魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜   作:柳沢紀雪

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第十話 執務艦長

 時空の海はまるでなにも景色のない、重力さえも存在しない空のようだ。更に言えば宇宙空間のような光や粒子の嵐さえも存在しない。正に空虚と言ってもいい、そんな世界だった。

 平行世界、異世界の間に広がる宇宙よりも広大な時空間の海はただ、静寂を保つばかりでなんの面白みもない。実際、数週間の航海といっても戦闘など起こる方が珍しいという状況では、航海士にとって最大の敵となるものは日常の平穏に付随する倦怠感だった。

 故に、時空航行艦の乗組員の内、それなりの地位を持つ、正確には艦内に自室を持つ乗組員にはある程度の私物の持ち込みが許可されている。

 時空管理局本局勤めの執務艦長、フェイト・T・ハラオウンも当初は艦に私物を持ち込むことはモラルに反するのではないかと思っていたが、実際ここで勤務を続ける内にこれがなければ長期間の航海任務などとうてい行えないなと思い直すようになった。

 地上の航海士なら、それよりは状況的にましだったかも知れない。確かになにもない海の平原は時空間の海と大差ないような二思えるが、その実海にはたくさんの神秘が隠され、船乗りにはその神秘に触れる機会が用意されているのだから。洋上停泊であれば、許可さえ下りれば海水浴や日光浴を楽しめばいいし、場合によれば釣りをたしなむことも出来る。

 水平線より上る太陽の光がその逆側の水平線へと沈む様子は、正に見る者を飽きさせないドラマとしてそこにあるだろう。

 退屈こそ人間の最大にして最強の敵である。どこかでそんなことがかかれた本も読んだことがある。

 それは、地上の船乗りが書き記した言葉だったとフェイトは記憶しているが、むしろ自分たちにこそそれは当てはまるだろう。

 フェイトはここに来て何度も何度も読み返した兄、クロノ・ハラオウンの手紙から顔を上げると、机の上の端末から自分を呼び出す音が響いている事に気がつき、それを仕舞い、それと向き合って回線を開いた。

「艦長、そろそろ艦橋(ブリッヂ)にお戻りください。そろそろ到着になります」

 フェイトの補佐をする彼女の後輩、シャーリー執務官が艦橋の様子を背景にしモニターに映し出された。

 フェイトはそのモニターの隅にある時刻表示に目を向け、そろそろ時間かと思う。

「分かったわ。すぐに行きます。ありがとう」

 フェイトはそれだけ告げると、モニターの電源を落とし、背中を覆い尽くす長い金髪を流しながら立ち上がった。

 そして、彼女はベッドの上に置いておいた執務官の制服のジャケットをそっと羽織り、その枕元にあるフォトスタンドを手にして柔らかい笑みを浮かべた。

 そこに映し出されているのは暖かな笑みを浮かべる自分の姿と、その隣で弾けんばかりの優しい笑顔を振りまく愛しい彼女、そして、彼女たちの腕に抱かれた愛らしい娘の姿だった。

「行ってきます、なのは、ヴィヴィオ」

 念話でも届かない距離にいる大切な二人を思いながら、フェイトは写真に写る二人にそれぞれキスを送るとそれを元に戻し、部屋を後にした。

 部屋を後にし、艦橋に戻るまでの間、フェイトは先程読み返していた手紙の内容を思い返していた。

『久しぶりに手紙を送ることになるが、元気か? 僕の方は相変わらずだ。君はそろそろ執務艦長の仕事に慣れた頃合いだと思うが、そういう時こそ一番体調に気をつけなければならないと母さんがいっていた。君はそういうところはしっかりとしているから、僕は心配していないけどね。それにしても、通常時の航海任務なんて退屈なものだろう。君はまじめだからいろいろ考えるところはあると思うけど、暇つぶしの道具はしっかりと揃えた方が良い。この際何か趣味を初めて見てはどうだろうか。僕も執務艦長の時代にいろいろと趣味が増えたものだ。まあ、長続きはしなかったけどね。なんだか書きたいことがいっぱいありすぎて上手くまとまらないな。とにかく、たまの休日ぐらい、なのはやヴィヴィオとばっかり一緒にないで、たまには家に帰ってこい。フェイトの顔が見れないっていう母さんの愚痴を聞かされるこっちのみにもなって欲しいな。それに、僕の子供達も君の会いたがっている様子だ。少しだけ考えて貰えると嬉しい。とりあえず今回はこんなところで。もしも返事を書くなら母さんに書いてやってくれ。それじゃ、僕の大切な妹フェイトへ。クロノ・ハラオウンより。追伸、なのはとヴィータがどうやら例の機動中隊に就任したらしい。またやっかいごとが起こるような予感がするから、君の方も気をつけた方が良い』

 フェイトはその文面から兄の不器用ながらも彼女を心配する様子がありありと浮かんできて、うっすらと笑みを浮かべた。

 クロノは時空管理局本局の出世頭として順調にキャリアを積んでいる様子だった。執務提督官として多くの事件を影ながら解決に導き、仲間達を温かく支援する彼は今となっては民放番組にもよく顔を出すようになった。

 そんな多忙を極める兄が、その合間を縫ってわざわざ紙に書かれた(多分、これは彼女の母親であるリンディ・ハラオウンの差し金だなとフェイトは推測した)手紙を書いてくれたのだから、今度の休日は久しぶりに親元に帰省してもいいと考えるようになった。

 よく思い出すと、なのはもヴィヴィオもここしばらくの間、リンディやクロ、と義姉のエイミィとその子供達と会っていなかった。

(なのはとヴィヴィオも誘って、帰るのもいいな。予定が合えばだけど)

 フェイトは次の休日が何時になるか、頭の中で目算しながら艦橋にたどり着いた。

「あ、艦長。ようこそ」

 艦橋では艦長席の側に立つシャーリーがフェイトを迎え入れた。

「後どれぐらいで着く?」

 フェイトはその席に座り、彼女にお茶を差し出した下士官の男に一言例を言ってそれに口をつける。

「もうまもなくです、既に肉眼で確認できるほどの距離ですので」

 フェイトは正面にでかでかとそびえるモニターに目を移し、そのセンターに映し出された奇妙な形をした構造体が徐々に大きくなっていくことを確認した。

 

 時空航行艦、時空管理局本局警備部所属、L級巡洋警備艦〈ホークアイ〉は2週間の航海任務を終え、本局へと戻ってきた。

 フェイトは自分の艦がドックに接舷され停泊準備が整ったことを確認し、就労人員以外の一時下艦を許可した。

 アースラ型L級巡洋警備艦の後継艦として新造された、ラーバナ型L級巡洋警備艦は前型に比べると幾分かコンパクトな様相を示していた。

 実際、アースラもその内部の様子に比べ外観は小さいイメージを抱いていたのだが、ラーバナ型はその更に上を行く小ささだとフェイトは感じていた。

 フェイトはすでに、航海日誌を元にして作成した報告書を先任執務官であるシャーリーと共に司令部に提出し終えていた。

 シャーリーはどうやら友人との待ち合わせがあったらしく、報告書を提出し終えた後すぐに別れ、今はおそらく本局の上部に位置するカフェでお茶などを飲んでいる頃だろう。

 フェイトも次の出立まで暫く時間があるため、久しぶりに本局の友達と会おうかと考えていたが、呼び出そうとした友人の誰もが現在作戦任務中で出払っているらしく、仕方なく自分の艦がドックの技術者達によってメンテナンスを受けている様子を見学に来たのである。

 先程、ラーバナ型はアースラ型に比べ幾分小さいと言ったが、それは即ち戦力が劣るのかと言われればそういうわけではなかった。

 むしろ、アースラ型には一門しか搭載されていなかった超重力砲アルカンシェルが合計二門に追加されている所を見ると、この間は決戦兵器としての運用を主眼に開発されたものだと言うことがよく分かる。

 更に言えば、基本武装も新型へと置き換わり、その総合火力(トータル・ファイア・パワー)は従来の1.4倍をたたき出すほどだ。それでいて必要な人員、乗組員の総数も前型より10%ほど低減され、少ない人員で動かせる艦はそのまま本局戦力の向上にも貢献しうる。

 現在、ベースライン2を最新として徐々にアースラ型と世代交代をしつつあるが、それが全域に行き渡るまでは最低でもあと3年は時間が必要だと言われている。

 試作の段階からラーバナ型とは付き合ってきていたフェイトにしてみれば、これは初めて与えられた艦であるため、アースラ型が徐々にその姿を消して行っているということにはあまり過敏にはならなかった。

 ただ一つ、幼い頃にお世話になった、母が指揮を執っていた艦アースラが解体された時にはさすがにあふれ出る涙を止めることは出来なかったが、それも既に昔の話となった。

 完全自動化された船体ドックには物資の補給に奔走する先任下士官以外には殆ど人の姿が見えない。まるで節の多い枝のような様相をする多自由度多用途マニピュレートシステムが行き交うドックはどこか簡素な箱庭のように見え、フェイトは少しだけ肩を振るわせた。

「テスタロッサ・ハラオウン先輩、ですか?」

 だから、フェイトは背後から近づく懐かしい声に少し驚いて振り向いた。

「やっぱりそうでしたか。お久しぶりです。私のことは覚えていらっしゃいますか?」

 その丁寧な物腰、とうてい年下とは思えないほどの落ち着いた口調に、その知性を醸し出す縁なしのメガネ、そしてこざっぱりとまとめられたブラウンの髪。それは、それこそ久しぶりに出会うフェイトの後輩の男、アグリゲット・シェイカーだった。

 フェイトは驚きつつも、懐かしい顔ぶれに破顔し、

「久しぶり、アグリゲット。元気そう」

「先輩は少しお疲れのように見えますね」

 フェイトとアグリゲットはそうして久方ぶりの再会を祝いあった。

「そうかな、自分ではそうでもないと思うけど」

「得てしてそういうことは、自分では分からないものです。これから航海ですか?」

「いいえ、今戻ってきた所」

 フェイトはそういって自分の艦を見下ろす。

 その透明な高強度樹脂の窓の外には先程まで慌ただしく動いていたロボットアームの姿が消えていた。

『安全点検終了。スタッフは最終確認の後撤収せよ』

 ドックに整備責任者と思われるもののアナウンスが入り、〈ホークアイ〉の整備が終了したことを知らせた。

「なるほど。点検中でしたか。なら、今はお暇と言うことですか?」

 アグリゲットもその様子を知り、新造艦〈ホークアイ〉のその優美な船体を眺めた。船体前部に突き出された二門のアルカンシェルの発射口を包み込むように曲線美にあふれる船体がそれを支えている。

 最終点検の一環としてエンジンにも火が入れられ、アイドリング状態となったそれは固定柵から船体が飛び出さない程度にノズルを開いた。

 そこから見えるものは地上の航空機のような赤い炎ではなく、人の目では移すことの出来ない特殊な微粒子が放出されている。いや、微粒子という表現にも語弊がある。

 そもそも時空間の海ではむき出しの通常物質は存在できないとされていた。それでも時空航行船がそこに存在できるのには、多次元空間上に三次元、時間を含めば四次元のディメンションを船体周囲に固定させる事が出来るからに他ならない。

 その技術は、残念ながらフェイトにとっては複雑すぎて理解できなかったが、多くの船乗り、特別に勉強をしている技術者達を除くと、殆どのものが理解していないだろう。

 船の周囲に固定化させた四次元空間内で幾らブースターを吹かして、その反動を得たとしても移動できるのはその四次元空間内に限定されてしまう。確かに、敵と接触し、その空間を共有することで戦闘をする場合はそういったものも必要となるが、多次元空間上を移動するには、多次元空間で存在できる物質を放出するしか方法が見つからなかったらしい。

 その概念は、素粒子内に存在する多次元管、一般には超弦物質(超ひも理論によって導き出される概念)を励起させその内にある超次元をむき出しにすることで多次元においても存在できるようにした概念物質を利用しているのだ。

 超弦物質を励起させ、それを縮退する事でその状態を対象化、安定化させ、それを波動として放出し超次元空間へ投げ出すことで船体を含む4次元空間は反力を得る。この超弦励起縮退波動航法、この発見者、エリオット・ワグナーの名前にちなんでワグナー航法と呼ばれる航法により人類は無限に広がる時空間の海へと旅立つことが出来たのだ。

 フェイトは作動音を奏でる船体のノズルに暫く目をやり、その点検が終了し船体全部が一時休眠に入ったところを見計らい、口を開いた。

「アグリゲットは、今なにを?」

 彼女は少し前まで自分の補佐官をしていた彼の現在を知りたくなった。

「ええ、今は陸にいます。特務機動中隊と言えばおわかりでしょうか?」

 フェイトはその名前を聞き、「ああ」と頷いた。

「はやてがお手伝いした部隊ね」

 機動六課解散後、部隊長の職務から離れた彼女は確か、新部隊構想の実現化を補佐する仕事を始めたとフェイトは聞かされていた。

 はやてならこれからもずっと優秀な指揮官としてやっていけるのにとフェイトは思ったが、はやては機動六課での経験から自分の未熟さを思い知り、暫く離れることにしたと言うらしい。

「はい。そこの副司令などを務めています」

「副司令か。君なら上手くしているだろうね」

 フェイトは、彼を補佐官にしていた頃を思い出していた。寡黙だが誠実、無口だが行動力は確か。例えどんなに過酷で無茶な要求でも、まるでどこぞに吹く春の風とばかりに涼しい顔をして出て行き、気がつくといつの間にかそのすべてを実現して帰ってくる。

 その間に何があったのか、それが語られることはなかった。

 フェイトは、そんな彼を心強く思いながらもその奥の見えない彼をどこか恐ろしく感じた時もあった。

「陸は初めてですから、毎日あたふたとしていますよ。久しぶりにここに戻ってきて帰ってホッとしているような塩梅です」

 寡黙だが、人当たりの良いその人格は変わっていないようだ。フェイトは安心すると、自分の通信機がなっていることに気がついた。

「テスタロッサ・ハラオウンです。ああ、シャーリー。うん、分かった。すぐ行く」

 アグリゲットにはその会話の内容を聞き取れなかったが、おそらく現在の副官であるものが何らかの準備が整ったという知らせなのだろう。

「仕事ですか?」

 自分も幾つか仕事を抱えてここにいる手前、あまり長い間彼女と話している訳にもいかない。それは機動中隊の仕事はもちろん、それ以外のものも。

 アグリゲットは手持ちのファイルを強く抱えた。

「うん、そろそろ次の任務の辞令を受け取りに行かないと」

「そうですか、私も本局の人事部と技術部に用事がありますから、ここで失礼します」

 アグリゲットはかつての習慣に従い、敬礼をせずに一礼し廊下を歩いていく。

「身体には気をつけてね」

 フェイトは去っていく彼の背にそれだけを言い残すと、現在時刻を確認し、少し急がなくてはいけないと思い足早にドックを後にした。

 

 

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