雪国の聖女ちゃんは頑張る!   作:えり〜ぜ

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(夢小説じゃ)ないです。ゆめゆめ忘れないでください!


〈1〉今はもうない、在りし日の出来事。

 

 静謐(せいひつ)とした聖堂で、なにを思うでもなくぼんやりとしていた。

 

 普段は滅多に訪れない場所だが、喧騒の一つも耳に入らない。確かになかなか悪くはないと思う。

 

 ここは、凡人が教会と称して礼拝に訪れるような場所だ。奴らの信仰する神が、まさにすぐ側のスネージナヤパレスで実体を持っているというのに、なんとも馬鹿らしいと思う。

 

 しかしある意味で、ここを「聖なる空間」と形容したとしても彼に異論はなかった。俗世の煩わしさから目を背けることができるという点では、なるほど評価できる。

 

「……くだらない」

 

 本当にくだらない。彼はひたすらにそう思う。俗世も、愛も、幸せも、悲しみも、苦しみも、全てがくだらない。

 

 そしてこの果てしない虚無感をどうにかするには、やはり、

 

「あら、珍しいですね。あなたが礼拝に訪れるなど、明日は雪でも降るのでしょうか」

 

 ふと、そんな声が彼の鼓膜を揺らした。

 

 慈愛に満ちた声。透き通るような声。綺麗な声。どこか安心する声。惚れ惚れとする声。脳を満たす甘い声。

 

 ──凡人ならば、そのように思うことであろう、そんな声。

 

 彼にはそれが、こちらを懐柔(かいじゅう)籠絡(ろうらく)するための、作り込まれた猫撫で声のように聞こえてならなかった。

 

「チッ」

 

 思わず舌打ちが漏れる。

 

 ここはどうせ一年中雪が降っているだろうが、とか。別に礼拝に来たわけじゃない、とか。そういう文句が溢れることもあった。が、なにより、

 

(ほんとに間が悪いね。最悪だよ)

 

 ここにいれば奴に遭遇するのは明白だった。それはそうと、もう少しこのままでいたかった。一体なにが悲しくて、この鼻持ちならない精神状態の中で、こんな偽善者と言葉を交わさねばならないのか。

 

「相変わらず、なにか思い悩んでいるようですね。私でよければ相談に乗りますよ」

 

 自分の不機嫌などつゆも知らない彼女は、彼女がいつも凡人に向けるような笑顔で、こちらの精神へと徐々に入り込もうとしてくる。

 

 しかし彼も鬼ではない。ここは丁重に断っておこうと思う。

 

「……はぁ、結構だ。君に相談したところで、なにか成果が得られるとも思えない。なにより君と話すことで感じる不快感が(たまら)らなく鬱陶しくてね。仮に、なにか多少なりの価値ある説教を貰ったとしても、到底利害が釣り合わないよ」

 

 彼は丁重に断りを入れた。そう、入れたつもりである。

 

 目の前の総主教の顔が、ほんの少しひきつったのに、彼は気づいていない。

 

「ま、まあ、随分と冷たいことをおっしゃるのね。私、あなたに何かしてしまったのかしら?」

 

「別に、なにも?」

 

「……そう、ですか」

 

 総主教──ラフィアーナは困ったように苦笑した。

 

 しかし少しだけ考えるような仕草を見せたのち、そこはかとなく告げるように、彼女は言ったのである。

 

「ねえ、スカラマシュさん。“神”とは、なにをもってして“神”となるのでしょうか」

 

「──っ」

 

 先ほどから(いと)わしそうに顔を顰めていた彼──執行官第六位『散兵』スカラマシュは、まるで聖職者の頂点から発せられるとは思えないそのセリフに、思わず狼狽(ろうばい)する。

 

 なぜなら、こういう性質(たち)の人間は、大抵無条件に神を信奉し続ける。その原理だとか道理だとかには一切目を向けることもなく、神の名の下に善行を働き、神の名の下の人を殺す。

 

「意外だねぇ。君のような人間からそんな疑問が発せられるなんて」

 

 この女は総主教だ。宗教学者じゃあるまいし、むしろ、神の存在性を牽強付会(けんきょうふかい)をもってしてまで、民に説き伏せるべき人間だ。それが神の定義を語るなど。それなのに、

 

「一般論ですよ。あるいは形而上(けいじじょう)学的な話と解釈していただければ幸いです。ですから、少し対話をいたしましょう。“神”という概念についてのね」

 

「ハッ、僕は哲学にも宗教学にも興味はないさ。……でも、そうだね、どうせ暇なんだ。少しくらい付き合ってあげるよ」

 

 冗談みたいなラフィアーナの話に、スカラマシュは少しばかり興味を抱いた。

 

「さて、まず、この世界で人や精霊、あるいは魔人のような俗世の生き物が、神へと至るにはどうすれば良いのでしょうか」

 

 いきなり話の核心をつくような物言いに、彼は一瞬だけ躊躇する。しかしすぐに毅然(きぜん)とした態度で、

 

「そんなのは決まっている。神の心を持つことだ。あれを手に入れ、圧倒的な力を手にし、俗世を支配すれば、それこそが“神”だ」

 

 彼は断言した。

 

 そう、神。

 

 彼が至らなくてはならない存在。

 

 彼には、自分は神になるために生まれてきたのだという、そんな一種の確信ある。そのために、これほど執着してきたのだ。

 

「……そうですか」

 

 しかしラフィアーナは、どこか納得するような声を漏らす。

 

 そうして今度は、こんなことを問いかけた。

 

「では、神の心を手にするには、どうすればいいのでしょう」

 

 それは、先ほどまでの質問とは打って変わっていた。

 

 ただ、方法を問うだけのものだ。

 

 だから、スカラマシュはなんでもないことのように、自らに定まっていた答えを発した。

 

「そんなの、他の神から奪えばいいだろう。テイワットには女皇を除いても、あと六柱もの神がいるのだから」

 

 それを聞くと、なぜかラフィアーナは口元を歪めた。それを待っていたとばかりの微笑だった。

 

「しかし、それらは陛下が求めていらっしゃるのです。厳冬計画のことはご存知でしょう? ロザリンは既にモンドへと渡り、風神のそれを確保しに行きました。アルレッキーノもフォンテーヌにて手筈を整えている。全てが陛下の手に渡るのも、時間の問題でしょう」

 

「っ」

 

 スカラマシュは途端にしまった、と思う。つい感情的になったことを後悔した。

 

 そもそも自分は、建前上は執行官として女皇の(めい)のもとに動いている。神の心が手に入ればそれを女皇へと献上するのが筋であるし、そうしない選択肢などない。

 

 だが実際、彼にそんなつもりは毛頭(もうとう)なかった。目的のものが手に入り次第、厳冬計画もファデュイも全てを放棄して離反するつもりでいたのだ。そうして自分は神へと至るつもりでいた。

 

 そして今の発言により、自身の目的の一部が、こともあろうに女皇の盲信者へと露呈した可能性がある。スカラマシュは今この場で、口封じをするなり逃亡するなりの選択肢を考慮し始めていた。しかし、

 

「ふふっ」

 

 彼女はなんとも愉快そうに笑みをこぼしたのである。

 

 訝しむでも、非難するでも、激昂するでも、捕らえようとするでもなく、ただ全てを達観したように笑ったのである。

 

「チッ、なぜ笑う。なにが言いたい」

 

「いえ、別に。さあ、対話を続けましょう」

 

 正直スカラマシュは、もう付き合っていられんとすら思っていた。彼の機嫌の悪さは、今にも最骨頂へと達しようといる。

 

 だが、理性がそれを抑えこむ。ここでの下手な行動はまずいと、本能的に自覚している。ゆえに、彼は対話の続行を渋々受け入れた。

 

「では、次の質問です。神の心を手にいれるにあたって、現在このテイワットに顕現している七執政から奪うという選択肢以外に、どのような方法がありますか?」

 

「……ほう」

 

 今度はそう来るか、とスカラマシュは思う。

 

 その方法は、確かにあと一つ存在する。

 

 それは天理から授けられるというものだ。七神はそうして神へと至った。それどころか、これが正攻法ですらある。

 

 ただし、それは非常に困難な道とされている。神の目を持つものは誰しも神へと至る資格を持ち合わせているらしいが、結局のところ、そんな例は見たこともない。

 

「フン、天理がどうしたっていうのさ。それともなんだ。神になりたいのなら、あちらが授けてくれるまで大人しく待っていろとでもいうのかい?」

 

「それが道理というものだと、私は思いますけれどね」

 

「っ、クハハハハハッ! お前、随分ふざけたことを抜かすじゃないか! 神になりたいが為に「神だのみ」ってことかい? フフフッ、面白い冗談だね。そんなもののなにが支配者だ。なにが“神”だ。そんなの、結局のところ天理の被造物じゃ……ない、か……?」

 

 スカラマシュは、笑った。大声を上げて笑った。なぜならあまりに可笑しかったから。自分は神になりたい。でも神になるには天理──すなわち神の眼差しが必要だ。神になるために、神にたのむ。あまりに馬鹿な話だ。だって、神は何にも縛られない絶対者で、支配者なのだ。

 

「これ、は……どういう……」

 

 しかしその可笑しさは、ラフィアーナの言っていることの意味を、あるいは自分が笑い飛ばしたことの意味を、真に自覚したその瞬間、途端にひやりと冷却された。まるでこの雪国の寒さを、女皇の冷たさを、遠回しに比喩するかのように。

 

「そうなのですよ。このテイワットにいる神とは、七柱の魔神とは、天理の眼差しあって初めて成立する被造物なのです。そんな“神”へと至る条件が「神の心」であるとあなたが言うのであれば、それを自由に与え、管理できる「天理」とは、一体なんなのか。ええ、これが最後の質問ですよ、スカラマシュさん」

 

 その質問を浴びせられたスカラマシュは、情報もろくに整理できず、なにも言えなかった。

 

「答えられませんか。まあ、いいでしょう」

 

 ラフィアーナはスカラマシュの困惑と矛盾、そして苦しみなどつゆも知らずに切り上げて──否、つゆも知らずに、など、初めから嘘であったのかもしれない。彼女は全てを知った上で、朗らかに、言い聞かせるように微笑んで、

 

「答えは簡単。これもまた、“神”ですよ」

 

 無慈悲にもそう告げた。

 

「……クソッ、なんだよそれ。ふざけるなよ」

 

 分からなかった。

 

 ──僕はバアルゼブルに、神になるべくして生み出され、そして捨てられた。でも神の器として生まれたからには、神にならなきゃいけないだろう。

 

 彼がそんな意思のもとずっと執着してきた“神”の座。だが、神というのは思っていた何倍も複雑で、一枚岩ではなくて。

 

「さて、答えられなかったのですから、追加の質問です。これはとても単純な話。あなたは“偽りの神(archon)”になりたいのですか? それとも“天理(god)”へと至りたいのですか?」

 

 追い討ちでもかけるように、ラフィアーナが問うてくる。

 

 偽りの神か。天理か。これは確かに、どちらも“神”だ。

 

 ──なら、僕はどんな“神”になればいい? 

 

 ──仮に僕が七執政と同等の存在になっても、僕はやはり天理の玩具でしかないのか?

 

 ──ならば、自分が天理を打ち倒さなければ、絶対的な“神”にはなれないのか?

 

 ──そもそも神と言ったって、僕は何を目指しているんだ?

 

 今まで「盲信的」に突き進んできた道が、忽然(こつぜん)と真っ暗闇に見えてきた。スカラマシュは、とても怖くなった。

 

 しかし今の彼に、道を示してくれる者は、どこにもいない。

 

「なぁんて、冗談ですよ」

 

 そう、いないはずだった。

 

 もはや自問自答のどん底に陥りそうだったスカラマシュの耳に、随分と甘ったるい声が響いた。

 

 彼がこの数分間でかなり(やつ)れたのその顔を、ゆっくり上げると、そこには悪戯っぽくはにかむラフィアーナがいた。

 

「ごめんなさいね。あなたが意地の悪いことをおっしゃるものですから、少しだけ揶揄ってしまいました」

 

「……それは、どういうことだ」

 

「簡単なことですよ。あなたは今、真にあなたが向き合うべき難題に直面した。そしてこれ以上ないほどに悩み、悶え、苦しんでいる」

 

「はは、君が自覚させたんだろう。本当に、どうしてくれるんだ」

 

「ええ、ですがこれも、初めから全てスカラマシュさんのためなのです。だって、きっと私が上っ面にそれらしいこと言っても、あなたは全て眉唾(まゆつば)見做(みな)されることでしょう? ですがもう大丈夫。この私が責任をもって、あなたに正しい道を示しましょう」

 

 ラフィアーナは側から見ても随分と都合の良いことを言う。

 

 しかしスカラマシュは、胡散臭いとは思いつつも、聞く耳を持ってしまった。

 

「……できるものなら、教えてくれよ。僕は、なにを目指しているんだ」

 

 そう、求めてしまった。その答えを。目の前の「宗教的人間」に。

 

 こんな簡単なことも分からないスカラマシュではなかった。それが、いつもの彼ならば。

 

 そしてかの総主教は、彼の虚しい希求を受け入れるように頷いて、

 

「──女皇陛下の庇護から逃れようとするのはおやめなさい」

 

 一言だけ、そう告げた。その後、まるで彼の反芻(はんすう)を待つかのように、七秒ほど間をおいた。そして続けた。

 

「仮に、あなたが“神”になろうとも、あなたは天理の気分ひとつであっという間に塵芥(ちりあくた)となる。どれほどの存在になろうとも、あなたも、私も、所詮は被造物に過ぎないのです」

 

 それは残酷な現実を突きつけるような物言いだが、口調や声のトーンは、彼に不思議と安寧をもたらした。

 

「あなたの中では今、長年の信条が揺らいでいることでしょう。しかしそれは決して、あなたの今まで志してきた信条が、掴みようのない幻想であったのだということではないのです」

 

「そう、なのか」

 

「ええ、そうです。あなたのその意志は、決して間違いなどではございません」

 

「なら、どうすれば……!」

 

 スカラマシュは半ば縋るように訴えかける。もう、自分が何を目指しているのかも分からなくなってきた。自分は神になってどうしたいのか。絶対者になりたいのか。でも、その野望なら神では叶わない。それならば、神になる必要などあるのだろうか。自分がすべきは神になることなどではなく、その上に立つものを排除することで──

 

「この世界の真の支配者を超越したいのならば、女皇陛下のもとで動くのです」

 

 ラフィアーナは、とうとうそれを告げた。なんとも自然に、優しい声で、優しい表情で告げた。

 

「今、この世界の支配者──天理に打ち勝つことのできる存在は、まさに女皇陛下しかいらっしゃらない。私たちもずっとそれを信じて、今まで戦い続けてきました。あなたは神になりたいのでしょう? ですが今、神になったとて、依然としてあなたを見下ろす存在は神座(かむくら)に居座っているのですよ」

 

「でも、僕は女皇を裏切るつもりでいたんだぞ?」

 

「ですが、罪とは償えるものです」

 

 それは、迷いなく告げられる。

 

「スカラマシュさん。一人で悩まないでください。私たちは同志です。私たちは皆、天理に立ち向かおうとしているのです。そしてそれは結局あなたも同じだった。それならば、女皇陛下に改めて忠誠を誓い、戦い、そして真なる神座を勝ちとりましょう。私はあなたを受け入れます。陛下もあなたをお赦しになるはずです。ですから、共に、歩みましょう」

 

 ラフィアーナの背後のステンドグラスから差し込む光芒(こうぼう)が、スカラマシュにはやけに眩しく感じられた。そうして彼女は、全てを抱擁するかのような慈愛に満ちた笑顔を浮かべて、彼に手を差し伸べたのである。

 




・archon……原神の英語版では、魔神や七執政がこのように表記されています。「god」じゃないんですよね。これはギリシャ語で単に「統治者」とか「支配者」を表すそうです。魔神や七神って正確には「神」ではないんですよ。彼の神形態である「正機の神」は、英語で「Shouki no Kami」ですけど、この「Kami」は多分「archon」の方なんですよね。皮肉なものです。
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