No side
「ショートさん、おまたせしました……っ」
「おう」
特田が取材に来た日の翌日。
六花と轟は、珍しく外行きの服装をして寮を出発した。
轟は紺のジャケットと白のロールアップデニム、六花は同じ色のブラウスとキュロットの組み合わせだ。
二人で寮を出て駐車場に向かうと、相澤が車の窓を開けて話しかけてくる。
「お前ら準備できたか。行くぞ」
「「はい」」
相澤が声をかけると、轟と六花は車の後部座席に乗り込んだ。
二人が今日向かうのは、轟の母親が入院している病院だ。
今日は、午前中に病院に見舞いに行ってから、午後には轟の姉と兄に会いに実家に行く予定だ。
なので二人は、少し早めに寮を出て病院に行く前に雄英の近くにある和菓子屋に寄り、母親や兄姉に持って行くお土産を選ぶ事にしたのだ。
だがヒムラ建設の一件もあり、教師陣は二人だけで見舞いに行く事に難色を示していた。
そこで相澤は、二人が外出許可証を申請した時、護衛付きという条件で許可証を出したのだ。
相澤の車で移動する事3分弱、二人は和菓子屋の近くで車から降りて店に入る。
9月という事もあり、店には栗蒸し羊羹や栗饅頭、和風モンブラン、芋羊羹、柿餅、紅芋のどら焼きなど、秋の味覚をふんだんに使った和菓子が並んでいる。
二人でショーケースを見ていると、轟が六花に話しかける。
「なぁ、氷叢。どれがいいと思う?」
「や、わたしに聞かれても。逆に聞きますけど、ショートさんのママさんはどれが好きそうです?」
「……わりぃ。俺もわかんねぇ」
「あー」
六花が聞き返すと、轟は申し訳なさそうに答える。
轟は、六花のおかげで母親と話をする機会が増えた。
轟が選んだ贈り物なら何でも嬉しそうに受け取っていた母親だが、前に初めて自分で選んだ和菓子のセットを持って行った時は、特に喜んでくれたように思う。
その時と同じ店でお見舞いの品を買う事にしたのだが、前に来た時とはラインナップが変わっており、どれを選べば良いのか轟もわからないのだ。
二人でしばらく考えていると、六花が小さく「あ」と声を漏らし、ショーケースを指差す。
「ん……と……じゃあ……これがいいです」
六花が指を差したのは、大粒の栗がゴロゴロ入った栗蒸し羊羹だ。
轟は、六花のチョイスの意図が分からず、きょとんとした様子で尋ねる。
「……何でだ?」
「んと……ちっちゃい頃、ママが栗蒸し羊羹を作ってくれたことがあるんです。お店の羊羹見てたら、それ思い出して……」
六花は、小さい頃に食べた雪代特製の栗蒸し羊羹の味を思い出し、僅かに頬を緩ませながら言った。
六花にとっては、雪代との大切な思い出の味のひとつだ。
そんな六花を見て、轟の中で自然と答えが出た。
「じゃあ、これにしよう」
「ん」
二人で代金を出し合って羊羹を一本ずつ購入した。
一本は病院で母親と一緒に食べる用、もう一本は兄姉へのお土産用だ。
お土産を買い終わった二人は、一緒に店から出て再び車に乗り込む。
それから5分程で、相澤の車は轟の母親の入院している病院に到着した。
病院の駐車場に車を停めた相澤は、二人に声をかける。
「俺はここで待ってるから、終わったら連絡しろ」
「はい」
駐車場で相澤と別れた二人は、早速院内へ向かう。
病院の受付で面会手続きを済ませてから、エレベーターに乗り込んで病室のある階で降り、ノックしてから病室の扉を開けた。
「お母さん」
「……焦凍」
轟が声をかけると、ベッドに座って窓の外を眺めていた轟の母の冷が振り向く。
そのタイミングで、六花も病室に入って声をかける。
「おじゃまします」
「六花ちゃんも、久しぶり。二人とも来てくれて嬉しいわ」
「ん!」
冷が微かに頬を緩ませながら話しかけると、六花は覚えられていた事が嬉しかったのか、僅かに表情を明るくする。
お互いに嬉しそうに微笑む二人を見て自然と頬が緩んだ轟だったが、先程買ったお土産の事を思い出すと、紙袋から羊羹の入った箱を取り出して冷に差し出す。
「そうだ、お母さん。一緒に食べようと思って、お土産買ってきたんだ」
「まぁ、嬉しい。ありがとう」
羊羹の箱を差し出された冷は、嬉しそうに箱を受け取った。
人の感情に疎い轟や六花の目にも、冷は心から喜んでいるように見えた。
「……ショートさんのママさん、栗蒸し羊羹好きなんですか?」
「ええ、羊羹は好きよ」
「じゃあ……わたしといっしょですね」
轟と一緒に選んだ羊羹を心から喜ぶ冷を見て、六花はパァッと笑顔を浮かべる。
六花が氷のナイフで羊羹を切り分けると、冷は立ち上がって二人の為にお茶を用意した。
それから轟と六花は、学校での話をした。
仮免試験に合格した話や、ビッグ3に会った話、記者が寮に取材に来た話などをした。
二人が新品の仮免許証を見せると、冷は嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、六花ちゃん」
「……ん、なんですか」
「雪代姉さん……お母さんの様子はどう?」
今度は冷が、少し言いづらそうに、話を切り出してくる。
すると六花の目が僅かに見開かれ、目に涙が溜まっていく。
「ママ……」
冷に聞かれて、六花は雪代の事を思い出してしまい、俯いて涙を流した。
そんな六花を見て、隣の椅子に座っていた轟は少しオロオロする。
だが六花は、ぐっと涙を拭って前を向き直した。
「……だいじょうぶです。ママは……ちょっとずつよくなってるって……おいしゃさんが言ってて……」
「……そう」
六花が言うと、冷は少し俯いて憂いを帯びた表情を浮かべる。
六花は雪代の容態を『ちょっとずつ良くなってる』と言ったが、実際は生命維持装置で命を繫ぎ留めているだけで、意識は未だ戻らず、いつ息絶えてもおかしくない状態だった。
六花のたどたどしい言葉を聞いて、冷もそれを察したのだろう。
冷は、震える手で六花の両手を握りしめながら頭を下げた。
「六花ちゃん、ごめんね」
「……ん? なにがですか?」
「私、雪代姉さんが苦しんでいるのを知ってたのに、何もしなかった。六花ちゃんが今まで大変な思いをしてきたのも、そのせいだと思うから……」
冷は、六花に向かって自分の過ちを詫びた。
彼女は、幼い頃に仲良くしてくれた雪代が家庭を壊されて苦しんでいる事を知っていながら助けようとしなかった事を、今でも悔やんでいた。
だが六花の考えは、彼女の想定とは別のところにあった。
「やめてください、そういうの」
六花がそう言うと、冷が顔を上げる。
六花は、眉間に皺を寄せたかと思うと、冷に向かって不満をぶつけた。
「ウチのママとおばあちゃんもそうでしたけど、ウチの家系の女の人って、なんでどいつもこいつも悪いとこばっかそっくりなんですかね。自分が悪くないことであやまって……そういうの、ハッキリ言って時間のムダです。もし仮にママのことでショートさんのママさんに責任があったとしても、あやまる相手、ちがいます。悪いと思ってるなら、はやくよくなって、ママに直接あやまりに行ってあげてください」
「……そうね。ごめ……」
冷が六花に謝ろうとすると、六花は冷をムッとした顔で睨みつける。
すると冷は、ハッとして首を横に振り、六花に向かって頭を下げた。
「……ありがとう」
冷は、六花に謝る代わりに、感謝の言葉を伝えた。
それから二人は、冷と別れの挨拶をして、相澤の待つ駐車場へ向かう。
その途中で、轟が六花に話しかけた。
「氷叢、ありがとな」
「……なにがです?」
「お母さんにハッキリ言ってくれて。お母さん、お前の家のことでずっと自分を責めててさ……だからお前の口から、お母さんは悪くないって言ってほしかったんだ」
「わたしは思ったことを言っただけです」
礼を言う轟に対して、六花は首を横に振る。
二人は、相澤の車に乗って病院を出発し、轟の実家に向かった。
相澤が家の近くで車を停め、二人が車から降りる。
轟の家は、立派な日本家屋の豪邸だった。
「……わ……ぁ」
あまりにも広い敷地に、六花は口をぽかんと開けて後ろに倒れそうになっていた。
轟に招かれて家に入ろうとすると、門の扉が開き、中から轟の姉の冬美が出てくる。
冬美は、六花を見るなりパァッと明るい笑顔を浮かべて話しかける。
「来てくれてありがとう、六花ちゃん! 外、暑かったでしょ? 中入って!」
「……おじゃまします」
冬美が話しかけると、六花はペコリと頭を下げる。
「それじゃあ、俺はすぐ近くで待ってるから、終わったら連絡しろよ」
そう言って相澤が、近くの駐車場に車を停めに行こうとする。
すると冬美が、すかさず相澤を捕まえて話しかける。
「相澤先生も良かったら寄って行ってください! お昼ご飯まだですよね?」
「冬美さん。お気持ちは嬉しいのですが……ご迷惑では?」
「そんなことないですよ! 焦凍の学校での話とか、色々聞きたいですし」
人の家で手料理を振る舞われるというシチュエーションが苦手な相澤は、理由をつけて断ろうとしたが、冬美の純粋な善意によって退路を絶たれてしまった。
「……では、お邪魔します」
相澤は、結局折れて一緒に轟の家で食事を済ませる事にした。
六花が玄関でポイポイと靴を脱ぎ捨てると、相澤が無言で睨みつけてきたので、六花は慌てて靴を揃え直してから轟邸に上がる。
「姉さん、これお土産」
「え、ありがとう!」
轟がお土産の羊羹を冬美に渡すと、冬美が喜ぶ。
どうやら好物も母親譲りらしい。
姉弟同士のやり取りを少し離れたところから眺めながら、六花達は長い廊下を歩いていく。
「ごめんなさい、まだ準備途中なの。ちょっと待ってて」
そう言って冬美は、台所へと駆け込んでいく。
案内された部屋に行こうとすると、正面から一人の青年が歩いてくる。
顔立ちや体格はエンデヴァーに似ているが、母親譲りの白髪と黒い瞳を持った青年だ。
「「あ」」
青年と目が合った六花は、人見知りを発動してしまい、咄嗟に相澤の後ろに隠れる。
相澤の背後からじっと見ていると、相澤が青年に話しかける。
「突然お邪魔して申し訳ありません、夏雄さん」
「いえ、外暑かったでしょう? ゆっくりしていってください」
相澤に対して、夏雄という青年は笑顔で答える。
その様子を見て六花が警戒心を解きかけたその時、夏雄が六花の視線に合わせて姿勢を低くしながら笑顔で話しかけてくる。
「君、六花ちゃんだよね。焦凍から話は聞いてるよ。はじめまして、焦凍の兄の夏雄です。よろしく」
「あ……ショートさんのお兄さんだったんですね……はじめまして……氷叢六花です……よろしくです……」
「今日昼飯食べてくんだろ? 楽しみにしててよ、姉ちゃんの料理すげー美味いから」
「ん、たのしみです」
夏雄の笑顔を見て、六花は自然と警戒心が解けた。
夏雄に茶の間に案内され、六花は轟の右隣に座る。
座卓には、美味しそうな料理が並んでいた。
秋の食材をふんだんに使った炊き込みご飯や味噌汁、秋野菜の揚げ浸し、カツのみぞれ煮、鰹のたたき、よだれ鶏、酢豚など、食べ盛りの高校生でも満足できるメニューだ。
「いただきますっ」
六花は早速、茶碗に盛られた大盛りの炊き込みご飯を一口食べた。
すると六花の目からは、ポロッと涙が溢れる。
「っ…………」
「六花ちゃん、どうしたの!? 何か食べられないものでもあった!?」
「すみませんっ……ママのごはん……思い出しちゃって……っ……ママぁ…………」
急に泣き出した六花を見て冬美がオロオロしていると、六花は啜り泣きながら言った。
冬美の料理の味付けは、雪代の料理とよく似ていた。
冬美の料理を食べて、楽しかった雪代との食事を思い出してしまったのだ。
クラスメイトとの楽しい日々は、心の支えだった雪代を失った絶望を紛らわせてはくれたが、消し去ってはくれなかった。
六花が泣いていると、冬美が優しく話しかける。
「六花ちゃん……お母さんいなくなっちゃって寂しいよね。無理しなくていいからね」
子供の頃に長男を失い、母親と引き裂かれた冬美は、似たような境遇の六花に同情していた。
弟から今の六花の状況を聞いた時、できる事なら彼女の苦しみを癒してあげたいという気持ちを抱いた。
今回の食事会も、そんな思いで六花を誘ったのだ。
その結果が、かえって六花を苦しませてしまったと思い、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
だが六花は、冬美の善意を迷惑だとは思っていなかった。
六花はぐっと涙を拭うと、茶碗に盛られた炊き込みご飯を口の中にかき込み、あっという間に平らげた。
「おかわり……くださいっ……」
「……うん! すぐ持ってくるね」
六花が空になった茶碗を冬美に差し出すと、冬美は嬉しそうに笑った。
すっかり元気になった六花は、冬美の手料理を美味しそうに頬張る。
料理はどれも絶品で、轟の隣に座っていた相澤も、普段はゼリー飲料しか飲まないにもかかわらず、黙々と料理を食べていた。
五人で食事をしていると、冬美が相澤に話しかける。
「相澤先生、焦凍は普段学校ではどんな感じなんですか?」
「あ、それ俺も聞きたいです」
冬美が相澤に話しかけると、夏雄も食いついてくる。
「そうですね……入学当初は自分本位なところが目立っていましたが、最近はクラスにも馴染んで、笑顔でいることも増えたと思います」
「……ん!」
相澤の評価に、六花もうんうんと頷くと、冬美と夏雄は安堵の表情を浮かべる。
何やら轟の様子が気になっているであろう二人に対し、続けて六花が話をする。
「ショートさんは、デクさんと……あと、イーダさんと仲いいですよ。あ、あとなんか最近新しい技の練習がんばってるみたいで……」
「氷叢も練習に付き合ってくれてるだろ」
「まぁ……そりゃあ、こっちの練習にもなりますし……」
轟と六花は、仲良さそうに訓練の話をした。
すると轟が、思い出したように口を開く。
「あ、そうそう。氷叢の打ってくれた蕎麦がすげー美味くてさ」
「え、そうなの?」
「ああ。最初食べた時、店のやつかと思った」
「マジか……」
「ん……まぁ、ちょっとした特技といいますか……」
轟が六花の手打ち蕎麦を褒めちぎるのを聞いて、冬美と夏雄が興味を示すと、六花が恥ずかしそうに顔を赤らめながら人差し指同士をチョンチョンと突く。
「それで、今度姉さんと夏兄にも食べさせたいって思ってたんだ」
「あぁ、そうなんですか……そういうことなら、打ってくればよかったです」
「来週も家帰るから、打ってくれたら持って行くよ」
「……ん、じゃあそうします」
轟が六花の蕎麦を持っていく約束をすると、六花は快く頷く。
その後も、六花達は普段の学校の様子を冬美と夏雄に話した。
食事が終わる頃には、六花は冬美や夏雄とすっかり打ち解けていた。
だが……
「おぉ、来てたのか」
ちょうど食事が終わって片付けをしようとしていたタイミングで、エンデヴァーが帰ってくる。
「ん」
「お邪魔してます、エンデヴァーさん」
エンデヴァーと目が合うと、六花と相澤が軽く会釈をする。
「夏雄も帰っていたのか」
エンデヴァーは、茶の間で食器の片付けをしていた夏雄に声をかける。
すると夏雄は、見るからに不機嫌そうな顔をして、ガシャンと座卓に食器を置いて出て行ってしまった。
「ちょっと、夏……!」
「ごめん、姉ちゃん……俺、やっぱり無理だわ」
冬美が慌てて夏雄を引き留めようとしたが、夏雄は冬美の制止を振り切って行ってしまった。
地獄のような空気に、相澤を含め、誰一人として口を開けずにいた。
そんな中、六花がキョロキョロと左右を見渡してから口を開く。
「……トイレってどっちでしたっけ」
六花は、冬美に案内されてトイレに向かった。
用を足しトイレを出て、茶の間に戻ろうと曲がり角を曲がると、ちょうど夏雄と鉢合わせる。
「あの……」
六花が夏雄に話しかけようとすると、夏雄は申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんな、六花ちゃん。せっかく来てくれたのに、空気悪くして……」
「マッタクです。お客さん来てるときくらい、そういうのやめてください。せっかくの炊き込みごはんの味が台無しです」
謝る夏雄を、六花が正論で殴る。
六花に指摘された夏雄は、何も言い返せなくなって黙り込み、そのまま六花の横を通り過ぎようとする。
すると六花は、先程の夏雄の態度を思い出し、もしやと思い夏雄に話しかける。
「……ショートさんのお兄さんは、えんでばぁさんがキライなんですか?」
六花が首を傾げながら尋ねると、夏雄が足を止める。
夏雄は、六花に背を向けたまま言った。
「……嫌いだよ。あんな奴、父親でもヒーローでもねぇ」
夏雄は、拳を固く握りしめながら父親への憎しみを打ち明ける。
弟と母親の心に傷を負わせたエンデヴァーに対する憎しみは、誰かに何かを言われたところで消えるものではなかった。
そんな夏雄を見て、六花は少し悲しそうな顔をしながら言った。
「……ショートさんのお兄さん。わたし……神野のとき、えんでばぁさんにたすけてもらったんです」
六花がそう言うと、夏雄が六花の方を振り向く。
「え……?」
「だから、その……えっと……わたしが今こうして生きてるのは、えんでばぁさんがたすけてくれたからで……だから、わたしはヒーローとしてのえんでばぁさんを応援してます。家の中ではクソ親父かもしれないですけど、でも……わたしはあの人にたすけてもらったってこと、知ってほしいんです」
「…………」
六花がエンデヴァーに対する思いを伝えると、夏雄は僅かに目を見開く。
だが、すぐに先程までの不機嫌そうな表情に戻ると、無言で去っていってしまった。
◆◆◆
相澤 side
夏雄さんが出ていってすぐに氷叢も席を外した後、俺は残っていた食器を片付けてから、駐車場に停めていた車を出しに行く為に先に轟家を出る。
するとエンデヴァー……もとい炎司さんが、帰り際に俺に話しかけてきた。
「すまないな、せっかくの食事を邪魔して」
「いえ……」
炎司さんがさっきの地獄のような空気の事で謝ってきたもんだから、俺は軽く首を横に振った。
客の前で出していい空気じゃない自覚はあったのか。
なんて思いつつも、俺は轟の担任として、あいつの事を話した。
「……今日、焦凍くんが氷叢と一緒に奥様のお見舞いに行ったことはご存知でしたか?」
「……ああ」
「面会が終わる前、奥様はいつにも増して笑顔だったそうですよ。ずっと思い悩んでいたことが、二人と話したことで吹っ切れたそうです」
俺が言うと、炎司さんは「そうか……」と頷く。
冷さんが思い悩んでいた事が何だったのか詳しい事は聞いていないが、直接話してきた二人の反応を見るに、いい方向に進展したのは確からしい。
冷さんの話を聞いて安堵の表情を浮かべる炎司さんを見るに、冷さんへの愛情は本物のようだ。
「つかぬことをお聞きしますが、あれから何か変わりはありましたか? ご家族のことで」
「…………」
俺は、単刀直入に炎司さんに尋ねた。
轟家の面々と話すのは、夏休みの家庭訪問以来だ。
最後に来た時は、入学当初よりかは険悪ではなくなっていたようだが……
「どう、だかな……」
俺が尋ねると、炎司さんは、伏し目がちに言葉を濁す。
彼なりに家族と向き合おうとしているようだが……さっきの夏雄さんの態度を見るに、なかなかうまくいっていないようだ。
俺はそんな炎司さんを見て、考えを纏めてから自分の意見を伝えた。
「失礼ながら……焦凍くんの担任として、口を挟ませていただきます。ご家族の為を思うなら、一度腹を割って話し合われては? このまま平行線でいるのも非合理かと」
「だが……」
「少なくとも、焦凍くんと冬美さんは、今の貴方と向き合おうとしているように見えましたが」
「…………」
俺は批判も覚悟で、教師としての意見を伝えた。
だが炎司さんの表情は、俺が想定していたものよりも穏やかだった。
「そう、だな……」
そう言って炎司さんが、静かに頷く。
トイレに行っていた氷叢が戻ってきたのは、ちょうどその時だった。
「今もどりました〜」
戻ってきた氷叢は、白々しく報告してくる。
トイレに行くと言ってから、既に10分以上が経っていた。
どう考えても、用を足して戻ってきた時間の長さじゃない。
こいつ、居づらくなったからって一人だけ逃げやがって……
◆◆◆
轟 side
「来てくれてありがとうね、六花ちゃん。また来てね」
「はい……ごはん、またたべにきます」
家の前で、姉さんと氷叢が別れの挨拶をする。
昼飯の後、俺は姉さんと少し話をしてから、氷叢と一緒に相澤先生の車の後部座席に乗り込んだ。
俺の右隣では、姉さんに今日の昼飯の残りを持たされた氷叢が、タッパーの入ったリュックを上機嫌で抱えていた。
俺は、氷叢の事をどう思っているのか、自分でもよくわからない。
最初はお母さんに似てる奴がいると思って、なんとなく気にかけてただけだった。
でも体育祭の時、氷叢に背中を押されて吹っ切れてから、俺の中で何かが変わった。
それと同時に、氷叢の事をどう思っているのかわからなくなった。
緑谷や飯田と同じように友達だと思ってたけど、あいつらとは少し違う気がする。
一緒にいると、少し胸の奥がこそばゆいような、だけどほっとするような……
氷叢が喜んでいるのを見ると、こっちまで嬉しくなる。
「氷叢」
「ん? なんですか?」
俺が話しかけると、氷叢が振り向く。
氷叢は、俺が家族と向き合うきっかけをくれて、俺を強くしてくれた。
この気持ちが何なのか、自分でもわからない。
だけど、これだけは言える。
氷叢は、俺のヒーローだ。
「ありがとな」
俺がそう伝えるのと同時に、俺の横をトラックが通り過ぎる。
俺の声は、トラックの走行音に掻き消され、氷叢はきょとんとした表情を浮かべていた。
「……ん? 今なんか言いました?」
「いや……何でもない」
俺がそう言うと、氷叢は怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに前を向き直すと、膝の上に置いたリュックを漁る。
氷叢は、酢豚のタッパーを取り出してにへらと笑う。
「おねえさんにいっぱいごはんもらいました。今日のおゆうはんがたのしみです」
「そうだな」
無邪気に笑う氷叢を見て、俺も自然と笑みが溢れた。
俺達の乗っている車は、雄英の寮へと向かっていく。