魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜 作:柳沢紀雪
十数分前、アリシアとレイリアが見つめた空の向こう。
先ほどから代わり映えのしない状況を俯瞰し、エルンストは公安も警察も無能な連中ばかりかとため息をついた。
『お前の考えもわからなくないが、連中もあれで精一杯何とかしているつもりなんだろうよ』
そんな彼の意識に再びベルディナの声が割り込んでくる。
『あんた、まだいたのか。どうやら教導武官正というのも暇な役職なんだな』
エルンストはすでにベルディナに対して敬語を使っていなかった。
『まあ、そうだな。ここんところは一日の睡眠時間が30分程度になるぐらいには暇だな』
念話の向こう側でベルディナが笑っていることが手に取るようにわかった。
『で? 暇人であるあんたがいったい俺に何のようだ? あいにく俺は、ビルの上で寝そべってられるぐらいには忙しいんだがな』
エルンストのその皮肉交じりの言葉にベルディナは少しだけ口をつぐんだ。
(このまま消えてくれると助かるが)
エルンストはそう願うが、彼の気配が消える様子はない。どうせまた、やりたくもない厄介ごとを押し付けようとしているのだろうとエルンストは予想し、はたしてそれは現実となった。
『なあ、エルンスト。お前は、さっき、公安も警察も無能な連中だと思ったな』
『…………』
エルンストは答えるつもりはなかった。そんなことを明け透けに口にしない程度のモラルは彼にもあったし、何よりベルディナの言葉に肯定を返すのも癪だったからだ。
『だったら、お前ならどうする?』
それは挑戦なのだろうか、いや、単なる挑発なのかもしれない。そういうことで彼はエルンストを更なる深みへといざなおうとしている。彼にはそう思えた。
『それは、俺が考えることではない』
そう、彼の仕事は自ら考えることではなく必要とされたことを一首違わず遂行することだ。余計なことは考えず、ただこの身を部品として考えることで彼はあらゆるミッションを執り行ってきた。
彼はそれを取り崩そうとする。
『安心しろ。これは秘匿暗号回線だ。たとえ傍受されても暗号解析には一宇宙時間並にかかる。だから、お前に聞いている。お前ならどうする?』
なぜ彼はそんなことを言うのだろうか。エルンストの技能を知るベルディナなら、エルンストがどのような答えを返すかなどすでにわかりきっていることだろうに。
『……長遠距離による一撃必殺。相手の支配領域が半径2700mなら、それを超える3000mの距離からの精密狙撃。それ以外に方法はない』
そう、それは無駄とも思える監視を行っている彼が気を抜けば考えていたことだった。
『なるほど。だが、3000mもの距離になるとそれを正確に気づかれずに行うことは不可能に近いな。それはどうする?』
エルンストは歯を食いしばり、犯人達の前に、おそらく後方の指令車両のなかでにやけ笑いを浮かべているベルディナを撃ち殺したくなった。
『3000m先のマンターゲット。それも限られた空間で動きが制限されている静体標的。俺なら、何とかなる』
言ってしまってエルンストは気がついた。その答えを出してほしかったのはベルディナだったのではない。ベルディナに言わされたのは単なる免罪にすぎない。
(これを言うことで、俺はその先の言葉を期待していたということだ)
高鳴る鼓動。冷えていく感情。エルンストはベルディナの言葉を待った。
『やりたいか?』
しかし、ベルディナは最後の最後まで必要とする答えを出そうとしない。最後の最後までエルンストの意思を搾り出そうとした。
『やらせてもらえるのなら』
ベルディナが薄笑いを浮かべる様子がエルンストにはわかった。通信機からは沈黙の音しか聞こえないが、確かに彼はその先で笑っていた。それは、【ストライク・ビューワー】が拾い集めた情報なのか、エルンストの妄想なのか。
すでに意識の深い部分をそれと共有している彼にはその判断がつかなかった。
エルンストは【ストライク・ビューワー】とのリンクを少しだけ緩め、言葉を待った。
『必要なものをすべて言え。ものでも情報でも。狙撃に必要なものならすぐに用意しよう。優秀な観測士もすでに待機させてある』
ベルディナは許可を下した。
『何もいらない。ただ、あの周囲の状況を。これでもかというほどの詳細な情報がほしい。それだけだ』
『了解した。現在、現場周辺に君の同僚が潜伏中だ。連中は上の命令でその周囲のできる限りの詳細な情報を入手せよとの命令を受けそれを実行中だ。ちょうどいい、それをお前にやろう』
なるほど。特務機動中隊にこの件への介入が要請された時点でこれは既に予定済みだったというわけか。
今考えるとおかしな話だった。いくら人手の足りない公安であってもその人員補充を陸士部隊に頼るはずはないのだ。
ベルディナが何らかの裏工作をし、公安にそうさせるように手配をしたのであれば話は別だが。
エルンストは次第に笑いがこみ上げるのがわかった。なんと言うこともない、しばらく本来の任務から離されて不満だったが、結局のところ便利に利用されるということは変わらないということだ。
(ならば、この身は最大限利用される消耗品であろう。そうすることで、解決するものがあるなら。俺はそうあろう)
エルンストは、【コールド・アイズ】を傍らに置き、【ストライク・ビューワー】を搭載したライフル、【クリミナル・エア】を取り寄せ、それを狙撃銃へと変貌させる。
ようやく息を吹き返したと言わんばかりに【クリミナル・エア】はひときわ大きな鼓動を発すると彼に忠実にその手へと滑り込んだ。
【ストライク・キャンセラー】が暴食した情報は既にこの戦場ひとつを飲み込むほどに肥大化し、そこへさらに新たな情報が舞い込んでくる。
機動中隊がかき集めた情報だった。おそらく、彼らには自分達が集めた情報は公安や警察、陸士部隊に提供され、事件解決の手がかりにされることと思い込まされているだろう。
しかし、その情報はエルンストへと送られ。彼はそれを用いて誰の目にも留まることなくすべてを解決させようとしている。
これもひとつのチーム戦か、とエルンストは皮肉に笑い、【ストライク・ビューワー】を覗き込んだ。
(風は安定しているが、ビルの樹海によってそれぞれの位置で風向きと風速が微妙に違う。弾道予測)
エルンストは、【ストライク・ビューワー】にそう命じ、それは忠実にその命令を実行した。
さすがに情報量が多すぎるのか。その解析には普段の倍以上の0.5秒の時間を有した。
エルンストはまるで蛇の通り道のように曲がりくねり時に上下する軌跡を見て改めてターゲットとの距離の遠さを思い知った。
エルンストはその軌跡をたどり、視界をズームし、そこよりおよそ3120mの距離を隔てたビルへと視線を移した。
情報部の情報(タレコミ)はあのときとは違い正確のようだ。そこに映るものは、武器を片手に周囲を無駄なく警戒する男の姿とその脇に抱えられ、助けを求める悲鳴を上げる被害者の女性だった。
エルンストはできることなら目を閉じておいてほしいと思った。これから彼女が経験することは、おそらく傷になる。下手をすれば一生そのトラウマに悩まされることとなるかもしれない。
エルンストは心のうちでそれを詫び、残りの二人の男の姿を追った。
すぐに見つかった。
一人は部屋の中ほどでいすに腰掛け何かヤクのようなものをやっている。おそらく、ドラッグだとエルンストは思った。そして、最後の一人は入り口近くで通信機のようなものを耳に当て、手を振り回しながらしきりに怒鳴り声を上げているような様子だった。
ここからではその会話の内容までは聞こえないが、おそらく交渉が上手くいかないことに対する怒りなのだろう。
エルンストは、三人の位置を測ると、狙撃プランを立てた。まずは、人質のそばの男。そして、ドラッグをやっている男。最後に唯一武器を所持していなさそうに見える交渉の男。
エルンストは目を細め、スコープからのぞく方ではない側の目を閉じた。
視界は制限され、彼の目にはまるですぐそばに犯人達がいるような感覚に襲われる。
【ストライクビューワー】が描く軌跡は、さすがに射撃場で行ったものより動きが激しく感じた。それでも、今まで【コールド・アイズ】のみで行っていたものに対してその情報密度の違いから、不規則なゆれというものを感じられなかった。
後は、銃身自体の不規則性だが、特務機動中隊に就任している間、その中隊に贈られてくる最新のデバイスシステムから彼は【クリミナル・エア】のバージョンアップを行っていた。
誰もいない、誰も見ていないところでひそかにそれを実射してみたが、銃身から来る不規則性は以前のものに比べて5パーセントほど軽減されていたような感じを受けた。
『狙撃準備完了』
【クリミナル・エア】を構え、3分。彼はすべての手順をクリアし、その手の内にすべての命を包み込んだ。
『いつでも撃て』
ベルディナの声が、ニコルの声に重なる。
エルンストは呼吸を止め、鼓動を沈め、心音から来る振動を抑制し、脳内物質をコントロールし、ただ引き金を引き絞った。
発射された弾頭の軌跡が、【ストライク・ビューワー】が描き出した軌跡を見事にたどり、それは恐ろしい速度を持って目の前に浮かぶ男の眉間へと吸い込まれていった。
「エクスプロード」
その言葉には何の意味もなかったが、その男はその声に反応するかのように体を四散させ、中に蓄えられていたものをすべて外へとさらけ出した。
一瞬で気絶するそばの女性。
ドラッグを取り落とし、状況を確認できなくともその武器で女を狙う男。エルンストは予定通りそれを狙い、再び引き金を引いた。
着弾。眉間より少し下にそれた弾頭は、それでも男のすべてを吹き飛ばすには十分なエネルギーを持っていた。
あと一人。
エルンストは通信機を投げ出し、床に伏せる男を狙い少し待った。
よく見ると、その男だけは武器を取り上げようとせずただ震えて床にうずくまるだけだった。
男の両手が次第に天井へと挙げられる。
『敵、戦意喪失を確認。状況終了。直ちに武装隊の突入を』
エルンストはまだ意識のそばにいるベルディナの感覚に対してそう短く告げると、とめていた息を吹き返し、抑制していた心臓を開放した。
脳内物質がそれに呼応する形で一気に分泌され、彼は言い知れない恐れと戸惑い、そして圧倒的な快感を感じその場に伸びきった。
『犯人の捕縛に成功。よくやったな。見事だ』
ベルディナの通信は遮断された。あっさりしたものだ。
こっちが息を切らしていることもかまわず彼はさっさとどこかへ行ってしまった。
遠くでヘリが一機飛び上がり、陸上本部へと向かっていくのが見えた。おそらく、あれに乗っているのだろう。
一瞬狙撃してやろうかと思ったが、緊張が切れて神経にノイズが走るこの体ではこれ以上の射撃は不可能だと感じやめた。
やはり、3000mは遠い。エルンストはそう実感し、ゆっくりと立ち上がった。
そんな彼の通信機にひときわ高いノイズが入り、そこから何者かの声が響き渡った。
『だから、俺は反対してたんだ、畜生。レイザとホムを殺しやがって。これをつかったら絶対上手くいくって話じゃなかったのかよ』
それは、つかまった犯人の声だった。レイザとホム。そうかそれが自分が殺した相手の名前か、とエルンストは思うと、放りだしてあった通信機を手に取るとその電源を切ろうと手を伸ばした。
『ロストロギアなんてしらねぇ、入手場所なんてしらねぇ。俺は渡されただけだ、3,4日前にリカルド・マックフォートってやつから渡されただけんだ!」
通信機はノイズとともに遮断された。
エルンストは、ノイズしか残らないそれを握り締めしばし呆然としてそれを見つめていた。
「リカルド・マックフォートだと? 馬鹿な、あいつは俺が、俺達が消したはずだ」
(いったい何がどうなっている)
遠くから聞こえる迎えのヘリの音を遠くに聞き、エルンストは何か大きなことが渦巻いていることを感じていた。
役割を終え、自主的に腕輪に戻った【クリミナル・エア】が己のコンディションを診断するべく不規則な明滅を繰り返していた。