早速で申し訳ないのですが、ラフィアーナの順位とプロローグ一部を修正いたしました。ごめんね
「ごめんください」
『開いていますよ』
ノックをすると、まもなくそんな声が掛けられる。
それならば、とそのまま扉を引いて部屋へ入ると、仮面を被った白衣の男性と、同じくらいの身長の、眼鏡をかけた男性がいた。
「ご機嫌よう、ラフィアーナ嬢」
「ええ、ご機嫌よう、パンタローネさん」
眼鏡の長身男性──第九位『富者』パンタローネと、軽く挨拶を交わす。
「……ラフィアーナか。なんの用だ?」
しかし仮面を付けた方──第二位の『博士』ドットーレは、なにか面倒事にでも向き合うかのような表情で尋ねてくる。
もっとも、ラフィアーナは一切動じることもなく、綽々と笑顔で応じる。
「あら、ご機嫌よう。ドットーレさんもいらっしゃったのですね」
「フン、ここが誰の実験室かも理解していないとは、実に嘆かわしい」
「冗談ですって、そう気を悪くされないでくださいな」
ラフィアーナは悪戯っぽく笑うが、ドットーレは依然として厭わしそうに顔を顰めている。
しかし無理に追い出すような真似はしないあたり、会話の余地がないというわけでは、ないようだ。
「さて、お忙しい折に申し訳ございません。本日はパンタローネさんに用がありまして」
と、ラフィアーナは建前上言うものの、実際彼女がドットーレに用があって彼の部屋を訪れることなど、過去に数回もなかったのである。
「こちら、今回の分です」
「これはこれは、どうもありがとうございます」
ラフィアーナはその小瓶をパンタローネに手渡す。
「フン、私の治療はそういったリスクも考慮のうえで、しっかりと対策している。そんなものは不要だと言っているだろう」
「必要か必要ではないか、という問題ではなくて、これで少しでも楽になるのであれば、使わない選択肢はありませんでしょう」
くだらないと言わんばかりに鼻を鳴らすドットーレに、ラフィアーナはやれやれと告げる。
その小瓶は、ラフィアーナ固有の治癒力が込められた薬である。ドットーレが人の理をも超えた治療をパンタローネに施す際、特に精神的な面で、少しでも負担を減らすために作られたものだ。
ちなみに安全性は当のドットーレにより検証済み。そのときの彼はああだこうだと言いながらも、結局は興味深そうに実験していたことを、ラフィアーナは知っている。
「まったく、そもそも貴様、どうしてここにくる? パンタローネの部屋を直接訪問すればいいだろう」
「それはそうですが、こちらに居ることの方が多いんですもの。仕方なくってよ」
「居ないならば日を改めればいい。こちらにまで来るのは鬱陶しいからやめろ。てっきり“実験”に協力する気が起こったのかと勘違いしてしまう」
ドットーレは嫌味を込めて言った。
「……はぁ、サンプルなら幾らでも差し上げると言っていますでしょう?」
「フン、あの程度の小瓶で出来ることなど、疾うにやり切った。私が追求したいのはその治癒力、もとい元素力の根源だ。私は知っている。それは地脈由来のものだろう? ……それを神の目も持たずして。生憎と“その技術”についてはまだ完全な再現ができていなくてな。一度その身体を隅々まで観察してみたいものだ」
「ダメです。前に元素力関連の実験に参加していた方が、数時間半裸で手術台の上に寝かされていたのを覚えています」
ラフィアーナはそう言ってドットーレを
「…………。……配慮はしよう」
ラフィアーナから目を逸らして言った。
「……なんですか今の間は。一体あなた、うら若き乙女の身体をなんだと思っているのです?」
「フッ、強いていうならば貴重な被検体だな。それにラフィアーナ、そもそも貴様はうら若きなど──ぐぅ⁉︎」
ラフィアーナの発言を鼻で笑おうとしたドットーレは、油断していたこともあってか、脛に見事な一撃を喰らう。彼女はため息をついて空を仰いだ。
「やはりダメですねこの人は、チェンジですよチェンジ。もう少しマシな断片を寄越しなさいな」
なかなかどうして、この断片は乙女の扱いが上手ではなかった。もっとも、その情報がすぐに他の断片へと伝達され、後日サンドローネすらも動揺させるほどに女心を解した「プレイボーイ・ドットーレ」が誕生することなどは、このとき誰一人として予想もしなかったのである。つまり、ラフィアーナは余計なことを言った。
「ははは、ドットーレ。どうやら今回の断片は、随分ラフィアーナ嬢と仲良くなれそうですね。貴方はただでさえ女性陣から嫌われているのだから、この機会をもって少しは努力をしてみたらどうです?」
「……チッ、パンタローネめが。奴らからの印象で言えば貴様も大して変わらないだろう。まして、私はクルセビナとなら良い協力関係を──「先代召使はもう居ないではないですか」……ほう、貴様にしては随分な言いようだな、ラフィアーナ」
「別に、事実を言ったまでですよ。もちろん女皇陛下に殉じた彼女には、私も感謝の意を示しています」
ラフィアーナは、その貼り付けたような実に端正な笑みを少しも崩すことなく、単調に告げる。
そしてこれは半分が本当であり、半分が嘘である。
確かにクルセビナは、その命散らすまで一度として女皇の命令に反したことはなかった。そしてその点においてラフィアーナは、本当に心からの敬意を抱いている。
しかしそれはそうとして、年端もいかない子供たちを洗脳し、実質の家族同士で殺し合いをさせるなどというやり方には、これ以上ないほど嫌悪感を抱いていたのも、また事実である。
「珍しい。これほど奇遇に総主教の地雷を踏むとはな。思えば『召使』が代替わりしてからは、かつてのような実験が点で不可能になった。どうだラフィアーナ、君は彼女と仲がいいのだろう?」
そう言って、不敵に笑うドットーレ。
「ここで一度、年齢層の低い被検体を仲介していただくということには──「それを、私が引き受けるとでも?」……よもや、
揶揄うように誤魔化す。しかし、両者の間には、もはや明確な殺意が形成されていた。
つまるところ、ラフィアーナの善悪の判断基準には、常に「
それはある意味極端で、逆にそれが、ときに執行官らしい冷酷さを発揮することもある。とはいえ彼女にとっての最たる「無辜」とは、すなわち「子供」であった。
「ああ、そういえばラフィアーナさんは、子供が好きでしたね」
なにか面倒事を察したらしいパンタローネが、仲裁するように間に入る。
「……なにが「そういえば」なのかは分かりませんが、ええ、確かに好きですよ。あの子たちは純粋で、無邪気で、そして優しい。何色にも染まっていない存在とは、常に愛おしいものです」
ラフィアーナは実に聖女らしく、慈愛に満ちた表情を浮かべて言った。
しかしドットーレは皮肉るように言い捨てる。
「ほう、貴様がその子供たちを「貴様の色」に染め上げている自覚はないのか」
それは、つまり彼女の総主教としての立場──子供を含めた民衆に女皇の偉大さを説教する立場にある彼女の立場を、遠回しに批判するものだった。そして、それはある意味で間違っていない。しかしラフィアーナはといえば、
「私の色に染める、ですか。まあそちらの解釈に任せますが、私はあくまで自身の役割を遂行しているに過ぎませんよ。子供たちを教え導くことで、スネージナヤの民にふさわしき敬虔さ、そして清く正しき人間性を会得していただけるのならば、総主教
慣れたものと言わんばかりに軽くいなす。
「クハハッ、かの『聖女』も大概ではないか。その自分が正しいと信じてやまない
「……はてさて、こちら側とは?」
ラフィアーナは、あくまでとぼける。言わずもがなドットーレの言わんとしていることに、気づいていないわけではない。それはむしろのことで──
「ラフィアーナ嬢。生憎と、ドットーレはそこまで説明するほど親切ではありませんよ。もっとも、それは私もですが。……さて、そろそろどうです? 貴方のような人がこんな場所に長居しすぎては、大切な“友人”方からも訝しまれてしまいますよ」
パンタローネは締めくくるように口を挟む。温厚さを見せながらも、出口に目をやっていた。つまり雑談は終わり。彼はラフィアーナに帰りを促したのだ。
「あら、パンタローネさん。随分と寂しいことをおっしゃるのね。もう少しくらいお側に置いていただいても、邪魔はいたしませんよ?」
「ハハッ、ご冗談を。そちらにも仕事が残っているでしょうに。無論、薬については感謝しています。そして借りは返すのが、私の信条です。ですから財政面でなにかお困りでしたら、これからも遠慮なく仰ってください」
パンタローネは礼儀正しく笑う。しかしそれは、もう相手を見送る時の、言うなれば、
「……はあ、分かりました。邪魔をしてしまい申し訳ございません。また機会があれば、お茶でもいたしましょう」
「フン、もう来なくて構わんのだがね」
「ドットーレ」
「ああ、わかったわかった。クソ、この薬はパンタローネへの首輪か何かなのか? どいつもこいつも貴様を
「ええ、アルレッキーノにフォンテーヌの紅茶を頼んでおくとしましょう。それでは、また」
小さくお辞儀をして、彼女は部屋を後にした。
「ねぇ、ラフィアーナ」
二人との会話を終えてスネージナヤパレスの回廊を一人歩いていると、向かいから歩いてきたサンドローネが、ラフィアーナを呼び止めた。
「サンドローネ、どうされました? あなたが日中から外を出歩いているとは珍しい。とうとう、礼拝へと参加する気になった……とかでしょうかね」
「……再三言うけど、ワタシはそういうのはいいの。別件よ、まさにアナタについてのね」
「そうなのですね。長くなるのなら私の部屋にいらっしゃいますか? いくらかの茶菓子は揃っていますが」
「興味はあるけれど、今日は遠慮しておくわ。だって長くはならないもの」
サンドローネは首を横に張って、ラフィアーナを真っ直ぐに見据える。
「ねぇアナタ、どうしてあの二人と……いえ、ドットーレと関わろうとするのかしら」
なにを思ったのか、二人から一人へと訂正して尋ねるサンドローネ。どこか物憂げで、ラフィアーナを心配する様子だった。
「あら、パンタローネはいいのですね」
「別に、あっちはどうでもいい。アナタの立場上、アイツと関わったとて何のメリットも得られない……なんてことはないでしょうから」
教会と銀行──どちらも、国を支える主要因である。
しかしラフィアーナはそれを聞いて、くすりと笑った。
「そんなまさか、打算などありません。私、彼とは純粋に良き信頼関係を築きたいと思っているのですよ?」
「へぇ」
すると、サンドローネはしめたとばかりに口の端を吊り上げて、一気にラフィアーナとの距離を詰めると、訝しげに言った。
「……彼“とは”?」
「あっ、ずるいですサンドローネ」
一方で虚を突かれたラフィアーナは、悔しげに、あるいは不満げに、むすっとしてサンドローネを睨む。
「フン、やっと素がでたわねラフィアーナ。ほんと、アナタは日頃からずっとその聖女様仮面を被ってるんだから、毎度毎度剥がしてやるのに一苦労なのよ」
「そんなつもりは」
「でもアナタ、礼拝に来た国民やドットーレ達の前では、たぶん陛下のことを“陛下”って呼ぶでしょ?」
「それは当然で、あのお方は陛下なのですから「アナちゃん」……どうして私が強要されているんですかね」
「いいから、今、陛下のことはそのふざけた愛称で呼びなさいよ」
「自分がとんでもないことを言っている自覚あります?」
「ないわ。だって陛下はこのことについて何もお咎めにならないのでしょう?」
「それはそうですが……」
ラフィアーナは
「わかりましたよ。正直、本当に素とか、そういうのではないのですがね。今が仕事の場ゆえ、それ相応の振る舞いを気に掛けているだけですもの」
「それが必要ないって言ってるの」
「やはりとんでもないことをおっしゃる」
そんな不満を溢そうとも、サンドローネは気にした様子も見せない。
「それで、パンタローネ“とは”仲良くしたいけれど、ドットーレとは違うのね」
「そのような極端な話でもないのですが」
確かにそこまで極端でないのは事実だ。しかし、
「はぁ? じゃあどうして関わるのよ」
どこかの執行官がそう評するように、サンドローネは“極端”だった。嫌いな人とは関わらない。以上。それが執行官第七位の生き様である。
「はぁ、それはこの前伝えたはずでしょう? 私は彼を必要以上に敵視しているわけではないと。ですから、彼とも人並みにお茶くらいはします」
「だから、ファトゥスのメンバーから平均した“人並み”っていうのは、まずアイツと事務仕事以外では関わらないことなのよ! むしろアナタは変数よ? アナタとパンタローネがファトゥスからの年間ドットーレ親密度平均を上げてるまであるのよ?」
「……なんですか年間ドットーレ親密度平均って」
形式上会話は続いているものの、既に、ラフィアーナは指摘するのに疲れていた。
「とにかくアナタ、クルセビナとドットーレのことは昔から嫌っていたじゃない。あんな奴らと関わってたらアナタの株まで下落するわ。だからラフィアーナは──」
「サンドローネ」
言おうとした彼女を遮るように、ラフィアーナは声を重ねる。
「心配してくださるのはとても嬉しい。あなたのことは、心から良き友人だと思っています。しかし、総主教という役職は、いささか複雑なのですよ」
ラフィアーナは少し寂しげに目を細めながら、サンドローネに微笑みかける。
「確かに、私は彼のことをあまり好ましくは思っていない。しかし、私は国民の「聖女」です。常に民を慈しみ、主に敬虔であり、好き嫌いで動かず、余計な感情をおもてに出さず、富める者があれば
つまりは、
「聖女たるもの愛他主義であれ──ということですっ!」
ふんすと胸を張って言い張るラフィアーナを、サンドローネは随分悲しげに見つめるのだった。
パンタローネ→ラフィアーナ(薬の効果は抜群なので普通に感謝してる。それはそうと北国銀行と聖教会との結び付きを強めておきたい。打算あり)
ラフィアーナ→パンタローネ(薬が効いているようで普通に嬉しい。それはそうと聖教会と北国銀行との結び付きを強めておきたい。結局打算はあり)
ドットーレ→ラフィアーナ(嫌い。でも研究したい。カピターノに同じ研究を迫って断られたので、彼女のことはどうにか説得したい。だから多少は優しく接する。打算めっちゃあり)
ラフィアーナ→ドットーレ(好きではない。でも関係を悪くはしたくない。打算は、ややあり)