魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜   作:柳沢紀雪

15 / 29
第十五話 届かぬ想い

 帰投するヘリの中で、再びモニターに顔を見せた機動中隊の副部隊長、アグリゲット・シェイカーは、今回の作戦の報告を行っていた。

「公安の狙撃部隊が事態の収拾を行い、結果的に立て籠もり犯二名の命を犠牲にすることで本件は収束した。諸君等にとってはいささか納得のいかないところもあっただろうが、君たちの収集した情報は問題なく本件の解決に貢献したと言える。よくやったと言っておく。連中の所持していたロストロギアは既に古代遺物管理部に送られ現在解析中だ。生き残った立て籠もり犯の一人も現在問題なく司法裁判所へと送られている。まあ、おそらく終身刑は確実だろう。報告は以上、全員直ちに帰投せよ。隊長達は本日中に報告書を提出のこと」

 報告書と聞いて朱鷺守が嫌な顔を浮かべたのではないかとエルンストは予想したが、情報収集はやめておいた。

(それにしても、公安が解決したか。情報の偽造か、いや、隠匿と言うべきだな)

 しかし、公安はけっして嘘は言っていないとエルンストは知っていた。あの二人、レイザとホムと言った二人を殺した時エルンストは確かに(名目上とはいえ)公安の所属であったし、機動中隊が収集した現場付近の情報がなければ彼の狙撃は失敗していた可能性も否定できないのだ。

 機動中隊に復帰したエルンストに同乗しているなのはとヴィータは、彼が何をしていたのかを聞き出そうとしていた。

「ただビルの上に這い蹲って、無駄な情報を収集していただけです。気がついたら事件が解決していてむしろ困惑しているところですよ」

 彼はそういって話をはぐらかせた。公安は嘘を言っていないが、エルンストは明らかな嘘をついていた。

 もしも、なのはとヴィータがエルンストの射撃スキルを知らないままでいたのなら、それであっさりと騙されていたことだろうが、彼女たちは彼の嘘を何となく見破っていた。

 怪訝な様子でエルンストを見る二人の視線に、エルンストはこの二人はおそらく知っているのだとほぼ確信に近い形で感じていた。

 しかし、エルンストは思う。別に隠しているわけではないと。

 ただ、機動中隊の性質上、自分のようなワンマンオペレーションに特化したスキルはむしろ余計だと感じているだけに過ぎない。事実、これまで中隊で行ってきた模擬戦においても、同乗する二人の陰に隠れて何度か長距離における狙撃を行ったこともあるのだ。

 そして、これはエルンストが独自に考えていることなのだが、機動中隊には情報に特化した人員が少なすぎる。確かに戦闘能力やデバイス、魔術運用に長けるものは数多く、その全員が通常の陸士部隊に比べればその練度がずば抜けている事も認められる。

 しかし、それだけではダメなのだ。戦場を支配するものは情報であり、情報を支配するものは戦場を支配する。故に、幾ら強力な戦闘力を持つ部隊であってもその情報を適切に統括できる人間がいなければただ勢いのあるだけの部隊に成り下がってしまう危険をはらむ。

 エルンストは、自らその情報戦の全てを受け持つことで部隊戦力の向上に貢献しようとしたのだが、それが返って同じチームに所属する二人に疑惑を抱かせているという結果につながってしまっている。

 アグリゲットの通信が終了しても、作戦の成功を祝うことなくヘリの中は重苦しい沈黙が支配する。なのはとヴィータの前方のシートに腰を下ろすエルンストは自身の背中に二人の視線が集中している事を自覚していた。

 しかし、どうすることも出来ない。ベルディナ・アーク・ブルーネスが解析に一宇宙時間もかかるような高強度の暗号通信を使用したからには、あの作戦はトップシークレットに属する事なのだろう。残念ながら、エルンストにはそれを明かすだけの権限はなかった。

「犯人を仕留めたのって、いったい誰なんだろうね」

 なのはがポツンと漏らした言葉にエルンストは何の反応も返さなかった。

「さあな、たぶん腕のいい狙撃手だったんだろうよ。それこそ、3000m以上ねらえる奴がな」

 それに答えるヴィータはなのはに目を向けず、鋭い視線をエルンストの背中に浴びせかけた。

「ねえ、エルンスト君。君は知らないかな? 監視していた時に何か見えなかった?」

 高町一尉にしては意地の悪い質問をする。エルンストはそう考え、問いかけられたからには何か答えなければならなかった。

「俺にはなにも。いきなり犯人がはじけ飛んだのが見えただけで、それ以外には特に目に付くものはありませんでした」

 嘘をつくことにエルンストは何の抵抗も良心の呵責も感じなかった。おそらくなのはもヴィータも、自分がこう答えるだろうと予測は付いていただろうし、自分はただその期待にこたえるだけだと割り切るばかりだ。

 しかし、彼は自覚していないが彼の脳裏に響くなにやらノイズのようなものが嘘を重ねる度に酷くなっていく。

 向こうの輸送機はどんな様子なのだろうか。エルンストは少しだけ気になった。

 朱鷺守はおそらく、ふてくされて煙草を吹かしているか、レイリアかシグナムかを捕まえて愚痴を垂らしていることだろう。

 エリオンはおそらく、アリシアを押さえるのに手一杯になっているに違いない。

 それはそれで賑やかなことだろうと思い、のぞき窓から見える前方を飛翔する輸送機にエルンストは目をやった。

 沈黙に沈む輸送ヘリの中で、最後に唯一操縦士が特務機動中隊本部に到着を告げる。

 エルンストは、着陸(タッチダウン)し開かれたキャノピーから身を躍らせ、段差になっているタラップを下るなのはとヴィータに手を貸した。

 タイトなスカートを動きづらそうにしていたなのははその手を取り、無言のまま彼とすれ違う。

 そして、そのすれ違いざま、小声でエルンストに一言だけ告げた。

「エルンスト・カーネル一等陸士。本日、業務終了後、私の私室に出頭しなさい。そろそろ、話をしてもらいます」

 有無を言わさない低い声で吐き出されたその言葉に、エルンストはいよいよ覚悟を決めるべきかと考え、

「了解」

 と答えた。

 なのはとヴィータはそのままエルンストを振り返ることなく、ヘリのローターの回転で巻き上がる風に髪を押さえつつ屋上のヘリポートから姿を消した。

 

***

 

 その後、機動中隊の面々は自由待機を解除され、それぞれ作戦に関する報告書の提出を命じられた。

 エルンストは、どうやって書面をでっち上げるかを考えあぐねた結果、当たり障りのない表現を羅列しただけのものをアグリゲットに提出した。

 アグリゲットはそれを軽く目を通し、

「まあ、いいだろう」

 といってそれを受け取り、部隊長代理のサインをそれに記した上で提出された記録素子(データ・ディスク)を分厚いファイルに挟み込んだ。

 かなり校正を喰らうだろうと覚悟していたエルンストはかなり拍子抜けした様子でそれを見守ったが、アグリゲットは平然とした表情で彼の退出を許可した。

「あ、エルンスト。あんたもう終わり?」

 とりあえず、荷物を引き払おうとして事務室に戻った彼をまだコンソールの前で文面と向き合っていたアリシアが迎えた。

「ああ」

 エルンストは簡潔に答えると、それまで作業をしていたコンソールから自身のデータ・ディスクを抜き取り、それを内ポケットにしまった。

「いいわね、あんたは。結局やってたの監視だけなんでしょ? あたし等は魔法も使えなくて大変だったってのに」

 アリシアはそう憎まれ口を叩くと、緊張が切れた様子であくびがてら身体を伸ばした。

「そうだな、楽な仕事だった」

 アリシアがそういうのはもっともな話だとして、エルンストは特に腹も立てずにそういうが、アリシアにはそれが不満だったようだ。

「いーわねー、あんたは! いつも、いつも、いつも後ろからあたし等を眺めてるだけで。たまには前線に出る人間のくろうって奴を知ったらどうなの? あんたはいつも無愛想で、あたしらの気持ちなんてなにも理解できないでしょうね。まったく、何であんたみたいな奴がここに呼ばれたのかしら。教導隊から出向? 馬鹿みたい、教導隊出身だからってエリート気取りってわけ? 正直反吐(ヘド)が出るわ」

 アリシアは止められなかった。言いたくもないことが次々と口からあふれ出して収拾が付かなくなる。

 事務室にはアリシアとエルンストの二人しかいないという状況がそれを加速させるばかりだった。

「ああ、お前の言うとおりだな。正直、俺もヘドが出る……高町一尉に呼ばれているのでな、俺は先に失礼する」

 エルンストはそんな彼女の罵倒もまったく意に介する様子を見せず、そのまま入り口へと向かい姿を消した。

 ドアの閉まる音が響き、エルンストの姿が完全になくなった。

 ただ一人残されたアリシアは、そのままコンソールに突っ伏して、何かが弾けるように泣き出した。

「アリス……」

 いつの間にか双子の弟、エリオンが彼女の背後に立っていた。

「来ないで、エリィ。お願いだから」

 アリシアはそんなエリオンさえも拒絶してしまうが、エリオンはそれを無視して、ただ優しく彼女の背中をなでつける。

「ごめんね、アリス。アリスが、そんなにあいつを想ってたなんて気がつかなかった。だから、ごめんね、あのときあんな事を言って」

 エリオンはあの事件の後、アリシアと話すタイミングを取り逃していた。報告書作成の時も例によってエリオンはアリシアの側で作業をしていたが、結局二人はなにも話さず、先に作成が終わったエリオンはいたたまれなくなりすぐに部屋を後にしたのだった。

 いつもなら、不器用なアリシアはエリオンの助けを借りて報告書を作っていたのだが、その日ばかりはその助力を得られずこんな時間までかかってしまった。

 それでも、最後の最後にエルンストと二人きりになれる事が出来たのだが、アリシアはそのチャンスをフイにしてしまった。

「う……う……う……、うわぁぁぁぁぁーーーーん」

 アリシアは、エリオンの胸に抱かれ、何年かぶりになる慟哭を上げた。

 

***

 

 業務終了後、自分の部屋へ出頭せよ。そういったなのはは結局無言で、報告書を仕上げると他の隊員の見守る中無言で立ち去っていった。

 そして、エルンストは一度自室に引き上げ、出頭準備を整えてからなのはの私室の前に立っていた。

 少しだけ緊張する。エルンストは、一度だけ息を吸い、吐き出すとインターフォンを一度だけならした。

「入って」

 簡素なその声は、いい知れない決意を醸しだし、エルンストはいよいよ覚悟を胸の内に収め扉を開いた。

「エルンスト・カーネル一等陸士、到着いたしました」

 普段なら敬礼はいいと言って笑顔を浮かべる彼女も、この時ばかりを冷たい瞳で彼を見つめるだけだった。

「ご苦労様。いきなり呼び出してごめん。ヴィータちゃんもすぐ来るから少しだけ待って」

 なのははそれだけ告げると、チェアを回して彼に背中を向けた。

「は!」

 エルンストはそのまま安めの姿勢で立ち、もう一人の来客を待った。

 暫くも待たないうちにヴィータが姿を見せ、ベッドの側の椅子に腰を下ろし、足と腕を組んでエルンストをにらみつけた。

「さて、カーネル一士。ここに呼ばれた理由はもう分かってるよね」

 なのははヴィータを一瞥だけしてから立ち上がり、鋭い目線でエルンストをにらみつけた。

「いいえ」

 エルンストは、今し方なのはが部屋の監視を溶いたことに気がついていた。つまりここで話されることは口外無用、なのはとヴィータはエルンストが何を言ってもそれを絶対に他人に漏らしたりはしないと、暗に確約していた。

 その二人は信用できる。しかし、エルンストの腹は決まっていた。

「あたし達は、お前が単なる観測士(スポッター)じゃねぇことを知ってる。おそらく、超一流の狙撃手(スナイパー)だってこともな。そして、あたし等はあの事件はお前が解決したと推測した。それに関しては」

 ヴィータも黙ってはいなかった。それまで、彼女たちが胸に秘めついにここまで至るまで打ち明けられなかったことを口にしている。

「…………何も言うことはありません…………」

 それでもエルンストは話すわけにはいかなかった。おそらく、話してしまえば二人を巻き込むこととなる。いや、既に巻き込まれているのであろうと推測できるが、それでもその最低限を守りたかった。

 おそらく、それはエゴなのだろう。しかし、彼女たちの腕が自分のように血に汚れる姿を彼はどうしても見たくはなかった。

「ふざけん……」

 ヴィータは激昂して、側の机を叩きそうになった。

「ふざけないで!!!」

 しかし、それはなのはの叫びに打ち消され、ヴィータも鉄槌を喰らったかのようにそれに目を向けた。

「あなたはそれでいいかもしれない! だけど、私たちは、それを見ているしかできない私たちはどうしてそれに納得しろっていうの!? 私はあなたを仲間だって思ってる。みんなはどういうか分からないけど、あなたが後ろにいてくれると私はとても自由に戦える。だけど、あなたは私たちを信頼してくれない、仲間だと思ってくれない。これ以上、私はどうすればいいって言うのよぉ」

 涙混じりに叫ぶ彼女はおそらく、今までその努力によって多くの信頼と友情を得ることが出来たのだろう。そして、自分のその行動は間違っていなかったと。

 エルンストもそれは確かに尊いことだと理解していた。

「俺を仲間だと思っていいただけることには感謝しています。しかし、もうこれ以上俺には関わらない方がいい。俺があなた方に運び込むものは破滅のみ。それを背負うのは消耗品である俺だけで十分だ」

 エルンストはかたくなだった。全てを背負う覚悟はとっくに出来ている。だから、これ以上自分を揺さぶることは止めて欲しい。

「あたし等は! お前だけに背負わせたくないんだよ! あたしもお前のことは……まあ、認めたくねぇけど、頼りにしてるし仲間だって思ってる。だから、お前だけで背負うなんて止めろ」

「そうだよ、エルンスト君。自分が消耗品だなんて言うのなんて止めて。そうやっていたずらに消費される命なんてあっていいわけない!」

 ヴィータとなのはは冷静さを欠いているようにエルンストは思えた。だからこそ響く。決意したはずのことが揺らぎそうになる。

 だから、エルンストは。最後まで貫き通すこととした。辛い、彼を持っても辛い演技をしなくてはならなかった。

「あなた方は本当にそう思っておられるのですか?」

 エルンストのそのもの言いに、二人は「えっ?」と言って面を上げた。

 エルンストの表情には、何の感情も浮かべられていない、まるで氷の能面をかぶせたかのような表情が浮かべられており、二人は背筋を振るわせた。

「この世界にいたずらに消費される命などあってはならない。しかし、俺は殺した。この年になるまでの18年間で、俺は既に60名を超える命を奪った。そうして、守られるものがあった」

 エルンストは二人の表情を順番に眺めた。その表情に浮かべられたものは何だったのだろうか。

 恐れ、怒り、異形を見るような表情。それらがない交ぜになって、なのはとヴィータはただ口を噤むしかなかった。

「必要なのですよ。俺たちのように部品として最大限有効活用される人間が、俺はその一つでしかない。多くある部品の中の一つでしかない。あなた方がのびのびと空を駆けめぐっている間にそういうモノは多く消費されていっている。数週間前に死んだ俺の相棒のように。だが、それはただそれだけのことなんだ。そして、俺もいつかはその中の一人になる。ただ、それだけのことなんだ」

 なのはとヴィータは何も言えなかった。多く散っていった命。自分たちは自分が思うものの多くは守ることが出来てきたと思う。親友、仲間、愛する人、家族。失ったものも多かった、それでもその多くは取り返せたと思う。

 しかし、エルンストは。自分たちよりも遙かに年下である彼は、どうしようもないところで多くのものを奪い去られてきていた。そして、いつか自分自身もその中の一つとなることを受け入れている。

「どうして、どうして君は……」

 なのはの頬に一筋の雫が下りた。

「そうあることを、自分で決めたからです。そうあることで果たされることがある。それならば自分の命にも価値がある。そう思えたからです」

 エルンストは答えた。自分の命は失われることで価値があると。そして、それを自分で決めたと。

 二人はなにも答えられなくなった。無理だ、失うことを当たり前として生きてきた彼に、彼女たちが何を言ってもその決意を揺るがすことが出来ないと確信してしまった。

 話は終わった。

 沈黙が支配するままの部屋を見回し、エルンストはそのまま何も言わず、ただ一度だけ敬礼を二人に送り部屋を後にした。

 しかし、エルンストは感じていた。

 あれだけのことを言う気になったということは、自分では自覚していない部分であの二人を相当に信頼しているということだなと。

 それは、不思議と悪い気がしなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。