魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜   作:柳沢紀雪

12 / 29
第十二話 隙間

 目が覚めた。そして思ったのは、また違う天井だと言うことだけだった。

 エルンストは、なれてしまった感触に特に感慨も浮かばず、ベッドから抜け出した。

(軍服のまま眠るのは癖になってしまったな)

 いつも着ている制服の上着を脱ぎ、ソックスを外した形で眠るのは急な任務に即応するためだった。しかも、彼はそれまで行ってきた任務の特性上、同じ場所で眠る機会というものが極めて少なかった。

(18年間変わらないか)

 ソファの上にぞんざいに投げ出された上着を身につけ、不器用な手つきでネクタイを締めながら、彼は既に色あせつつあるかつてのことを思い出していた。

 4年前、彼が14歳の時時空管理局の魔導師となり、再び闇へと落ちていった時よりも昔、彼は今では場所すら思い出せない裏通りに住まう子供だった。

 所謂ストリートチルドレンと呼ばれるその難民は、彼が生きていた国では珍しい者ではなかった。物心つく頃には既にその光景は彼にとって日常であり、それ以外の世界があることなど知りもしなかったあの頃。

 あの頃に比べれば、今という時間がどれほど恵まれていることか。

 飢えることもなく、病気や大人の影におびえることもない。すみかを終われ、仲間が犯され銃殺されるそんな光景を見ることもない。

 必要以上に何かを求めなければなにも失うこともない。

 エルンストは、机に置いた彼の唯一の持ち物、彼が気づいた時には持たされていた一つの宝石を手に取り、それを部隊章と共にポケットにしまい込んだ。

 小さな赤い宝石。殆ど真球を保ち、光の加減によっては透明にも不透明にも見える。これが所謂魔導師のデバイスだと知ったのは、ごく最近のことだった。

 既に機能を失い、何の反応も示さないそれは、修復しようと思えば修復も可能だった。しかし、エルンストはそれを拒んだ。その理由は分からなかった。

 ひょっとすれば、そのデバイスは死んだ(かどうかは分からないが)両親のものだったのかも知れない。ひょっとすれば、両親の情報がそれに込められているかも知れない。しかし、エルンストはそれを知ることに恐れを感じた。

(それに、今頃知ったところでどうなるわけでもない)

 エルンストは仕上げに腕に多目的通信機をはめると、ふと窓の外を見た。

 窓の外に誰かがいる。

 カーテンを押し広げ、僅かに高くなったその場所から下を眺めると、なのはが小さな子供と一人の男と一緒にいるところが見えた。

「高町一尉の家族か? それにしては、似ていないな」

 彼女をママと呼ぶその少女は、小麦色の髪を両サイドで僅かにくくり、その瞳は両の目で色が違う。

 その瞳の色、髪の色からしてなのはのものともその二人を見て微笑む男のものとも異なる。

 何か事情があるのだろうとエルンストは黙ってそれを見ていた。

「それじゃ、ヴィヴィオをよろしくねユーノ君」

 なのははそういうと、ヴィヴィオと呼ばれた少女とユーノという男と別れ、二人はその先に止められた車に乗り込んだ。

 その車が見えなくなるまで見守るなのはの背中には、どこか哀愁というか、寂しさのようなものが漂っているようにエルンストには見えた。

 エルンストは、そのまま窓から離れ部屋を出た。

 宿舎を抜け、本舎に抜ける渡り廊下を歩いていると、側の角からなのはが姿を見せた。

「あ、エルンスト君。おはよう、早いね」

「高町一尉も。今日は午前の訓練もないでしょうに」

 エルンストはその理由をおよそ分かっていながらわざとそういった。

 今日は昨日の事があり、午前の訓練、朝食前に行われる小さな訓練、が休みになったのだ。

 昨日の夜。その日の訓練の最後に棋理が告げた19:00の任務に彼が、なのはとヴィータと共に向かった食堂で彼らの歓迎のパーティーが催された。

 久しい二人、なのはとヴィータとの再開の喜び、エルンストの歓迎のため豪勢ではなくとも暖かなパーティーだった。

「ちょっとね。人が訪ねてきたから」

「なるほど」

 最低限嘘はつかない彼女の答えに、エルンストは彼女が嘘が苦手だと言うことを思い出した。

「高町一尉の娘さですか? それと彼は夫の方でしょうか」

 エルンストの問いになのはは驚愕して彼を見た。

「申し訳ありません、上から見ていました」

 なのはは「そう……」と言って、先程エルンストの口にした言葉に慌てた。

「え、えっとね、ヴィヴィオが娘だってのは間違いないんだけど。血はつながってないけど、私のことママって呼んでくれるし、だけどユーノ君は、その、お、夫って言うのとはちがうくて」

 エルンストは「そうですか」といって、

「結婚はまだだったのですね。交際中ですか?」

 エルンストの考えでは、未婚といえ自分の娘を預ける相手がただの友人では済むはずがないとなっていた。

「こ、交際中って。そりゃあ、一緒にお買い物とか食事とは行くけど、そこまでは……」

 顔を一気に真っ赤にするなのははあくまで否定的な立場をとるが、エルンストは少しだけ表情をかげらせて、呟いた。

「何事も次得られる保証はありません。気がつけば手から滑り落ち、永遠に戻ってくることはなくなる。後悔しても遅く、取り戻すことはできない」

「エルンスト君?」

「あなたは俺のようになるべきではない。ただそれだけのことです」

「エルンスト君は、あるの? 取り戻したくても取り戻せないものが」

「そうですね、一番近いものを言えば。昨日の夕食ですか。あれは良いものでした」

「え?」

「では、先に行きます」

 エルンストはそう言い残すと昨日残していた作業の続きを行うべく、デバイス保管庫横の作業室へと向かっていった。

「もう、エルンスト君ほ油断ならないなあ」

 多分、まだ彼は自分たちを信頼はしていないのだろう。それでも彼はその胸の内のほんの僅かを開いてくれたような気がする。なのははまだ熱い頬を撫でながら、喜びと共に足が軽くなるように思えた。

 

***

 

 その日はとても平穏な一日になると思っていた。寝不足の疲れが目立つ分隊員を眺めて、朱鷺守棋理は午後の訓練を早めに切り上げ、そのまま自由待機として自身も休憩に入っていた。

「お疲れ様です、朱鷺守一尉」

 寮の一角に儲けられたカフェで珈琲を堪能していた棋理の元に、同じく珈琲を手にしたレイリアが挨拶を交えて席を共にした。

「よう、レイリア。お前もここか」

 棋理は呼んでいた新聞から目を上げ、レイリアを歓迎した。

「ええ。途中でヴィータ二尉と会いまして、お茶でもどうかと誘ってみたらOKが出ましてね」

 レイリアの視線の指す方向には、まだ何を飲むか考えあぐねているヴィータの姿があった。その容貌からすればまだまだ子供である彼女は、棋理が舌を巻くほどの戦闘力と実績を持つ。

 闇の書事件、ヴォルケンリッターという事情を知る彼には彼女が多くの時をそうして戦いに身を投じることで生きてきたと言うことを知っていた。

 故に、棋理は立場上階級の低い彼女に対しても一定の敬意を表しているのだ。

「なんだ、朱鷺守も一緒かよ」

 結局ヴィータはいつも飲んでいるホットミルクにした様子で、暖かな湯気の上がるそれを両手で抱えるように席に着いた。

「ま、この際だ。我慢してくれ」

 棋理はそういうと呼んでいた新聞をたたみ机に置いた。少しの間放っておいた珈琲は若干ぬるくなっていたが、その香ばしさはまだ抜けていなかった。

「何か、面白い記事はありましたか?」

 猫舌なのだろうか、レイリアは珈琲の熱さに少し眉をしかめながらすするようにそれをゆっくりと口にする。

「別に。最近、株価が下落方向だとか、国の借金が増える一方だとか、周辺諸国とのいざこざがそろそろ表面化しそうだとか。変わり映えはしねぇな」

 こういう新聞は、どちらかというと暗い話題ばかりを記事にしたがる傾向がある。嫌な話題なんてものはそれこそ嫌でも目につくわけだから、こう言うところではむしろ愉快な話題に主眼を置いて欲しいものだと棋理は考えるが、他人の成功話なんてつらつらと書かれても面白いどころかだんだん腹が立ってくるだけかと思い直した。

「時空世界もいろいろ面倒になってきてんだな。まあ、あたし等にお呼びがかからないだけましか」

 ヴィータは相変わらずのつまらなさそうな雰囲気で足をブラブラとさせていた。

「実際、楽しい話題なんてぱっとは思いつきませんしね」

 正直なところ、レイリアも最近の状況に倦怠感を感じていたところだった。いや、彼だけではない。機動中隊や管理局全体にその雰囲気が広がりつつある現状にレイリアは少しだけ危機感を感じてもいる。

「そろそろここいらででかい事件が起こりそうな気がする。あんたもそうは思わないか? ヴィータ二尉」

 棋理はヴィータに水を向けるが、ヴィータは鼻を鳴らして、

「だったら、むしろ好都合じゃねぇか。どうも最近身体がなまってしかたがねぇ。おっきな事件が起こるってんなら堂々相手をしてやるよ」

 やる気十分、どんと来いと言わんばかりに口をしめらせた。

 さすがに歴戦の勇士は言うことが違うなとレイリアは思い、

「いや、実際起こってくれると困るわけですけどね。僕達みたいな人間はむしろ暇な方が良いですよ」

「ま、そうだな。お前も言うようになった」

 棋理は、普段はお気楽に過ごしているレイリアのその言葉に頷いた。

 ヴィータは、悠長なこといってんぜ、とその話題に興味を示さず、先程カフェの入り口に姿を見せたシグナムに手を振った。

「ヴィータ、ここにいたのか」

 シグナムは少し身体を動かしていたのか、その額には僅かながら汗を浮かべていた。

「シグナムは、自主訓練か?」

 ヴィータは隣の席に彼女を薦めた。

「うむ、皇磨陸曹長と少し打ち合っていた。なかなか悪くない仕合だった」

 シグナムは日本茶を注文すると、しみじみと先程までの剣戟を思い返しゆっくりと頷く。

「そうか、B分隊(うち)の副長が世話になったな。ところで、どうだ? あいつの戦力は」

 棋理は、B分隊の副分隊長である彼の様子を思い、それをシグナムに訪ねた。同じ近接戦闘を生業とする棋理と彼だったが、相手を翻弄しその隙を突いて攻撃を加える棋理とは違い、彼は実に真っ直ぐと相手と向き合い戦う。

 本来なら、彼を指導する立場にあるのは棋理だったがその相違によりシグナムに任せている状況なのだ。

 皇磨御剣。たたき上げの陸士である彼は、機動中隊の武装分隊の中では最年長ではあるが、その経験に裏打ちされた思考力と何よりたぐいまれな柔軟性、そして幼少より続ける剣術の腕は中隊でも一目置かれる存在だ。

 同じく剣術を志すシグナムとは何かと気が合う様子で、このようにお互いの暇を見つけては剣の仕合を行っているという様子だった。

「素晴らしく良くなっている。もう後数週間もしないうちに、私も一本取とられてしまうだろう」

 それでもまだ、彼はシグナムから一本を取った事はない様子だが、彼女の言葉から推察するとその技は更に磨きがかけられていると言うことだろう。

「そいつは楽しみだな」

 棋理はそういうと、冷めてしまった珈琲を一気に飲み干した。

「なあ、レイリア。そういえばだが、お前、AWD(アーマード・ウェポン・デバイス社)に報告書は上げたのか?」

 棋理はレイリアが中隊とは別に何か任務を持っていることを思い出した。

「ええ、昨日の通常業務中に。既に送信済です」

 棋理はその答えに「なるほど」と答え、近くを通り過ぎた給仕に珈琲の代わりにアレンジティーを注文した。

「新型の具合はどうだ? 何でも新たなカートリッジシステムだと聞いていたが」

 シグナムもその話には興味を持ったのか、私物の湯飲みを片手に聞いた。

「そうですね。今の所は一長一短というところですね」

 棋理は「詳しく話せ」といって先を促した。

 レイリアは少し考え、どこから何処までなら話してもいいかと考えると、ポツポツと語り始めた。

「そうですねぇ、リンカーコアへの不可は極小。魔力の消費も最低限。それでいて従来と同じていどの魔術運用が可能となった。それは開発コンセプトを完璧に満たしているのですが。まだまだ蓄積された魔力量が少ないせいか、ベルカのカートリッジを併用している辺り規模が大きくなって扱いづらいく、携行できる量も限られるってところですかね」

 レイリアが時空管理局とは別に担当している仕事。それは、AWDが新開発したデバイスシステムの実地試験だった。

 AWD、アーマード・ウェポン・デバイス社の名を聞けば、おそらく多くのものがキハイル式デバイスシステムを思い出すだろう。彼の仕事はその会社が更に新開発したカートリッジシステム、キハイル式カートリッジシステムの試験だ。

 キハイル式カートリッジシステム。それは、キハイル式デバイスシステムの完成のためには絶対に必要となるものであり、キハイル・メースの理想を実現する夢のシステムとされている。

 それは、リンカーコアを必要とせずデバイスに魔力を装填させる画期的システムであり、キハイル・メースの言葉を借りれば、『術者の負担を軽減しつつ、武器システムとしての信頼性と安定性を保証する』システムであるらしい。

 レイリアの提出した報告書は、そのまま管理局の上層部を通じてAWD社に送られるだろう。レイリアは自分の意見が次世代のデバイスシステムに反映されることを嬉しく思いつつも、どこか重いプレッシャーを感じてもいる。

 

 

「なんだお前達、こんな所に揃って何かの会議か?」

 見ると、南雲がテイクアウトの珈琲を片手に側を通り過ぎようとしていた。

「おや、部隊長」

 敬礼をしようとする皆を、「いい」といって手で遮る。

「いえ、今は自由待機ですので何となく集まってしまったという塩梅です」

 シグナム。

「そうか」

「そういえば、部隊長も休憩で?」

 棋理。

「いや、これから仕事だ。陸評(陸士評議会)と本局の合同会議に出席しろとの達しがあってね。八神二佐が急遽出られなくなったとのことでその代理だ」

「はやてが? 何の用事だ?」

 ヴィータ。

「ガルメデス共和国の軍幹部と会合があるとのことらしい。詳しいことは僕にも分からんよ」

「ガルメデスですか。最近やっかいごとを抱えていると噂されていますね」

 レイリア。

「そうだな。相次ぐ不況とテロの活発化。政治も力をなくし、軍部が力を持ちつつあるとのことらしい」

「いずれクーデターが起こるかも知れませんね」

「そのための会合なのだろう。邪推はしたくないがな」

「では、私はこれで失礼するよ。今日はアグリゲットがいる。中隊の指令は彼に任せているから報告はあいつにしてくれ」

「へえ、副部隊長が。部隊長が不在で、副部隊長がいるとなると珍しいな」

 棋理

「僕もそう思うよ、朱鷺守分隊長。では」

「お疲れ様です。南雲部隊長」

 最後ばかりは敬礼を交わし、南雲はカフェを後にした。

「さて、俺たちはせっかくの暇なひとときを堪能するか。飲み物の追加がいる奴は?」

 棋理がそういったところで、機動中隊全域にアラームが響き渡った。

 給仕を呼ぼうとして手を挙げた棋理はその姿のまま固まり、続くアナウンスに耳を向けた。

『告げる、こちら副部隊長アグリゲット・シェイカー。現在、ミッド・チルダ地上にて非常警戒態勢が発令された。戦闘分隊各隊は大至急戦闘準備を。陸士部隊より応援要請だ。直ちに輸送機へ向かえ。繰り返す、現在――』

 非常警戒態勢、応援要請。その二つの言葉に反応し、そこにいた全員が通信機を開くことなく立ち上がり、急いでカフェを後にする。

「支払いはこれで頼む」

 席から立ち上がった棋理は怒鳴ると、財布代わりのウォレットカードをレジスター向かって、まるでカードマジックのように放り投げた。

 レジスターを任されていた店員は手慣れた手つきで数メートルの距離を飛来するカードを受け取ると、手早くそれを機械に通し勘定を済ませた。

「ご利用ありがとうございます。またのご来店を!! それと御武運を祈ります」

 走り去ろうとする棋理に向かって、渡された時と同じようにそれを投げ返すと、その店員は見事な直立で敬礼を投げかけた。

「ありがとうよ!!」

 走りながらそれを空中で受け取り、ポケットにしまい込んだ棋理はデバイス保管庫に疾走する部下達を追いかけた。

(レイリアはああいったが、やっぱり俺はこの感触が一番いいな)

 棋理はこみ上げてくる喜びにも似た爽快感を内に秘め、レイリアの後ろを走った。

 

***

 

 保管庫より自分のデバイスを受け取り、広い屋上のヘリポートにたどり着いた棋理達を、なのはとエルンストは既にそれに乗り込んで待機中だった。

 保管庫横の作業室で業務中だったエルンストはもちろんのことだが、どうしてなのはがこんなに早く到着できているのか疑問だったヴィータはヘリに乗り込む前に聞いてみた。

「自主訓練でデバイスを持ち出してたからね」

 と答えるなのはにヴィータは納得した様子で頷くが、

「自主練ならあたしも呼べよ」

 と一言言ってヘリに乗り込んだ。

「おそろいですね。では、発進します」

 機動中隊に配備された二つの輸送機の片方、なのは、ヴィータ、エルンストが乗り込んだ小型のヘリはヴィータが乗り込みシートベルトを締めたことを見て、そのまま命令を待たずに飛び立った。

 徐々に小さくなるヘリポートを見下ろすと、A分隊とB分隊を運ぶ大型輸送機はまだ地上待機を続けている。

「どうやら、エリオン二士とアリシア二士がいま遠くに行っているようです」

 D分隊は他の分隊とは任務を異にする状況が多いらしく、彼らは別のヘリで輸送されることとなるのだが、今回ばかりは同じ輸送機でも良かったのではないか。エルンストはそう思ったが、副部隊長にも何か思惑があるのだろうと考え今回は黙っておくこととした。

『D分隊、発進したようだな。A分隊とB分隊も聞いて欲しい。これより任務の概要を説明する』

 彼らが乗り込むヘリの中央にアグリゲットを移したモニターが投影された。

『今より二時間前、ミッドチルダ住宅街のビルの一室に反政府同盟を名乗る武装テロ集団が押し入った。当時はそこにいたのは主婦一人だけだったが、連中はそれを人質にとり籠城。これだけのことなら本来なら公安か警察武装隊が解決するはずのことだが、彼らは通常では考えられない装備を持っていたらしい』

 エルンストを始め質問する人間はいない。アグリゲットは続けた。

『その詳細はいまだ情報が入っていない。どういうわけか公安も警察武装隊もそれを寄越そうとはしない。おそらく、管轄権に関するプライドのようなものがあると推測できるが、愚かなことだ。ともあれ、彼らは強力な武器、軍用クラスのデバイスで武装し、さらには広域監視装置による全周警戒を実施中だ。公安の通信を傍受したところによると、連中はそこより半径2.7kmの範囲内の全ての情報を逐一取得している様子のようで、公安狙撃隊や警察狙撃手も近づけない状態とある。』

 2.7km。確かに、通常の警察狙撃手では荷が重いなとエルンストは感じた。ならば、現在はその範囲外から監視をしているだけか。

『現在、公安のネゴシエーターが交渉を続行中だが、平行線のようだ』

 テロリストなど即射殺してしまえばいい、そう考えるエルンストだが、舞台は街のど真ん中、特に人の目が多い住宅街と来ているところそれも難しいかと考え直す。ある意味敵も然る者だ。それを見越してそこに決めたというわけか。

 エルンストは【ストライク・ビューワー】の機能を呼び起こし、情報収集を開始した。

『よって、諸君等の任務は主に公安と警察武装隊のアシストということとなる。攻撃許可はまだ出されていない。詳しい作戦内容は先に現地入りした第三四陸士武装大隊の白河三等陸佐へと依託されることとなる。これ以降は彼の命令に従え。以上、質問は?』

 攻撃許可は無しか。ならば、俺たちの出る幕はないな。エルンストは投入されてもなお主立った行動のできないこの任務をじれったく思った。悠長なことばかりを言うと感じた。

 基本的に彼はそれまで、任務を与えられた時からそのターゲットの殺人許可が自動的に下される事が当たり前だったため、この作戦はストレスのたまるものになるだろうと予感した。

『ああ、言い忘れていた。エルンスト・カーネル一等陸士』

 突然自分の名前が呼ばれ、エルンストは返事を返した。

『君は本体とは別に、公安より協力要請が来ている。私が優秀な観測士(スポッター)がいると漏らしてしまったためだ。よって、君は三四小隊とは合流せずそのままヘリに残り別命を待て。以上、行動開始』

 通信機の向こうから聞こえるA分隊とB分隊の声に会わせ、D分隊の面々も「了解」と敬礼を返し、通信は終了した。

「公安も人手不足なんだね」

 なのははシートに腰を下ろしながら【レイジング・ハート】を起動させ、作戦前の微調整に入っていた。

「だろうな、何処でも同じだろう」

 ヴィータは攻撃命令が出されていない事を聞いてから殆どアグリゲットの言葉を聞いていなかった様子で、シートにどっかりと腰を下ろしてあくびをしていた。

「それにしても、南雲部隊長が不在の時に任務が入るとこうやって別部隊の指揮にはいるってことか。少し前とは違うんだね」

「そうだなー、前はどんなときもはやてが前に出てきてたからなぁ」

 それから二人は前の舞台ならどうだったかとか、これから行く部隊の白河三等陸佐とはどういう人物か、立てこもったテロ集団の目的は何かなど雑談を交わしていた。

 エルンストはその話題には入らず、【ストライク・ビューワー】が拾ってきたデータから現在の状況を洗い直す。

(半径2.7kmの範囲内は敵の監視下にある。だが、プレスヘリが飛び回り連中の姿は大写しか)

 そのプレスヘリの情報もないかと検索し、彼は現在実況生中継で映し出された住宅のベランダの状況を拾い出した。

 その映像には、二人の男が一般市民と思われる女性を囲んでそれに手持ちの武器を突きつける様子が映し出されていた。ネゴシエーターの姿はない。おそらく、別室でもう一人と交渉中なのだろう。情報によるとテロリストは三人。どれもが軍用級の攻撃型デバイスを所持しており、今より一時間半前に向かいのビルに潜んでいた武装隊の一人が攻撃を受けているらしい。

 攻撃を受けた隊員は重傷だったらしいが命の危険性はなかったらしい。しかし、彼はかなり厳重なカモフラージュを施していたらしく、本来なら潜伏を本業とするテロ対策部隊の構成員のようだった。

 そんな彼があっけなく発見され、あまつさえ反撃さえも許さないほどの攻撃を受けた。

 確かにこれでは、公安や武装警察では荷が重い事だとエルンストは感じた。

 しかし、これでは例え自分たちが投入されたところで何らかの有効な手段を講じることが出来るのか。相手は人質を取っている。それを何とかしないかぎり、解決の手だてはないとエルンストは結論づけた。

 ヘリは、高いビルの陰に隠れるように巡航し、大部隊の指揮車両の上空に停滞した。

「それじゃ、行ってくるね」

「そっちもしっかりな」

 着陸(タッチダウン)もままならないままなのはとヴィータはそう告げるとデバイスをセットアップし、ヘリのキャノピーを押し開き、そのまま自力着陸を敢行する様子だった。

「お二人も」

 エルンストはそういって敬礼を送り、二人の姿は陸上へと消えていった。

 二人を下ろしたヘリは、先程は言った命令に従い、街を大きく迂回しその反対側のビル群へと移動した。

 そのビルの頂上。エルンストはそこに下りて監視を開始せよと命令を受けている。それはアグリゲットではなく、公安の現場を指揮する捜査官の一人からだった。

 エルンストは、シートベルトを外し【コールド・アイズ】をセッティングしそのままヘリから地上に降りた。

 飛行適正の低いエルンストであっても一〇メートル足らずの高さを自力着陸する程度のことなら問題なく行える。

「それじゃ、エルンスト一士。がんばれよ」

 ヘリはそう最後のメッセージを残し、天高く上っていきビルの樹海を器用に駆け抜けていき、どこかへ消えていった。

「がんばると言っても、俺は監視だけしかやらないがな」

 エルンストはそう呟くと、念のため【クリミナル・エア】をカービン銃のモードで起動し、それを脇にやると出現したバリアジャケットを周囲の環境の色彩に合わせ、【コールド・アイズ】を抱え込み、その場に伏せた。

 【ストライク・ビューワー】は貪欲に周辺の空間を飛び回る情報をかき集め、黙々とそれを咀嚼し、そこから生まれ出た結果をエルンストに伝え続ける。

 そんな中、エルンストを呼び出す声に彼は気がつき、耳を澄ませた。

「よう、ご苦労だな。公安に強力お疲れ様、カーネル一等陸士」

 それは忘れることの出来ない声だった。

 紛れもない、ベルディナ・アーク・ブルーネスが彼の回線に割り込みをかけてきたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。