魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜 作:柳沢紀雪
アナザーエリア、32971号世界。時空連合において地球はそう呼ばれていた。
ミッド・クラスターを首都とする時空連合の世界地図は、首都を中心とした同心円状にそれぞれの世界が組み込まれる形となる。
中心を時空連合の宗主国がしめるセントラルエリア。その外殻を固める理事国の集まるプラネタリエリア。さらに外殻を覆い尽くす、時空連合の管理下にありつつもそれとは協調姿勢を見せない国家群、ターミナルエリア。
そして、その円盤の最も外れ、アナザーエリアと呼ばれる領域に所属する国家群の多くは未だ時空間航行技術も観測技術も持たない辺境のエリアなのだ。
地球もそのエリアに所属し、自分たちの宇宙の外に無限に広がる時空世界を知らない世界だった。
時空航行巡洋艦アークソルジャーに停泊する高速輸送船〈テンオ〉は通常の船舶であれば禁止されている単独による時空間離脱および、突入機能を持つ。
そのためこの船は、時空連合が管理する超空間ゲートを使用することなく時空間と宇宙空間の間を行き来することが出来るのだ。
「そろそろ地球の近傍領域へと達します。残念ながら、私達の艦はアナザーエリアへの一定距離以上の接近は許可されていません。最後までおつきあいできないのが残念です」
輸送船テンオに乗り込む面々は、通信モニターごしに話す艦長、本山美由紀の表情が陰る様子を目にしていた。
「いいえ、艦長。ここまでのご助力に感謝します。とても快適な航海でした」
なのはの言葉に美由紀は多少の笑みを浮かべ、
「ありがとう、なのはさん。それでは、いつまでも別れを惜しんでもいられません。貴船の航海の無事を祈ります」
なのは達、元特務機動中隊の面々は美由紀に対して敬礼を贈り、美由紀は敬礼と共にモニターを閉じた。
ハッチが開かれ、テンオが時空世界を飛び立つ様子をレーダー越しに眺め、美由紀は一つだけ溜息をついた。
「行ってしまいましたな」
艦橋の艦長席の側に立つ、彼女の副官であるサライト・カサラ戦佐補(三佐に相当)はそんな彼女に声をかけた。
「ええ。そうですね。とても勇敢な人たちでした」
美由紀は彼からコーヒーを受け取ると、砂糖とミルクをたっぷりと注ぎ込みそれを口にした。
「だが、あいつ等、どうも今の地球の状態を知らない様子だったぜ」
彼らの後方に立つ青年、この艦の参謀を務める秋月優一戦佐補はアークソルジャーのレーダー範囲から消えていくテンオを見つめてそう言った。
「艦長と秋月君の生まれ故郷、地球ですか。あの中にもあちら側の地球出身者も多くいたようですな。あれを見てどう思うことやら」
サライトは15年前の事件を思う。
「とにかく、幸運を祈りましょう。私達に出来ることはそれだけです」
「だな。操舵士、進路をプラネタリエリア218号へ向けろ、通常航海任務に戻る。アークソルジャー発進」
秋月は、操舵士にそう伝えると共にCIC(コンバット・インフォメーション・センター)に通信のやりとりを開始した。
背後に広がる地球を含む宇宙に背を向け、その巨体は時空間の海をゆっくりとこぎ出していった。
***
テンオが転移した場所は漆黒の闇を満点の星空が彩る空虚な空間だった。
「座標修正。天の川銀河太陽系第三惑星衛星近傍」
地球出身者にとってそれはとてもなじみの深いものであった。
装甲の開かれた窓の外には節くれだらけの表面を見せる月。今は太陽が裏へ隠れているためか、それは黒々とした様子を見せていた。
そして、その向こう側に浮かび上がるひときわ大きなものがそこにあった。
「地球だ。こうやって見るのは初めてだな」
それをいち早く目にした朱鷺守は、写真やテレビで見るそれとは格別の美しさを放つ生まれ故郷に感嘆の念を抱いた。
「私は、一度だけ。幼い頃仕事で見たことがあります」
なのははそのときと全く様子を違えないその光景に安心を覚えた。
あのときは友達を助けたい、これ以上の悲劇を防ぎたいという思いばかりでそれをゆっくりと堪能する暇はなかった。
状況はあのときと同じ、いや状況だけなら今の方が悪いかもしれない。それでも、地球の青さに心を奪われることができる分、自分にも少し心の余裕ができたのかもしれない。
なのははそう思っていた。
「地球へ降ります。大気圏を突入しなければなりませんので、かなりの揺れを覚悟していてください」
カーティスはそう通信すると、さっきまで開いていた窓の装甲板を再び閉じ、その舳先を地球へと向けた。
「地球、A3297号世界主星か。いやな事件だったぜ」
カーティスはそう独り言をつぶやくと、通常空間動力を起動させそのスロットルをゆっくりと押しやった。
船の内部にブースターの奏でる振動が重苦しい音として響き渡り、そしてしばらくすると別の振動が船の外部からすべてを揺さぶった。
「宇宙で感じる地震か。あまり、心地のよいものではないな」
エルンストは大気の摩擦によって生じる熱がわずかながら船内に漂ってくる様子を感じながら、ただそれだけをつぶやいた。
「大気圏突入完了。レイリア特務捜査官。どこへ行きましょうか?」
振動が和らぎ、それが完全になくなった頃カーティスは通信機越しにレイリアに声をかけた。
「日本の首都、元東京シティーだ。そこに協力者がいるとのことをベルディナ大導師から聞いている」
カーティスはわかりましたと伝えると再びそこを目指して舵を切った。
最初それを見たときにはそこがどこなのか理解できなかった。ひょっとすれば、目的地に向かう前に立ち寄った休憩地なのかとも思った。
できることならもう少しまともな場所で休憩がしたいと思った。
こんな、廃墟になったビル群が押し寄せる波のそこに沈んでいるような場所ではなく。
「到着しました。日本国元首都圏上空です」
カーティスにそう伝えられたにも関わらず、なのははそれを信じることはできなかった。
「どうして、こんなことに。これじゃまるで……」
水没した都市群の向こう側にはその浸食から逃れられた陸地が見えるが、そこもまた人の気配のしない荒れ果てた荒野となっていた。
「見えるかな、カーティス。あの山の麓から数キロほど手前。小高い丘になっているところがあるだろう。とりあえずあそこに降りてくれ」
レイリアは、窓の外とベルディナから渡された地形図、そしてこの周囲の略図を比べながらカーティスに指示をした。
エルンストはそれを見た、確かに彼の視線の先、ひときわ高い山の裾野に広がる森林より相当手前には頂上がぽっかりと開けた丘が見える。
森はその丘の奥で止まっており、わずかな深緑が蔓のようにその丘にまとわりついているのだった。
あれなら、船体の上部に何かかぶせれば空からのカムフラージュにもなる。
「着いたらいろいろと説明しますので、今は僕の指示に従ってください」
未だ崩れ去った町並みをただ呆然と眺めるなのはと朱鷺守にレイリアはそう伝え、カーティスに指示を送った。
急斜面に獣道が入り組む丘を下った先には、比較的まともな町並みを残した住宅街が広がっていた。
いや、まともと評した比較対象が水没した都市群であるからそう見えただけなのかもしれない。実際、その光景を初めて見たときにはここが人の住まう場所なのかと息をのむような様子だったに違いない。
レイリアが案内したその住宅街の一角には、崩れつつも未だ神秘的な静謐性を保つ屋敷があった。
「ここは」
その門構え、その先にある荒れ果てた庭を見つめ、朱鷺守は息をのんだ。目を見張り、なぜここがここにあるのかと膝をふるわせた。
「隊長? どうしたのですか?」
それを後ろから眺めていたエリオンは彼の様子の変貌にいち早く気がついた。
「なんてこった。ここは、俺の家じゃねぇか」
門のそばにある煤けて文字の読み取れない表札に指をこすりつけ、何とか現れたその文字に、なのはは声を上げた。
ほかの者にはそれが読めなかったが、彼女にはそれがはっきりと見て取れた。
『朱鷺守之屋敷』
それにはそう書かれていた。
「どちら様ですか?」
門前がにわかに騒がしくなり、それに気がついた家主が庭先から姿を見せた。
そして、彼女が彼の姿を目に写したとき、彼女は手に持っていた竹箒を取り落とし、静寂に沈む屋敷に乾いた音が響き渡る。
「お兄様……」
彼女は口を手で覆いながら、朱鷺守棋理を見つめた。
「……七葉……俺の、妹」
朱鷺守棋理は、自らの妹朱鷺守七葉から視線をそらしただその場にうつむき沈黙した。