熱望もかくやあらんぎよたん。これがやりたかったのだよ!(迫真)
スネージナヤの夜は、テイワットでもっとも冷え込むと言っても過言ではないだろう。
こんこんと雪が降り積もり、放っておけば建物の中だろうが容赦無く凍えさせてしまうくらいだ。
しかし人の暮らす極寒地帯というのは、むしろ、冷たいからこそ暖かいもの。寒さゆえに人々はそれから逃れようとし、自ずと暖房器具が発達する。
今もそうだ。ぱちぱちと絶え間なく燃ゆる壁炉が、部屋を暖かく包み込む。光源はそればっかりで、その一点が室内をほんわかと照らしている。
「今日の劇団の演目はなんだった?」
机に置かれたケーキとクッキーと、そしてティーポット。
カップを片手に、すっかりパジャマ姿のアルレッキーノはそう尋ねた。
「……『山と雀』よ。来られなくて残念ね」
アルレッキーノの質問に短く答えたロザリン。彼女もまた随分と楽な格好でくつろいでいる。というより、ここに集まる全員がそうだった。
「別に残念がることないわ。いくら専用の特等席でも、ドットーレやパンタローネと一緒に座るくらいなら、自分でチケットを買った方がマシよ」
「まあまあ、そう言ってあげないでくださいな。彼らといえど、ファデュイには欠かせない存在。まして例の計画も、今や本当に目前なのですから」
ラフィアーナはサンドローネを宥めるように口を挟む。が、
「でもサンドローネ、実際はすごく楽しそうだったよね。後半は泣いてたもん」
「別に泣いてないっ」
一方でアルレッキーノを除いた全員が思っていたことを、コロンビーナは容赦なく口にした。
「でも、ヴォジャニーツァの演技はとても良かったし、泣いちゃっても仕方ないと思うよ」
「だから泣いてないってば!」
あくまでサンドローネは否定するものの、彼女が泣いていたであろうことは、もはやその場にいなかったアルレッキーノですらも確信してしまった。
そうしてコロンビーナもコロンビーナで、
「嘘だ。だって私、この目で見たもん」
「アナタいつも目を閉じてるでしょ。嘘ついたって無駄なんだから」
「でも、開けようと思えば開けられるよ?」
「へぇ、じゃあ今この場で開けてみなさいよ」
「うーん…………やだ」
コロンビーナは少し考えるそぶりを見せたものの、結局のところ初めからそんなつもりは毛頭もなかったようで、悪戯っぽく首を横に振った。
「っ、あんたはどれだけワタシを
「ふふ、サンドローネが面白い反応を見せてくれるうちは、やっちゃうかも」
「〜〜っ!」
そうしてわいわいきゃっきゃと揉め合う三位と七位の様子は、もはや他の三人にとっても見慣れたものだった。特別に注意するでもなく、ただ微笑ましい様子で見つめるばかりだ。
「まあ、劇を見逃してしまったのは残念だが、幸いこの集まりには間に合った。きっと今後しばらくはこんな時間も取れなくなるだろう」
「そうかもね。この後アルレッキーノはフォンテーヌへと戻って、私はモンドと稲妻を回るんだもの。ラフィアーナに関してはまだ先でしょうけど、ナタへと向かうんでしょう?」
「ええ。私たちにはそれぞれに成すべきことがあるのです。いつか全てが終われば、またこうして集まりましょう」
どこか前向きな様子の三人。しかしサンドローネは、やや沈んだ様子で言った。
「陛下の計画……アナタたちは、成功すると信じているのね」
別に彼女とて、女皇を疑っているだとか、成功を信じていないだとか、そういうわけではないのだ。それはその場にいる皆が理解していた。ただ──
「サンドローネ、寂しいのですか?」
ラフィアーナはケーキを口に運びながら尋ねた。言っておきたいことは言っておくべきだと、そう思ったゆえの行動だ。
「別に寂しくなんかないわ。……でも、そうね。ワタシも成功することを願っている。きっとまた、五人でお茶会を開きましょう」
サンドローネはそう言って、首に掛かった水晶を右手で優しく撫でた。真珠で縁取られたそれには、綺麗な青い花が埋め込まれている。
「あら、持っていてくださったのですね」
「……
サンドローネが顔をあからめてそう言うと、アルレッキーノとロザリンもまた、笑って水晶を取り出した。
「なに、サンドローネ。そう照れることはないさ。私も常日頃から持ち歩くようにしているよ。せっかくラフィアーナとコロンビーナが作ってくれたんだからね」
「そうよ。例え異郷の地に渡っても、これを眺めていれば少しはあんた達が恋しくなるでしょ。でも、むしろそれがいいの」
「ええ、その時は恋しむだけ恋しみましょう。きっとその恋しみは、ある種の
それぞれの手に握られた氷の水晶は、壁炉の熱に当てられても決して溶けることはない。五つのそれは、ただキラキラと
しかし依然として一人だけは、どこか物憂げな様子で──
「ねぇ、サンドローネは、なにかやりたいことはないの?」
やはりそこはかとなく暗い様子のサンドローネに、ロザリンはふと問いかけた。
──やりたいことが見つかれば、今くらいは頑張れるでしょうから。
きっとロザリンは、そんな風に考えていた。
「やりたいこと、ね」
サンドローネは返答を考えて、物思いに耽る。
昔アランにも、同じような質問をされたことがあった。その時は“願い”だったか。
確か迷いもせずに答えたはずだ。そんなものはない、と。
でも、
──ワタシは、これからもコロンビーナたちと、こうしていたいのかしら。
この瞬間の穏やかな心を鑑みると、ついつい考えてしまう。
もし、それが“したいこと”ならば、それが“願い”ならば、あるいは、
「えーいっ!」
「──っ⁉︎」
しかしその思考は、突如感じた後頭部への、ささやかな衝撃により中断された。
「このっ、誰よ!」
直前まで考えていたことも放り出して、サンドローネは勢いよく振り返る。
見ると、さっきからやけに静かだったコロンビーナが、ベッドの上に立って枕を構えていた。つまり今、自分に向かってそれを投げたのは──
「コロンビーナ〜〜!!」
サンドローネは我も忘れて、思い切り枕を投げ返す。
まったく、これがやり返さずにいられるか。他の三人も微笑ましげに傍観している。これじゃあまるで他人事だ。
──ああもう、みんないっつもこうだ。結局ワタシを苛立たせる。
やっぱり、彼女たちとこうしていたいとか、そんな訳がない。自分は仕方なく付き合ってあげているだけなのだ。
そう結論付けてしまったサンドローネは、もはや感情に任せて枕を投げる人形と化してしまった。だがコロンビーナを狙うものの、中々当たらない。
そうして冷静を保っていたロザリンが、遊び半分でコロンビーナへと命中させてしまったのがきっかけに──
その晩のパレスの一室は、随分と賑やかだったという。
「これはまた、随分と散らかってしまったね」
アルレッキーノが、散らばった枕を拾いながらそう呟いた。
時計の針はもう零時を回っている。
「でも、これでしばらくは最後ですもの。少しくらいはしゃいでも誰も咎めはしませんよ」
「ふふっ、それにしたって乱暴だわ。これじゃただの子供じゃないの」
「もう、なにを言うのですか。あなたも結構楽しんでいたでしょう?」
ラフィアーナとロザリンも軽口を交わしながら片付けを進めている。そうして三人は、おもむろにベッドへと視線を向けた。
「まったく、喧嘩するほど仲がいいとは言ったものですかね」
「ねぇ、誰かフォンテーヌの写真機は持っていないの? 是非とも残しときたいわ」
「フッ、奇遇だね。小型の物ならちょうど持っているよ。記念に一枚撮っておこうか」
そう言ってカメラを取り出したアルレッキーノは、ぱしゃりと、一度だけシャッターを切った。
──そんなレンズの先には、仲良さげに並んで眠るコロンビーナとサンドローネ。
二人はもうすっかり遊び疲れたようで、すやすやと静かに寝息を立てていた。
「……ま、最後に良いものが見られて良かったわ。この調子なら、私たちが他国に渡っても心配はなさそうね」
「そうですね。まあ、どちらにしても私はまだ残っていますから。二人のことはお任せください」
なんだか一緒に寝てしまう気にもなれなかった三人は、再び腰を下ろすと、今度はかなり声を抑えて話し出した。
「しかしそうは言ってもラフィアーナ。君の活動拠点もスネージナヤパレスからは離れるのだろう?」
「えーっと、確か、数ヶ月はグルポフ*1に泊まり込みなんだっけ?」
「ええ、遺憾ではありますがね。一応私は非戦闘員のはずなのですが、どうして軍事演習の顧問を務めねばならないのでしょうか」
「それはあんたの剣技が誰から見ても優れているからよ。聞くところには、コロレフスキー劇団から勧誘を受けたんでしょう? レイピアを使った剣舞を披露してみないかって」
「なっ、ロザリン、どうしてその話を」
「ふふ、オデット経由よ。「真剣にお願いしたのですが断られてしまいましたわ」って、かなり残念そうにしていたわ」
「……あの子、意外とおしゃべりですのね」
彼女の声を真似て冗談めかしく言ったロザリンだが、一方で、ラフィアーナはやや罰が悪そうだった。
「フッ、
「ほんと、そうですよー。軍事演習だとか剣舞だとか、私は基本的に聖職者らしからぬことはしたくないのですっ。そもそも私は執行官の地位に就くこと自体反対でしたのに」
「あらあら、古参執行官の一人が何か言ってるわねぇ」
ロザリンは少し眠そうに目を擦りながら、くすっと笑った。ラフィアーナも枕の一つを抱きしめてそのまま寝転がり、アルレッキーノも起きてはいるものの、軽く目を閉じて壁炉のはぜる音をに耳を傾けていた。
三人は、ほんの数十分前の賑やかさも残さずに、どこか眠くなるまでの余談を、意味もなく繰り広げているような状態だった。
「そういえば、ラフィアーナ」
「……なんです?」
ロザリンが顔も向けずに名前を呼ぶと、ラフィアーナも横になったままに返事をした。
「オデットといえば、あの子のこともよろしく頼むわね。生憎と私はしばらく国を空けるけれど、あんたが面倒見といてくれるのなら心配ないわ」
「もう、簡単に言ってくれますね」
ラフィアーナは、特に直接的な肯定の言葉を発さなかった。しかし、
「そも、ラフィアーナは初めからそのつもりだろうに。彼女はなんだかんだ言いながらも面倒見が良いんだ」
「ちょっとアルレッキーノ。余計なことは言わないでもらえますか」
「ふふっ、良いの良いの。私だって分かってはいたわ。でも言葉にしておくことは大切でしょう? 一度直接頼んでおきたかっただけよ。ね、ラフィアーナ?」
ロザリンは片目を瞑って微笑む。
ただ実際、その通りだった。
ラフィアーナは最初からその気でいたのだ。たとえ顧問を任されていなくとも、空き時間を使って訓練の一つや二つ付けてやるつもりだった。
「……もう、良いですよ。オデットさんのことは任せてください。あなたが戻るまで、しっかりと稽古をつけておきますから」
「ありがと。そう言ってもらえて良かった。これで私も安心して神の心を取りに行けるわね。あまり待たせる訳にもいかないから、早めに片付けてこようかしら」
「ふふ、そう調子の良いことを言っていると、風神から返り討ちに遭いますよ?」
「まさか。こっちの作戦は完璧よ。民を巻き込んでまで暴れる甲斐性なんて、あの愚神には残っていないもの」
「まあ。随分な物言いですこと」
ラフィアーナは小さく笑った。
それにしてもロザリンのそれは、七執政に喧嘩を売るにしては随分と気楽な物言いだった。だが彼女は確かに、風神に一矢報いる気概を持ち合わせていたのだ。
加えて稲妻に関しては、武力を用いず、策略と契約を巧みに利用して入手するつもりなので、特に問題はないだろう。
「全く、そっちは目星が付いているようで羨ましい限りだよ。私は予言の時まで待たねばならないからね。もしロザリンの件が先に片付いたら、どうか気にせず君たちだけでお茶会を開いてくれたまえ」
「それは無理な話ですよ、アルレッキーノ。どうせロザリンが戻る頃には、入れ違いで私がナタへと出発するでしょうからね」
「あらまあ、結局全員が揃うのはいつになるのかしら」
「さあね、気長に待とうではないか」
三人は顔を見合わせ、ふっと微笑む。
それを最後に、会話は終わった。
とうとう、誰も喋らなくなった。もはや彼女らは、残りの時間を静かに過ごすだけだった。なぜなら明日になれば、しばらくはお別れなのだから。
かくて「前夜」は終わりを迎え、まもなく夜明けが訪れる。
この先に待ち受ける崇高なる犠牲も、全ては堅き氷に刻まれ、この国と共に、永遠に生き続ける。
それは雪国に住まう愚人衆の、その
そういやお気に入り登録100を祝ってたら、次の日には200になっとった。やっぱサンデーすげぇよ。評価付与や感想の方もよろしくね!