雪国の聖女ちゃんは頑張る!   作:えり〜ぜ

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評価バーに赤がついたので嬉しい。ありがとうございます。この調子で頑張る。


お忍び弾丸旅行!ナド・クライ!

 

 耳元で囁くような透き通った歌声が、優しく響いていた。

 

「──O cara filia lunae──♪」

 

 早朝の七時頃。壁炉で薪がパチパチとはぜる音に乗せられて、

 

「──Neve plumam pulvis foedet tuam──♪」

 

 さして強くもない吹雪が、窓を打ち付ける音に乗せられて、

 

「──Nec iam complexum alma──♪」

 

 あるいは、す、しゅる、っと穴の空いた幾らかの真珠が、次々と一本の紐に通されていく音に乗せられて、

 

 そして──

 

「「──Capias bona(月が貴女に、甘美な) somnias a luna(る夢をもたらさんことを)──♪」」

 

 最後の一節のみ、もう一つの歌声が重ねられた。

 

「……?」

 

 初めに歌っていた方の少女──コロンビーナは、突然のことに少し驚いたようで、隣に座る彼女──ラフィアーナへと目を向ける。

 

 しかしラフィアーナは、そんな視線など気にも留めずに作業を続けている。コロンビーナはむっとした。だから、今度は指でつっついてみる。

 

「なんですか、コロンビーナ。そんな狐に摘まれたような顔をして」

 

「……ラフィアーナ、知ってるの? この曲」

 

 コロンビーナはどこか期待する様子でラフィアーナに問いかける。しかし、

 

「知っているといえば知っていますが、それは別に、あなたの故郷と関わりがあるだとか、そういった話ではございませんよ」

 

 彼女はコロンビーナの期待していたであろうことを即座に悟り、そして否定した。

 

 その達観した振る舞いに、コロンビーナは再びむっとした。

 

「じゃあ、なんで歌えたの?」

 

「……はぁ。いつもあなたが歌っているではないですか。今日も今日とて、この通りです。あれだけ何度も聞かされては、流石の私も覚えますよ?」

 

 ラフィアーナは呆れたように目を細める。

 

「ん、そっか」

 

 コロンビーナは真相を知り、少し残念そうにした。

 

 それは、とある日曜日の朝、ラフィアーナの部屋での出来事だった。

 

「さて、もうすぐ完成ですよ。あなたの方は?」

 

「うん、こっちもできそう」

 

「それはなによりです。これが完成すれば、ちょうど五つですね」

 

「うん、みんな喜んでくれるかな」

 

「ふふっ、ええ、きっとね」

 

 ラフィアーナとコロンビーナがそれぞれ手に持つのは、紐に通した真珠の輪。それを枠組みとして、ラフィアーナが特殊な氷元素で加工し、最後に樹脂で固めて、ブローチへと仕上げる。

 

 コロンビーナの提案で始まった些細な工作。

 

 それはさながら、神の目のような水晶だった。

 

「ん、綺麗」

 

 ラフィアーナが見ていないうちに、彼女はそっと目を開け、それを確認する。

 

 つまるところ、二人は休日を使ってアクセサリーを作っていた。その数は五つ。全てのデザインが共通している。

 

「それにしても私たち二人だけとは、やはり珍しいものですね」

 

「うん、そうだね」

 

 二人は実にマイペースな会話を繰り広げる。

 

 それは決して長くは続かないものだが、お互い黙って淡々と作業をするタイプなので、さもありなん。といったところだ。

 

 さて、いつもは割と五人になることの多いこの集まりだが、本日は色々と都合が噛み合わず、ラフィアーナとコロンビーナの二人だけになっていた。

 

 厳冬計画を前にして、執行官の間でもなにかと余裕がない今日この頃。

 

 ロザリンは遠征を控えた準備で忙しく、アルレッキーノはフォンテーヌにいる。サンドローネはといえば、どうやら随分と研究が行き詰まっているようで、呼んでも部屋から出てこない。

 

 こうなればとうとう二人だけ。滅多なこともなければ、このまま各々の休日を過ごすのが普通であるが、今日は珍しく、コロンビーナが二人だけでもお茶会を希望したのである。

 

「まあ、二人でお茶を飲んでお菓子を食べていても、やはり寂しいものですね。その点、これは充実していて悪くない」

 

 ラフィアーナはブローチを物思いに眺めて、ふっと微笑む。

 

「私は、二人だけでも楽しいよ?」

 

「別に、私も楽しくないとは言っていませんよ。ただ、五人揃っていれば尚良い、という話です」

 

「それは、私もそう思う」

 

 コロンビーナは共感して頷く。

 

 そこで再び、会話は途切れた。

 

「……」

 

 ところが、手元で形になっていく真珠の輪を見てなにか思うことがあったのか、コロンビーナはそれを、ラフィアーナに見せつけるようにして言った。

 

「ねぇ、これなんだけど」

 

「あら、どうしました?」

 

「この水晶の中に花を入れたら、もっと綺麗になると思うの」

 

「……花、ですか」

 

 ラフィアーナはそれを聞いて、確かにそうかも、と思う。彼女の氷元素は彼女の意思でいつでも溶かせるので、今から入れ直すことも可能だ。しかし、

 

「花と言いましても、今手元にそんなものはありませんよ? それに、ここにぴったりと入る丁度いい大きさの花など……」

 

 ラフィアーナは困った様子で、それを眺める。だが、

 

「私、知ってるよ」

 

 コロンビーナは自信ありげにそう言った。

 

「祈月の花って言うんだけど、きっとすごく合うと思う」

 

「……聞いたことのない花ですね。でも、少し気になります」

 

「じゃあ、今からナド・クライまで取りにいこう」

 

「えっ、いくらなんでも急すぎませんか? というかナド・クライ⁉︎」

 

 またも突拍子もないことを言い出すコロンビーナ。

 

 いくら休日とはいえ、そんな遠出は一日では到底不可能だ。そもそもあのような場所に、女皇の許可もなく行けたものだろうか。

 

「コロンビーナ、流石にナド・クライは無理ですよ。時間的にもそうですし、あそこは執行官が自由に遊びに行けるような場所でもありません。建前上はスネージナヤ領となっていますが、あのような無法地帯、とても」

 

「じゃあ、変装して、有給を使う?」

 

「……簡単に言ってくれますね」

 

 ラフィアーナは渋々考えた。正直、雪の中を移動すること自体億劫であるし、総主教はプライベートの状態でも、あまり自由には動けない。

 

 だが、コロンビーナの言うことにも一理はあった。

 

 確かに、身分を隠して行けばファデュイとして事件に巻き込まれることはないだろうし、有給も十分に残っているのだ。

 

 このごろ民衆の間でも「有給使い切るべし」という主張が流行っているらしいし、ここらが使い時かもしれないとも考える。

 

 そしてなにより、

 

「ねぇ、お願い」

 

 コロンビーナの曇りなき(まなこ)(閉じてはいるが)に当てられて、ラフィアーナは思わず首を縦に降ってしまいそうになっていた。

 

「ダ、ダメです。総主教として、執行官として、情に流されるわけにはっ」

 

「ラフィアーナ……!」

 

 コロンビーナは、怒ったサンドローネが許してくれたときのことを思い出し、(無自覚に)相手の情に訴えかけるような仕草をとる。そして遂に──

 

「っ、わかりました、わかりましたからっ、そんなに寂しそうな顔をしないでください! とりあえずはアナちゃんに要相談です!」

 

 ラフィアーナも、結局のところコロンビーナのお願いにはすこぶる弱かった。その後、彼女はわざわざ女皇の下まで相談に行ったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。午前十一時五十分。

 

「……なんだか、あっさり許可が出ましたね」

 

「そうだね。流石は女皇様」

 

「もう、本当にあなたって人は!」

 

 スネージナヤパレスから出てきた二人は、そんな会話を交わす。

 

 実際のところ随分と肝を冷やして交渉に臨んだラフィアーナは、コロンビーナの他人事な態度が気に入らなかった。

 

 それに加えて、コロンビーナがナド・クライに行きたがっているという旨の話を伝えたときの、女皇の反応にも疑問が残っている。

 

 ラフィアーナが丁寧に説明すると、「……そう、彼女もついにここを離れるのね」と一言。のちにほとんど引き留めることもなくあっさり許可を出したのだ。

 

「別に、ただブローチの材料を取りに行くだけなんですけどね。アナちゃんは一体なにを思ったのやら。……まあ、訂正する暇もありませんでしたけど」

 

「……どうしたの?」

 

「いえ、なんでもありませんよ。ただ、今回の件でアナちゃんには迷惑をかけてしまいましたから、彼女にも同じブローチを献上いたしましょう」

 

「うん。じゃあ、もう一個つくらないとね」

 

 コロンビーナは無邪気な様子で頷いた。

 

 そうして二人は、私服に着替え、荷物を纏め、出発の準備をする。

 

 取った有給は二日間。今日と合わせて三日間。

 

「今から出発すれば、夜にはナシャタウンに到着するでしょう。今夜はフラッグシップで一泊し、二日目に「祈月の花」があるというヒーシ島へ向かいます。その後は観光でもして時間を潰し、再び一泊。三日目の朝に街を出ます」

 

 ラフィアーナがメモ帳を片手に説明すると、コロンビーナはくすりと笑った。

 

「ふふ、なんだか旅行みたいで楽しみだね」

 

「……まったく、能天気なものです。あそこではファデュイも活動している。彼らに私たちの正体が露呈することも避けねばなりません。旅行のように、気楽にも行けますまい」

 

 なんてことをラフィアーナは言っているが、実際のところは胸を躍らせている節もあった。

 

 なにせ彼女は総主教という立場上、滅多に国から出ることがない。ナド・クライへの訪問など何十年ぶりのことか。

 

「そういえばコロンビーナ」

 

「なに?」

 

 ふと思い立ってラフィアーナが声をかけると、コロンビーナはいつもと変わりなく返事をした。返事は、いつもと変わりなかった。しかし、

 

「あの、ずっと思っていたのですが、その目は一体なんなのですか……?」

 

「目?」

 

 そう、目。

 

 彼女は普段つけているレースの目隠しを外し、しっかりと目を開いていた。

 

 月のような模様が浮かび、紺色から薄紫へとグラデーションの掛かった綺麗な目。想像通りの眠そうな目つきではあったが、随分と印象が変わっていた。

 

「……あなた、開けたのですか?」

 

「? うん、開けるよ。でも、クーヴァキで感じた方がいいの」

 

「……えぇ」

 

 突如明らかになった衝撃的事実。彼女が視界を代替するなんらかの能力を有していることは知っていた。しかし、てっきり肉眼においては盲目なのかと思っていたラフィアーナである。

 

「ええと、それって私に言っても良かったのですか? 重要な秘密などでは」

 

 執行官とは、あくまで仕事上の関係。ここ女性陣はかなり友好的な関係を築いているものの、全員が赤裸々に身の上を明かすようなことはない。

 

 ラフィアーナですら、自身の出身や本名など、多くの事実を公表していないのだ。

 

 だが、当のコロンビーナはというと、

 

「うーん、確かに積極的にみんなに教えてるってわけじゃないけど、ラフィアーナならいいかなって」

 

「そう、ですか」

 

 ラフィアーナは、自分が思いの外同僚から信頼されているらしいことに気付かされる。

 

「それに、これは変装だよ? あの目隠しは目立つから。ファデュイの人たちにも、霜月の子のみんなにも」

 

「霜月の子……あなたの出身はナド・クライですものね。深くは詮索いたしませんが、都合の悪いようなら、やはり慎重にいく必要がありそうです」

 

「別に、そこまでじゃないからいいよ。ばれちゃったら、逃げればいいだけだもん」

 

「コロンビーナ……あなた霜月の里で何をやらかしたのです?」

 

「…………別に、やらかしてないよ?」

 

「なんですかその間は! ああ、やはり心配になってきました。先が思いやられます……」

 

 ラフィアーナの不安は募るばかりだったが、時計の針はもうすぐ正午を指し示す。そろそろ出発せねば、とうとう今日中には辿り着かないだろう。

 

 もう、いつまでもぐだぐだしていては始まらない。彼女は覚悟を決めた。

 

「さて、では主発しましょうか」

 

「うん、女皇様やサンドローネたちにお土産も買っていこうね」

 

「ええ、そうですね。この埋め合わせは必ず」

 

 こうして二人の、ナド・クライ弾丸旅行が幕を開けたのである。

 

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