魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜 作:柳沢紀雪
それからしばらくの間、彼らは戦闘訓練をして過ごした。
巡洋艦アークソルジャーに搭載された訓練設備は、その規模こそ小さいものだったが、時空管理局が採用しているどのシミュレーターと比べても全く遜色のないように感じられた。
狭い艦内といっても、その規模は二〇〇メートルを超える巨体であったが、そこにあるものを考えればその区画ごとの広さは確かに広いものではなかった。
それならば、どうやって戦闘訓練を行うのか。それを疑問に思っていたエルンストは、それを初めて使用した時にはさすがに驚いた。
「まさか、体の感覚すべてをバーチャルに転送するなど、無茶だと思ったが、あれはあれで結構いいかもな」
今日もまた戦闘訓練を終えた朱鷺守はその卵形のシミュレーターに寄っかかりそう声をついた。
確かに、ミッドチルダの巡洋警備艦においても、魔導師の通常訓練を行うための施設は設けられていた。しかし、それは多少広い空間を防御魔術で囲っただけのものであり、やはりその広さには限界があった。
しかし、バーチャル空間であるならその限度は無い。
先程も彼らは、20km四方に渡る広大な廃墟のビル群の中で広域戦闘の訓練を行っていたのだ。
確かに、ミッドチルダとミッド・クラスターの違いからデバイスの仮想復元には多少問題はあったにせよ、集団戦闘やフォーメーションの確認とその練成には十分な機能を有していた。
朱鷺守を筆頭に、その訓練に参加していた面々は先程の戦闘を振り返り様々な話し合いを続けている。
「やっぱりね、中衛のレイリアに負担が行き過ぎていると思うんだ。エリオンはいま、アリシアのバックアップに回ってもらってるけど、エリオンも中衛(ガード)に回してレイリアと二人の体勢にした方が良いと思う」
多用途空戦士(マルチロール・ファイター)として、特定の陣に所属せず、戦場を動き回るなのはは、全体を見通してそう感じていたらしい。
「ですが、それでは前衛へのサポートが少し緩くなりますし、後方支援のエルンストの負担も大きくなると思いますよ。僕のサポートと同時にエリオンのサポートもしなくてはならないですからね」
それに反して、レイリアはあくまでエリオンの前衛支援(フロント・アシスト)の位置にこだわっているようだ。
レイリアもまた、中衛として全体を見渡す役目を負っているためなのはとは違う意見を持っている。
「あたしも、エリィの援護がないと上手く動けないわ」
アリシアも、その意見だけは譲れないらしく、エリオンもアリシアの言葉に強く頷いている。
「エリオンを中衛に据えるとしても、エリオンとレイリアでは同じ射撃手(ガンナー)と言ってもそのスタイルは違いすぎる。高機動型射撃戦闘(ハイスピード・ガン・シューター)のレイリアに対して、局地制圧型射撃戦闘(ロー・エクステンシブ・ガンナー)とでは連携に課題を残しそうな様子がある。俺なら、二人でも三人でも問題なく支援は出来るが」
今までの戦闘経験から、エリオンとレイリアの違いを見抜いていたエルンストは後方支援立場からそう意見を言った。
なのはは少し困った様子で押し黙る。
現在の編成は、前衛としてヴィータ、朱鷺守、アリシアを置き、その前衛、特にアリシアに対する射撃支援をエリオンが行っているという状況だ。このエリオンの支援は彼が自分から名乗りを上げたものであり、双子のリーファのその連携には目を見張るものがある。しかし、その分中衛において全域に射撃支援を執り行うレイリアと、それをバックアップするエルンスト。その状況を見守りつつ、多用途に行動するなのは。
やはり、戦力が前衛に偏りすぎているとなのはは感じていた。
ならばいっそうのこと、レイリアも前衛支援にして、自分が中衛に回ろうかとも考えたが、それはレイリアとエルンスト反対された。
レイリアの生業は、支援ではなく戦闘だとエルンストは感じており、そうあるのならレイリアの支援のため自分が中衛に出なければならないことをエルンストは嫌ったのだ。
そして、リミッターを解除されたなのははもはや射撃を主体にする魔導師ではなく、大規模砲撃制圧戦を要とする砲術魔導師であることも悩みどころとなっている。
「あたしが中衛に回ってもいいぜ。それで、前衛が朱鷺守とアリシア。その支援をレイリアとエリオンがする。そんで、後方がなのはとエルンストだ」
ヴィータの提案も面白いと感じたなのはだったが、やはり首を振るしかなかった。
確かにヴィータの持つ【グラーフ・アイゼン】は近接及び、中距離射撃攻撃も行えるマルチロールのデバイスであるのは確かだが、その真価はやはり敵の防御ごと相手を叩き伏せる近接戦闘(クロス・レンジファイト)であることは明らかだったし、常に全周を見守り、全てを計算に入れてあらゆる方向へと支援を行わなければならない中衛を任せるには少し不安がある。
中衛とは、確かに立ち位置としては華々しい活躍を遂げるものではない地味な仕事である。
しかし、その仕事は前衛と後方のバランスを考慮し最も適切な行動と立ち位置を考慮しなければならないものであり、あらゆる意味で戦列の要となる重要かつ難しい位置なのだ。
やはり、中衛はレイリアしかいないか、と結論づけるなのはは、もう一度最初から編成を考え直そうとした。
「お、やってるな。ご苦労さん」
そんな中、ベルディナがシミュレーションルームに顔を出した。
「ベルディナ大導師。お疲れ様です」
レイリアは、ここのところずっと部屋に篭もりっぱなしだった彼に一礼して迎え入れた。
「ベルディナさん。そろそろ時間ですか」
なのはは時計を見て、彼との約束の時間が近づいていることに気がついた。
「ああ、まあ先にそっちのことを済ませておけ。俺も少しだけ時間に余裕が出来た。まだしばらくは大丈夫だ」
なのははそういうベルディナに、「すみません」と言うと同時に彼にも助言を仰いだ。
「なるほどな。確かに、戦列が若干ちぐはぐしているようにも見えるか」
「ベルディナ。あんたならどうする?」
エルンストは、先程までの戦闘データを読みながら指で後頭部をかくベルディナに訪ねた。
「俺ならねぇ。あんまり参考にならねぇとおもうが」
「興味があるね。教えてくれないものか?」
朱鷺守も身を乗り出した。
「そうだな。俺なら、朱鷺守とレイリア、双子のリーファ、ヴィータと高町のタッグを三つ配置しそれぞれが独自に行動する。おそらく、そのコンビが一番お互いにとって動きやすいだろうからな。そして、その運用方法をエルンストが広域情報収集能力で補い、自身はマルチに行動しそれぞれに射撃支援と不明驚異の排除をする。といったところか。どうも、これまでの戦闘では、エルンストの射撃能力に重きを置きすぎで、こいつの潜伏能力と情報能力をおざなりにしているような気がするな。こんな感じでどうだ」
ベルディナのその言葉に、エルンストは、
(なるほど、自分の手駒を重視するだけに、人を見る目はあるようだな)
と感じた。
「そうか。エルンストは狙撃手。だけど、それはただ射撃に特化した能力ではなく、偵察の能力も意味する。それを最大限有効利用するためには、むしろエルンストは他とは離れて潜伏し独自に行動した方が良い。それだと、僕達ではなかなか対処できない不明驚異に対する有効な対策にもなる。僕はいいと思います」
暫くそれを考え、独自にシミュレートしていたエリオンはベルディナの意見に賛成のようだった。
「あたしも、悪くない意見だと思うぜ、なのは」
ヴィータもベルディナの意見には一理あると感じたのだろう。
なのはは少しまた考えて、
「分かった。それも考慮に入れておくね」
といって、朱鷺守と後でまた打ち合わせをしようということでこの話を終わらせた。
なのはの意識がそろそろこちらに向かいつつあることを感じたベルディナは、
「シミュレーターを使うのは久しぶりなんでな、調子を思い出すために先に入ってる。準備が出来たら声をかけてくれ」
というと、なのはに先行してシミュレーターを開き中に身を滑り込ませた。
フィールド等の設定は、どうやら先程まで使用していたものを使うようだ。
中央のモニターに映し出されたビルの廃墟群の中にベルディナの姿が映し出され、彼は軽く準備運動をするようにいろいろと身体を動かし、そこらを飛び回っていた。
しかし、エルンストは一つだけ疑問に思った。
「あいつ、武器を持っていないが、それでいいのか?」
彼の言うとおり、ベルディナはその手に自分たちと同じようなデバイスを持っていなかった。それが、ミッド・クラスターの標準なのかとレイリアに聞いたが、レイリアもそれに関しては分からないらしい。
「僕達の世界(ミッド・クラスター)でも通常はバトル・ユニットというものを使用するよ。その機能も概念も、そっちの世界(ミッド・チルダ)のデバイスと同じようなものだ。だけど、ベルディナ大導師がそれを持っているところは、見たことがないな。たぶん、見えないところで使っていると思うんだけど」
モニター内のベルディナは、一通りの準備を終えたようで、外の彼らに、「まだか?」といって手を振っていた。
なのはは慌てて、自分もシミュレータの筐体に入ると、その脇にデバイスを差し込み筐体を起動させた。
「さあ、始まるぜ。どっちが勝つか、賭けねぇか? ちなみに俺は、高町一尉に12だ」
側のベンチに腰を下ろし、朱鷺守は煙草を吹かし始めると挑戦的な笑みでエルンスト達に目を向けた。
「いいですね。僕は、もちろん上司に10を賭けますよ」
レイリアはその隣に座り、指を二本掲げてニッと笑った。
「あたしは、もちろんなのはさんに5ね」
そんな二人とは離れた席に腰を下ろし、アリシアも乗り気のようで片手を広げて見せた。
「僕は……、ベルディナに10かな」
エリオンはアリシアの側に立ち、その行く末を見守った。
「あんた、そんなにもってんの? お小遣いがピンチだっていってなかった?」
弟の財布事情を知るアリシアは、少し驚いた様子だったが、エリオンは平然とした表情で、
「勝てばいいんだ。そうすれば、ピンチも解消される」
と言い放ち、アリシアは弟が意外にも勝負師だと言うことを初めて知った。
「お前等、賭け事は感心しないぜ。あたしは当然なのはに6だ」
ヴィータはベンチに座らず、その場にどかっと腰を落とした。
「エルンスト、お前は?」
朱鷺守が、手持ちの端末にそれぞれの掛け金を集計し、最後にエルンストの参加を求めた。
「俺は……高町一尉に8を賭ける」
エルンストの答えに、レイリアは満足して彼に笑みを向けた。
彼はそれを無視すると、シミュレーターに背中を預けモニターを凝視した。
朱鷺守はそれらを集約し、
「白(なのは)有利か。さて、レースの結果はどうなるかね」
と言ってにやりと笑った。
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「どうやら、あいつ等これにかこつけてかけをしているみたいだぜ」
実は外の様子を見ていたベルディナはそういってあくどい笑みを浮かべると、なのはに目を向けた。
「もう、あの子達は。後で叱っておかないと」
なのはは呆れた様子だったが、自分の方に信頼が集まっていることに少し嬉しそうな様子だった。
「まあ、掛け金の半額は没収として、残りは奴らにくれてやればいいさ。ちなみに、どっちが勝っても折半するってことでいいな?」
ベルディナは既にそこまで考えていた様子で、なのはは更に溜息をついた。
「私は要りません。私が勝ったら、掛け金は全部返却です」
ベルディナは、それはもったいない、といって、それなら是が非でも勝たなければならんな、とうそぶいた。
「さてと、連中の話し合いも一段落付いたようだ。そろそろ始めないか? 高町一尉」
ベルディナはそういうと、片手を掲げてなのはに挑戦的な視線を送った。
「ええ、さっそく。制限なし、勝つためなら何でもOK。制限時間なし。どちらから負けを認めるか、戦闘不能になるまでとことん。全力全開で」
なのはは【レイジング・ハート】を掲げ、全身からあふれる魔力をそれに込めた。その顔は笑っている、まさに好敵手を見つけたときの戦士の笑みだった。
「いいだろう。年上として先陣は君に譲ろう」
「後悔しますよ」
なのはは、先陣(サービス)を受けたことを屈辱とはとらえていなかった。むしろ、何の制約もなく全力をただ彼にたたき込めることを喜びと感じた。
彼女は、カートリッジをロードする。遠慮なく、5発分を。
彼女の持つデバイスは変形を遂げ、その周囲にいくつもの補助器(ブラスター・ビット)を展開させた。レイジング・ハートはエクセリオンよりエクシードへ、さらには改良を加え体への負担を軽減されたブラスターモードへとその姿は変貌していく。
「すばらしい。それだけの魔力を運用できるとは、噂以上だな、高町一尉。だからこそおもしろい!」
ベルディナもそれを見つつ、右腕に魔力を練り込み始めた。先陣は彼女に譲った。しかし、それは単に攻撃の機会を与えると言うだけで、さすがの彼でもあれを食らえばひとたまりも残らないとは自覚していた。
「いくぞ、バリアブル・アート。今出せる全力を出す。久しぶりに楽しい戦闘ができそうだ」
彼は身のうちに潜む"それ"に声をかけ、その一撃を心待ちにした。
「全力全開! スターライトォー……!」
それは、彼女が放てる最高最大の魔術だった。錬成した魔力をただエネルギーとして拡散させ、放射するまさに星をも砕けと言わんばかりに高められた魔力の前ではあらゆるものが灰燼と帰する。
「……ブレイカァー!!!!」
なのはとベルディナの距離はおよそ1200m。その距離においては、彼女の攻撃も着弾まで数秒を要する。
ベルディナは襲い来る莫大な魔力の奔流を体に感じつつ、ゆっくりと口を開きそれを紡ぎ出した。
「創世の時、父なる神はこう告げられた。『記せ、ここより後に命を捧げしものは幸いなり。この後のをもってこの世に在りしものに我は祝福を与えん』」
それはまるで歌のように彼の口より紡ぎ出され、それに呼応するように彼の魔力は呼び覚まされる。
「そして、父なる神はこうも告げられた。『心せよ。我もまたこの世にありて全てを見守らん。この世に遍く在るものにこそ、我が息吹は在らん。感ぜよ、この世に遍く者達よ。我は汝等と共にあるものなり』」
それは祈りの言葉。世界に在りし時、すべてを創造した神の奇跡を語る言葉だった。
「神、双眸を閉じて涙して、その腕を天へと捧げて光となる。光、粉塵となりて世界に注ぎ、世界は静寂に包まれた。創世はここに完遂を遂げ、生まれる者はその命に目覚めた」
彼女の放った光の波動は、猛然とする勢いを崩すことなくただまっしぐらに彼の元へと突き進む。
しかし、彼はただ目を閉ざし、ここにはいない神への祈りを続けるばかりだった。
「神よ、神よ、父なる神よ。あなたは我らと共にある、あなたは全てに在り全てはあなたを礎とす。ここに我らの栄光を。悠久なりし静寂を。語り継ぐ、その全ての縁を」
そして、彼は目を見開きその手に宿る絶大なる魔力を掲げ、最後の言葉を口ずさんだ。
「無垢なる神に祝福を、なれ、あるらんかし(ルーヴィス)」
彼に襲いかかる彼女の爆流。それにも負けず、なおもそれを飲み込まんとするほどの力が彼の手に宿りつつあった。
彼はそれをただまっすぐそれへと掲げ、高々とそれを口にした。
「其は、聖者を貫きし災いの神槍。その力を持ってあまねく事象を貫き通せ……流血の神槍(ロンギヌス)!!」
その力はただの一点へと集中され、長く伸びゆく闇の巨杭は彼の手により其れを離れ、一条の軌跡となり投擲される。
わずかに迫った彼女の巨砲の雄叫びはまるでそれを包み込み、飲み込んだかのように思えたが、絶大な力を集約するその飛槍はその一切を抵抗ともせずに、それらをただの無力といわんばかりにはじき飛ばし突き進む。
「そ、そんな!」
すべてを賭した自らの一撃がそれによって徐々に勢いを減じる様を見て、なのははただ呆然とするしかほかがなかった。
「何をしている! よけろ!!」
その声に一瞬ほどの反応を遅らせてしまっていればおそらく、彼女は無事では済まなかっただろう。
たとえ、仮想体であるこの身であっても苦痛は感じるし、その苦痛も過ぎれば本体に対して影響を与える。
なのはは襲いかかる力の巨槍と拡散していく自らの力の奔流に吹き飛ばされそうになりつつも何とかそれをよけることに成功した。
自分のわずか1メートル横を飛び去るその巨槍はそのまま一切の減衰も見せず、ただすべてを貫き飛翔する。
先陣を切った、出し惜しみせず自分のなせる全力を費やしたはずだった。それにもかかわらず、彼はよけず受けず、なおも反撃することでそのすべてを打ち抜いた。
しかし、なのはにはそれが悔しいとは思えなかった。
悔しいと思うこと自体が何か間違っているような気がしていた。むしろ、彼が出し惜しみせず彼自身も己の最高を発揮してくれたことに喜びさえも感じていた。
「私の、完敗です。ベルディナ大導師」
息を荒くし、額にかなりの汗を浮かべるベルディナに向かって、なのはは晴れやかな笑みを向けた。