒達は、ほとんど全員が集中力を欠いていて、普段は真面目な飯田や八百万すらちゃんと授業を聞いていなかった。
逆に普段は真面目に授業を聞かない氷叢だけが、今日は何故か真面目に授業を聞いていたが。
流石に授業にならないので最後のホームルームで注意したら、生徒達が昨日不審な音を聴いたという話をしてきた。
一部の生徒は、呪いかもしれない、幽霊の仕業だ、なんて騒いでいる。
「しかし、まさかお前ら、呪いなんて非合理的なもん信じてるのか」
俺が言うと、八百万が、信じてはいないがこうも不可解な現象が続いているとどうしても授業に集中できないと言い、飯田がこのままでは授業に専念できないと早急な原因の特定と解決を求めてきた。
他の生徒も、八百万と飯田の言い分に頷いていた。
一部の例外を除いて。
「え〜、別にこのままでもよくないですか? おもしろそうだし……むしろ呪われてみたいです」
「面白くねぇわクソ女!!」
「ごめんなさい」
氷叢が空気を読まずにこの状況を面白がって不謹慎な発言をすると、前の席に座っていた爆豪がガンッと机を殴りながら怒鳴る。
珍しく爆豪がまともな事を言う事もあるもんだと柄になく感心していると、氷叢の『呪われてみたい』という発言に反応した峰田が呪い殺されると怯える。
「呪いか……そういや、雄英にもそういう話があったな」
俺が言うと、全員が注目する。
雄英七不思議の一つで、ヒーローになれなかった卒業生の霊が彷徨っていて、それを見ると呪われるという話だ。
よく学校裏の森、ちょうど今寮が立っているあたりに出ているらしい。
……まぁ、その霊の正体を俺は知ってるわけだが。
なんて話をすると、生徒達が余計に怖がり、阿鼻叫喚の騒ぎになった。
「その幽霊が寮の中、さ迷ってるんじゃ……!」
「やめてぇ〜!!」
「ハイツアライアンスは呪われた寮なんだあ!!」
……しまった。
恐怖を緩和させるつもりで話したんだが、逆に火に油を注いでしまったらしい。
「おい、お前ら……」
いつもなら睨んで黙らせるところだが、火に油を注いでしまった自覚があるので、生徒達を宥めて落ち着かせようとする。
だが、どいつもこいつもパニックになっていて、話を聞こうとすらしない。
「お前ら、いい加減にしろよ?」
俺のその一言で、全員がピタリと騒ぐのをやめる。
恐怖を無理矢理押し込め、プルプルと身を震わせながら黙り込んでいる。
仕方ねぇな……
「そんなに音が気になるんなら、今夜見回りをする。ちょうど今夜は嵐らしいし、その方が合理的だろう。点呼もするからちゃんと部屋にいろよ」
「せっ、先生ぇ……!」
俺が言うと、生徒達は目に涙を滲ませた。
それで授業に集中してくれるんなら、安いもんだ。
「……先生、ひとついいですか」
突然、氷叢が手を挙げて発言する。
「何だ?」
「……さっきの七不思議のお話、あんまりおもしろくなかったです」
氷叢は、真顔でキッパリとそう言い切った。
……何だこいつ。
◇◇◇
その日の夜、天気予報の通りに嵐が直撃した。
外を見ればバケツの水をひっくり返したような雨が降り、木々をへし折りそうな勢いで強風が吹き荒れている。
そして、不意にゴロゴロと低い音が響いたかと思うと、雷が落ちた。
この嵐だと、停電もあり得るかもしれない。
念の為、ブレーカーの位置と、装備品の在庫を確認しておく。
しかし……
「一体何の音なんだ……」
俺はそう呟きながら、辺りを見渡した。
全員が音を聴いていたとなると、気のせいじゃ済まされない。
耳を澄ませてみると、雨や風の音に混じって、微かにモーターが回るような音が聴こえる。
どうやら移動しているようで、音を追ってみると、食堂のテーブルの前に辿り着く。
音の正体を突き止め、俺は手を伸ばそうとした。
だがその時、不意に足を何かに取られ、体が後ろに倒れる。
そこで俺の意識は途絶えた。
◆◆◆
No side
「おかしいですわね、相澤先生が時間になっても来ないなんて……」
「何かあったのかな……?」
「男子の方に行ってんじゃないの?」
「でも、いくらなんでも時間がかかりすぎじゃない?」
「んんー……ねむい……」
「チピィ」
二度目の雷が落ちた頃、A組女子達はエレベーターの中で話していた。
予告していた点呼の時間になっても相澤が来ないので、心配になって様子を見に行く事にしたのだ。
六花は頭の上にユキちゃんを乗せて、他の女子と一緒にエレベーターに乗っていた。
そしてちょうど一階に降りてきた、その時。
「……ん、あれ」
六花が、突然足を止めて食堂を指差す。
六花が指を差した先には、仰向けに倒れた相澤がいた。
「っ!? 相澤先生!!」
女子達は、相澤の元へ駆けつけて容態を確認した。
六花が、ホッとため息をつきながら報告する。
「……だいじょうぶです、気絶してるだけです」
「よかった……」
とりあえず気絶している以外に大きな怪我もないという事で女子達が安心したその時、ちょうど男子達も一階に降りてくる。
六花は相澤を氷で浮かせてソファーまで運び、すぐ側で介抱した。
「な、なあ相澤先生の首に金髪絡まってたりしねえよな……? ……っ!! 金髪……!? あ、なんだ俺の毛か……」
上鳴がそう言って騒ぎ出し、それを皮切りに呪いだ、幽霊だ、
飯田が騒ぐクラスメイト達を落ち着かせようと大声を張り上げるが、皆それどころではなく、まるで効果がなかった。
するとその時、蛙吹が冷静に口を開く。
「それより今は、相澤先生のことを他の先生に知らせた方がいいんじゃないかしら」
「その通りだ、梅雨ちゃんくん! 確か、先生の部屋に内線が通っているはず……」
飯田がそう言いかけたその時、大きな雷が落ちる。
そして次の瞬間、突然フッと照明が消えた。
「ひゃあ!?」
「こんな時に停電かよ……っ」
「わあああ! 誰か俺を呪いから守ってくれえ!!」
周りが何も見えないせいで、恐怖が増幅され、皆が一斉に騒ぎ出す。
あまりにもギャアギャアと皆が騒ぐせいか、六花は一人うんざりしたような顔をしていた。
「…………あの」
「キャアアア!?」
「その声、ヤオモモっ? ど、どうしたの!?」
「みなさん……ちょっと……」
「な、何かが足の間を通り抜けて……!」
「何かってなに……ヒャア!? な、何かいる……っ!?」
その上暗闇の中で人ではない何かが動き回り、一階は阿鼻叫喚の騒ぎだ。
暗闇の中で相澤を介抱していた六花は、流石に苛立ちが勝ってきて、チッと舌打ちをしながら“個性”を発動する。
白い雪玉の中に黒氷を出し、黒氷から電気を発生させる。
「『
次の瞬間、雪玉が閃光弾のように眩しく光り、一階を明るく照らす。
「わっ!?」
「な、なに!?」
眩しい光に驚いて皆が一瞬騒ぐのをやめた瞬間、六花は右手から冷気を放ち、全員の頭を一気に冷やす。
六花はハァッと白い息を吐きながら、全員をギロリと睨みつけた。
「……みなさん、うるさいです」
六花が軽く殺気を込めて全員を睨むと、六花以外のほとんど全員が身を寄せ合ってブルブル震えながら黙り込む。
一階は六花の冷気で冷やされて少し肌寒いくらいの室温になり、『雪灯籠』の灯りでお互いの顔がわかる程度には照らされている。
冷気と『雪灯籠』の灯りと、幽霊より怖い六花の殺気で幽霊への恐怖心が掻き消され、もはや幽霊で騒ぐ者は誰一人いなかった。
ようやく全員が静かになったところで、六花が再び口を開く。
「みんながずっと騒いでた音ですけど……たぶんこれじゃないですか?」
「チュリリリッ」
六花が言うと、ユキちゃんが飛んできて六花のもとへ何かを運んでくる。
ユキちゃんは、小さくて黒いゴミのようなものを嘴で咥えていた。
ユキちゃんがゴミのようなものを六花の右手の上に落とすと、六花が全員の前に右手を差し出してそれを見せる。
八百万が『創造』でルーペを創造して見てみると、それの正体が明らかになった。
それは、極小サイズの機械だった。
機械にはモーターがついていて、それが音の正体だった。
だが、それがわかったところで、まだわからない事の方が多い。
「え、でもそれと相澤先生が気絶したのと何の関係があるん!?」
「そもそも何だよその機械!」
「さっき足元を通ったのは!?」
麗日、峰田、上鳴がワッと六花に話しかける。
いきなり話しかけられて六花は目を丸くしつつも、ソファーの上で介抱していた相澤を見て言った。
「……くわしい話は、先生に聞いた方がはやいとおもいます」
六花がそう言った、次の瞬間。
ソファーに横たわっていた相澤が、ゆっくりと上体を起こす。
「お前ら……」
「「「「「先生~!」」」」」
相澤が目を覚まし、A組の生徒達は安心したように相澤の元へと駆け寄った。
その後六花達は、相澤からこの騒動が起こった原因を聞いた。
ユキちゃんが見つけた極小の機械の正体は、発目がA組女子達に依頼されて作ったセキュリティアイテム、そのオプションアイテムだった。
皆が寝静まった夜中に見回りをして不審な人物がいないかを確認し、特に覗き常習犯の峰田には毎晩部屋の前で声かけをして部屋にいるかどうかをチェックしていたという。
相澤が気絶したのは、そのアイテムが食堂の天井に貼り付いているのを見つけ、テーブルの上に登って取ろうとしたら、葉隠が出しっぱなしにしていた台布巾を踏んでしまい、テーブルから落ちて床に頭を打ってしまったからだとの事。
そして停電の時にA組の足元を通り過ぎたのは、口田のペットの兎の結ちゃんだった。
どうやら口田が部屋に鍵をかけ忘れていたらしく、騒動に乗じて一階に降りてきたらしい。
兎は本来明け方と夕方から夜にかけて活動する薄明薄暮性の生物だが、夜間は口田の部屋の中でしか過ごせないので、運動不足だったのだろう。
夜に部屋の外を動き回れる滅多にないチャンスに、はしゃいでしまったのかもしれない。
口田は遊び疲れた結ちゃんを腕に抱えて、皆に申し訳なさそうに謝った。
これで全ての謎が解けたかに思われた、その時。
玄関の扉が開き、誰かが寮に入ってくる。
「おい、お前ら……」
ひたり、ひたりと音を立て、雫を滴らせながら、レインコートを羽織った人物が近づいてくる。
まだ電気は復旧しておらず、玄関は暗くてよく見えなかったが、レインコートの隙間からは長い金髪が覗いていた。
「ひっ、金髪の幽霊だぁ!!」
「いや……あれ、プレゼント・マイク先生でしょ」
「……えっ?」
近くにいた緑谷に抱きついて悲鳴を上げる峰田に、耳郎が冷静に言うと、他の全員がきょとんとする。
するとその直後、寮の電気が復旧した。
「お、電気ついた」
パッと寮の照明がつき、玄関で上を見上げる人物の容貌が露わになる。
そこにいたのは、長い金髪を下ろして伊達眼鏡をかけレインコートを羽織ったプレゼント・マイクだった。
どうやら、停電が起こったので、生徒寮を見回りに来てくれたらしい。
普段は髪を鶏冠のように逆立ててサングラスをかけているので、ぱっと見では誰だかわからなかったのだ。
わざわざ見回りに来てくれたプレゼント・マイクに対し、相澤が少し気まずそうに報告をする。
「あー、色々あったがとりあえず全員無事だ。戻っていいぞ」
「オーケー!」
相澤が報告すると、プレゼント・マイクはハイテンションに右手を振りながら戻っていく。
陽気に去っていくプレゼント・マイクを見て、上鳴が安堵のため息を漏らす。
「なぁんだよ~、人生初、幽霊見たかと思ったぜ」
「よかったぁ」
他の皆も、安心してホッと笑い合う。
だがその時、相澤がギロっと全員を睨んだ。
「とりあえず全員無事だったから良かったが……お前ら、このくらいのことでギャーギャー騒ぎすぎだ」
「「「「すみません……」」」」
「そういえば、今日の授業も全く集中していなかったな? 明日はみっちり補習組んでやるから覚悟しておけよ」
「「「「ヒッ……!」」」」
「…………ヒュッ」
相澤が言うと、六花までもが恐怖で震え上がり、喉の奥から小さく声を漏らす。
呪いや幽霊の類を全く怖がらない六花ですら、怒った相澤と補習地獄は怖いらしい。
呪いも怖い。
幽霊も怖い。
だが一番怖いのは、怒った時の相澤だと全員が身に染みて感じていた。