魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜 作:柳沢紀雪
「これでお前達も身に浸みただろう。例え相手より遙かに劣る戦闘力しか持ち合わせなくともそれらを適正かつ的確に運用することで、上位の戦闘集団と同等以上の戦果を上げることが出来る」
エルンストはその言葉を正に身を以て彼らに理解させた。
そして、その後、かねてより予定していた模擬戦闘ではエルンストは訓練生を後方から指揮し、なのはとヴィータを良いところまで追い詰めはしたが結果的に二人のタッグにより惨敗を期した。それでも、今までは二人を追い詰めることすら出来なかった訓練生達は改めて集団戦闘の大切さと、エルンストの情報戦力高さを目の当たりにし、彼らのエルンストに対する棘が若干和らいだように見え、なのはとヴィータは少しだけ安心した。
それでも、なのはとヴィータはエルンストが何か隠しているのではないかという疑念が頭から離れず、その模擬戦の前半はエルンストの真意を測るために少し精細を欠いた行動だったように思える。
エルンスト・カーネル一等陸士。任官してからまだ僅か4年程度である陸士にもかかわらず、彼の情報戦術にはベテランのなのはとヴィータであっても驚愕するしかなかった。
だからこそ、疑念が更に深まる。彼は一体何者なのか。何が目的でこの陸士教導隊に就任となったのか。彼のその人となりの僅かが見えてくるに従って、彼は教導官を目指しているようにはとても思えなかった。
なのはとヴィータは、今日の訓練の報告書をまとめ上げ、ベルディナへとそれを提出し終わった後、なのはの自室で休憩していた。
その部屋は若い女性にしては随分と簡素に見えるが、所々に見受けられるアクセサリー類やファッション情報誌などからなるほどこれは確かに女性の部屋だと納得のいく塩梅だろう。
その隅に、地球の最新ファッション、東京渋谷食べ歩きツアーなどと題されたムック本がバックナンバーまで揃っているところを見ると、今度の休暇で地球に帰省する予定でもあるのかも知れない。
なのははベッドに腰掛け、枕を抱き寄せると執務椅子によじ登ったヴィータと話を始めた。
「今日はなんだか少し疲れたな」
そういうなのははそのままころんとベッドに横になった。
「まあな、あのエルンストって奴、なんか気にいらねぇ」
ヴィータは部屋に設えられたコーヒーメーカーから勝手にコーヒーをつぐと、砂糖とミルクをたっぷりと入れて飲み始めた。
なのはは訓練終了後、報告書を提出しにいったところで、ベルディナからエルンストに関する諸元が入力されたデータを渡された。彼は、「悪い、渡すの忘れてた」とへらへらしていたが、なのはは苦笑いを浮かべてそれを受け取った。
そして、先程部屋に来たヴィータと共にそれを眺めていたところだったのだ。
エルンスト・カーネル。時空管理局陸士教導隊所属の一等陸士。魔導師ランク、陸戦B+。4年前任官して以来、様々な部隊を転々としながら現在ここに至る。
何故、一つの部隊に所属しないのかその理由は、本人の対人関係に関する問題とだけ記されその細部に関しての記載は存在しなかった。
そして、今日ここに所属になる前の部隊は、陸士の一部隊。主に地上本部周辺の警備を担当する大規模部隊で、若い陸士なら大抵のものは一度はその部隊に所属するというものだった。
しかし、彼のあの戦術スキルはとても警備部隊で培われたものではないということは明らかだった。
あれではまるで、情報戦と諜報戦に長けた特別戦技捜査官のようではないかとヴィータは呟いた。
なのはもそれには賛成だった。だから、ベルディナから渡されたプロフィールには隠匿された部分が多く含まれているのではないかと邪推しているのだ。
「何にしても能力は申し分ないわけだから、私たちとしてはありがたいんだけどね」
正直なところ、時空管理局はその創設以来慢性的な人材不足が続いている状態だ。その状態を鑑みれば、例えその出身が不明な人物でも能力さえあれば、例えそれが幼い子供であっても戦力としてしまう。
なのはもそういった経緯を持つため、あまり大きな声でエルンストに対して疑念があるとは言えないのだ。それに、なのはが数年前まで所属していたかつての実験部隊の事を思うと、誰でも人に言えない事情がある事は重々理解していた。それは、例え気を許しあった友人や仲間であっても簡単には告げることの出来ないものである。
Fの遺産、戦闘機人。こんな事は考えたくはないのだが、エルンストもそれと何か関係しているのではないかと思ってしまう。
かつての実験部隊。今はその実験期間を終え、解体されてしまったかつての職場である機動六課を思い出し、なのははそこで共に戦った仲間達の事を思いやった。
「みんな、今どうしてるかな」
なのはのいうみんなをヴィータもよく理解していた。
幼少より彼女と共にあった仲間、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、シグナム、シャマル、ザフィーラ、アルフ。そして、彼女をこの世界へと導いたユーノ・スクライア、まるで兄のように常に彼女を見守り影ながらサポートをしてくれるクロノ・ハラオウン。誰もがなのはにとってかけがえのない仲間であり、家族も同然の間柄だった。
時折連絡のある彼らは、現在順調に自分の目的のために歩みを進めている様子がうかがえた。
フェイトはあの後、問題なく執務艦長に任命され、現在ではその補佐官と共に一艦の主として時空世界を飛び回っているらしい。はやてはその後部隊長の職務を辞退し、現在は新部隊立ち上げの補佐をする立場にあるらしい。聞くところによると、二年ほど前、彼女の補佐により、かつての機動六課の実働部隊が産声を上げたとか。その部隊がどのようなものなのか、同じ時空管理局に所属する彼女でもその詳細は聞かされていないということから、それなりに秘匿事項の多い部隊なのだろうが、はやての持つ部隊のことだ、おそらく優秀な人員で構成された良い部隊なのだろう。シグナムを始め、ヴィータを除くヴォルケンリッターは良いはやての護衛と補佐役として有名になりつつある。
クロノは執務官提督として時空管理局をよく導いている。最近、テレビで彼の姿をよく見かけるようになった辺り、順調にキャリアを積んでいることだろう。
そして、ユーノは。なのははベッドの枕元に置かれた二枚のフォトスタンドをちらっと眺めた。
そこには、フェレットの姿をした彼を幼い自分が抱えている写真と、数年前かつての聖王関連の事件を解決した後に彼と撮った写真が並べられていた。
ここ数週間ほど会っていない。以前なら二人とも何とか時間を見つけて食事や買い物に出かけていた、当然娘のヴィヴィオもつれて。
しかし、なのはに舞い込んだ昇進の話から急激に忙しくなり、今となっては連絡を取ることもおぼつかなくなっている状態だ。
なのははここに来るまで昇進の話をことごとく辞退していた。それは、今の一等空尉の階級に何の不満もないことも上げられるが、これ以上の昇進をすればいずれ現場にいられなくなってしまう可能性が高まるからだ。
しかし、なのははベルディナに言われた言葉にその考えを改めるべき時が来たということを感じていた。
『君が何時までも現場にいたいという気持ちはよく分かる。しかし、現実はそうもいっていられない。君はそろそろ、次世代を築き上げそれを育成する立場に立つことも考えなければならない。ここで、一つ自分のリアルな将来というものを考えてみてはどうかな』
その言葉に彼女は反論できなかった。
そして、思い悩む彼女にユーノは的確な助言をすることが出来なかった。何せ、それはなのは本人の将来に関することなのだ。事実上他人であるユーノにそれをどうしろとは言えない。それはなのはにも理解できることだったが、出来ることなら彼には何らかの道を指し示して欲しかったとも思っていた。
そんな彼女に一つの道を与えたのが、ベルディナ本人だったのだ。
彼は、ひとまず当面の所、教導武官の道を目指してみてはどうかと進めた。教導武官、それはベルディナの立つ教導隊の頂点のセクション。時空管理局武装隊の将来的なビジョンを模索しそれに関して全ての責任をおう重要なセクションだった。
そのため、彼女は見識と経験を深めるため航空教導隊から陸士教導隊へと出向になったのだ。
「なのは、なのはってば!」
ヴィータが自分を呼ぶ声に、なのははユーノの写真を見つめたまま物思いにふけっていた事に気がついた。
「な、なに? ヴィータちゃん」
「そろそろ飯に行こうぜ」
なのはは時計を見た。確かにヴィータのいうとおりそろそろ夕食時のようだ。今日の訓練はいつもよりハードだったこともあり、なのはも幾分空腹が身体を支配していた。
「そうだね、行こうか」
なのはは制服の上着を取るとそれを羽織り、ボタンをきっちりとはめネクタイをしっかりと結んだ。上官たるもの部下の範であるべし。こういう所も気を遣うなのはは良い上官であるのだろう。
ヴィータは彼女に比べると幾分かだらしなく見えるが、それでも彼女の元気の良さが伺えてなのはは微笑んだ。
なのははヴィータと共に部屋をあとにする。
「ねえ、ヴィータちゃん。ヴィータちゃんは、将来のことについて何か考えてる?」
「あたしか? あたしははやてと一緒にいられたらそれでいい。今はなのはのおもりだけどな」
「おもりって、私そんなに子供じゃないよ」
「あたしらヴォルケンリッターにして見りゃ子供さ」
「そっか、そうだね」
なのははヴィータが少し羨ましくなった。ヴィータは何者にもとらわれることなく、自分が決めた道を貪欲に突き進む。それが他人からすれば失笑を喰らうような淡い望みであっても、彼女はただそれを目指して歩いていくだろう。そして、なのははそういう思いこそ強い力を持つということを知っていた。
私はどうしたいのかな。なのはは隣を歩くヴィータと雑談を交わしながらそんなことを考え続けていた。
答えは出なかった。