魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜 作:柳沢紀雪
「ああ、そうだな。今回はまあ、何とかなったか。その代わり優秀な手駒を二つも失ってしまった。早急に手駒を揃えなければならんな、またよろしく頼むよ」
「分かってる。ああ、その通りだ。問題ないよ、アグリゲット、全ては事も無しだ」
「そうだな。ああ、そっちのかみさんにもよろしく言っておいてくれ。今回は随分迷惑をかけたってな。俺の娘か? 元気すぎてこっちが参るよ、まったく」
「了解だ、アグリゲット。……時空の海に平穏あれ……そのために我々は全てを投げだそう……この命を掛けて……全ての命を掛けて……」
そうしてベルディナ・アーク・ブルーネスは受話器を下ろした。
****
時空管理局の教導隊本部。ベルディナ・アーク・ブルーネスが再び座る執務室をノックするものがあった。
「入れ」
ベルディナは既にその来客を知っており、そこから顔を出した人物を迎え入れた。
「失礼します」
幾分やつれた表情をしているその女性、高町なのははそれでも2週間前のあのときに比べれば幾分かましな顔つきを取りもしつつあるようだ。
「調子はどうかな? 高町教導武官次補」
あの事件の後、高町なのはは教導評議会により、教導武官次補の任命を受けた。それは事実上の昇進であり、ベルディナにとってはなのはの口止めをしておくための材料でもあった。
あの事件は、公では発生しなかったことにされていた。浮遊要塞【永遠の箱船】は時空連合管轄内で起こった大規模な災害として処理され、高町なのは達はその事件の重要参考人として時空連合の縛となった。
しかし、その事件の背後に何ら犯罪とつながるものが発見されなかったと結論を下した時空連合はその身柄を時空管理局へ返還された。
時空連合と時空管理局はこの災害の主任格であると予想される、レイリア・フォートとエルンスト・カーネルを第一級広域指名手配し現在も捜索中だ。
エルンストは結局あの後発見されなかった。【永遠の箱船】の残骸は巨大な岩山となり、なのは達は時空連合の捕縛に会うまで彼を捜索していた。
あれほど生きることがつらかったときはないとなのはは今になって思い出す。
なのははベルディナとこれ以上話すことはないとして、手に持った封筒を静かに彼に差し出した。
辞表とかかれたそれをベルディナは見下ろし、一つだけため息をついた。
「今となってしまっては、これを拒否する権利は俺にはないだろう。だが、この大事な時期に優秀な人材を失うことは時空世界の損害になるとおもわんか?」
しかし、なのはは首を振り、ゆっくりと口を開いた。
「それは、あなた方の損害であり利益でしょう? 私は彼らのような生き方をすることはできません。私にその覚悟はありません」
ベルディナは彼女のその覚悟を思い知り、ただ「そうか」と言ってその辞表を受け取った。
「それと、これもお返しします」
なのはは赤色の宝石を取り出し、彼の前に置いた。
それは、なのはの持つデバイス【レイジング・ハート】のように見えたが、それは違った。
「これは?」
ベルディナの問いになのはは答える。
「エルンスト君が持っていたものです。壊れて動きませんが、彼の生きてきた証です。受け取ってください」
「……いいだろう……」
ベルディナはそれを受け取り、なのはの提出した辞表の上に置いた。
「最後に何か聞いておきたいことはあるか? 本来なら機密事項にふれることだが、君には特別に答えよう」
「聞きたいことはありません。しかし、教えていただけるのなら一つだけ。あなたの目的は何ですか? どうしてあなたはこの道を?」
「理由か。今となっては遠い昔のことだ。ただ、俺はあのときこの時空世界の平穏を夢見ていた。そして、それが果たせるのならすべてを犠牲にする覚悟をした。ただそれだけのことだよ」
「そうやって犠牲を積み上げ、あなたは何を得たのですか?」
「さあな、失ったものが多すぎて、俺は何を得たかったのか分からなくなった。それでも果たされることがあり、守られるものがあるならそれでもいいと思っていた」
なのはは彼がレイリアとエルンストの言うことと同じことを口にしたことに少なからず嫌悪感を抱いたが、彼が積み上げてきた年月と失ってきたものの数を思うとたまらなく悲しくなってしまう。
そして、なのはは実感した。この人もまた、自分が消耗品として最後を迎えることを願っていると。
「行きます」
なのははそういってきびすを返した。
「さようなら、高町なのは。君は間違いなく優秀な魔導師だった」
ベルディナの言葉を最後に扉が閉められ、部屋に静寂が戻った。
ベルディナは紅茶のカップを取り、一息ついた。そして、机の上にのせられた赤い宝石に目をやった。
壊れて機能を失ったデバイス。エルンストが常に肌身はなさなかったそれは、先ほど高町なのはが身につけていたものとその形状は酷似している。
ベルディナはおもむろに通信機を取り上げ、それに耳を当てる。
「俺だ、AWD(アーマード・ウェポン・デバイス)社につなげ。私的な用事だ」
回線がつなぎ直され、しばらくして目的の人物が電話口に声を示した。
「ああ、キハイル教授か? 俺だ、久しぶりだな。いや、なに、一つ調べてもらいたいデバイスがあってな」
カーテンから差し込む光が、今は息を引き取っている赤い宝石に差し込まれ、鈍い光を放った。
****
教導隊本部を出たなのはは一度だけそれを振り返り、今まで自分が過ごしてきた日々を思い返していた。
多くのものを得て、そしていくらかのものを失った。彼らは立ち去る自分を見て、どう思うだろう。賢明だと言うだろうか、臆病者と感じるだろうか。
なのはは首に提げられた【レイジング・ハート】を握りしめ、深く深く息を吸い込み、そしてはき出した。
「もういいのかい? なのは」
なのはは振り向き、そこに立っていた男性、ユーノ・スクライアに笑顔を向けた。
「うん、みんなとはお別れをすませたから。もういいの」
ユーノは、「そう」といってなのはに手を貸し、その正面につけられた乗用車に彼女を誘った。
ユーノの運転で発進する車。そして、流れゆく町並みをただじっと見つめて、なのはは口を開いた。
「ねえ、ユーノ君。ユーノ君は好きな人っているの?」
「え、えっと、なのは。どうしたの急に?」
「きっとユーノ君に好きになって貰える人は幸せなんだろうな。うん、きっとずっと死ぬまで、死んでも幸せでいられるんだろうな」
「な、なのは?」
「ねえ、私、知りたい。ユーノ君が好きな人が知りたい。教えて?」
「そ、それは……なのはも知ってるんじゃないの? そのひと。僕の側にいてくれて、僕を幸せにしてくれる人。それは、一人しかいないよ」
「うん、知ってる。知ってるけど、聞きたいのユーノ君の口から」
「そ、それは……、それはね……」
『失ったものがあった。なくしてしまったものがあった。それは多くは取り戻せないものだけど、それでもたくさんのかけがえのないものを私はもらった。
だから、私は幸せになろう。私の、私たちの幸せのために眠りについた彼らのためにも。私はせめて笑顔でいよう。
そして、私に笑顔をくれる人と一緒に生きていこう。そうすればきっと、誰もが苦しまなくてもいい世界が訪れるはずだから』
(end)