夢の架け橋を初星に   作:よる

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初星へ

所長から初星学園の調査任務を命じられて数日後。

 

 飛世ユウマは、天川市へと向かうバスに揺られていた。

 

 日曜日の朝だからだろう。

 

 平日なら学生たちで賑わうであろう車内も、今日は乗客の姿はまばらだ。エンジンの低い唸りと時折聞こえるウインカーの音だけが、静かな車内に響いている。

 

 ユウマは窓際の席に腰掛け、流れていく見知らぬ街並みを眺めながら思考を巡らせていた。

 

(放課後だけ現れる、怪獣出現時に酷似したエネルギー反応……)

 

 なぜ放課後なのか。

 なぜ初星学園なのか。

 疑問は尽きない。

 

 スイードとの決戦以降、オニキスは消滅し、日本各地で発生していた怪獣災害も目に見えて減少していた。

 もちろん、完全になくなったわけではない。

 今でも突発的な怪獣災害は発生している。

 だが、それらはあくまで散発的なものだ。

 

 今回のように、一つの場所で、決まった時間帯だけ観測されるケースは聞いたことがない。

 

(まるで――)

 

『次は、初星学園前。次は、初星学園前。お降りの方は、お知らせください』

 

 車内アナウンスが思考を遮る。

 ユウマは顔を上げ、窓の外へ目を向けた。

 そこには、一つの学校とは思えないほど広大な敷地が広がっていた。

 ひときわ目を引く大きな講堂。

 その周囲には校舎やレッスン施設が整然と並び、まるで一つの街のような景観を形作っている。

 

(これが……初星学園)

 

 アイドル育成校と聞いてはいたが、その規模は想像以上だった。

 ユウマは降車ボタンを押しながら、途切れた思考の続きを胸の中で反芻する。

 

(考えすぎかもしれない)

 

(偶然なのかもしれない)

 

 それでも、胸の奥に残る違和感は消えない。

 

 まるで――

 

「……誰かが、仕組んでいる?」

 

 小さく漏れた呟きは、バスのブレーキ音にかき消された。

 

 やがて車体がゆっくりと停車し、プシューッという空気の抜ける音とともに扉が開く。

 

 ユウマは立ち上がり、静かにバスを降りた。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 ユウマが初星学園へと足を踏み入れた、その頃――。

 

 天川市の一角にあるハンバーガーショップでは、昼時を迎えた店内が多くの客で賑わっていた。

 

「いらっしゃいませー! ご注文をどうぞ!」

 

 弾むような声が店内に響く。眩しいほどの笑顔を浮かべ、まるで「二〇〇%スマイル」とでも言わんばかりの愛想の良さで、藤田ことねは次々と訪れる客を迎えていた。

 

「こちらでお召し上がりですか? それともお持ち帰りですか?」

 

 慣れた様子で尋ねながら、ことねはさりげなく客の表情を観察する。

 おっと、何にするか迷っているっぽいな。

 ならば――。

 

「セットでしたら、こちらがお得ですよ!」

 

 すかさずおすすめ!

 

「あ、じゃあそれで」

 

「ありがとうございます!」

 

 よしっ!

 

 心の中で小さくガッツポーズ。

 

「ご注文、以上でよろしいでしょうか?」

 

「はい」

 

「かしこまりました!」

 

 笑顔、笑顔、また笑顔。

 注文を受け、会計を済ませ、商品を渡し、空いたテーブルを片付ける。

 店内を軽やかに駆け回る姿は、まるでアイドルそのもの。いや、アイドルだけど。

 可愛らしい笑顔を絶やさず、忙しさも疲れも微塵も感じさせなかった。

 少なくとも、お客さんの前では。

 

◇◆◇◆

 

「つっかれたぁぁ……」

 

 休憩室に入った途端、ことねは机に突っ伏した。

 先ほどまで浮かべていた眩しい笑顔は、跡形もない。

 華やかさも、愛想の良さも、どこへやら。

 そこにいるのは、ただ疲れ果てた一人の女子高生だった。

 

「はぁ~~……」

 

 大きなため息を吐きながらスマホを取り出し、時間を確認する。

 休憩時間は、残り……二十分か。

 ガバッ!と、勢いよく上半身を起こした。

 

「まだいける!」

 

 疲れているはずなのに、鼓舞するように元気な声を出しながらことねはスマホを握り、休憩室を出て裏口へと向かう。

 店の裏手には、エアコンの室外機や大きなゴミ箱、物置などが並んでいる。喫煙所も兼ねているため、それなりの広さがあるものの、最近では利用する人も少ない。

 

 人目につきにくく、音も多少なら気にならない。

 ことねにとっては、絶好の練習場所だった。

 ことねはスマホに有線イヤホンを接続し、耳に装着する。

 そして、一度目を閉じ、何度か深呼吸を行う。

 疲れた身体を無理やり切り替えるように、頬を軽く叩いた。

 

「よし……!」

 

 目を開く。

 先ほどまでの疲れた少女の顔は、そこにはなかった。

 スマホの画面に表示された再生ボタンを押し、イヤホンから曲が流れ始める。

 指先、足、体全体でリズムを取る。

 

 そしてーー

 

「♪――」

 

 ことねの表情が、一瞬で変わった。

 店内で振り撒いていた「二〇〇%スマイル」ならば。

 それをさらに強化した「二〇〇%スマイル+」で踊り出す。

 軽やかにステップを踏み、腕を振る。

 身体の軸を意識しながら、鏡の代わりに自分の姿を頭の中で思い描く。

 さっきまでの「まるでアイドル」の接客とは違う。

 

 今度は――

 

 これぞアイドル。

 

 そう言わんばかりの、堂々としたパフォーマンスだった。

 

 しかし――。

 

「……っ」

 

 数十秒後。ステップが、ほんの半歩だけズレた。

 

「……!」

 

 ことねはすぐに立て直すが、一度崩れたリズムはなかなか戻らない。

 笑顔が少しずつ固くなる。

 額に汗が滲み、呼吸が荒くなる。

 それでも止まらない。

 止まれない。

 

 もう一度。

 

 もう一度。

 

 身体が重くても、足を動かす。

 

「しまっ――!?」

 

 思わず、足が絡んだ。

 

「わっ!」

 

 ドサッ!とことねはその場に転倒した。

 

「いったぁ……」

 

 しばらく地面に座り込む。

 膝についた埃を払いながら、悔しそうに唇を噛み締める。

 

「……まだまだ」

 

 ゆっくり立ち上がる。

 足は少し震えていた。

 それでも――。

 

「……よし。もういっちょ!」

 

 再びスマホへ手を伸ばす。

 その瞬間。

 

 ピピピッ! ピピピッ!

 

「……あ」

 

 スマホのアラームが鳴り響く。

 

「もう時間かぁ……」

 

 名残惜しそうにスマホを見る。

 それでも、ことねは小さく息を吐くと、気持ちを切り替えた。

 

「続きは……また夜!」

 

 タオルで汗を拭う。

 イヤホンを外し、スマホをポケットへしまう。

 そして裏口のドアへ手をかける。

 その顔には、再びいつもの笑顔が戻っていた。

 

「よしっ。午後も稼ぐぞー!」

 

 そう言って、ことねは店内へ戻っていった。

 

◇◆◇◆◇

 

 

 初星学園での調査を終えた飛世ユウマは、天川市の街中を歩いていた。

 日曜日ということもあって、通りには買い物を楽しむ人々や、友人同士で出かける学生たちの姿がある。

 そんな街の様子を眺めながら、ユウマは小さく息を吐いた。

 

「……今のところ、特に変わった様子はないな」

 

 まずは天川市そのものを知るため、そして何か別の視点からの手掛かりになるものはないか探すためユウマは街のあちこちを歩き回っていた。

 しかし、今のところこれといった手掛かりは見つかってはいない。

 

「……焦っても仕方ないか」

 

 そう呟いたところで、ふと通りの一角にあるハンバーガーショップが目に留まった。

 見覚えのない店だった。

 ちょうど昼食を取っていなかったこともあり、店を見た瞬間、ぐう、と腹が鳴る。

 

「……そういえば、まだ何も食べてなかったな」

 

 少し恥ずかしそうに腹を押さえ、ユウマは店の看板を見上げた。

 

「ここで食べていくか」

 

 そう呟き、店の扉を開いた。

 軽快な入店音が鳴る

 

「いらっしゃいませー! ご注文をどうぞ!」

 明るい声に迎えられ、ユウマはカウンターへと歩み寄った。

 そこにいたのは、金色の髪を編み込んだ少女だった。

 少女は慣れた様子でメニューを示し、にこやかに微笑んでいる。

 

「ただいま期間限定のセットがおすすめですよ! 限定ハンバーガーにポテトとドリンクが付いて、単品で頼むよりお得になってます!」

 

「へえ、そうなんだ。じゃあ、それをお願いします」

 

「ありがとうございます! ドリンクは何になさいますか?」

 

「ドリンクか……」

 

 メニューに目を落としたユウマは、少し考え込んだ。

 ふと、以前、シュウから言われた言葉が脳裏をよぎる。

 

『疲れたときはコーヒーですよ。温かいコーヒーを飲むと、少し落ち着きますから』

 

 そう言っていたシュウの顔が、懐かしく思い浮かんだ。

 怪獣の調査や現場での活動に追われていると、気づかないうちに疲れがたまっていることもある。そんなとき、何気ない一言に救われることがあった。

 ユウマは小さく笑みを浮かべ、メニューへと視線を戻した。

 

「……じゃあ、コーヒーでお願いします」

 

「かしこまりました! コーヒーですね!」

 

 少女は明るく返事をすると、手際よく注文を入力していく。

 その笑顔は、客を相手にする店員として申し分のないものだった。

 けれど、ユウマはどこか感心していた。

 ただ明るいだけではない。相手の反応を見ながら、自然な調子でおすすめの商品を勧めている。押しつけがましくならないように、言葉の選び方まで工夫しているようだった。

 人と接することに慣れているのだろう。

 

「お会計はこちらになります!」

 

「あ、はい」

 

 ユウマは代金を支払い、店員の少女に軽く会釈した。

 

「ありがとうございます! 少々お待ちください!」

 

 少女はそう言うと、厨房の方へと向き直り、注文された商品を用意し始めた。

 その様子を眺めながら、ユウマは店内を見回した。

 休日の昼下がり。家族連れや学生たちが、それぞれの時間を過ごしている。

 怪獣災害とは無縁に見える、平穏な光景だった。

 

 ――こういう日常を守るために、自分たちがいる。

 

 改めてそう思いながら、ユウマは出来上がった商品を受け取る。

 

「お待たせしました! 先にコーヒーとポテトのお渡しです! 残りは後でお持ちいたしますので番号札を立ててお待ちください」

 

「ありがとうございます」

 

「ごゆっくりどうぞ!」

 

 少女はにこやかに微笑んだ。

 ユウマも穏やかな笑顔を返し、トレーを手に空いている席へと向かった。

 席に着くと、まずはコーヒーのカップを手に取る。

 立ち上る湯気と、鼻をくすぐる香ばしい匂い。

 一口飲むと、ほどよい苦みが口の中に広がった。

 

「……うん。おいしい」

 

 自然と、そんな言葉が漏れた。

 

「ありがとうございます! うちのコーヒー、豆からこだわっているので、実は結構おすすめなんですよ」

 

 声の方を向くと先ほどの店員の少女が残りの商品をもってきてくれていた。

 ありがとうございますと受け取るユウマ。

 

「それなら、今度コーヒー好きの友人と一緒にまた来ますね」

 

「はい! ぜひお越しください! その時をお待ちしておりますね♪」

 

 それではと少女が戻ろうとした、そのときだった。

 

「うわぁぁぁん!」

 

 店内に子供の泣き声が響き渡った。

 ユウマと店員は声の方を向くと、奥のテーブルで小さな子供が泣いていた

 母親らしき女性が困った様子であやしているが、子供はなかなか泣き止まない。

 どうやら注文したハンバーガーが届くのを待っているうちに、機嫌が悪くなってしまったらしい。

 

「どうしたのかなー? お腹すいちゃった?」

 

 そこへ、店員の少女はそう言いながら奥のテーブルに向かった。

 彼女は子供の前にしゃがみ込むと、目線の高さを合わせ、優しく声をかけた。

 

「もうちょっとでハンバーガー来るからねー。お姉ちゃんと一緒に待ってよっか!」

 

 少女がにっこりと笑いかける。しかし、子供はまだ涙を浮かべたまま、母親の服をぎゅっと握っていた。

 

「うーん……それじゃあ、こうしよう!」

 

 少女は少し考えるような仕草をすると、両手で頬を挟み、わざと大げさに目を丸くしてみせた。

 

「じゃじゃーん! お姉ちゃんの、とびっきりのスマイルー!」

 

 そして、にぱっと満面の笑みを浮かべる。

 あまりにも突然のことに、子供は泣き声を止め、きょとんとした顔で彼女を見つめた。

 

「……ありゃ? 笑ってくれないか?」

 

 少女は困ったように眉を下げ、今度は頬をぷくっと膨らませた。

 

「むむむ……これは、お姉ちゃんの負けかなぁ?」

 

 その言葉に、子供の口元がわずかに緩んだ。

 

「あっ! 今、ちょっと笑ったでしょ!」

 

 少女が嬉しそうに指をさすと、子供はようやく、くすくすと笑い始めた。

 

「よーし! その調子、その調子! 笑顔になったら、きっとハンバーガーももっとおいしくなるよ!」

 

 少女は自分のことのように喜びながら、子供の頭を優しく撫でた。

 その様子を見ていた母親が、ほっとした表情で頭を下げる。

 

「すみません、ありがとうございます。ご迷惑をおかけして……」

 

「いえいえ、全然大丈夫ですよ! お仕事ですから!」

 

 少女は明るく答えたあと、少しだけ声を落として付け加えた。

 

「それに、せっかくのお休みですもん。みんなで楽しくご飯を食べたいですからね!」

 

 そう言って、もう一度子供に笑いかける。

 

「それじゃあ、お姉ちゃんはハンバーガーできてるか見てくるからね。いい子で待っててね!」

 

 子供はすっかり泣き止み、こくりと頷いた。

 

「うん!」

 

「よしっ! いいお返事!」

 

 少女は満足そうに頷くと、軽やかな足取りでカウンターへと戻っていった。

 その一連のやり取りを、ユウマは黙って見つめていた。

 

「……へえ」

 

 思わず、感心したような声が漏れる。

 注文を受けるときの明るい笑顔も印象的だったが、先ほどの対応はそれとは少し違っていた。

 泣いている子供に目線を合わせ、どうすれば笑顔になってくれるのかを考え、相手が笑えば自分のことのように喜ぶ。

 決して、特別なことをしたわけではない。

 それでも、相手の気持ちを考えながら、自然に行動できるのは簡単なことではないだろう。

 ユウマはコーヒーのカップを手に取りながら、カウンターで働く少女へと視線を向けた。

 彼女はすでに次の客の注文を受けていた。先ほどと変わらない明るい笑顔で、相手の話に耳を傾けている。

 その表情を見て、ユウマはふと思った。

 

――あの子、いつもあんなふうに笑っているのかな。

 

 客に向ける笑顔だけではない。泣いていた子供を笑わせたときの、心から嬉しそうな表情。

 あれは、ただ仕事だからという理由だけで浮かべられるものではない気がした。

 もちろん、初めて見かけた店員のことを、そこまで深く知っているわけではない。

 それでも、ユウマの中には、ひとつの印象が残っていた。

 明るくて、よく気がついて、誰かを笑顔にすることが好きな子。

 そんな印象を胸に刻みながら、ユウマはもう一口、コーヒーを飲んだ。

 苦みの奥に、ほのかな温かさが広がる。

 店内には、先ほどまで泣いていた子供の楽しそうな笑い声が響いていた。

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