サンドローネ実装!ガチャ大爆死!二凸する覚悟で引いたけど一凸もできなかった!
──ナド・クライ
炎神の国ナタから氷神の国スネージナヤまでの一直線。それらより西にはオシカ・ナタ等の大規模遺跡を含めた群島地帯が広がっており、中でもナタ領に属さないレンポ島、ヒーシ島、パハ島などによって構成される地域が、それである。
言うなれば、テイワット大陸北西部の辺境。あるいは、スネージナヤ最南端に位置する自治領域。
そこではクーヴァキと呼ばれる固有のエネルギーが産業的側面で大きな役割を果たしており、昼も夜もそれらがふんだんに利用されているとのことで──
「ほら、コロンビーナ。着きましたよ。このまま宿に直行しますのでチェックインの準備だけはしておいてください」
「……ん」
「もう、コロンビーナ! しゃんとしなさい! 私だって眠いのですから!」
ナド・クライ、レンポ島に位置する商業都市──ナシャタウン。
夜中の一時半にもかかわらず、依然として人々の喧騒は響きわたり、ピンク色のクーヴァキと、煌びやかなネオンライトが街中を照らしていた。
「……はぁ。ここは相変わらずなことで。特に、深夜になっても響く機械の稼働音はどうにかならないのでしょうかね。普通に騒音問題だと思うのですが。……あ、コロンビーナっ! また寝ましたね!」
「……んぁ、あと、十分」
「十分ですって? あと五分起きていれば六時間は眠れますのに。なんと不合理なことでしょう!」
寝ぼけているのだから、合理も不合理もあるまい。
もはやここ二時間まともな意識を保っていないコロンビーナの手を引きながら、やっとのことで目的地へと到着したラフィアーナ。
かなり急いで来たゆえに、彼女も彼女でもう限界なのだが、最後の力を振り絞ってフラッグシップへと向かおうとする。ところが、
「……どこですか、フラッグシップ」
いかんせん、ナド・クライの地理に関して全くと言っていいほど知識がないラフィアーナは、どこを見ても錆と剥がれた塗装の鉄塊しか見当たらないこの街で、迷子になるべくして迷子になった。
そして、不幸は絶え間なく訪れる。
「ああ、これは……あまりにも準備不足でしたね。こうなるくらいならば下調べくらいしておけば「そこの嬢ちゃんたち、こんなところでどうしたんだい?」……はい?」
声をかけられた。ここは人気のない裏路地である。経験からして、嫌な予感がした。
おそるおそる見ると、やたらとがたいの良い冒険者と思われる大男が、なにやら随分と不快な視線を自分たちへと向けていた。案の定だった。
一見、道に迷った自分たちを見かねて声をかけてくれた善良な市民にも思えるが、ここはナド・クライ。下心なしに人を助けるような個人は滅多に存在しない。
少なくとも、これは確定で黒だ。
そもそも人と会話するときは目を見て話すのが鉄則だろうが、その男の視線はすでにその下──自分たちの露出した肩や足などに向けられている。
「……チッ」
「……⁉︎」
ラフィアーナはおよそ数十年ぶりに舌打ちをした。寝ぼけていたコロンビーナが一瞬で目を覚まし、ありえない光景でも見たような顔をした。
「……ラフィアーナ、今、舌打ちした?」
「まさか、コロンビーナの気のせいでは?」
「……あ、そっか。うん、そうかも」
嘘である。コロンビーナは確信しているし、ラフィアーナは本当に舌打ちをしていた。まあ、これは割と当然のことである。
まず、ここはスネージナヤ領であるにも関わらず、氷神への信仰すらまともに及んでいない。この時点でラフィアーナはかなり不快だった。でも、まだ耐えられる。
次に、夜なのに機械音はうるさいし、長旅で疲労も溜まっていて、加えてそこで道に迷ったのだ。これも相当に不快だった。でも、やはり耐えられる。
しかし、
「おっ、随分な別嬪かと思えば、金髪の嬢ちゃんはなかなか気が強ぇみてぇだな。ま、とりま付いてこいや。二人まとめて俺が遊んでやっからさ。あ、ちなみに拒否権はねーからなぁ?」
そんなときにこれだ。これはダメだ。コロンビーナまでも“そういう目”で見ているのが尚更ダメだった。なるほど舌を打ちたくもなる。
愉しそうに顔を歪めた男は、まず無抵抗なコロンビーナの肩を掴もうとした。弱そうな人を先に襲おうとするのもダメだった。腐れ外道だ。ゆえにラフィアーナは迷わなかった。
「──なっ! これっ、氷⁉︎ って、ガァああああぁああ!」
その腕は瞬く間に凍り付いていき、男の首元あたりまで広がり続ける。
だが命まで奪うつもりはないらしく、侵食はそこで一旦止まった。もっとも、男は痛みによってその場で転げ回り、見るも無惨な姿を晒し続けていた。
まったくもって、一瞬の出来事だった。
そして、それを平然と成したラフィアーナはと言えば、
「まったく、これだから野蛮な冒険者は……ん、冒険者? あ、そうです! 冒険者! キャサリンさんにお尋ねいたしましょう!」
特に気にしている様子もなかった。むしろフラッグシップへと辿り着く名案を思いつき、にこにこと笑っていた。
「さて、行きましょうコロンビーナ。これでやっと寝られます!」
「そうだね。私もまだ眠い」
なにより二人とも、すでに寝ることをひたすらに渇望していたようである。
もはや地面を転がる男のことなど、二人の頭からは完全に消えていた。
こうして珍しくもラフィアーナが睡眠欲とストレスで暴走した例は、言わずもがな気に留める様子もない本人と、同じく全く関心のない同伴者により、記憶の彼方へと忘れ去られたのである。
二日目・朝 ヒーシ島──銀月の庭にて。
「まあ。ナド・クライにこんな場所があっただなんて……」
「うん。ここは、なにも変わっていない」
その場所は、洞窟、と表現されるべきだろうか。
完全に日の光を遮断したその空間では、あたり一面にクーヴァキを帯びた青い花が咲き広がり、幻想的な花畑を映し出している。
初めて目にするその光景に、ラフィアーナは思わず感嘆の声を上げた。一方そこへと案内したコロンビーナは、どこか懐かしそうに周辺を歩き回っている。
「この場所は、昔あなたが住んでいた家なのですか」
そんな彼女を見てなんとはなしに、ラフィアーナはそう問いかけた。
するとコロンビーナは、どこか返答に困ったように首を傾げて、
「うーん……家、ではないかな。なんだろう、仮初の……居場所?」
「なんだか、随分と抽象的な表現ですね」
「うん、思い入れはあるけど、ここは家じゃない」
その声はどこか寂しそうで、故郷を惜しんでいるようにも見えた。
──ここが家ではないのなら、それならば、本当の“家”はどこへ?
と、そこまで踏み込んで尋ねる気は、ラフィアーナにもなかった。
二人ともその美しい景色を前にして、しばらくの間は声も出さずに黄昏れる。
確かに、組織でのしがらみや自分の役職が抱える責務など、そんなものを一瞬くらいは忘れてしまえそうなほどに、非俗的な空間だった。
「これが、祈月の花」
ふとコロンビーナはそう言って、一面に広がっていた青い花のうちの、一輪を摘んでみせる。そして、それを手に立ち上がる。
「ええ、確かにとても綺麗ですね。これならばきっと、ブローチにも使えることでしょう」
「うん」
ラフィアーナは、最低限必要な分の祈月の花を収集して、あらかじめ用意していたバスケットへと丁寧に仕舞う。こうして五分もせずに銀月の庭での用は済んだ。
しかしコロンビーナは、その後しばらくはその場を動こうとしなかった。
そうしておもむろに──
「ねぇ、もし私が、このままここに残りたいって言ったらどうする?」
そんなことを口走った。
冗談なのか。本気なのか。
彼女の表情はいつもと変わらないので、それを判別する方法はない。
ふと出発前の女皇の反応が頭をよぎった。
しかし、
「あなたはファデュイ──それに執行官でしょう。陛下の許可なくスネージナヤを離れることは、組織からの離反とみなされます」
どちらにしてもラフィアーナの答えは変わらなかった。喜びも悲しみも、怒りも驚きも、彼女は一切の感情を表すことなく、淡々と言い放った。
「……そっか。そうだよね」
なにを期待していたでもないのだろうが、彼女の
「──ですが」
まだ、話は終わりじゃない。ラフィアーナはそんな風にでも言うように、少し間をおいて付け加えた。
「ですが、あなたがその気になれば、私が目を離した隙にどこかへ消えてしまうこともできるのでしょうね。それこそ、夜。私が寝ているときになど」
「……それって、」
「もしそんなことになってしまえば、私は一度スネージナヤに戻って、アナちゃんに報告せねばなりません。そうしてファデュイ総勢での捜索活動が行われるのか、あるいは。……しかしどちらにしても、その後のことは私の管轄外です。万が一にも私が捜索隊に編成されることはないでしょうね……総主教ですから。ゆえに、この場所を教える術もない」
あくまでも、たらればの末の状況説明にすぎない。
もしこうなれば、きっとこうなるだろう。
その程度のニュアンスしかないような物言いだった。
しかしコロンビーナは、ラフィアーナがそれを告げるタイミングの、いかに不自然かをすぐに悟った。
──彼女は決して直接的に何かを告げることはしない。けど、つまり、これは、そういうことなのかな。
自身の始まりの地とも言えるナド・クライへと訪れたからだろうか。コロンビーナは、途端に故郷へと帰りたい想いに駆られていた。
そうして、わずかな期待と欲望を、そのまま現実へと投射しようとした、そのとき、
「でも、本当に、本当にそうなってしまえば、この花のブローチはとうとう完成しませんね」
「──っ」
はっとした。
ラフィアーナのそれは、まるで、コロンビーナがいなくなれば自身も作業をやめると宣言するようなものいいだった。
でも、よく考えたらその通りだ。
これはコロンビーナがラフィアーナに、サンドローネ、アルレッキーノ、ロザリンの三人に対してサプライズでプレゼントしようと提案したものだった。
厳冬計画によりしばらく皆で集まれなくなるからと、せめて五人お揃いのお守りを作ろうと、そんな無邪気な願いを込めて提案したものだった。
──だから、四人になったら意味がない。
少なくともこの場の二人にとっては、意味など感じられなかった。
──私は、ファデュイでまだやり残したことがある。
「ねぇ、ラフィアーナ」
コロンビーナは思い立てば、すぐに呼びかけた。すぐに言っておく必要性を感じた。
「なんでしょう」
案の定だった。ラフィアーナは、いつも温かな笑みを絶やさないその顔に、ほんの少しの寂しさを滲ませているようだった。
彼女は自分の感情を、あまり表には出さない。とりわけ寂しさや悲しさを、滅多に表に出さない。だからこそ、
「私は“まだ”、ファデュイに居たいと思ってる。」
コロンビーナは、迷いなく言った。
ラフィアーナだけじゃない。サンドローネに、アルレッキーノに、ロザリンも。ここで離れたら、それでおしまいなのだ。
なんだか、モヤモヤした。
──どうせ“仕事の関係”でしかないなら、離れたらそれで終わりなら、せめて、このモヤモヤくらい取り払ってから離れよう。
いつかは離れるけど、今じゃない。そう考えると途端に、月への郷愁とファデュイへの心残りが、すっと共存を遂げた気がした。
「うん。私はまだ、みんなと一緒にいたい」
「……そうですか。それならば結構です。私もまだ、あなたが居なくなってしまうのは寂しいですから」
ラフィアーナはさじずめ安心したように頷くが、心なしか、やはりどこか寂しそうだった。