その日暮らし   作:夏の一日

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魔法転星!スウィート⭐︎メドゥーサ!!

「貴公、足がふらついているぞ。しっかりと歩け。」

 

「あぁ…ふわぁ…。」

 

 バーを出ると、狭い帝都の空に朝日が登っていた。倒れそうになるユウガオを見兼ねて、オリヴィエは肩を貸してやる。朝までメロンソーダを飲み続けたユウガオに付き合って酒を飲んでいた彼女には、顔に当たる眩い朝日が不愉快だった。バーにいた堕天司、ベリアルに唆されて、計画に使えるというこの男を利用するために近付いたが、夢現にふらふらと歩くその姿はとても強大な力を持っているようには見えない。唯一その腰にぶら下げられた刀からは妙な気配を感じるが、それも何処か希薄で掴みどころのないものだ。

 

「貴公の家は何処だ?仕方がない、私が送っていこう。」

 

「家…?俺に家などない…家とは心だ…そう、心、言葉の中に故郷はある…。」

 

「何を言っている、しっかりしろ。」

 

 千鳥足で進むユウガオに合わせて、仕方なくオリヴィエも帝都の喧騒の中を進んだ。女に支えられながら歩く着流しの美丈夫の姿は人目に立ち、堕天司としての正体を隠しているオリヴィエに取って不都合な状況だったが、そこらに捨て置く訳にもいかない。なるべく人目の少ない方へ向かおうとするオリヴィエの傍で、ユウガオはぶつぶつと呟き続ける。

 

「人も空も、神も等しい…。流れる川の雫のように、無為に揺蕩う…陽は落ちて、陽は昇り…君もそうだ、オリヴィエ…君の夢、そしてシルヴィア、全ては雫の如く…。」

 

「ッ!?貴様、何を知っている!?」

 

 弾かれたように体を離して身構えるオリヴィエの前で、ユウガオはふらつきながら晩蝉を抜刀して空間を斬りつける。生まれた狭間に男は消えてゆき、オリヴィエやそれを目にした群衆の驚愕によって生まれた暫しの静寂は、やがて帝都の喧騒の中に再び飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルーマシー群島の外れ、森の奥深くに転移したユウガオは、石を枕にして植物の生い茂る大地に寝そべった。鬱蒼と生い茂る木々の葉の間から差し込む光に、頭上に掲げた晩蝉の刃を透かせる。黄昏の色の中に、数多の光景が写し出されては消え、移りゆく。そろそろ物語が始まる。特異点を中心とした漣は水面に波紋を起こし、やがては全空を巻き込む波濤となるだろう。彼らの掲げるのは人間讃歌、生命の讃歌、そして宇宙の讃歌。ユウガオは葉に遮られる太陽を見上げた。何と美しい輝きだろうか。そして人々の心は、時にあの日輪にも比する輝きを放つものだ。何と素晴らしき世界だろう。

 だが同時にユウガオは沈みゆく太陽の美しさも知っていた。そして夜が訪れ星が瞬けば、何れ太陽が昇るということを。悪が満ち、命が死に絶え、輪廻はなく、宇宙も終わり…それでもいつかは新たな輝きが昇るのだ。だから彼は人間讃歌の輝きにも、絶望の闇にも与せず、ただ黄昏の中に生きている。昼でも夜でもない、不思議な時の中に。

 洗濯機が便利なのでアガスティアにしばらく留まろうと思っていたが、ここにいるとやはりああいう空気の悪い場所は好みじゃないというような気がしてきた。フリーシアに鍵を返して、暫くは森の中で暮らそうか。ここなら音楽を代金にしてユグドラシルに寝床や食べ物を恵んでもらえば後は好きに暮らせる。

 

「ふぅんふふーん♪ ふんふーん♪…って、げえっ!アンタ、また来てたの!?もう、今度は食べ物なんてあげないんだからねっ!」

 

 この島に住み着く石化の力を持つ星晶獣、メドゥーサと、彼女に付き従う巨大な蛇メドゥシアナが木の陰から顔だけを出してユウガオを睨みつける。前にここで同じように寝転んでいたユウガオを遭難者と思い込み色々と世話した挙句、後にそれが勘違いだったと分かって以来、メドゥーサは誇り高い星晶獣というイメージに反するという理由で恥じらい、ユウガオを見かけるたびに騙されたと騒ぎ立てていた。

 ユウガオは晩蝉の刃を見つめた。この島も何れ特異点の物語と深く関わることになり、ユグドラシルは一時的に果物や寝床を作り出すことが出来ない状態になるだろう。

 

「なっなによ!何でアタシをじっと見るのよ!ふん!そんなに見たってアンタにあげるものなんて何にもないんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファータグランデ空域にある片田舎の島、ザンクティンゼルの少女ジータは、行方不明の父からの手紙を頼りに空の果てにあるという伝説の島、イスタルシアを目指して旅をしている。ここルーマシー群島へは、彼女の仲間である星晶獣を従える力を持つ蒼の髪の少女、ルリアの秘密を知るために訪れていた。

 

「おいルリア、ほんとにこっちにアイツが居るのかよ。もうずっと同じような森しか見てないぜ…?」

 

 ジータの相棒である羽の生えた赤いトカゲのような生き物、ビィがうんざりした様子で尋ねると、ルリアは目を瞑って辺りの気配を探る。

 

「えっと…はい、少しずつ近付いてます。でも…。」

 

「こんな暗ーい森の中に、あんな小さい子が…あっ、あの黒いのが一緒にいるんだった。」

 

「ああ、そもそもここに俺たちを呼んだのも奴だ。全く胡散臭えにも程があるぜ…。」

 

 魔道士の少女イオと、ジータ達の乗る船グランサイファーの操舵士ラカムが森を警戒しながら話す。

 

「ルリア、無理は禁物だ。他の者も、辛くなったら遠慮せず言ってくれ。休憩もなく動き続けては、かえって効率を落とすことになる。」

 

「おう、ジジイのために休憩してくれてもいいんだぜ、お嬢ちゃん。」

 

 エルステ帝国から彼女を逃した元帝国騎士のカタリナと、傭兵のオイゲンの気遣う言葉にルリアは笑みを浮かべてから首を振った。

 

「大丈夫、まだ疲れてません!でもその、あの子とは別に、近くに星晶獣の気配を感じていて…。」

 

「あっちの方から声が聞こえない?もしかしたらあの子かも!」

 

「あっおいガキンチョ、あんまり離れんじゃねえ、迷子になるぞ!」

 

 走り出したイオを追いかけてジータ達も森の奥へと進んでいくと、木々に遮られていた視界が開け、森の中の広場が現れた。きのこや花々の生えた草地の上に着流しの男が寝転び、その側で大蛇を従えた少女がその口元にリンゴを差し出している。

 

「全く…ほらっ、貰ってきてあげたわよ!アタシへの感謝を噛み締めながら食べなさい!…えぇ!?何でアタシがそんなことしなきゃいけないのよ!?……あーもう、分かったから、早く口開けなさい!はい、あっ、あーん…。」

 

「…うん、丸齧りも良いが、出来れば食べやすくカットして欲しい。」

 

「も〜、だからなんでアタシがそんなことしなきゃいけないのよ〜!」

 

「なんだぁ、アイツら。黒騎士の仲間には見えねぇけど…どうするジータ?」

 

 言い争いを始めた二人に、ビィがジータの方を見て判断を仰ぐ。

 

「いったん様子を見よう。」

 

 仲間達はその言葉に頷き、広場の手前で立ち止まる。男は気怠げに上体を起こすと立膝をつき、少女からリンゴを受け取って宙に放る。そしてジータ達の目に映らぬほどの早さで腰に下げていた刀を抜刀し、六等分の切れ目を入れたリンゴが少女の手の中に落ちると、再び寝転がって少女の方を見た。

 

「なっ、今の剣技、私にもほとんど見えなかったぞ…!」

 

「ていうかあれ、よく見たら林檎じゃねえか…じゅる。」

 

「ちょっとトカゲ、何暢気なこと言ってんのよ!」

 

「オイラはトカゲじゃねぇ!」

 

 イオとビィの声が森に響き、少女がジータ達に気付く。すかさずカタリナは広場に足を踏み入れた。

 

「驚かせて済まない。我々は黒い鎧を着た人物と、彼女に連れられた少女を探しているのだが、見覚えはないだろうか。」

 

「なあにアンタ達?ふん、知らないわよそんなヤツ。そ・れ・よ・り、アタシのお家に愚かな人間が、ノコノコと入らないでよね!」

 

「愚かな人間って、お嬢ちゃんも人間じゃねえか…。」

 

「いえ、ラカムさん。彼女からはリヴァイアサン達と同じ気配を感じます…!」

 

 ルリアの言葉に驚き一歩後退る一行に、少女は得意げに胸を張った。

 

「ふっふーん、どうやら少しは分かる奴がいるみたいね!アタシはメドゥーサ、全てを石にする魔眼を持つ、誇り高き星晶獣よ!そしてこの子は魔なる力を持つ大蛇、メドゥシアナ!」

 

 少女の隣で毒々しい色を持った巨大な蛇が咆哮をあげる。ジータ達の視線が最後に残った着流しの男に向かうと、メドゥーサは慌ててメドゥシアナに指示を出し、巨体の後ろに男を隠した。

 

「何いつまでも突っ立ってるのよ!アンタ達が探してる奴は見てないから、はい、もうあっちいって!」

 

「何か怪しいぜ…おいそこの兄ちゃん、隠れてないで出てこいよ!」

 

 ビィの言葉には何の反応もなく、皆がメドゥシアナの巨体の方を向く中、ジータはメドゥーサの手から林檎が滑り落ちるのを見つけ、慌ててキャッチする。そしてその一切れを摘むと、しゃがみこんで地面に近い位置でひらひらと揺らした。

 

「おいジータ、犬や猫じゃねえんだからそんなモンに釣られるわけ…。」

 

 呆れるラカム達の前で、メドゥシアナの後ろから現れた男がのそのそと四つん這いで進み、ジータの前で止まるとそのまま彼女の揺らしていたリンゴを咥えた。

 

「釣られてるじゃん!」

 

 男はリンゴを食べ終わるとジータのブラウンの目をじっと見つめる。ジータは自分を見上げる整った顔の中、何処か寂しげな色を湛える黒い瞳に吸い込まれるような気がした。

 

「特異点、君は美人だな。」

 

「ほえっ。」

 

 男はそれだけ言うと、のそのそとメドゥシアナの後ろまで移動し見えなくなった。呆気に取られるジータの手からメドゥーサは残ったリンゴを奪い返し、その体を広場の外に押しやろうとする。

 

「もういいでしょー!?アンタたち、これ以上鬱陶しいことするなら、全員石にしちゃうわよ!」

 

「まあこの嬢ちゃん達はアイツらのこと知らねえみてえだし、一先ず置いときゃ良いんじゃねえか。」

 

「ああ、そろそろ日も傾いてくる。暗くなってからの森での行動は危険だ。」

 

 オイゲンとカタリナの言葉に一行は広場を迂回し、ルリアのリヴァイアサンと共鳴する少女の方へと向かう。ジータは木々の上から森の中へ微かに差し込む夕焼けの色を眺めながら、先ほどの男のことを思い出していた。

 

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