雪国の聖女ちゃんは頑張る!   作:えり〜ぜ

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書きだめもこれにて終了。今日は加えて一話くらい書けるかな。


少女と聖女と、そして淑女と

 

 その『少女』は日もすがら、あてもなく辺りを歩き回ったり、劇を見に行ったり、あるいは、とある照れ屋さんな発明家の部屋の前で歌ったりと、とにもかくにも薄らぼんやりとした日常を送っている。

 

 そして今日はといえば、ステンドグラスから差し込むいい塩梅の光と、薄暗く静寂なその空間で、すやすやと心地の良い眠りについて──

 

「コロンビーナ。ここは居眠りの場ではありませんよ」

 

「……んぅ、ううん、私、祈ってるんだよ?」

 

「そう堂々とチャペルチェアに寝転がられながら言わましてもね」

 

 その反応は、明らかに今目を覚ましたそれである。目を擦りながら無気力に告げるコロンビーナに、ラフィアーナは困ってしまった。

 

「でも、ここって女皇様に祈りを捧げる場所なんでしょ?」

 

「ええ、そうですよ。ですから──」

 

「さっき女皇様に聞いたら、ここで寝ててもいいって言ってたよ?」

 

「……それは反則でしょう」

 

 信仰する神がこうも近くにいると、中々どうして大変だ。ラフィアーナは例の無愛想な主を想像しながら、深いため息をついた。

 

「それでコロンビーナ。本日はどういったご用件で? ただここでくつろいでいるというわけでもないのでしょう? どうやら私を待っていたように思えますが」

 

「うん、よくわかったね」

 

「経験則ですよ」

 

 それこそコロンビーナがここに来るときは大抵、ラフィアーナに用がある。彼女が教会へとやって来るまではチャペルチェアにて白昼堂々居眠りをしていたわけだが、コロンビーナはラフィアーナに起こされることも想定して、そこで寝ていたのが事実である。

 

 そうして彼女はすっかり起き上がり、椅子から立つと、珍しくも気力の感じられる佇まいで言った。

 

「今日はね、ラフィアーナに、女皇様を『爆笑』させる方法について相談にきたの」

 

「……ばく、しょう?」

 

「うん、ばくしょう」

 

 なんでそんなことを? というかどこでそんな言葉を覚えた? そもそも意味がちょっと違うような……? そんな疑問が、たちまちラフィアーナの脳内にうんと押し寄せる。しかしそこは執行官。すぐに無駄な疑問は排除して、ついでにこの話への関心も排除した。ということで、

 

「そうですか。でもごめんなさいね。私は忙しいので」

 

 社交辞令モードで穏やかに断りを入れる。が、コロンビーナはそれを、単に面倒であるがゆえの応答だと即座に見抜いた。

 

「ねぇ、そんなこと言わないで。私は本気だよ? さっき女皇様にここで寝ていいか聞きに行ったけど、実を言うと、私も無理なお願いだと思ってたんだ。でもあの人は怒るでも困るでもなくて、すごくあっさり許可をくれたの。表情ひとつ変えずにね。思えば、あの人が笑ってるところも見たことないなって。だから、女皇様がお腹を抱えて笑うくらいに衝撃的なイタズラを考えようと思って」

 

 コロンビーナはなんとも興味津々に、無邪気な好奇心をその目(閉じてはいるが)に浮かべて言った。しかし、

 

「まったく、なぜそんなことに私が付き合わねばならないのですか。アナちゃんを笑わせるなど、もはや晴天の霹靂(へきれき)以上に非現実的なものですよ」

 

「せい、てんの……?」

 

「……いえ、なんでもありません。というか、そもそもあなたは少し自身の立場を自覚すべきでは?」

 

「……え?」

 

 言い聞かせでもするように、そう切り出したラフィアーナ。

 

 あれ、これは面倒なやつでは? と、コロンビーナは悟った。しかしそれが始まってしまったからには、最後──

 

「ええ、一国の幹部が毎日毎日、好き勝手に遊んでいるなど言語道断です。遠い異郷の地では、今もなお同志の兵たちが危険に晒され、ときに誰にも看取られずその命を散らしてゆくのです。層岩巨淵で行方不明になった者も、まだ数人ほど発見されていません。貧民街では困窮した民が常に飢えを(かこ)ち、先遣隊の兵らは命懸けで任務に臨んでおります。そして私たちは、そんな彼らの努力と血税の上に、アナちゃ……女皇陛下の御心の下、この支配者階級に居座っている。ゆえに執行官には、常日頃から民に恥じぬ振る舞いが求めらるわけでして──」

 

 これぞ、総主教様のありがたいお言葉である。ただ、それはコロンビーナにとって日常茶飯(さはん)だった。例によって滔々(とうとう)と説教を垂れ流すラフィアーナを前にして、彼女は既に欠伸をして、すやすやこくこくと舟を漕いでいる。

 

(……あ、そういえば)

 

 しかしそこで、コロンビーナは思い出す。この前サンドローネに相談して、ラフィアーナの説教対策をしてもらったのだ。彼女はすぐに試みる。

 

「ですからコロンビーナ。命令がないとはいえ、あなたもそのような身勝手な行動はやめ──はむっ⁉︎」

 

「教会では、静かにしないと」

 

 こうして、その口はまもなく塞がれた。

 

 コロンビーナが、どこからともなく取り出したパンをラフィアーナの口へと詰め込んだのである。

 

「な、なな、なんてことをするのですか⁉︎ コロンビーナっ! あろうことか食べ物をそんな粗末に……!」

 

 ラフィアーナの抵抗により、とうとうその口からぽろりと落ちたパン。しかし彼女はそれを見逃さない。

 

 執行官六位として、その戦闘力に基づく動体視力を最大限に駆使した彼女は、それが地面と接触するより前に、見事キャッチした。

 

「それ、どうするの?」

 

「どうして他人事なんです?」

 

 しかし、一度は咥えてしまったパン。保管できる小袋など持っておらず、やり場に困ったラフィアーナ。

 

 結果、彼女は仕方なくもぐもぐと頬張り始める。行儀良く椅子に座って。でも怒ってはいた。それはなんともシュールな光景だった。コロンビーナは、すごく面白いな、と思った。

 

「ふふ、ラフィアーナが怒ってる。サンドローネみたい。でも、怒りながらパンを食べていて、なんだか可愛い」

 

「っ! 誰の、せいだと……!」

 

「食べながら喋っちゃダメだって、ロザリンが言ってたよ?」

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

 いかんせん、コロンビーナは煽り性能が高いようだ。これが割と無自覚であるのだから、普段のサンドローネが感じるストレスも理解できるものだろう。

 

 さて、しかし普段の総主教であれば、このような場面でも笑顔で穏やかに受け流すものだが、今やラフィアーナの仮面はほとんど剥がれつつあった。

 

 この『少女』は、人の感情をよく揺さぶるのである。ちなみに第一被害者はサンドローネ。そして、これもやはり無自覚だ。

 

(……ああ、サンドローネ。あなたの気持ちが少し分かった気がします)

 

 そのためだろうか、無自覚ゆえに言っても直らないコロンビーナには、流石のラフィアーナも痺れをきらしていた。それこそ、コロンビーナの頭をわしゃわしゃとしてやりたい気分になるほどに。

 

 しかし突如聞こえてきた足音によって、彼女は我に返る。

 

「あらあら、総主教様が随分と荒れているじゃない。これは珍しいものね。明日は雪でも降るのかしら」

 

 聖堂内に新手の声が響いた。二人よりもいくらか背の高い、気品ある佇まいの長身女性だ。そのいかにも皮肉っぽい言い回しには、二人にも心当たりがあった。

 

「……ロザリン。雪ならば平生から絶え間なく降り注いでいるではありませんか」

 

「ええ、そうね。つまり平生からそっちの方がいいって話よ。私は思うのだけれど、あんたは国民に対してもそれくらいざっくばらんに接した方がいいわ」

 

「全く、そんなものは不要です。余計な感情を出せば、民へ接し方に傾きが生じる。総主教とは常に、平等かつ公平にあるべきなのですよ」

 

「へぇ、そう。実に残念だわ」

 

 シニョーラことロザリンは、そのままチャペルチェアへと腰掛ける。

 

 彼女はモンドから稲妻への長期遠征を目前として、最近はかなり忙しくしていた。そんな中、余暇を利用して礼拝にでも訪れようと思っていたところ、見事これに遭遇したというわけである。が、彼女はこれを“面白いイベント”だと解釈した。

 

「……はあ、それにしても最近は多いですね、そのようなご意見が。サンドローネといいあなたといい。なんですか、流行っているのですか?」

 

 やや既視感のある光景を前にして、ラフィアーナは怪訝に尋ねる。

 

「別に、あんたとプライベートで関われば関わるほど、普段とのギャップに驚かされるってだけよ。まあ少なくとも、顔を赤くしながらパンを頬張る聖女様なんて、それこそ『公子』あたりが見れば白目をむいて卒倒するんじゃないかしら」

 

「なっ、ロザリン、アレも見ていたのですか? というか卒倒したらダメでしょう。余計あなた達の提案を受け入れる気にはなれません!」

 

「あらら、それは困ったわねぇ」

 

 ロザリンはそう言って、不貞腐れたようにそっぽを向いてしまったラフィアーナの頭をぽんぽんと撫でる。

 

「子供扱いはやめてください。本気で怒りますよ?」

 

「ふふ、ほら、コロンビーナ。かの総主教様が本気で怒るそうよ。これは国が傾きかねない重大事件ね」

 

「うん。これなら女皇様もびっくりするかも」

 

「──っ、ああ、もう! 調子が狂います!」

 

 ラフィアーナは、本当に珍しくもその感情を露わにしている。

 

「まあまあ、落ち着きなさいって。穏やかな聖女様の雰囲気が台無しよ?」

 

 ロザリンはラフィアーナを微笑ましく思う一方で、コロンビーナがこの手のプロであることも理解していた。

 

 彼女が就任したてのころ、礼儀作法のいろはを教えるのには相当苦労したものだ。

 

「ふふ、なんだか執行官とは言うけれど、あんた達もやっぱり子供よね」

 

 正味、ロザリンからすればラフィアーナもコロンビーナも、それにサンドローネも、まだ子供みたいなものだった。

 

 生きている年齢のみでいえば全員が申し分ないはずだが、女性陣でとりわけ年齢の低いアルレッキーノが、またとりわけ成熟しているように思えるのは、いったいどういうことなのだろうか──ロザリンはそんな風にも思う。

 

「それじゃあコロンビーナ。どうせなら今日は、思い切り陛下を笑わせる方法を考えてみようかしら? もちろん、サンドローネとアルレッキーノも誘ってね」

 

「うん、ありがとう」

 

 あいも変わらず表情変化には(とぼ)しいコロンビーナだったが、ロザリンのそんな呼びかけには、心なしか嬉しそうであった。

 




ロザリン大好きです。稲妻のころは「ざまあ!」とか思ってたのに。同僚にはめっちゃ優しいじゃんね。
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