ウルトラマンアークの本編後に地球に戻ってきたユウマが初星学園に行きます。
「はぁ、はぁ、、、ヤバい、マジヤバい、、、!」
日が完全に落ち、電灯が白く道を照らす。
その光を切り裂くように、少女ーー藤田ことねは全力で走っていた。
朝、鏡の前で時間をかけて編み込んだ三つ編みは、今やほつれ、細い毛束が頬に張りついている。額から零れ落ちる大粒の汗が、丁寧に整えたメイクをわずかに滲ませていた。
それでも、速度は落とさない。
いや、落とせない。
スニーカーがアスファルトを強く蹴るたび、乾いた足音が夜道に響いた。
肩に掛けたバッグが背中で跳ねるたび、呼吸が荒くなる。
それでも足を止めるわけにはいかなかった。
「門限……あと、五分……っ!」
なんで今日に限ってシフトが押すのよ!? いや、残りますっていったのあたしだけどさ! あんなん断れるかいッ!!
心の中で自分にツッコミを入れながら全力で走るがーー
「ーーって、赤!?」
信号は赤。
舌打ちしそうになるのを飲み込み、足踏みしながら秒数を睨む。
普段はアイドルとして笑顔をみんなに届ける少女。
だが今は、そんな余裕は一切なく、ただただ門限に追われる――普通の高校一年生である。
青に変わった瞬間、再び地面を蹴る。
三つ編みがほどけてもいい。
メイクが崩れてもいい。
格好悪くてもいい。
だって、それでもかわいいし♡
…ではなく、門限をもう破るわけにはいかない。
今度破ったら、もうバイトには行けないかもしれないし評価にもかかわるかもしれない。
これ以上、成績を落とすのはやばい。
急げ、急げ!!
いつもは何も気にしない道だが、焦りからか違う道にも思えてしまう。
不安を感じながらも走り、角を曲がった先にはいつもの門が見えた。
「ーーま、間に合えぇぇ!!??」
全力で駆け抜けたその瞬間、門の鉄柵が開く音が耳に届いた。
肩で荒い息をしながら、ことねは門の中に飛び込む。
するとーー
「門限ギリギリだよ。ことね」
静かな声。
だが、その奥には確かな叱責の色が滲んでいる
振り向くとそこには、寮長である有村麻央が立っていた。
夜風に揺れる桜色のショートボブに少し大き目のブレザーに包まれた小柄で愛らしい容姿。初めて見た人なら「守ってあげたい系の先輩」だと思うだろう。
実際、入学したばかりの頃は「小動物みたい」という評判をよく耳にした。
だが、実際は逆だ。
学園中の困りごとを拾って回る面倒見の鬼で、気づけばみんなを守っている。
老若男女問わず困っている人を放っておかない、誰よりも頼りになる寮長。
少女漫画から飛び出してきた理想の王子様ーーーそんな言葉がこれ以上なく似合う人だ。
そして今、その王子様が怒っている。
…ちょっと怖い。
「ーーす、すみません!!」
ことねは反射的に頭を下げる。乱れた呼吸が喉にひっかかり、うまく声が出ない。
麻央は小さく息を吐いた。
「間に合ったから今回は不問。でもさ――最近、ちょっと無理してない?」
ギクッ!?
ことねの肩が露骨に跳ねた。
「え、い、いえッ!?」
「今の反応で説得力がなくなったね」
「そ、そんなことないですよ!?」
「へぇ」
「その『へぇ』やめてもらえます!?」
麻央は腕を組んで、ことねを見つめる。
小柄でかわいらしい見た目なのに、こういう時だけ妙に圧がある。
やはり3年生になると違うのか?
「ちなみにボクはまだ何も聞いてないからね?」
「え?」
「無理してる? って聞いただけだよ」
「あ」
「心当たりあるんだ?」
「あ」
「あるんだ?」
「あ~…いやぁ~…そのぉ…」
終わった。
完全に自爆だ。
ことねは思わず空を見上げる。
麻央はあきれたように笑った。
「ことねは分かりやすいね」
「うぅ…」
「でも、そういう素直な所がことねの魅力だと思うよ」
さらっと言う。
さらっと言うのだ。
これが王子様といわれる所以なのだろう。
「ことねのことだから、理由はあるんだろう。でもね、無理は続かないよ。身体も、心も」
ふいに、声色が柔らかくなった。
その一言が胸の奥に沈む。
思わず、ことねは視線を落とす。
「……はい。すみません」
それ以上は言えなかった。
麻央は小さく息を吐き、ことねの肩にそっと手を置く。
「困っていることがあるなら、ちゃんと言いなよ。力になるから」
「……はい」
「よし。それじゃ、早く部屋に戻ること」
「はーい」
笑顔で答えることねに、やれやれと麻央は首はふる。
「返事だけは良いね」
「えへへ」
「褒めてないよ?」
「でも返事が良いのは長所ですよね?」
「行動が伴って初めて長所になるんだよ」
「うッ!? ぐぅの音も出ない…」
「あははっ」と最後に笑みを残して、麻央は門を閉める。
そして、そのまま寮の中へと消えていった。
夜の静寂が戻る。
ことねは一人、その場に立ち尽くした。
「……はぁ」
さっきまで浮かんでいた笑みが消え、ゆっくりと空を見上げた。
「『今年の学費、払えません』なんて…」
言えるわけないじゃん。
吐き出した呟きは、冷えた空気と一緒に闇へと溶けた。
アイドルを目指すと決めたのは自分だ。
この学園に入ると決めたのも。
夢を追いかけると決めたのも。
全部、自分自身だ。
だから、弱音まで誰かに背負わせるわけにはいかない。
「……早くシャワーして、寝よ」
無理やり気持ちを切り替えるように頬を叩く。
そして玄関へ手を伸ばした、そのときだった。
――ォォォォン……ォォ……
「……え?」
振り返る。
夜道には誰もいない。街灯が静かに並ぶだけだ。
けれど、確かに“何か”が鳴いた。
風の音とも、車のエンジン音とも違う。
獣のような、金属の軋みのような。
それは胸の奥を直接震わせるような、不気味な咆哮に聞こえた。
ぞくり、と背筋が粟立つ。
「……気のせい、だよね」
誰に言うでもなく呟く。返事はない。あるはずもない。
ことねは自分に言い聞かせるように頷くと、早足に寮の中へと駆け込み扉を閉める。
暖かな灯り。談笑している声。それだけで少し安心する。
「疲れてるだけ、だよね…?」
そう思いながら、ことねは自分の部屋へと向かった。
そして、誰もいなくなった門の前。
夜空を覆った雲が月を隠し、辺りの闇をより濃くする。
その闇の中で。
赤い光が、ふっと灯る。
まるで獲物を見つけた獣の瞳のように。
一度。
そして、もう一度。
静かに。
瞬いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「天川市の初星学園に……ですか?」
思わずオウム返しに問い返してから、飛世ユウマは手元の資料へと視線を落とした。
記されているのは、座標、期間、そして簡潔すぎる任務内容。
調査対象:初星学園内における未知のエネルギー反応。
派遣人員:飛世ユウマ(単独)。
(単独……?)
「そうだ。ユウマには現地に常駐してもらう」
机の向こうで腕を組むのは、SKIP星元分所の所長・伴ヒロシだ。
「天川支部からの正式要請だ。学園敷地内で、怪獣出現時の波長に酷似した反応が断続的に観測されているらしい」
「波長……学園の中で、ですか?」
ユウマは眉をひそめる。
怪獣災害は市街地や山間部で発生することが多い。
限定された敷地、それも“学校”という閉じた環境で継続的に反応が出るのは、あまりにも不自然だった。
「しかも妙なんだ」
伴が資料を指で叩く。
「反応は、ある特定の時間帯に集中している」
「時間帯?」
「放課後だ」
一瞬、室内の空気が静まる。
「……部活動の時間、ですね」
「そうだ。しかも校舎全域じゃない。特定の建物付近に絞られている」
ユウマはページをめくる。
そこに写っていたのは、ステージ設備の整ったホールの写真だった。
「……初星学園はアイドル育成校だ。感情の起伏が大きい場所だな」
伴の言葉に、ユウマは小さく息を吐く。
(感情が引き金になっている……?)
事情は理解できた。
だが、疑問は残る。
「……どうして僕一人なんでしょう?」
複数人で出動すべき案件のはずだ。
しかも場所は天川市。なぜ星元支部の自分なのか。
問いに、伴は苦笑した。
「天川支部というより……初星学園からの要請だ」
「学園から?」
「ああ。確定情報じゃない段階で大勢が出入りすれば、生徒が不安になる。目立たず調査してほしい、とのことだ」
「だから単独任務、ですか」
「それだけじゃない」
伴は資料を一枚めくった。
「反応がでるのは放課後。しかも生徒しか立ち入らないような場所や時間帯も多い」
ユウマは資料の写真に目を落とす。
確かに、アイドル育成校のレッスン施設や部活動の現場に部外者が頻繁に出入りすれば目立つだろう。
「調査員を名乗れば警戒されるし、業者として入ると制限がかかる」
「だから、生徒として潜入すると?」
伴は頷いた。
「若くて、怪獣の知識もある。天川に近い支部所属。条件に合ったのがユウマだった、というわけだ。初星学園にはプロデューサー科のある大学も含まれているからな。そこの学生としていくことになるはずだ」
理屈はわかる。
少なくとも表向きの説明としては十分だった。
若く、学園に違和感なく溶け込めること。
怪獣案件の対応経験があること。
そして天川市への移動が容易なこと。
どれも派遣理由としては納得できる。
だが―――ユウマの胸には小さな違和感が残った。
「教師や職員じゃダメなんですか?」
いくら場所が生徒しか行かないと言っても職員が、ましてやそこの教師が入れない訳はない。
まるで最初から『学生』として通わせようとしているような…
その問いに、伴は頷きながら答えた。
「もちろん方法としてはある。だが、反応が出るのは放課後だ。レッスンや部活動中が多い」
資料の写真を指で叩く。
「教師や職員として動けば、生徒はどうしても構えてしまう。調査対象が何なのかわからない以上、まずは自然な形で情報を集めたい」
「だから生徒として潜入する、と?」
「そういうことだ」
伴は肩をすくめた。
「天川支部の連中は年齢的に厳しいしな。学園に自然に溶け込める人材となると限られる」
理屈はわかる。
怪獣災害の調査にしては少々回りくどい気もするが、不自然というほどではない。
少なくとも、今は。
そう割り切り、ユウマは顔を上げた。
「わかりました。学園にはいつ向かえばいいですか?」
「明後日だ」
伴は即答した。
「天川支部との調整は済んでいる。初星学園に着いたら、この名刺に連絡してくれ。案内の教師が迎えに来てくれる」
差し出された名刺には、
『初星学園 教師 根緒亜紗里』
と記されていた。
「了解です。では準備に入ります」
常駐任務。数日で終わるとは思えない。
必要機材をまとめるため、部屋を出ようとした、そのとき。
「待ってくれ、ユウマ!」
珍しく慌てた声が飛ぶ。
「準備の前に、ひとつ頼みたいことがある」
「頼みたいこと、ですか?」
振り返ると、伴はどこか言いづらそうに視線を逸らした。
そして、デスクの棚から一枚の色紙を取り出した。
「……あー、その、なんだ、十王星南さんのサインを、できれば……会えたら、可能なら貰ってきてくれないか?」
「……はい?」
思わず聞き返す。
「いやな、娘がファンらしくてな。サインでも渡せたら喜ぶかなと思って……」
恥ずかしそうに頭をかく伴。
「……公私混同では?」
「それは分かってる! 分かってるんだが、頼む! できたらでいい!」
土下座しかねない勢いに、ユウマは思わず笑みをこぼす。
(所長も、やっぱりお父さんなんだな)
「――わかりました。会う機会があれば、聞いてみます」
「本当か! ありがとう、ユウマ!」
まだ貰えたわけでもないのに、嬉しそうにする伴を見て、ふと胸の奥が揺れた。
娘の話をするときの顔。
少し照れくさそうで、それでもどこか誇らしげな声。
その姿が、不意に遠い記憶を呼び起こした。
(……もし、生きていたら)
父さんも…あんなふうに笑ったのだろうか。
任務の帰りを待っていてくれただろうか。
くだらない話をして、少し呆れながらも聞いてくれただろうか。
分からない。
もう確かめることはできない。
はっきり思い出すことはできる。
だが、父の顔はどこか霞んでいるように感じてしまう。
声も。
温もりも。
時間とともに、少しずつ遠ざかってしまったからか。
それが、少しだけ寂しかった。
ユウマは静かに息を吐く。
今は任務だ。
感傷に浸っている場合じゃない。
「では、所長。準備してきます」
「ああ。頼んだぞ、ユウマ」
資料を鞄に収め、部屋を出る。
単独任務。学園への潜入。
そして、放課後に現れる反応。
廊下を歩きながら、ユウマは静かに思考を整えていく。
まずは観察。
すべてはそこからだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回が書けたらまた投稿します。