昼食を終えた俺たちは、食堂を後にして教室へ戻った。
午後の授業まではまだ少し時間がある。教室に戻って席へ着くと、一之瀬さんは近くの席に座る神崎へ声を掛けた。
「神崎くん、さっきの勉強会のことなんだけど」
「ああ。ちょうど俺も考えていたところだ」
どうやら中間テスト対策の勉強会についての打ち合わせの続きを始めるらしい。
クラス全員が退学制度という現実を突きつけられたばかりだというのに、二人はもう次にやるべきことへ意識を切り替えていた。机の上にノートを広げ、必要な項目を一つずつ整理していく様子を見ていると、自然と感心させられる。
各教科ごとに成績の良い生徒を教師役として配置すること。勉強会の開催日程や時間帯の調整。部活動などで毎回参加できない生徒へのフォロー方法。さらには共有するプリント類や連絡手段にまで話が及び、俺なら思いつきもしないような案が次々と出てくる。
この学校の制度が明らかになってから、まだ数時間しか経っていない。それにもかかわらず、二人はすでに「どうすればクラス全体を守れるか」という視点で動き始めていた。
やっぱりすごいな。
そんなことを考えながら二人の話に耳を傾けていると、不意に神崎がこちらへ視線を向けた。
「三条、お前は何か気になることはないか?」
突然話を振られ、思わず間の抜けた声が漏れる。
「え? 俺?」
「ああ」
「いや、なんで俺なんだ?」
そう尋ねると、神崎は少しだけ考える素振りを見せてから口を開いた。
「お前の心配性、というと聞こえが悪いな」
そこで一度区切り、小さく首を振る。
「……その危機管理能力の高さは、立派な才能だと思う。一之瀬も言っていたが、だからこそ、俺たちには思いつかないような意見が聞けるんじゃないかと思ってな」
「うん、私もそう思うよ」
一之瀬さんも同意するように頷く。
下手に監視カメラについて言及したせいなのか、どうにも2人の自分に対する評価が過剰な気がする。
「そう言われてもなぁ……」
俺が気にするのは、結局のところ事故や事件みたいな身の危険に関わることばかりだ。
監視カメラだって、周囲を気にていたからその存在に気付く事はできたが、別に多いからと言って危険があるわけではないと、その違和感を放置していたのだから。
Bクラスは小テストの平均点も高かったし、中間テストそのものについてはそこまで気にしてはいなかったのだ。
――でも。
朝のホームルームでの一之瀬さんの様子を思い出す。
このクラスの誰かが退学になることは、彼女にとって事故や事件と同じくらい避けたい「危険」な事なのだろう。
もし、このクラスから退学者が出たら、目の前の彼女は悲しみ、自分を責めるのではないのか。
それは、想像の中でもあまり見たくない光景だと思った。
「参考になるかは分からないけど、逆から考えてみるのはどう?」
俺の発言に対して二人は「逆?」と不思議そうに返す。
「そう。確認したいんだけど、一之瀬さんにとってこの中間テストで一番避けたいことって、このクラスから退学者が出ること。それで間違いない?」
一之瀬さんは少しだけ目を丸くしたあと、真剣な表情で頷いた。
「そう、だね」
迷いのない声だった。
「もちろん、Aクラスを目指すためにも、できるだけクラス全体で高得点を取れたら嬉しいよ」
だけど、と続ける。
「私にとって一番大切なのは、このクラスから退学者を出さないこと」
普段の彼女が浮かべる優しい笑顔とは違う。
クラスのリーダーとしての責任感を宿した、強い眼差しだった。
一之瀬さんの意思も確認できたので、改めて『退学』が危険な事だと意識して話を進める。
「じゃあ、仮にこの中間テストでBクラスから退学者が出てしまうとしたら、それは何が原因で、どんな事が起きた時だと思う?」
最善を求めるのではなく、最悪が起こる事を想定してその原因を一つずつ取り除いていく。普段俺が危険対策をする際のメソッドだ。
「それは……」
一之瀬さんは険しそうな表情を浮かべる。彼女にとって、それは想像することすら嫌な事なのかもしれない。
ただ、俺ができる対策なんてこういった方法しかないのだ。
「退学者が出るという事は、要するに赤点を取る生徒が出るという事だろう?
それならテスト対策が不十分だったという理由以外ないんじゃないか?」
「そうだね。まず考えられるのは純粋な勉強不足だよね。でも、それについては勉強会とかで対策をしてる。
そもそも、Bクラスは小テストでも赤点候補の生徒はいないし、単純な学力不足って理由はあまり考えられないんじゃないかな。
それでも赤点が出るとしたら、それは何が原因だと思う?」
2人に話しながら自分でも考えてみる。もし、このクラスで赤点が出るとしたら。
その原因は何か?
「ケアレスミスを多発してしまって、赤点を取るって可能性はあり得るかも……、あとは名前を書き忘れちゃうとか?」
「体調不良で普段の実力を発揮できずに赤点を取ってしまう可能性はあるかもな。
あるいは、そもそも試験を受ける事ができない場合も……」
一之瀬さんと神崎がそれぞれ意見を言う。
ケアレスミス、名前の書き忘れ、体調不良。
どれも可能性としてはあり得るが、それらの対策は精々各々に注意を呼びかけることくらいだろう。
うーん。
普段自分が想定している『危険』とは全く異なるからか、上手く頭が回らない。
もう少し具体的に考えてみよう。
赤点を取るという事はテストの点が悪いという事だ。そして、多くの問題を間違えるという事だ。
では、どんな問題が出たら俺たちは解く事ができないだろう?
「参考までに、二人はこの前の小テストで間違えた問題ってどれ?」
小テストの結果は今朝返ってきたばかりだったので、二人とも記憶には残っていたようだ。
「俺は最後の2問が解けなかったな。というか最後の3問以外は殆ど基礎的な問題だったし、みんな似たようなものじゃないか?」
「そうだね。私もおんなじだよ。そもそもあの3問についてはまだ習ってない範囲だったし、解けなくてもしょうがないと思うけど。三条くんは?」
「……そうだね。俺も似たような感じかな」
2人ともあの3問のうち、1問は解けたのか。俺は3問ともわからず、ついでにケアレスミスで1問計4問間違えてしまったのだが。
改めて、2人の学力の高さに感心する。
いや、一之瀬さんも言った通りあの問題はそもそもまだ習っていない範囲だったのだから解けないのは当たり前なのだが、
いや、待て。
「習っていない問題?」
俺の呟きを聞いて、一之瀬さんの表情が変わった。
「今度の中間テストでも、同じ様な問題が出るかもしれないって事?」
一之瀬さんが不安そうに言う。
「でも、中間テストは試験範囲もちゃんと決まってるし……」
学校がそんなことをするはずがない。
そう信じたい気持ちが、その声から伝わってきた。
俺だって、そう思うが、
「どうだろう。実際に小テストっていう実例はあるんだし、流石に習っていない範囲はともかく試験範囲外の問題が出る可能性は、ないとは言い切れないんじゃないかな」
中学でも、試験範囲を間違えてしまいテストの点が悪かったと嘆いていたクラスメイトがいた事を思い出す。いや、彼はあの後友人から言い訳すんなと叱られていたのだったか。
まぁ、ともかく小テストの事を考えればあり得ない事ではない様に感じる。
「全くありえないとは言い切れないだろうな」
神崎が冷静に言葉を継ぐ。
「抜き打ちの小テストで、未履修範囲の問題が出題された。それなら、中間テストで試験範囲外の問題が出る可能性も否定できない。
既に習っている内容なら、授業への理解度を測るという名目も立つからな」
一之瀬さんは少し考え込んでから、真剣な表情で頷いた。
「うん。余裕のある人には、試験範囲外の内容も勉強してもらえるように声をかけてみるね」
そこで神崎が尋ねる。
「勉強会だが、今日から始めるか?」
一之瀬さんは少し考えてから、首を横に振った。
「今日は色々ありすぎたから、まずはみんなに気持ちを落ち着かせる時間も必要だと思うんだ」
そう言って微笑む。
「予定通り勉強会は来週からにしよう?
もちろん、今日のうちに自主的に集まって勉強するのは大歓迎だけどね」
「わかった」
神崎も納得したように頷いた。
「ごめんね。
どっちにしても、今日は生徒会役員の申し込みをしたいから、私は参加できないんだ」
一之瀬さんが申し訳なさそうに笑う。
そういえば、一之瀬さんは生徒会に入るつもりだと言っていた。
「生徒会の申し込みって今日からなんだ?」
「うん。どうして5月まで待つんだろうって思ってたけど、にゃはは。
こういう事だったんだね」
まぁ、この学校の本質が明らかになるまでは下手に学校内部に関わらせるわけにはいかなかったのだろう。
「頑張ってね」
一之瀬さんなら断られることもまずないだろう、そう思い気軽に声を掛けると彼女はいつもの柔らかい笑みを浮かべて「ありがとう」と礼を言い、自分の席へと戻っていった。
◇
午後の授業を終え、放課後。
帰り支度をしていると、神崎が声をかけてきた。
「三条、このあと希望者で勉強会をするんだが一緒にどうだ?」
「あー、ごめん。今日はちょっと買いに行きたいものがあるんだ」
「そうか」
神崎はそれ以上深く聞いてこなかった。
せっかくの誘いを断るのは申し訳なかったが、このSシステムの実情を知って、とある危険性について思い至ってしまった以上準備は必要だ。
中間テストそのものについては、俺はあまり危険視していなかった。俺が、危険だと思っていたのは別の可能性だった。
教室を出た俺は、そのままケヤキモールへ向かう。目的の店をいくつか回り、必要なものを吟味して買い揃える。
会計を終え、プライベートポイントの残高を確認した。
消費したポイントは、約一万。
決して安い買い物ではないが、まぁ必要経費だと思うことにしよう。
紙袋の中身を確かめ、小さく息を吐く。
「使う機会が無いに越したことはないんだけど……」
小さく呟いて、俺は夕暮れのケヤキモールを後にした。
中間テストについて、主人公目線で真面目に考えたらこんな感じになりました。
基本的にこの作品は主人公の少し斜め下な危機管理能力によって、何故か結果が好転するという話です。