魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜 作:柳沢紀雪
朱鷺守達A分隊とB分隊が現場に到着したのは、なのは達が下りたって10分程経過した後だった。
「ようやくお出ましか。遅かったな朱鷺守」
ヴィータは【グラーフ・アイゼン】を肩に背負いながらそんな彼らをにらみつけた。
無難にタッチダウンした輸送機から、朱鷺守棋理を筆頭にA部隊の面々とシグナムをリーダーとしたB分隊の要員が顔を見せた。
「済まんな、ヴィータ副隊長に高町隊長。双子のリーファを回収するのに手間取った」
そういう棋理の後ろには、少し頬をぬらしている双子、エリオンとリーファが居心地が悪そうに顔を見せている。
「まったく、自由待機にもかかわらず街に遊びに行くなど、気がゆるんでいる証拠だ」
怒りと呆れをない交ぜにした表情を浮かべるシグナムは、溜息をつきつつ二人を見下ろした。
「すみません」
「ごめんなさい」
輸送機の中でこっぴどく叱られたのだろうか、双子のリーファは姉弟ともに瞳に涙を携えていた。
普段は気が強く、何かと突っかかってくるような様子の姉アリシアも今では、理知的で冷静な弟エリオンの影にひっそりと隠れてしまっている。
その様子を気の毒に思いながらも、なのはは腰に片手を当て残ったほうの手で上を指差しながら、説教をした。
「いい、ふたりとも。もう散々いわれたかもしれないけど、私たちは人の命を預かる大切なお仕事をしてるんだよ。そんな人間が、こんな風じゃいけないことはわかってるよね」
二人はまるで母親にしかられた子供のようにしゅんとなって下を向いた。その瞳やしぐさは、双子らしくまったくよく似ている。
「今度からはこんなこと、みんなを困らせるような勝手な行動をしないって約束できる?」
なのはは、膝を折り二人に視線を合わせてじっと覗き込んだ。
「はい、約束します。なのはさん」
その言葉を聴き、なのははまたにっこりと笑うと二人の頭をなでた。
「さすが高町一尉。子供の扱いをよく心得ている」
はその様子を感心して眺めた。なにぶん家族を持たない彼は、ただ二人を罵倒することしかできなかったが、二人に反省を促しそして最後には優しく許すという彼女のやり方に母の様子を見た。
「話は一段楽したか?」
双子のリーファが普段の調子を取り戻したところで、彼らの後ろから一人の若い女性が姿を現した。
軍服をしっかりと身に着け、その階級章が示すものは彼が三等陸佐であることを表している。
これが、アグリゲット副部隊長が言っていた白河三等陸佐なのだろうと当たりをつけ、棋理以下機動中隊の全員は彼に敬礼を贈った。
「君たちにとっては突然の話で困惑しているだろうが。これより君たち特務機動中隊の指揮は私が取ることとなった。私は白河楓三等陸佐だ、よろしくお願いする」
中隊面々の敬礼を受け、彼もゆっくりと敬礼を返した。
「よろしくお願いいたします、白河三等陸佐」
全員声をそろえ、白河が敬礼をといたところを見計らい彼らも額から腕を下ろした。
「と、いっても私も何かとやることが多くてな。君たちの指揮を直接行うわけにもいかんのだ。私の補佐を君たちにつけよう。直接的な指示は彼女からうけてくれほしい」
彼女はそういうと、後から付いてきた一人の女性を呼び出し紹介をした。
「ティアナ・ランスター執務官だ。彼女は有能だ、おそらく君たちへの指示も問題なく執り行ってくれるだろう」
突然顔を合わせた懐かしい顔ぶれにティアナは驚いて目をぱちくりしながら、白河に対し敬礼をし、
「お任せください」
と言った。白河は、よし、といってティアナに手持ちの書類の束を渡した。
「では、後は任せる」
去っていく彼女に対して面々はもう一度敬礼を送り、ティアナはなのはの姿を見て破顔した。
「お久しぶりです、なのはさん。なんだか、変なところで会いましたね」
最後にあったのが何時の頃だったか。機動六課を卒業した時よりも幾分大人びたティアナを見て、なのははかつての部下の成長を嬉しく思った。
「そうね。私もびっくりしたよティアナ。いえ、今はティアナ執務官殿とお呼びした方が良いですか?」
部下といってもそれは数年前のこと、今では立場を逆転させた彼女に対して同等の言葉遣いは拙いかと思い、なのはは言い直した。
「いいえ、前みたいにティアナって呼んでください。なのはさん。そっちのほうがしっくりきます」
ティアナがあこがれる魔導師の一人であるなのはに執務官と呼ばれた上に敬語で話されては照れるばかりで仕事に身が入らなくなってしまいそうだと彼女は感じ、なのはに対してあくまで以前どおりに接してほしいと頼んだ。
「ティアナがそれでいいなら私もそうするよ。実は、私もなんだか変な感じがしちゃった」
穏やかな談笑をする二人に、朱鷺守は少しだけ居心地の悪そうなため息を付ついた。
「おふた方、積もる話はあるだろうが、それはこれが終わったあとにでもしてくれないかね」
いい加減放置しておけば、そのうち愛の語らいまでしてしまいそうだと二人を見て思った朱鷺守だったが、二人はそれにあわてて、エヘンと咳払いをして表情を正した。
「失礼しました。改めて自己紹介します。私はティアナ・ランスター執務官です。早速ですが、任務をお伝えします。特務機動中隊の方々は現在閉鎖中となっている区域に潜入し、その情報収集を行ってもらいたいとのことです」
ティアナはそういうとさらに詳細を彼らに告げた。
現在、閉鎖されている区域には武装集団による広域制圧が敷かれており、内部での活動は事実上不可能となっている。
彼らの宣言では、その領域内で魔術を検知した場合、無警告で攻撃を行い人質の命も保障しないとのことだった。
しかし、公安の調べによるとデバイスを顕現化させずにその領域で活動しても何の反応もないことから、彼らは魔術による情報収集のみを行っているということが判明している。
つまり、中隊に与えられた任務は一切の魔術を使用することなくその領域内を動き回り、犯人達の潜伏する周囲を捜査しろ、ということだった。
「なるほど、攻撃許可が出されない理由はそれがあったのですね」
レイリアがそういってうなづいた。
「だけど、あんだけの広さを調べられるものっていったい何なの?」
先ほどまで泣きべそをかいていたアリシアはもう調子を取り戻したのか、いつもの口調でティアナを問い詰めた。
「それは、まだ明らかになっていませんが。情報部によると、広域型情報収集デバイスか、ロストロギア級違法物が使用されている可能性も否定できないとのことです」
ロストロギア。それは現在のミッドチルダが抱えている厄介ごとの多くを占めるものだった。
かつて、この時空世界において並列するいくつのかの文明がその発展しすぎた技術によって滅び去っていった。その際、進みすぎた技術によって構成された遺産が今でも世界には残されている。
古代遺失物と呼ばれるそれは、時空管理局内でもそれの対策を専門とする部署が大きな力を持っているということからその危険性は明らかだ。
実際、過去に起きた『時の庭園事件』や『闇の書事件』、『聖王のゆりかご事件』においてもその最たる原因はロストロギアにあるといっても過言ではない。時にはこの時空世界のありようを根底から覆すほどの力を持つもの。それが現在認識されているロストロギアの概要だった。
「厄介なことになった」
シグナムの重いつぶやきはそこにいる全員に暗い影を落とす。この中にいてロストロギアのためにその人生を狂わされたというものもけっして少なくはないのだ。
「まあ、ともあれ。俺達にとってはぬるい仕事だな」
その影を鼻息で吹き飛ばす勢いで、朱鷺守は言い放った。
「しかし、ロストロギアですよ?」
今となってはアリシアの後ろでたたずむ双子のリーファの弟、エリオンはその理知的な表情を崩さずに朱鷺守に目を向けた。
「だからどうした? 相手がロストロギアだろうが、次元災害だろうが。俺達のやることには変わりはないだろうが。それとも、怖気づいたか? 栄えある機動中隊の隊員が、高々武装テロリストごときチンピラどもに」
朱鷺守はまるで挑発するような不敵な笑みでエリオンを見下ろした。
「エリィを馬鹿にしないで。怖気づくなんてあるわけないじゃない。そうでしょ」
その視線からエリオンをかばうようにアリシアが朱鷺守の前に立ちふさがった。
「そうだね、アリス。僕達は、そのために練習を重ねてきたんだから」
「そうよ、あたしとエリィなら何だってできるわ」
アリシアはエリオンの手を硬く握り締めた。その手が震えていることにエリオンは気がついていたが、それを強く握り返すことで彼女に答えた。
(ロストロギアなんかに僕達は負けない)
エリオンはそう思い、その思いはアリシアにも伝わった。
(そうよ、もうパパとママみたいなことはさせないし起こさせない)
双子のリーファもまた、ロストロギアに関連する時空犯罪で両親を失った者の中の二人だった。
そんな二人の様子に、中隊の面々も励まされた。小さな双子がこんなにも懸命になって理不尽と戦おうとしている、それなら自分達が立ち上がらなくてどうする。
シグナムはそんな二人の頭に手を置き、
「よくほえた。それこそ騎士の気概だ」
といって全員に目を向けた。
「お前達、準備は万端か?」
全員沈黙と首頷をもってそれに答えた。
「だったらいくぜ。いいか、絶対に魔術は使うな。デバイスのセットアップも禁止する」
朱鷺守はそれを総括するように伝え、彼らを率いるように颯爽とビルの群れの中へと足を進めた。
その後を、シグナム、なのは、ヴィータ、双子のリーファが続きしんがりをレイリアが勤めた。
「だけど、エルンストのやつ大丈夫かしら。無茶してないといいけど」
アリシアはエリオンの手をまだ握りながら、遠いビル郡の空を見上げそう呟いた。
「心配かい?」
レイリアは後ろからアリシアに声をかけた。
「ば、馬鹿! 違うわよ。何であたしがあいつなんかの心配をしなきゃなんないのよ!」
アリシアはエリオンの手を解いて、両腕を振り回すように抗議した。
「おっと、それは失礼。後であいつにもそういっておくよ」
面白い遊び道具を見つけたといわんばかりの笑みを浮かべるレイリアに、アリシアはさらに顔を真っ赤にした。
「だめに決まってんでしょ。何も言っちゃだめ」
すっかり狼狽してしまったアリシアを見て、普段は割りと冷静に激昂する姉がこんな風に自分を見失うことを珍しく感じたエリオンは、
「アリス、エルンストのことが気になるの?」
と静かに問いかけた。
その問いかけにアリシアはピタッと動きを止め、もじもじと背後で手をもむと、
「そ、そうよ。悪い?」
と可愛らしく口を尖らせた。
「ううん。悪くないよ。とてもいいことだと思う。だけど……、エルンストはやめておいたほうがいい」
「なんで!?」
「多分、あいつは。人間というものをそういう目では見ないと思うから」
「…………」
「ごめん。これは僕の言うことじゃなかったね」
アリシアはそのまま押し黙り、エリオンの前を足早に歩いた。
レイリアはそんなアリシアの様子を見て、エリオンの肩に手を置いた。
「今のはよくないな。真実であっても口にしないほうがいいこともある。後で謝っておくんだぞ」
「はい」
エリオンはそう短く答え、アリシアの背中をさびしそうに見ながら彼女の後を追った。
少し距離の離れたレイリアはその様子を見て、少しだけ肩を落とした。
「やれやれ。人間というのは面倒なものだね。いっそのこと、すべてがエルンストや僕みたいだったら感情的な衝突や憤りなんて起こらないのに。だけど、それじゃああまりにも面白みはないか」
そして、彼も空を見上げ、一言だけ呟いた。
「ねえ、エルンスト。やっぱり、僕と君とでは見てるものが違うのかな。すんでいるところは同じのはずなのにね」