その日暮らし   作:夏の一日

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こんにちは。ワムデュスです。よければ遊びませんか。

 夜も更けて、釣りを切り上げたユウガオの後ろを、ワムデュスはふわふわと浮かびながらついてくる。

 街中には夜間営業している店もチラホラある。しばらく歩くと広場の屋台から美味そうなおでんの香りが漂って来て、二人は喉を鳴らした。ユウガオは懐からがま口を取り出したが、開いてみると中には一ルピ硬貨すら入っていない。隣で一緒に財布の中身を覗き込んでいたワムデュスは何故か「わあ。」と驚いていた。

 

「ワムちゃん、君お金持ってる?」

 

「おかね?おかねってなに。」

 

「お金があれば、あのおでんを食べることが出来る。」

 

「おおー。」

 

 ユウガオは晩蝉の鯉口を切って、僅かに覗いた刀身を眺める。昼に別れたニーアは何処かの暗がりで怪しげな本を開いて笑っている。近寄らない方が良さそうだ。他の知り合いも眠っているか何処かのダンジョンを探索しているかなど、すぐに金を借りれそうな人は見当たらなかった。

 

「じーー。」

 

 刀を挟んだ向こう側で、ワムデュスが眠たげな目をじとりとさせながらユウガオと晩蝉を見上げている。街灯に照らされて、蒼い瞳の中にある桜色の虹彩が鮮明に見えた。

 

「ワムちゃん、お金を貸してくれそうな知り合いはいないか。」

 

「んー。ユウはもしかしてだめだめ人間?」

 

 ユウガオはワムデュスを見つめながら、アガスティアに取っていた宿をチェックアウトしてしまったことを思い出した。野宿するにしても、アウギュステの海辺や草原はあまり良い寝床とは言えない。ユウガオは抜刀し、ルーマシー群島への道を切り開いて裂け目を超える。ついて来たワムデュスは振り返りじっと裂け目を見ていた。

 

「こんばんはユグドラシル。急で悪いが、またベッドを作ってくれないか。」

 

「―――♪」

 

 ルーマシー群島の奥深くに居た頭から双葉の生えた可愛らしい少女は、突然現れたユウガオに驚きながらも彼の言葉ににっこりと笑いながら頷く。

 ユグドラシルが手を翳すと周辺の大地から無数の木々や蔦が伸び、大木の枝の間にハンモックのような寝床を二つ編み上げた。ユウガオは木を登ってハンモックの上に寝転び、夜露を孕んだ風の香りを嗅ぎながら月を見上げた。ユグドラシルはユウガオのベッドの縁に両手を組んでその上に顎を乗せながら、何かを期待するようにユウガオを見つめる。

 

「ああ、忘れてたよ。」

 

 ユウガオは晩蝉を一振りして、太古から続くルーマシー群島の歴史を音楽という概念と繋げた。何処からともなくこの島の神秘的な雰囲気にぴったりな演奏が流れ始める。ユグドラシルはそれに合わせて歌い、島の動物達も集まってきて皆が耳を澄ませた。

 

「ワムちゃん、君に睡眠が必要なのかは知らないが、ここは中々寝心地がいいよ。」

 

 ふわふわと浮いてもう一つのベッドの上に降りたワムデュスを、植物達が優しく受け止める。仰向けになった彼女の顔の隣にはトネリコの白い花が咲いていた。

 

「なかなかよき。ユグはワムと同じ、すごすご。ユウはだめだめだけど。」

 

 空の世界のバランスを担うワムデュスは、星を見上げながらユウガオの持つ晩蝉について考えていた。数年前に突如出現した、理すら断ち切る、空の均衡を崩しかねない強大な力を持つ武器。しかし担い手であるユウガオは晩蝉の使用を世界に歪みが出ない程度に抑えているようだった。あるいはそのような人物の前にのみ、晩蝉は現れるのだろうか。ゆったりとした音楽と涼しげな風が眠気を誘う。ワムデュスはまた明日考えることにした。

 

 

 

 

「ふわぁ。よく寝た。」

 

 顔に当たる朝日に目を覚ましたワムデュスは上半身を起こし、欠伸をしながら伸びをする。植物達も朝日を浴びて緑が映え、木々の中に鳥の囀りが聞こえる。むにゃむにゃと言いながらぼんやりしていたワムデュスの意識がはっきりしてくると、視界の中にルーマシーの森を優に超える巨大な少女がいることに気付いた。しかし彼女の本体はそれよりもさらに大きいため、ワムデュスは驚かなかった。

 

「おはようワムちゃん。これユグドラシルがくれたんだ、君も食べると良い。」

 

 木の枝の上に立ちながら桃のような果実を齧っていたユウガオはワムデュスに同じものを手渡すと、地面に飛び降りる。ワムデュスは果実を持ちながらふわふわと浮いて、近くの湖で顔を洗った。

 

「ふぅー、すっきり。」

 

 大きなユグドラシルの足元に行って、生み出した水を浴びせてやるととても喜んだ。元の場所へ戻りながら果実を一口食べると、味は甘酸っぱく果汁が溢れ、美味しい。

 

「うまうま。」

 

「それじゃあ、ありがとうユグドラシル。ワムちゃん、君はついてくるのか?まあ好きにすると良い。」

 

「ついてくよ。ばいばい、またねユグ。」

 

「―――♪」

 

 不思議な音を出すユグドラシルに見送られながら、空間を十文字に斬って裂け目に入っていくユウガオの後ろにワムデュスも続いた。

 

「わー。」

 

 裂け目を抜けると景色が静謐な森から突然喧騒溢れる雑多なものに移り変わり、ワムデュスはぼんやりとした目を僅かに見開いて驚いた。絢爛な装飾をされた建物の中で、人々が集まって騒いでいる。

 

「ワムちゃん、美味しいものが食べたいか?」

 

「む!食べたい!」

 

「なるほど。しかし人間社会では何をするにつけても金がいる。つまり我々は金を稼がなければならない。」

 

 ユウガオはそう言いながら、床に散らばったコインを拾い集めていた。その中の一枚がワムデュスの目の前に差し出される。

 

「これは金じゃないが、それに近い。まあこの騎空艇の上でだけ使える金だと思えば良い。重要なのは、このコインは面倒な労働をせずとも、遊ぶだけで増やすことが可能であるということだ。」

 

「遊び?遊んでお金がもらえる、それって最高。」

 

「そう。だから彼らはあんなに熱中してるんだ。」

 

 ユウガオが手で示した先には、グルグルと回る機械やテーブルの上に広げられたカードを血走った目で見つめる大人達が見える。遊んでいるはずなのに到底楽しそうには見えない雰囲気にワムデュスは疑問を抱いた。

 

「少し見てみればすぐに何をやっているか分かるよ。例えばこの機械はスロットと言って、ここにコインを入れると三つのレールが回る。ボタンを押すと止まって、同じ絵が三つ並ぶとコインが出てくる。」

 

「この絵、おいしそう。」

 

「これはスイカだね。」

 

 ユウガオがスロットを何度か回すとスイカの絵柄が揃い、多くのコインが機械から出てくる。

 

「増えた。でもこれ楽しい?」

 

「うーん。確かに今俺もそう思ったよ。まあ、別のも見てみよう。」

 

 そう言ってユウガオはポーカーテーブルの前まで歩いた。ディーラーにコインを渡すと、カードを5枚配られる。

 

「このトランプを決められた種類で揃えるとコインが貰える。例えば同じ数字を揃えるとかね。ああ、そこに書いてある。」

 

「うーむ。分かった。」

 

 ワムデュスは壁にかけられた案内パネルを少し眺めて、すぐに役を覚えた。ユウガオに配られたカードは2と7のツーペアだ。

 

「カードは一度好きな枚数交換できる。この場合は大抵一枚交換するだろうな。」

 

 ユウガオがキングのカードを捨てると、代わりに一枚のカードが配られる。

 

「7、これはふるはうす・・・!すごいかも。」

 

「面白いのはここからだ。このままやめてもコインは30倍になって返ってくるが、ゲームをすれば更に倍になる。つまりご飯が倍になる。」

 

「ばい!?すぐにやろう。」

 

 ユウガオが頷くとディーラーが2枚のカードを配る。一枚は表向きの6、もう一枚は裏向きだった。

 

「裏向きのカードが6よりも大きいのか小さいのか。」

 

「むむむ。」

 

 ワムデュスはテーブルの上のカードの裏面をふわふわと浮かんで真上から見つめた。赤い模様の中にウサギのマークが描かれている。ウサギ、ウサギの丸焼き、美味しそう。

 

「これは大きい。ワムには分かる。」

 

 捲られたカードにはjという文字とスライムが描かれている。ワムデュスは胸を張りながら、むふーと鼻から満足げに息を吐いた。

 

「ワムちゃん、何ともう一度勝てば更にコインが倍になるぞ。」

 

「なぬ?」

 

 ワムデュスはそこから三連勝した後、満足してポーカーを辞めた。次にユウガオがカジノの中で一際大きい人だかりの方に歩き出す。ワムデュスは大量のコインが入った箱を抱えながらその後ろを追う。

 

「これはビンゴと言って、まずコインと交換でこの数字の書いたシートを貰える。あのお姉さんが言った数字を開けて言って、周りの人より早く一列揃うとコインが貰える。簡単だろ。」

 

「面白そう。ワムやりたい。」

 

 ワムデュスとユウガオはバニーガールにコインを渡してシートを受け取る。しばらくすると人だかりの前にあるステージの上でバニーガールが機械についたハンドルをグルグルと回し、中から出てきた数字の刻まれた玉を掲げる。

 何度か同じことが繰り返されて、ワムデュスのシートでは四つの穴が並んだ。

 

「あと一つ数字が埋まればビンゴだな。そういう時はリーチと声に出して言うのが定石と言われている。あのおじさんみたいにな。」

 

「りーち。どきどき。」

 

 ワムデュスは拳を突き上げながら叫ぶドラフの男を真似してそう言いながら、ステージの上を目をキラキラさせて見つめた。バニーガールがハンドルを回し、掲げられた数字はワムデュスの待ち望んだものだった。

 

「むふー。やはりワムはつよつよ。」

 

「流石だワムちゃん。しかしこのジュエルリゾートはまだまだこんなものじゃないぞ。」

 

 そう言ってクールな目を更に鋭くしたユウガオの持つシートには、リーチすらなかった。

 

 

 

 

 

 

「楽しかった。特にあのビンゴがわくわくで、一番おもしろい。」

 

 空を飛ぶカジノ艇から下の島へ向かう小型の飛空艇の上ではしゃぐワムデュスの隣で、ユウガオは手すりに寄りかかって夕暮れの空を眺めていた。

 

「ワムが稼いだコインは全部ユウが全部使ってぜろ枚になったけど、楽しかったからいい。遊んでお金を貰うのは空のことわり的にあんまりよくないし、結果おーらい。でもまたご飯を買えない。ユウはやっぱりダメダメ。」

 

 ユウガオは晩蝉を抜いて刀身を眺めると、ギザギザとした歯の描かれたマスクをしたドラフの少女が、何処かの宿で暇そうにしているのが見える。

 

「ワムちゃん、悪かった。明日は魔物の討伐依頼でも受けて、真っ当に金を稼ごう。一先ず今日は金を貸してくれそうな奴が見つかった。」

 

 納刀してまた夕焼けに染まる雲を眺め始めたユウガオの横顔を、ワムデュスはじとりとした目で見た。

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