鈴木悟の残響 - 骸の玉座に座してなおも人の夢を見る - 作:朝型人間
道の先で、鳥の声が止んだ。
馬車の車輪が、乾いた音を立てる。
セバスは静かに目を細めた。
ソリュシャンは微笑んだまま、膝の上で指先を重ねている。
そして、シャルティアは嬉しそうに唇を吊り上げていた。
「ようやく、退屈せずに済みそうでありんすね」
その言葉が落ちるのと同時に、馬車は止まった。
御者の男が、わざとらしく手綱を引く。
前方の道には、武器を持った男たちが立っていた。
木陰に隠れている者。
後方へ回り込む者。
にやにやと下卑た笑みを浮かべる者。
数はそれなりにいる。
だが、それだけだった。
少なくとも、ナザリックの者たちにとっては。
「お嬢様」
セバスは、馬車の中へ向けて静かに告げる。
「少々、道が混み合っているようでございます」
「まあ、困りましたわね」
ソリュシャンは、令嬢らしく小さくため息をついた。
その声には、恐怖も焦りもない。
御者の男は震えているふりをしている。
だが、その目には恐怖ではなく、期待があった。
金目の客を売った者の目。
シャルティアは馬車の扉を開け、ひらりと地面へ降り立った。
二人のヴァンパイア・ブライドが、その後ろへ続く。
少女の姿を見た男たちの表情が、さらに緩んだ。
獲物が増えた、とでも思ったのだろう。
「おいおい、随分と上玉が増えたじゃねえか」
男の一人が舌なめずりするように言った。
シャルティアは、くすりと笑う。
「ぬし方、幸運でありんすね」
「あ?」
「わたくし、今とても退屈しておりんしたの」
次の瞬間、男の言葉は途切れた。
ヴァンパイア・ブライドの一人が、風のように動いたからだ。
剣を抜くより早く。
叫び声を上げるより早く。
男たちは、自分たちが襲った相手を間違えたのだと理解する。
理解した時には、もう遅かった。
血の匂いが、街道に広がる。
「あとはおまえたちが片付けなんし」
シャルティアは退屈そうに命じた。
それは戦闘ではなかった。
処理だった。
盗賊たちは、次々と地に伏していく。
逃げ出そうとした者もいたが、逃げる方向にはすでにヴァンパイア・ブライドが立っている。
セバスは、馬車のそばで静かにそれを見ていた。
顔に怒りも喜びもない。
任務に必要な処理。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
一方で、ソリュシャンはゆっくりと御者へ近づいていた。
「ひっ……」
御者は、そこでようやく状況を理解したらしい。
自分は安全な場所にいるのではない。
最初から、獲物の側ではなかった。
「お、お嬢様……! 私は……私は脅されて……!」
「そうなのですか」
ソリュシャンは柔らかく微笑んだ。
「でしたら、安心してくださいな」
その声は慈悲深くすらあった。
御者の男は、ほんの一瞬だけ安堵した。
次の瞬間、その安堵は形を失った。
ソリュシャンが、静かに男へ手を伸ばす。
男の声は、途中で泡のように消えた。
セバスは、わずかに眉を動かした。
だが、何も言わない。
ソリュシャンは、何事もなかったかのように服の乱れを整えた。
「裏の拠点についての情報は得られました」
セバスは静かに頷く。
「承知いたしました。では、その情報をもとに行動いたしましょう」
「シャルティア様」
「ええ、分かっておりますわ。必要な分だけ、いただきんす」
シャルティアは、血の匂いに目を細めながら笑った。
「武技を使う者。珍しい魔法を知る者。使い道のある死体や捕虜。
そういったものを集めればよろしいのでありんしょう?」
「無用な騒ぎは避けるよう、命じられているはずでございます」
セバスが静かに釘を刺す。
「くどいでありんす、セバス」
シャルティアは肩をすくめた。
「分かっておりますわ。必要な分だけ、でありんす」
その「必要な分」がどの程度を意味するのか。
セバスは、あえて問わなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
盗賊団の拠点は、森の奥にあった。
木々に隠された、粗末な砦のような場所。
見張りはいた。
だが、見張りとしての役目を果たす前に処理された。
シャルティアとヴァンパイア・ブライドたちは、音もなく内部へ入っていく。
中にいた者たちは、状況を理解する間もなく倒れていった。
酒を飲んでいた者。
奪った品を数えていた者。
眠りこけていた者。
叫ぼうとした者。
すべて、数分後には声を失った。
シャルティアは、退屈そうに奥へ進む。
「面白くありんせん」
殺す価値すら薄い。
使える死体にするにしても、質が低い。
それでも任務は任務だ。
ある程度は回収する必要がある。
その時、奥から一人の男が現れた。
他の盗賊たちとは明らかに違っていた。
鍛えられた身体。
剣を握る手。
獣のような鋭い眼差し。
ブレイン・アングラウス。
彼は、周囲の惨状を見ても怯まなかった。
少なくとも、最初は。
「貴様がやったのか」
「ええ」
シャルティアは退屈そうに笑った。
「ぬし、少しは楽しませてくんなまし」
ブレインは剣を構えた。
一瞬で気配が変わる。
武技。
彼が積み上げてきた技術と経験。
それらが、剣先へ集まっていく。
だが、シャルティアは首を傾げた。
「ところで、ぬし」
赤い瞳が、無邪気に瞬く。
「武技は使えんすか?」
ブレインの動きが、一瞬だけ止まった。
使っている。
今まさに、己の全力を。
だが、目の前の少女はそれに気づいていない。
いや、気づく価値すらないと言っているのだ。
「もしかして、使えないのでありんすか?」
シャルティアは、悪意なく続けた。
「思っていたより、弱いのでありんすね」
その言葉は、刃よりも深くブレインを斬った。
全身全霊。
人生を賭けて磨いた剣。
ガゼフに届くために積み上げてきたもの。
それが、武技とすら認識されない。
ブレインの中で、何かが折れた。
彼は後退した。
剣士としての誇りよりも、生存本能が勝った。
「いやだ……」
ブレインは背を向けた。
逃げた。
シャルティアは、きょとんとした顔でそれを見送る。
「……あら。逃げんした」
少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
「武技を使える者を見つけたと思ったのでありんすが……まあ、どうでもいいでありんす」
確保できなかった。
それは小さな失敗だった。
だが、まだ取り返せる。
シャルティアは、そう考えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
拠点の外で、冒険者たちと遭遇した。
見られたなら、口を塞ぐ。
それだけのことだった。
一人。
また一人。
倒れていく。
その中で、赤毛の女冒険者が震える手で小瓶を取り出した。
シャルティアの動きが止まる。
赤い液体。
ポーション。
この世界で一般的な青いポーションではない。
ナザリックの品を思わせる色だった。
「……それ」
シャルティアの声から、遊びの色が消えた。
「どこで手に入れんした?」
赤毛の女は答えない。
恐怖で声が出ないのだ。
シャルティアは、女の顎へ指を添えた。
「答えなんし」
赤い瞳が、妖しく光る。
抵抗はすぐに消えた。
女冒険者は、ぽつりぽつりと話し始める。
黒い鎧の冒険者。
モモン。
エ・ランテル。
そして、その男から受け取った赤いポーション。
シャルティアの表情が、わずかに強張った。
モモン。
赤いポーション。
アインズ様の御計画に関わるものかもしれない。
ならば、この女を勝手に殺すことはできない。
「ぬしは生かしておきんす」
シャルティアは言った。
「アインズ様の御心に関わる可能性がありんすもの」
だが、すぐに別の問題に気づく。
逃げた者がいる。
あの剣士。
そして、この冒険者たちの中にも、すでに逃走した者がいるかもしれない。
赤いポーション。
モモン。
アインズ様の御計画。
それらが外へ漏れる。
「……まずいでありんす」
シャルティアの声が低くなった。
もし、自分の不手際で情報を漏らしたのだとしたら。
もし、アインズ様の御計画を乱したのだとしたら。
「アインズ様に……叱られる」
その考えが、シャルティアの背筋を冷やした。
戦闘で恐怖することなどない。
だが、アインズ様に失望されること。
役立たずと思われること。
それだけは耐え難かった。
「逃がしんせん」
シャルティアは使い魔を放った。
追跡の獣たちが、森の中へ散っていく。
しかし、しばらくして異変が起きた。
使い魔の反応が消える。
一つ。
また一つ。
追跡対象に追いついたのではない。
何者かに、処理されている。
シャルティアの目が細くなった。
ただの冒険者ではない。
逃げた剣士でもない。
別の何かがいる。
「……アインズ様のお手を煩わせる前に、片づけんす」
焦りが、判断を少しだけ急がせた。
シャルティアは森へ向かった。
月明かりの下。
そこにいたのは、整った隊列を組む者たちだった。
盗賊ではない。
冒険者でもない。
装備が違う。
立ち方が違う。
こちらを見る目が違う。
「ぬし方、何者でありんす?」
返答はなかった。
それが、敵対の答えだった。
シャルティアが動く。
赤い影が森を裂く。
一人が倒れる。
別の者が防御する。
この世界の人間にしては上等な装備。
悪くない反応。
だが、それでも届かない。
「少しは楽しめそうでありんすね」
そう言いかけた時だった。
隊列の奥にいた老女が、奇妙な布のようなものを掲げた。
シャルティアは本能的に警戒した。
魔法ではない。
武技でもない。
もっと重い何か。
次の瞬間、世界が軋んだ。
意識の奥へ、何かが入り込んでくる。
命令。
支配。
塗り替え。
「な――」
シャルティアの顔から笑みが消えた。
思考が白く塗り潰されていく。
だが、完全に沈むより早く、彼女の本能が動いた。
違う。
これは、アインズ様の命令ではない。
その一点だけが、最後に残った。
シャルティアの腕が跳ねる。
血が飛んだ。
布を掲げていた老女が崩れる。
周囲にいた者たちも、数名が血の中へ沈んだ。
誰かが叫んだ。
武装した者たちは即座に撤退する。
シャルティアは追わない。
追えない。
月明かりの下、彼女は立ち尽くしていた。
目は開いている。
身体も動く。
だが、その中身には空白があった。
ナザリックからの声は、届かない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ナザリック地下大墳墓、第九階層。
アインズ不在の執務室には、各地から集められた報告書が整然と並べられていた。
その中央には、まだ粗い地図が広げられている。
カルネ村。
エ・ランテル。
トブの大森林。
王国方面へ伸びる街道。
空白は多い。
だが、その空白こそが、今後埋めるべき情報でもあった。
デミウルゴスは地図を見下ろし、満足げに目を細める。
「カルネ村で得られた地理情報、エ・ランテル周辺の街道、アウラとマーレの森林調査、
そしてセバスたちの王国についての報告。少しずつではあるが、情報は形になりつつある」
アルベドは、アインズの空席へ視線を向けていた。
「……それにしても、アインズ様のお席が空いているのは落ち着かないわね」
デミウルゴスは、穏やかに微笑んだ。
「あの御方の存在は、ナザリックそのものの中心。玉座におられぬだけで、我々がそう感じるのも無理はない。そうだろう?」
「分かっているわ」
アルベドは小さく息を吐く。
「でも、面白くないのよ。アインズ様が人間の街で、冒険者などという仮の姿を取っておられるなんて」
「そこにも、深い御考えがあるのだろうね」
デミウルゴスは眼鏡を押し上げた。
「モモンという仮面は、人間社会に入り込むには極めて有効だ。
低位の冒険者として始まり、実績を積み、やがて英雄として認識される。
そうなれば、人間たちは自ら進んで情報を差し出すようになる」
アルベドの目が、ゆっくりと細まった。
「人間たちが希望と信じる英雄すら、実際にはアインズ様の御手の上……くふふ。素晴らしいわ」
「まだ推測に過ぎないがね」
「いいえ、デミウルゴス。あなたの推測は浅いわ」
「ほう。では、君の解釈を聞かせてもらおうか」
「アインズ様はきっと、そのさらに先まで見ておられる。人間たちが英雄を求め、
その英雄を信じ、英雄を通じて国や組織の意思決定すら変わっていく未来まで」
デミウルゴスは、感嘆したように頷いた。
「なるほど。私もまだ、アインズ様の御考えの一端しか理解できていないということか」
「当然よ」
アルベドは誇らしげに言った。
「アインズ様の御深慮を完全に理解できる者など、この世に存在しないわ」
デミウルゴスは、地図の一角を指した。
「カルネ村については、ルプスレギナから定期報告が上がっている」
「復興は?」
「順調だね。村人たちの生活も安定しつつある。防衛面でも、アインズ様が与えられた角笛によって呼び出されたゴブリンたちが機能しているようだ」
「そう」
アルベドの声は平坦だった。
「それで、エンリ・エモットは?」
「その点が実に興味深い」
デミウルゴスは地図から視線を上げる。
「報告によれば、彼女は村の中心人物として急速に立場を固めつつある。
ゴブリンたちをまとめ、村人たちの信頼を得ている。復興にも積極的に関わっているようだ」
「ただの村娘にしては、随分と評価されているのね」
アルベドの声が、わずかに冷える。
「私も最初は、ただの保護対象に過ぎないと見ていた。だが、違った」
デミウルゴスは、感服したように目を細めた。
「アインズ様は、あの少女の中にある指揮官としての才を見抜いておられたのだろうね」
「……人間の女の才を?」
「事実として、彼女は結果を出している。ゴブリンたちを統率し、村をまとめ、周囲から信頼を得ている。
偶然だけでは説明しきれない」
「くふふ」
アルベドは笑った。
だが、その笑みには少しだけ棘があった。
「さすがはアインズ様。人間の女の中に眠る才すら見抜いてしまわれるなんて」
「不満そうだね、アルベド」
「不満ではないわ」
即答だった。
「ただ、面白くないだけよ」
デミウルゴスは、少しだけ眼鏡を押し上げた。
「ふむ。それを世間では不満と呼ぶのではないかな」
「違うわ。これは忠誠心から来る警戒よ」
「なるほど。実に便利な言葉だ」
アルベドは、地図上のカルネ村を見下ろした。
「アインズ様が目をかけた村。アインズ様が才を認めた人間。アインズ様が守る価値を見出した場所」
その声には、隠しきれない嫉妬が混じっていた。
「……だからこそ、面白くないのよ」
「だが、有用だ」
デミウルゴスは静かに言った。
「恐怖だけでなく、恩義と繁栄によって人間を結びつける。カルネ村は、その試験場としても機能するかもしれない」
アルベドは、目を細めた。
「人間を守り、育て、支配するための?」
「そう考えれば、アインズ様の御判断にも筋が通る」
「くふふ……本当に恐ろしい御方」
アルベドは、うっとりと笑った。
「村娘ひとりすら、未来の布石に変えてしまわれるなんて」
デミウルゴスは、ふとアインズの空席を見た。
「アルベド」
「何かしら」
「アインズ様は今後も外へ出られる機会が増えるだろう。もちろん、あの御方に危険などあるはずもない。
だが、組織としては万が一への備えを考える必要がある」
「万が一?」
アルベドの目が細くなる。
「言葉の綾だよ。だが、至高の御方々の多くが去られ、今このナザリックに残っておられるのはアインズ様ただお一人。
ならば、我々はナザリックの永続についても考えなければならない。そうだろう?」
「……続けなさい」
「例えば、アインズ様の御意思を継ぐ存在。支配の象徴となる御後継についても、いずれ検討すべき時が来るかもしれない」
「それなら私に任せなさい」
即答だった。
デミウルゴスが、わずかに沈黙する。
「……アルベド」
「アインズ様の御後継。ナザリックの未来。至高の御方の血を継ぐ尊き存在。ええ、ええ、当然最重要課題だわ」
アルベドは頬を染め、両手を胸の前で組む。
「くふふ……ついに、その話をする時が来たのね」
「まだ具体的な話ではない。私は組織論として述べている」
「デミウルゴス」
アルベドは真剣な顔で言った。
「これは組織論ではないわ。愛よ」
「……君らしい結論だね」
デミウルゴスは、呆れ半分、感心半分といった様子で眼鏡を押し上げた。
「だが、ほどほどにしておくことだ。アインズ様の御心を確認せずに突き進むのは、忠義とは言えない」
「分かっているわ」
アルベドは美しく微笑む。
「アインズ様の御心こそがすべて。だからこそ、私はいつでも準備を整えておくの」
「ならばいい。その準備が、アインズ様の御心に沿うものであることを願うよ。くれぐれも、先走りすぎないように」
「失礼ね。私はいつだって理性的よ」
デミウルゴスは、少しだけ沈黙した。
「その言葉を、君自身が本当に信じているなら問題だね」
「デミウルゴス。あなた、意外と失礼よ」
デミウルゴスは、報告書を順に並べた。
「アウラは森林周辺の監視網を拡大中。マーレは地形操作と隠蔽工作、偽ナザリックの整備を継続している」
「偽ナザリックは順調なのね」
「ああ。本来のナザリックを悟らせないための誘導拠点だ。外部の探索者が現れた場合、重要な役割を果たすだろう」
「コキュートスは?」
「防衛戦力の再配置と、侵入者を想定した迎撃経路の再確認だ。彼らしい、堅実な仕事ぶりだね」
「セバスとソリュシャンは王国方面。ナーベラルはアインズ様に同行」
アルベドは、そこで少しだけ息を吐いた。
「そう考えると、やはりシャルティアだけが待機していた形になるわね」
「彼女にとっては、なかなか酷な時間だっただろうね」
デミウルゴスは静かに言う。
「守護者にとって、アインズ様のお役に立てない時間ほど耐え難いものはない」
「だから、任務を与えたのは正しい判断だった」
アルベドは書類へ目を落とした。
「今頃、張り切っているでしょうね」
「アインズ様のお役に立てる任務だからね」
「正確には、私を経由して伝えた命令だけれど」
アルベドは少しだけ口元を上げる。
「そこは拗ねているかもしれないわ」
「あり得るね。彼女は、そういう点では実に分かりやすい」
「でも、嬉しいはずよ。あの子は単純だもの」
「単純、か。本人が聞けば怒りそうだ」
「構わないわ。事実だもの」
アルベドは薄く笑った。
「多少、張り切りすぎていなければいいけれど」
その時、控えていたメイドが静かに頭を下げた。
「アルベド様。シャルティア様の定時報告の時刻でございます」
「そう」
アルベドは書類を置いた。
先ほどまでの空気は、まだ柔らかかった。
任務中の定時報告。
それは、ただの確認作業に過ぎないはずだった。
アルベドは《伝言》の魔法を起動する。
「シャルティア。状況を報告なさい」
返答はなかった。
一拍。
二拍。
沈黙。
アルベドの表情から、ゆっくりと笑みが消えた。
「……シャルティア」
再び《伝言》を送る。
「応答しなさい」
返答はない。
デミウルゴスの目が細くなる。
「通信妨害か」
「可能性はあるわ」
アルベドの声から、温度が消えていく。
「けれど、確認が必要ね」
彼女は即座に命じた。
「位置確認。同行者の状況。最後の報告内容。外部任務の経路。すべて出しなさい」
部下たちが動き出す。
先ほどまでの軽い会話は、もうどこにもなかった。
やがて、ひとつの情報が示される。
シャルティアの存在反応はある。
死亡ではない。
だが、命令に応じない。
アルベドは、しばらく沈黙した。
その沈黙の間に、彼女の目から熱が消える。
そこにいるのは、アインズを恋慕する女ではない。
守護者統括だった。
「アインズ様へ《伝言》を」
アルベドは冷たく命じた。
「至急、ナザリックへお戻りいただく」