魔法少女リリカルなのはFF〜Midnight Circus〜 作:柳沢紀雪
廊下を歩くなのはとヴィータは少し疲れていた。
「いきなりここに呼ばれたってのに半月も立たないうちに出向かよ。まったくやってらんねぇな」
ヴィータは完全に不満の様子で、天井を仰ぎながら頭の後ろで腕を組んでいる。
「それでも、はやてちゃんが作った部隊に行けるんだから、私は嬉しいな」
なのはは、言葉通り期待に胸を躍らせていた。ここ数年、正確には聖王の揺りかご事件の後、はやてとは直接顔を合わせた覚えがほとんどなかった。
今度出向になる機動中隊は、あくまではやてが設立の手伝いをしただけの者だが、それでも運が良ければはやてとまた一緒に仕事が出来るかも知れないのだ。
そして、機動六課の実働部隊として設立された以上、元の部隊から呼ばれた者も多いだろう。ちょっとした同窓会になればいいなと、なのは気楽に捉えていた。
「お前は気楽で良いよな、なのは」
ヴィータはそのなのはの気楽さに呆れつつも、それを前向きと捉え笑みを送った。
「そうかな」
なのはも自分自身のある一種の楽観性を自覚しているが、物事をあまり深く捉えないというのは一つの欠点だとも思っていた。
「それにしても、エルンストが一人だけ残されたのは何でだ?」
「分からないけど、大切な話があったんじゃないかな」
「あたしらには内緒でか」
「エルンスト君は、何というか。いろいろ事情がありそうじゃない。多分、そういうことだと思うよ」
ヴィータは「事情ねぇ」とどこか胡散臭そうな匂いのするあの二人を思い浮かべて鼻を鳴らした。
「と、噂をすれば」
なのはは、廊下の曲がり角を曲がっていったエルンストを見つけ、声をかけようとした。
しかし、エルンストは彼女が声をかけるまもなくそのまま外へ出て行ってしまった。
「話は終わったみてぇだな。だけど、あっちは射撃場じゃねぇか。あいつ、何のようだ?」
ヴィータのいうとおり、彼が歩いていった先にはだだっ広い射撃場があるだけで、エルンストのような情報士には無縁の場所のはずだった。
しかも、なのはは彼がデバイスを持っていたことに気がついた。
数年前まではそうではなかったが、最近起こったデバイスに関する事件で、時空管理局でのデバイス管理が大きく変わったのだ。
それまでは、休日であっても自分のデバイスを持ち出しても何の咎もかけられなかったところ、今となっては訓練や作戦時以外のデバイスの所持は禁止されている。それが、時空管理局の施設内であっても同様だった。
しかし、デバイスは情報端末として広く利用されている背景があり、その代わりに支給された携帯端末だったが、なのははどうもこれと相性が悪いらしい。
しかし、今通りかかったエルンストがデバイスを持っていたということが何らかの訓練をするためだと推測できるが、一体何の訓練なのか。
「私たちも行ってみようか。午後の訓練が中途半端だったから、自主訓練としてね」
なのははそんな彼に少し興味を持ち、ヴィータを訓練に誘った。
「まあ、いいけどよ。派手な模擬戦は勘弁だぜ」
ヴィータは心持ち気が乗らない様子だったが、実際訓練がうやむやになってしまったのを不満にも思っていた。
デバイスの管理施設は、訓練場と射撃場の中間に位置している。ここからなら数分で取りに行けるので、ヴィータはまあいいかと行ってなのはの誘いに乗ることにした。
それは、よい結果をもたらさなかった。
***
だだっ広い射撃場。20km四方にも広がる一面の荒野にも似たそこは、大規模な射撃訓練、たとえばなのはの使用する大規模砲撃魔術などの訓練も行えるよう、時空管理局が数年前に設立したものだった。
その射撃場の要地を買収するため、周辺の住民や他の官庁施設との大きな軋轢があり、今でも射撃場の返還を訴える周辺住民のデモ活動が休日になると見受けられる場所だった。
エルンストは、射撃場のコントロールシステムと自信のデバイスをコネクトさせると、その調子を図るため幾つかの標的を立てては下ろしを繰り返していた。
風吹いていない、もしくは微風。無視することも出来るが、有効射程ギリギリなら少しばかり考慮に入れる必要がありそうだ。
その射撃場は、彼らが普段使用する中規模程度の訓練場とシステムを同じにしていたが、こちらの方がより近代化されており、その気になれば疑似空間力場調整によって、重力の低い環境や無重力環境での戦闘訓練も行えるようになっているらしい。
本来なら同一平面上にベクトルの異なる重力が存在することは許可されていない。そのため、その調整はあくまで疑似重力であり本来的なら真性の重力を操るというわけではないとのことだったが、エルンストにはその仕組みは理解できなかった。
エルンストは射撃場の様子をざっと見渡した。
先程上げた標的は、それぞれ500m、1000mと3000mまで500m刻みに立てられている。その間には、トラックや乗用車、装甲車や歩兵、民間人などの移動標的(ムーバー)がランダムの速度で行き来する。
地球に住む軍人ならその移動表的は全て木板や鉄板に描かれたものが、レールで移動する程度のものになっただろうが、最新技術を応用したそれらは見た目本物の移動体と区別できないほどのクオリティーを有する。
それに打ち込めば、打ち込まれた箇所に応じて車なら壊れ、人間なら血流をまき散らして地に臥す。いわば、人間を殺す感覚を擬似的に体験できるようになっているのだ。
(だが、これは少しやりすぎだ)
それを初めて経験したエルンストは、実際に敵兵のターゲットに自弾が打ち込まれた時、血流はおろか体内の臓物までもがまき散らされた事を見て常々そう感じていた。
これでは、人間を殺す感覚を養うどころか、むしろ人間を殺すことになれてしまうのではないか。確かに、殺しを躊躇しない軍人は必要とされる。しかし、あからさまにそれらの感覚を麻痺させるものをつくってどうするのかと思いもする。
機械的に殺人を行う人間は、自分たちのようなものだけで十分だというのに。
少し物思いにふけってしまった。見ると、ターゲットの間を行き来する往来の女性がどことなく退屈そうに歩き回っているように見えた。
彼女が標的か、それとも撃ってはならない障害物なのかは個々では判断できない。彼女は民間人を装ったテロリストである可能性もあるのだ。それは、コントロールシステムによってランダムに決められ、それを確認するにはそれがテロリストのような動きをするか、実際に打ち込んでみる以外には方法はない。
エルンストは、腕輪に手を添え、少しだけ息を吸い込んで吐き出した。
「クリミナル・エア、ストライク・ビューワー、セットアップ」
静かに紡ぎ出されたその言葉に呼応して、光と共に彼の殺人器は息を吹き返した。
一週間もの間眠りについていた【クリミナル・エア】は久しく起き上がった感触にとまどったのか、状況把握のため自主的に【ストライク・ビューワー】と回線を繋ぎ、情報収集を開始した。
《状況把握終了。使用者エルンスト・カーネルを確認。現状にて待機》
【クリミナル・エア】から送られてくる音声にならないメッセージにエルンストはそれをゆっくりと撫でた。
(デバイスは良い。人間と違い、こいつ等は俺を裏切らない)
まるで彼は親友と会話を交わすかのように【クリミナル・エア】に現状報告をさせた。
《現状、遠距離精密狙撃状態。二四時間以上調整されていないため可及的速やかな対処を要求。その他各部に損傷無し》
「よし」
そう呟き、エルンストはゆっくりとそれを構え、銃床を肩に押しつけ、前床に二脚(バイポッド)を表出させると、射撃サポートのために設えられた台の上にそれを下ろした。
グリップを握りしめる右手と肩に押しつけられた銃床をサポートする左腕はその肘の部分を顎にしたに置き、同時に中空の右手を保持するべくそれを下から押し上げた。
そのすべてはまるで、【クリミナル・エア】が自分の身体の一部になる感覚だった。この状態をとった時強く思う、自分は人間ではなく【クリミナル・エア】の発射システムの一部なのだ、と。
(弾頭予測)
【ストライク・ビューワー】の高性能照準器はそれに呼応し、最初のターゲット。およそ500m離れたブルズアイ静標的をセンターに構え、【クリミナル・エア】からもたらされた情報と、その側に立てられた【コールド・アイズ】がリアルタイムで取得する周囲の環境の情報とをリンクさせ瞬時に情報処理を終えた。
指示から0.1秒も経たないうちにその赤色の奇跡は、エルンストが覗き込むレティクルを上下に貫くように表示され、それは刻々と状況の変化を物語るように左右に揺らぐ。
人間の感覚では読み取れない微弱な風の揺らぎがあるようだ。500m程度であればその範囲は弾頭の予測できないばらつきの範囲内に十分納まっているが、これが2000mを超えるとそれも無視できなくなるだろう。
コリオリの力も考慮に入れなければならない距離ではあるが、それはこの惑星の自転が変化しないかぎり大した揺らぎは確認できない。問題は惑星の歳差運動による揺らぎだが、それも大した誤差にはならない。
一番大きなものは、銃身内での弾頭の振動だとエルンストは考える。なにぶん弾頭を高速で打ち出すために銃身内にたまる空気はそれによって大きく圧縮されることとなる。
バネのような特質を有する空気は圧縮後元に戻ろうとして膨張し、その殆どはマズルより外へ放出されるのだが、その幾らかは弾頭を押し戻そうとする。
その僅かな力であっても弾頭は僅かに直進性を失い、速度ベクトルと方向ベクトルの間に僅かな隔たりが生じてしまうのだ。
そのため、弾頭は不規則な回転を与えられることとなり、それが着弾のばらつきへとつながる。そのばらつきばかりは高性能のデバイスであっても予測できない状況であり、撃った弾が必ず同じ所に着弾するというニュートンの運動の法則に反する結果をもたらすのだ。
だが、とエルンストは思う。
(それを包括できなくて何が狙撃手(スナイパー)か)
狙撃手が撃って当てられるのは当たり前、それ以上の戦術的優位性がなければ一流の狙撃手を名乗る資格はない。
レティクルの中央、そして弾頭予測の光線の先が標的のセンターと重なり合い、さっきまでその後ろをうろうろしていた民間人の男性がその裏側から姿を見せた所を見計らい、エルンストはトリガーを押し込んだ。
空気を切り裂く甲高い音よりも先行し、ターゲットのほぼ中央下より1.3mmの部分に僅か7mm程度の円点が穿たれた。
(予測修正、次弾装填)
その結果を受けて、【ストライク・ビューワー】はすぐさまレティクルを下部に0.2mm移動させ、弾頭予測アルゴリズムを修正した。【クリミナル・エア】は空になった薬室に予備の弾頭を手早く装填し、エルンストが構え直すよりも遙かに高速に全ての処理を終わらせ彼の行動終了を待った。
(この狙撃システムで最も性能的欠点を持つものは使用者である俺自身だ)
エルンストは前二者に比べ圧倒的に性能の劣る自らを呪った。自らの性能がその二者に劣らないほどのものだったら、ニコルを助けられたかも知れない。
考えることすら無駄である事をエルンストは考え、
《使用者の射撃への集中を求む》
という【ストライク・ビューワー】の警告に頬をゆるめた。
(分かってるよ)
そして間髪入れずに第二射をリリースした。
初弾命中から僅か1.1秒。初弾より0.6mmほど中央よりとなった円点を見て、エルンストはさらなる射撃を続けた。
一つのターゲットに対して平均6発。近距離から徐々に遠距離に行くにつれ学習を蓄積するデバイス達でも、3000mもの距離となるとそのばらつきは最大でも80mmにもなってしまう。
それでもそれがマンターゲットであれば何とか打ち落とすことは出来るだろう。しかし、それ以上ともなると、精密狙撃を心がけるのであれば避けるべき距離であった。
エルンストは連続発射による熱で陽炎を上げる銃身を下ろし、【コールド・アイズ】を用いてそれを確認した。
先程から【クリミナル・エア】から、
《銃身加熱警告》
が出されている。
エルンストは、フレームをオープンさせその銃身を外にさらけ出すことでそれを冷却した。通常のデバイスが行う排気による冷却はこれにはしない方が良い。急激な冷却は予期せぬ銃身のゆがみに繋がり、一度でもそれをしてしまえばこれはとても使えるものではなくなってしまうからだ。
冷干鍛造によって製作された構造材なら多少のハードワークにも耐えられるが、エルンストの使う超精密銃身は非常にデリケートであるためむやみなハードワークを行うわけにはいかない。
銃身から立ち上る膨大な陽炎を見下ろして、エルンストはしばらくの休憩を決めた。銃身が冷却されれば次はクリーニングが待ち受けている。
バレルにライフリングが刻まれている時代とは違い、それにはそれほどの精密作業は必要としないが気をつけて執り行わなければならのは同じ事だ。
それによってCCB(Clean and Cool Barrel:綺麗で十分冷えた銃身)は完成し、それを持って彼は再び射撃の世界へと陥っていく。
それは陽光が沈むまで行われた。
***
その光景を少しの間眺めていたなのはとヴィータは驚愕するより他がなかった。
それは彼の射撃技能のみにあらず、デバイスの運用方法だった。
「あいつ、やっぱり隠してやがった。何が戦闘用のデバイスを持っていないだ。大嘘つきめ」
ヴィータは何より、彼が戦闘用のデバイスを隠し持っていたことに腹を立てていた。しかし、よく思い返せば彼は【コールド・アイズ】を見せ、これは戦闘用のデバイスではないと話しただけで他にデバイスを持っていないとかそれらは戦闘用のデバイスではないとは一言も言っていないことに気がついて、更に歯ぎしりをした。
「クリミナル・エアとストライク・ビューワーだったよね。それとコールド・アイズ。すごいね、全部で三つのデバイスを自在に操るなんて」
なのはその事実に驚きを隠せなかった。魔導師は一つのデバイスを使用するという何らかの固定概念が彼女にはあった。しかし、彼はそれをものの見事にあっさりと打ち砕いてくれたのだ。
ある意味痛快だなとなのはは思い、自分にもそういう方向は考えられるかと思い至りそれ以上考えるのを止めることとした。
エルンストが行ったデバイスの同時並列使用は、デバイスの処理能力を主眼に置かれたキハイル式デバイスシステムであるからこそ可能であり、なのはやヴィータが使用している既存のデバイスシステムではとうてい使用者の処理が追いつかないことだった。
それになのはは、自分自身の頼れるパートナー【レイジング・ハートEX】があればそれで十分だと考えていた。
しかし、せっかく保管庫から自分自身のデバイスを持ち出してきた二人だったが、これではすっかり出るタイミングを失ってしまった。
エルンストはあの調子では当分の間射撃場から立ち去りそうではないし、休憩の合間を見計らって声をかけても察しの良い彼のことだ、そのタイミングを影で見計らっていたことにすぐに気がつくだろう。
せっかく集中して訓練をしている彼を邪魔するのは忍びない。そう考えたなのははヴィータの肩を叩き、静かにそこから立ち去ることとした。