「ねえ、ロゼッタはこの森のことなら何でも知ってるんでしょ?」
森で出会ったミステリアスな女性、ロゼッタは隣を歩くイオの言葉に妖しく微笑む。
「ええそうよ、可愛らしいレディさん。」
「ちょっと、馬鹿にしないでよね!…それじゃあ私たちがさっきこの森で出会った、メドゥーサっていう星晶獣のことも知ってるわけ?」
「勿論。彼女は二十年以上前からこのルーマシー群島で暮らしているの。私はそれほど関わりがある訳じゃないけれど、森の動物達を助けてあげたりすることもあるみたいだし、良い子だと思うわ。」
「二十年!?星晶獣ってのはスケールがちげえなぁ…あっ、それじゃああの変な兄ちゃんも星晶獣なのか?」
驚きながら訪ねるビィに、ロゼッタは振り返りながらまた微笑んだ。
「彼は貴方達と同じ人間よ。でももしかすると、私たちよりも…。」
「また意味深なこと言いやがって。秘密主義も大概にしろってんだ。」
「へっ、女の秘密を楽しめねえ男はモテねぇぞ、ラカム。」
「んなっ…!余計なお世話だおっさん!」
言葉を濁すロゼッタに愚痴を溢したラカムをオイゲンが揶揄う。騒がしい一行に苦笑いをしながら、カタリナは隣で歩くルリアを見やった。
「どうだルリア、かなり進んだが、あの子には近づいているか。」
「うん、すぐ近くに感じる…。」
ルリアの隣でジータは剣を強く握りしめる。ルリアと同じ力を持つ少女、不思議な男の言った特異点という言葉、ルリアとリンクしてから自分にも薄らと感じられるようになった、この島の何処かにいる星晶獣の気配…彼女は果てのない冒険の予感に、不敵な、また太陽のような笑みを浮かべた。
「ほら、あーん!…飲み込んだ?はいじゃあ次、あーん!」
胡座を組むユウガオの口にリンゴを詰め込み終えたメドゥーサは、何かを期待するように男の顔を見つめる。しかし期待した言葉がかけられる事はなく、変わりにユウガオはメドゥーサの癖のある髪を優しく撫でた。
「もう、アイツにはあんな事言ってたのに〜!でも、これも悪くないわね。…あっ、雨!ここにいたら濡れちゃう!」
メドゥーサとメドゥシアナは広場の端、断崖にある洞窟の中に駆け込み、入り口からユウガオの方を見る。
「しょーがないから特別に、アンタを入れてやってもいいわよ!」
ユウガオは立ち上がり、ポツポツと雨粒を降らせ始めた空を見上げる。雲は薄く空全体を覆うような物で、これならそれほどの大雨にはならないだろう。
「メドゥーサ、俺は散歩に行くけど、ついてくるか?」
「はぁ?何でわざわざ雨の中散歩なんてするのよ。…ちょっと、行かないなんて言ってないでしょ!?」
森の中に消えていくユウガオの背中を、メドゥーサは慌てて追いかけた。雨に濡れ始めた地表からはペトリコールの香りが漂い、雨粒に当たって揺れる葉の音が四方で鳴っている。
「ねえ、アイツのこと助けにいくんでしょ。」
薄暗い森の中を迷いなく進んでいくユウガオの隣、鎌首をもたげるメドゥシアナの頭の下で雨を避けながら、メドゥーサが不機嫌そうに呟く。自分が仲良くしてやっている人間が別の女に餌付けされて、美人だなどと宣ったことに対してメドゥーサは腹に据えかねていた。
「いや、雨に濡れながら歩いてみたくてね。それに特異点達は問題ないだろう。」
ユウガオは晩蝉の鯉口を切り刃を眺める。ジータ達と対峙する黒騎士と少女は、眠るユグドラシルを暴走させようとして、休眠状態であるはずのユグドラシルが目を覚ましていることに動揺している。
「アンタ時々そうやって武器をジロジロみてるけど、何か面白い物でも映ってるの?ちょっとアタシにも見せなさいよ。」
晩蝉を手渡されたメドゥーサはその緋色の刀を観察するがただ見事な拵えの武器というだけで特別なものは見えず、ユウガオに返した。
「なーんだ、何にも見えないじゃない。」
少し歩くと花畑があり、その脇には跨いで通れるほどの細長い小川が流れる。ユウガオはその川の水際で座り込んで、流れる水をじっと見つめた。
「今度は何見てるのよ。どうせまた何にもないんでしょうけど。」
川の上には腕ほどの太さの倒木が横たわり、それを傘にして雨風を凌ぎながら、木の枝に乗った花びら達が川の流れにそよいでいる。
「こんなのが見てて面白いの?ふーん。アンタってホント変人ね。」
ユウガオは隣で川面を退屈そうに眺めるメドゥーサの横顔を見た。星晶獣、星の民に設計された存在とだけあってその容姿は美しく、またその少女のような心根は悠久の時を経てもなお色褪せることなく輝いている。彼女の美や川に浮かぶ花の色を見ていると、何処かぼんやりとした暖かさが頭を包み込むような感じがした。
「ん?ちょっとアンタ、顔が赤いわよ。…うわっ倒れた!もう、メドゥシアナ!」
「てっきり今まで通り星晶獣と戦うことになると思ってたんだが、肩透かしだったな。」
ルリアと同じ力を持つ少女オルキスはロゼッタによって万屋シェロの元に保護されており、一行は彼女を黒騎士の元へ返そうとしていたがその道中でオルキスを見失ってしまう。再びルリアの力でオルキスを追うと彼女は黒騎士と共に連れられていて、黒騎士の命令で長き眠りにつく星晶獣ユグドラシルを暴走させてジータ達を攻撃させようとするが何故かすでにユグドラシルは目覚めており、ユグドラシルと共闘するジータ達の前から二人は姿を消した。
「ユグドラシルが暴走しねぇでオイラ達を助けてくれたのは、あの変な兄ちゃんのおかげなんだろ?」
「ええ、どういう理由かは分からないけど、数年前に彼がこの島を訪れた時にユグドラシルは覚醒した。帝国は未だに彼女が休眠状態だと思い込んでいたようだけど。」
その後一行は城砦都市アルビオンにて和解をしたいという帝国の誘いを受け、騎空艇グランサイファーで飛び立つ前にメドゥーサ達に挨拶しようと夜の森の中を進んでいる。
「おい、見えてきたぜ!確かあの木が生えてねえところにアイツらいたよな。」
「うん、行きましょう皆さん。」
ジータを先頭に広場へ足を踏み入れると、森の木々に遮られていた夜空が現れ、遮るもののない清浄な空気が頭上に浮かぶ星々の輝きを余すことなく伝えた。
「わぁ、綺麗…。」
「しかし、彼らの姿が見えないな。」
「あっちのほうに力を感じます…。」
辺りを見回すカタリナに、ルリアが岸壁の洞窟の方を指差す。近付いてみると中からメドゥーサの声が聞こえた。
「ほら、これ飲みなさい、蜂蜜が入れてあるから!えーっと、あとは暖かいお布団、でもそんなのこの洞窟にないし、他の島から持ってくるしか…わーん、どうしよう、お姉ちゃーん!」
中を覗いてみると草を敷き詰めた寝床の上に昼間に見た男が寝転がり、その周りでメドゥーサとメドゥシアナがあたふたとしながら騒いでいる。ジータ達は彼女達を落ち着かせ、風邪を引いたという男をラカムが背負い、暖かいベッドのあるグランサイファーまで運んだ。
「愚かな人間にしては役に立つじゃない。喜びなさい、感謝してあげるわ!」
頭に氷嚢を乗せられて眠るユウガオの側に立ちながら胸を逸らすメドゥーサに、ジータはにっこりと笑う。
「うん、そのお兄さんのおかげで私たち助けられたから、恩返しできて嬉しいよ!」
その顔をメドゥーサは低く唸りながらジロジロと眺めた。
「おいヘビっ子、何ジータの顔を睨んでんだよ。」
「ヘビっ子じゃないわよこのトカゲ!ふん、別に何でもない!」
そっぽを向くメドゥーサの後ろではユウガオが規則正しい寝息を立てている。ジータが男に近付こうとすると、それに気付いたメドゥーサが眉を逆立てて威嚇する。
「シャー!」
「おいジータ、風邪をうつされるかも知れねえし、兄ちゃんのことはヘビっ子に任せときゃいいんじゃねえか。」
「うーん…。そうだね。じゃあメドゥーサちゃん、用事があったらいつでも呼んで。」
ジータは笑顔を浮かべて手を小さく胸の前で振り、ビィと共にグランサイファーの客室から出て
扉を閉める。
「雨に濡れて風邪ひくなんて、馬鹿なんだから…。」
メドゥーサはベッドの隣の床に膝を抱えて座りこみながら、眠る男の顔を見つめた。
今夜はルーマシー群島に停泊し、明日アルビオンに向かうことにしたジータ達の船グランサイファーの一室で、ジータは隣で眠るビィが起きないようにそっとベッドから起き上がり、静かに部屋を出た。足音を消して人気のない廊下を渡り、厨房で簡単なおかゆを作ると、器を持って男性用の船室の方へ歩く。客室の前まで辿り着き、音を立てないように鍵のかかっていなかった扉を開けて中に忍び込む。ベッドの中では相変わらず男が寝息を立てていたが、メドゥーサとメドゥシアナは臨時で宛てがわれた別の部屋で眠っているため彼は一人だった。ジータは備え付けの椅子をベッドの側まで運び、そこに座って男の寝顔を覗き込む。視線を受けた男の睫毛が震えたかと思うと瞬き、墨色の瞳がジータの方に向けられた。
「あっ、起こしちゃいましたか、ごめんなさい。ずっと眠っていたからお腹空いたかなあと思って…。」
ジータがおかゆの入った器を持ち上げて見せると、ユウガオは寝惚け眼のままベッドに肘をついて体を起こした。
「食べますか?作りたてなので、冷ましますね。ふー、ふー、…はい、どうぞ。」
ジータは差し出したスプーンを男が咥え、少ししてからそれを引き抜く。男が飲み込んだのを見て、もう一度おかゆを掬って息を吹きかけてから男に差し出した。
「はい、あーん。…あの私、お兄さんを一目見た時から不思議な感じがしてて…。お兄さん、私の騎空団に入りませんか?」
「嬉しいけど、俺はひとところに縛られず、気楽に生きたい。」
「そうですか…。騎空団に入ってくれたら毎日こうやって、私がご飯作ってあげますよ?」
ジータは熱いおかゆを乗せたスプーンの先端でユウガオの唇をなぞる。そのまま顔を近づけて、スプーンの上に息を吹きかけた。