その日暮らし   作:夏の一日

9 / 10
Smokin' Sick Style!!!

「なーぜお主らがイーウィヤを差し置き、主の部屋で寛いでおるのじゃ!楔としての役割を忘れてぐーたらするなど許されんのじゃー!」

 

「ウィーヤがいちばんふまじめ。それにワムはちゃんとお仕事してるので。」

 

「担い手と共に在りながら見る人の世は実に面白い!故に、監視の役割は此方に任せるぞよ。」

 

 ユウガオが宿の部屋に戻ると、中では猫一匹と女二人が言い争っていた。ユウガオは扉を閉めて階段を降り、受付でチェックアウトを済ました。

 

「思慮。(何か貴方の心を煩わせることがありましたか?)」

 

「いえ。ワムちゃん達は忙しそうなので、先に別の島に飛ぼうと思います。」

 

「雀躍。(はい。共に行きましょう、愛しき子よ)」

 

 宿の前で待っていたガレヲンに再び腕を組まれながらユウガオは晩蝉を振って空間を斬った。裂け目の先は数日前にも逗留していた帝都アガスティア、ファータグランデ空域を実質的に支配する大国、エルステ帝国の首都である。国力に比例して人口も相応のもので、通りを大勢の人が行き交い、都の中心部にある巨大なタワーを筆頭に開発の進められた街並みは天まで続く防壁に囲まれ、また背の高い建物も多いため空は小さい。豊かな自然こそ見れないが先進的な都市であり、様々な優れた技術による便利な機械がある。

 ユウガオはガレヲンを伴いながら、天高く聳え立つタワーに向かって足を進める。道は歩きやすいよう人工的な素材で舗装されていて、土を踏むことはない。ユウガオはタワーの前に辿り着くと、門衛の兵士といくらか言葉を交わし、外にガレヲンを待たせて中に入った。帝国の心臓部であるタワーの内部では白衣の研究者や鎧を着た兵士達が慌ただしく動いている。ユウガオが入り口近くの壁に背中を預けてしばらくぼんやりとしていると、正面のエレベーターから数人の兵士を伴い、軍用コートを肩に掛けたエルーンの女が出入り口の方に歩いてくる。彼女はユウガオに気付くとアンダーリムの眼鏡の奥で目を見開き、ブーツに付いたヒールの音を荒げながらユウガオの方に進んだ。

 

「ユウガオ…!貴方、私の命令を無視して今まで何処に消えていたのです!」

 

「やあフリーシア。実は宿に困っていて、また君を頼ろうと思って。」

 

「なっ…!」

 

 額に青筋を浮かべながらユウガオに詰め寄ろうとしていたフリーシアに後ろの帝国兵が何事かを囁くと、彼女は舌打ちをしながらユウガオに一歩近付く。

 

「今貴方に構っている暇はありません。好きに使って良いですが、私が帰還した時には覚悟するように。」

 

 フリーシアはユウガオに鍵を手渡し、足早にタワーの外へと消えていく。ユウガオもフリーシアに続いてタワーから出ると、微笑みを浮かべて立つガレヲンを数人の柄の悪い男達が涙を流しながら崇めていた。

 

「うぅ、ありがとうございます、俺帰って母ちゃんに優しくします…!」

 

「看取。(ああ、愛しき子よ、おかえりなさい。用向きは終えましたか?)」

 

 ユウガオが頷くとガレヲンは彼の腕に縋って歩き出す。ナンパをした地母神の愛の深さに心を打たれた男達は、その背中が見えなくなるまで拝み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 アガスティアの高級住宅地にある一軒の邸宅の敷地の前、ユウガオはフリーシアに渡された鍵を鍵穴に差し込み門を開く。広く手入れの行き届いた庭園の奥に大きな屋敷があった。庭に咲く浅黄水仙は帝都のくすんだ空気の中で爽やかな甘い香りを放っている。

 ユウガオは勝手知ったる様子で屋敷の中に入ると、浴室の前に置かれた最新式の洗濯機に風呂敷から取り出した衣服を放り込んだ。その後二階に上がって廊下を奥に進んだ場所にある一室に入り、ベッドの上に荷物を置くと部屋を出た。

 

「ガレヲンさんは隣の部屋を使って下さい。ベッド一つしかないんで。」

 

「同衾。(構いません。私は愛しき子と共に眠りましょう)」

 

「うーん。まあ良いか。俺は昼食まで少し昼寝します。」

 

「揺籃。(では、子守唄を唄ってあげましょう)」

 

 ユウガオは真白いシーツに横たわり、ガレヲンの膝に頭を乗せてどこか懐かしい歌を聴きながらしばらく眠った。昼からはアガスティアの町をガレヲンと共にぶらぶらと歩き、夕食を済ませてから帝都の夜景の中をガレヲンを乗せてケッタギアで走り回る。夜も更けて屋敷に戻った後、ユウガオは部屋で眠るガレヲンを残して一人夜の街に繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、いつもの。この人には何か適当に。」

 

 カウンターに座ったユウガオの前に、メロンソーダがそっと置かれる。ジュークボックスから流れる情熱的なフラメンコを聞きながら、ユウガオはストローに口を付けた。

 

「おいおい、色男がバーでメロンソーダかよ。」

 

 ユウガオの左隣に座る妖艶な雰囲気をもつ男が、自らの瞳の色とも似た血のように赤いワインの注がれたグラスを傾けながら笑う。

 

「このような場所には初めて訪れたが、この酒は中々悪くない味だ。」

 

 右隣では街中で先ほど出会いユウガオが誘ったブロンドの女がオレンジのカクテルを飲んでいる。

 

「羨ましいよお兄さん、こうやって一人寂しくワインを飲んで自分を慰めてる俺と違って、アンタはこの後そこのかわい子ちゃんとお楽しみってワケだ。」

 

 ユウガオは男の瞳を見つめる。そこには底知れぬ悪徳や不遜の色が見えた。あらゆるものは決して交わらぬものであり、同時に決して離れられぬものでもある。純潔と堕落、永遠と須臾、美と醜悪は表裏一体、互いは互いを拠り所にしながら存在する。それ故にユウガオはその悪意に塗れた瞳の中に美しさを感じた。

 

「退屈ならダーツでもしますか。」

 

「いいねぇ、遊びは得意なんだ。色男と一戦交えられるなんて光栄だよ。」

 

 二人は持っていた飲み物を飲み干すと、席を立ってバーの隅で壁にぶら下げられているダーツボードの前に向かう。妖艶な男は近くのテーブルの上に置かれた箱の中からダーツの矢を無造作に掴み取った。

 

「普通のルールじゃ退屈だ。こうしよう、勝敗を決めるのは、どっちがよりセクシーか。」

 

 ユウガオが頷くと男はボードの前に立ってニヤリと笑い、指の間に六本の矢を挟んで同時に投げ飛ばす。

 

「イキリ立ったモノを!ブチ込む!激しいピストン!フッハッハアッ!」

 

 男が次々と投げたダーツが、ボードの出鱈目な場所に突き刺さっていく。

 

「体位を変えて、ヘェア!フィット!からの、激しいグラインド!…最後の一突き!イャアア!」

 

 男が殆どのダーツを投げ終えた時、投げたダーツがボードの上でハートマークを形作っていた。最後の一本がその中心、ボードのブルを射止める。

 

「…賢者タイムだ。俺は君に囁く。…終わったら帰りな。」

 

 男が投げつけた薔薇によってブルのダーツが押し込まれ、ボードはその衝撃でハートを裂きながら真っ二つに割れる。流れるフラメンコも同時にフィニッシュを迎えた。

 

「どうだい?次はあんたの番だぜ。」

 

 マスターが新しく壁にかけてくれたボードに向かい、ユウガオは矢を投げていく。何本かはブルやトリプルに刺さり、それなりの点数になった。

 

「ハハハッ!食えない雰囲気のあんたが何を見せてくれるのかと思ったら、何の味もしない退屈なプレイだ!正直イラついたよ。イイね、最高だ。」

 

 席に戻ったユウガオの背を叩いて男は機嫌良さげに笑う。

 

「じゃあ俺はそろそろ失礼するよ。後はかわい子ちゃんと楽しんでくれ。」

 

 男はブロンドの女に意味深な視線を送って店を出る。

 

「…先ほどの、ダーツと言ったか。君達がやっているのを見ていたが、ルールが良く分からなかったな。」

 

「じゃあこれを飲み終えたら俺とやろう、今度は普通のルールで。」

 

 ジュークボックスからは二曲目のフラメンコが流れている。ユウガオはおかわりしたメロンソーダのストローを咥えた。

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