その日暮らし   作:夏の一日

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蛇、働きすぎて働くために働くウロボロスになってしまう。馬、寝てる。

 巳神宮の本殿にある仮眠室のベッドの上に、ユウガオがうつ伏せで寝転んでいる。この場所の主である女性、巳神のインダラは、彼の背にきめ細やかな金髪を垂らしながら、ゆっくりと手を這わせた。

 

「そう、そこを揉んでくれ。」

 

「分かった。力加減はどうだ?」

 

「丁度良いよ。そこは目の疲れに効くらしい。」

 

 インダラはその白く細い手でユウガオの頭と首の境目を摩り、揉みほぐす。

 

「頸と耳の上も頼む。窪んでいるところに指を入れて、左右に動かすのが良いらしい。」

 

「ああ。兄上、何故そんなに詳しいんだ。」

 

「チチリちゃんに聞いた。」

 

「全く、また女か…。」

 

 ユウガオはその後もインダラにレクチャーしながら肩凝りや眼精疲労に効くマッサージを受ける。激務などとは無縁な気ままな生活を送っているユウガオの身体には普段は殆ど疲労など痕跡ないが、後回しにしていた約束が溜まりに溜まった結果今日は方々を回ることになり、珍しく肉体に倦怠感があった。

 

「んっ、んっ…。どうだ兄上、気持ちいいか。」

 

「うん。」

 

「働き詰めのそこの娘を癒すと言う話であったのに、何故担い手があん摩を受けているのかえ?それにまた年上の女が担い手のことを兄と呼んでいる。人間の世は複雑怪奇で訳が分からんぞよ。」

 

 フェディエルはベッドの上に組んだ手に顎を乗せ、気持ち良さそうに目を細めるユウガオの顔を正面から見つめながらため息を吐く。

 

「兄上は浮ついた話に事欠かないな。私は少し心配だ。兄上の日々は無為が過ぎる。」

 

「フェディエルが言ってるのはマコラのことだよ。」

 

「言い訳無用だ兄上。ほら、背中のこの部分、少し熱が籠っているぞ。」

 

 インダラはユウガオの首元から着流しの中に蛇のように手を潜り込ませてゆく。退屈そうに目を細めて欠伸をするフェディエルの背後、仮眠室の窓から差し込む光は翳りを増し始めている。太陽が沈み切るまではこの時を楽しもうと、ユウガオは瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「兄上にしては珍しく、今日は随分と多忙な一日だったようだな。日も暮れたが、まだ何かやるべき事が残っているのか?」

 

「あと一箇所だけだし、そこの用事は直ぐに終わる。さっき教えたマッサージ、自分で試してみてくれ。」

 

「ああ。それでは、兄上。」

 

「それじゃまた。」

 

 晩蝉を振るい裂け目にユウガオとフェディエルが入ると、そこは何処かの洞窟の中だった。奥へと進んでいくと、大量の衣服や食べ物が整然と並べられていて、その中心では白い布団の中に桃色の髪をした少女が目を閉じている。

 

「そこなおなご、生きても死んでもいない。その狭間を漂っているように見える。面白い。そちと居ると不可思議なものが手に余るほど現れるぞよ!」

 

 ユウガオは少女の前で晩蝉の鯉口を切り刀身を眺める。そこには百八年もの間夢の中を彷徨い、そして今なおそこに生きる目の前の少女、サンチラの姿が見えた。夢の中の彼女は、友人と夕暮れの丘の上で肩を寄せ合い笑い合っている。

 晩蝉に写る少女と目の前で眠る少女を見やったユウガオはそのまま刃を走らせ、自らの宿への道を切り拓いた。

 

「いいのかや?その刀であればこのおなごを目覚めさせることも可能であろう。」

 

「合縁奇縁。もう少しすれば、彼女にも美しい目覚めが巡ってくるだろう。」

 

 ユウガオは部屋に戻ると着流しを脱いでから寝巻きに着替えてベッドの上に横たわる。ユウガオの肉体を物珍しそうに観察していたフェディエルは男の寝転ぶベッドの上に座った。

 

「担い手よ、今日はそちと共にあって非常に面白いものが見えたぞよ。その礼として、随分と疲れているように見えるそちに、此方がアレをやってやろう!」

 

 両腕を歓迎するように伸ばすフェディエルの声に、ユウガオは寝息で返した。

 

「なんじゃ、眠ってしまったのかえ。むう、此方をアレをやってみたかったというのに…。仕方ない、眠っている担い手を使うとしよう。」

 

 フェディエルはベッドの上に沈み込むユウガオの頭を抱えて、昼に見たものを真似て顔を下に向けて自らの太ももの上に置いた。吐息が太ももの上を流れ、フェディエルの体が小さく跳ねる。

 

「なんぞ今のは?まあ良い、確かガレヲンはこうやって担い手の頭の後ろに掌を置いたり、担い手の手を掴んで口に持ってきて…ガレヲンめ、何をしていたのか。何か此方にも可能な事であるはず…。」

 

 

 

 六竜としての雑事を済ませ、宿に転移して戻ったワムデュスの目の前には、ベッドの上に倒れたユウガオの頭を太ももで挟みながら手を捻り上げてその指を口に含んでいるフェディエルがいた。

 

「ディーエ、この光景はさすがにすごすごのワムにもちょっとなんかい。でもとりあえず、ユウのことは食べちゃダメだよ。」

 

「おおワムデュスか!斯様なことを昼にガレヲンがやっておってな。此方もしゃぶってみたが、担い手の指は中々の美味ぞよ!」

 

「ウォンもしてたの?なんで?」

 

「ふむぅ。ふぁぶんうふぁひぃふぁふぁは。」

 

 ワムデュスは再びユウガオの指を咥え、吸ったり舐めたりし始めたフェディエルを少しの間ぼんやりとした眼で見つめてから、自分のベッドに入り瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 朝、目覚めたユウガオは右手をぬらりとした物の中から引き抜く。指を咥えたまま彼の隣で眠っていたフェディエルの口とユウガオの指を銀の糸が架け橋のように繋ぎ、朝日がそれに光を与えた。

 

「暁光。(おはようございます、愛しき子よ。良い朝ですね)」

 

「ああ、どうも、おはようございます。」

 

 仰向けになったユウガオの視界の殆どは、いつからそうしていたのか、身を乗り出して彼の顔を覗き込むガレヲンの美しい顔に殆ど占領されている。その顔を更に睫毛を数えられるほどまで近づけて視界の全てを満たしながら、ガレヲンはユウガオの額にキスを落とした。隣のベッドではワムデュスがすぴーと鼻から音をたてながら眠りこけている。

 

「逢瀬。(朝食をとったら、私とけったぎあでぇとを行いましょう。朝の光の下、この空の大地を貴方と共にまた巡り見たく思います)」

 

「そうだなぁ…。ガレヲンさん、俺の風呂敷の中から黒い布袋を取ってくれますか。」

 

「了承。(これでしょうか…これは、紙を入れてあるのですね。愛しき子よ、私が拭いてあげましょう。さあ、手を出して)」

 

「どうも。」

 

 紙入れからちり紙を取り出したガレヲンの方へユウガオが右手を差し出すと、彼女は五指の根元までついたフェディエルの唾液を丁寧に拭ってくれる。

 

「悠々。(懸命に生きる貴方に、褒賞を。もっと気楽に、存分に甘えて良いのですよ)」

 

 ガレヲンはちり紙を間に挟んで、ユウガオの指と自らの指を絡め、指の側面を優しく擦り始める。ユウガオはされるがままに手を脱力し、宿の暗い天井を眺めた。喫緊の用事は全て済ましたし、今日はいつものようにぶらぶらと当てもなく彷徨おうか。今日も何処かで空の世界の存続のために身を粉にしているであろう時の竜を手助けしても良い。

 

「清浄。(はい、綺麗になりました)」

 

 ガレヲンは最後に指をぎゅっと握って手を離す。ユウガオは立ち上がり、風呂敷袋に入れてあった着流しに着替えてから、昨日来ていたものを床に脱いだままにしていることに気付いた。いつも汚れた衣服は町のランドリーに預けたり川で自分で洗ったりとまちまちで、面倒だがどうにかしなければならない。そろそろ寝床を変えようと思っていたので、また次の宿を探す道程で何か良い手段が見つかるだろう。ユウガオはそう考えて荷物を風呂敷の中にまとめて体に斜めがけしたところで、眠っているワムデュスとフェディエルのことを思い出した。彼らがいてはチェックアウトが出来ない。ユウガオは先に朝食を済ませることにして宿を出る。

 広場の噴水に集まっていた鳥が扉の音に驚いて青空に飛び立つ。絶えず押し上げられては水面に落ちる水流は川のせせらぎにも似た音を奏で、すこし離れた場所からは朝の挨拶を交わす町の人々の声が聞こえた。行き交う人々の中に仲睦まじく腕を組んで歩く恋人たちの姿を見て、ガレヲンはユウガオの腕を抱いて身体を寄せた。

 

「康寧。(愛しき子。転ばないよう、私が腕を引いてあげましょう)」

 

 美しい二人は衆目を集めながら通りを歩いて、ユウガオの目についた小洒落た喫茶店に入る。テラス席に座ってモーニングセットを二つ注文して、朝の麗らかな日に照らされる町を眺めながら運ばれてきたトーストやサラダ、目玉焼きとベーコンをコーヒーと共に楽しむ。

 

「甘露。(この飲み物、苦味の内に大地のような深みある味わいがあります)」

 

「それは良かった。」

 

 喫茶店の奥からは低音で優雅な演奏が聞こえる。見てみると蓄音機などではなく、切り株に乗った目付きの悪いハーヴィンの少女がファゴットのような大きな笛を吹いていた。

 

「新しい宿を見つけて洗濯を済ませたら、一緒にケッタギアに乗ろうか。丑神宮以外にもいくつか良いコースがあるから、そっちを走ろう。」

 

「慊焉。(まあ。嬉しいです、愛しき子よ)」

 

 食事を終え、ユウガオは代金を払ってから、カウンターの近くで笛を吹く少女の立つ切り株の上にルピを置く。

 

「グッド。」

 

 そう言って少女は再び演奏に戻り、ユウガオは店を出た。

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