もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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ゼロからアヤマツ異世界生活

 ――夢を見た。長い、長い、夢を見た。

それは単なる脳の妄想とは思えないほどに現実的で、骨の髄まで凍りつくような、恐ろしいリアリティを持った記憶だった。

 ナツキ・スバルがこのルグニカの地に召喚されてから、歩む可能性のあった――いや、実際にどこかの世界線で歩んでしまった、確定した運命の足跡。

 

「俺は……『傲慢』にはならない……。なって、たまるかよ……」

 

 弾かれたように夢から覚めると、視界のすぐ先には、変わらずに『嫉妬の魔女』が佇んでいた。

 脳が焼き切れそうなほどに長い地獄の記憶を追体験したというのに、現実の時間は一秒たりとも進んでいなかったらしい。

 

「愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して」

 

「……お前は。お前は俺に、この最悪な『予知夢』を見せるために……わざわざここまで来たのか?」

 

 相変わらず、彼女の口からは壊れたレコードのように同じ愛の呪詛しか発せられない。だが、スバルの目の前にいるサテラの紫紺の瞳から、あのどす黒い憤怒の感情は綺麗に消え去っているように見えた。まるで、己の果たすべき役割をすべて全うしたかのような、どこか満足げな、微かな微笑みすら湛えている。

 

「こんな胸糞悪い悪党……生まれて初めて見たぜ」

 

 スバルは、その予知夢のなかで最悪の結末を掴み取った主人公――もう一人の『ナツキ・スバル』へ向けて、吐き捨てるように感想を抱いた。

 エミリアやシリウス、ラインハルトといった他の連中とはわけが違う。魔女の当事者みずからがわざわざ現世に引っ張り出てきて、スバルの脳内に直接この記憶を叩き込んできたのだ。こんな最悪の予知夢、今すぐにでも記憶の彼方へ消し去ってしまいたいとすら思う。

 

 いや、それどころか――。

 サテラが世界中の特定の人たちに一斉に予知夢を見せた本当の目的は、それによって予知夢と死に戻りを混同し、スバルを状況的に誤解させ、自らがこの世に顕現するための『罠』だったのではないかとさえ思えてくる。底が知れなさすぎる、恐ろしき魔女の計算。

 その神がかり的なシナリオに巻き込まれ、理不尽に消し飛ばされてしまったラインハルトや民衆の皆様には、心からご愁傷様と言うほかない。

 

 ――俺が見た、もう一つの未来。

 そこにいたナツキ・スバルは、正真正銘、救いようのない『傲慢』な大悪党だった。

 

 エミリアと出会い、彼女を血の王座に就かせるというただ一つの目的のためだけに、己の全精神を、全存在を殉じさせていた。他人の命はおろか、自分の命すらも単なる部品としか思っていない、恐るべき傲慢。

 数え切れないほどの『死に戻り』を繰り返した結果、自分以外の人間を『生きた人間』として見なさなくなり、特定の条件で動くゲームのNPCやチェスの駒のように扱い尽くした。恐るべき傲慢。

 ナツキ・スバルという男を何度も、何度も無価値に殺し続けた。日本の親が知ったら、悲しみのあまり一生立ち直れないだろう。恐るべき傲慢。

 

 死ねば世界をいくらでも都合よく書き換えられるという、全能の錯覚に囚われていた。歴史も、他人の歩むべき運命のレールも、自分の手で完全に調律しなければ気が済まないという独裁的な思想。恐るべき傲慢。

 真正面から戦っても絶対に勝てない『剣聖』ラインハルトに対して、その精神を、誇りを徹底的にへし折ることで勝利しようとした。恐るべき傲慢。

 自分が無力で戦えないからという理由で、魔女教の狂信者どもや、エルザ、メイリィといった殺人鬼たちを便利に悪用し尽くした。恐るべき傲慢。

 

 エミリア自身が望んでなどいない、血塗られた王座へ、彼女の細い身体を無理やり引きずり上げて座らせた。恐るべき傲慢。

 最後の最後まで、絶対に諦めなかった。恐るべき傲慢。

 誰にも、その地獄の苦しみを相談しなかった。恐るべき傲慢。

 これだけの地獄を演出しておきながら、最終的にはエミリアの心に一生消えない巨大な傷跡を残そうとした。恐るべき傲慢。

 

 ――そして最後は、自分勝手に満足して人生を終わらせやがった。どこまでも、どこまでも恐るべき、ナツキ・スバルの傲慢。

 

「……俺は、絶対にこうはならないよ」

 

 相変わらず言葉の通じない魔女へ向けて、スバルははっきりとそう宣言し、自らの足でしっかりと立ち上がった。そして、目の前に力なく座り込むサテラへ向けて、そっと右手を差し出す。

 

 感情に振り回されて、我を忘れたらおしまいだ。

 あの『魂の鎖』という権能がもたらす感情の重さは、人間の正気が生み出すシロモノじゃない。あれは心を狂わせる、狂気的な偽物のエゴだ。自分の思い通りに世界が動かないからって、子供みたいに泣きじゃくるのもみっともない。

 

 だが――例えあれが権能の生み出す偽物の感情だったとしても、それに依存しないというだけであって、エミリアへの想いそのものを拒絶するわけじゃない。

 傲慢に狂うことなく、正気を保ったまま、この理不尽な世界を泥臭くやっていこう。スバルはそう、心に誓った。

 俺はまだ、エミリアと出会ってほんの数分しか経っていないのだ。だから――これから彼女と一緒に過ごせるまっとうな時間を、一秒でも多く伸ばせるように。その純粋な目的のためにこそ、俺はこの『力』を正しく使う。

 

 サテラはスバルの差し出した手を驚くように見つめ、その細い指先でスバルの掌を掴み、 ゆっくりと立ち上がった。

 スバルの腹は、もう据わっている。

 

「――そこまでだ」

 

 背後から響いたのは、凛烈たる、世界の法そのものの声。

 赤い奇跡の光を纏い、世界の祝福を受けて即座に息を吹き返した世界最強の『剣聖』が、いつの間にかサテラの背後に音もなく肉薄していた。

 だが、サテラは背後の脅威に対して、一度も振り返ろうとはしなかった。ただ、スバルの目を凝視している。

 

「……一緒にいこう、サテラ」

 

 スバルが発したその言葉に、魔女の背後に立つラインハルトが、怪訝そうにその美しい眉を寄せた。

 

「スバル。悪いけれど、君をこれ以上死なせるわけにはいかない」

 

「あぁ、分かってるよ。自分から進んで死にたいですなんてのたまう狂人じゃねえよ、俺は。……それでも、ここからもう一度、やり直そうと思うんだ」

 

「愛してる」

 

 最期のサテラの微笑みと声音に、スバルは胸の奥から溢れ出しそうになるドロドロとした感情をぐっと飲み込み、堪え、ただ静かに頷いた。

 そして――このループの終わりの時間が、訪れる。

 

「君がさっき使ったその奇妙な能力は、もう僕には通用しない。――だから、もう観念するんだ」

 

 ラインハルトの手が動いた。スバルの目の前で、サテラの上半身が再び、一瞬にして光の中に消し飛ばされる。

 今度も、スバルの肉体にその負傷が『共有』されることはなかった。

代わりに、ラインハルトの白い胸元のあたりに、まるでカミソリの刃で皮膚を切り裂いたかのような、一本の細い切り傷が走る。だが、それはさっきのように彼の頑強な胴体を分断し、肉塊に変えるような致命傷では断じてなかった。

 一度殺されたことで、世界は即座にラインハルトを再祝福し、魔女の権能に対する『絶対的な耐性』を彼にプレゼントしたのだ。世界最強の男は、瞬時に世界のルールすら上書きしてみせた。

 

「あ~あ……。これじゃあ、あいつが絶望するのも、無理はねえか……。88回も死に戻りを繰り返した後に、これを見せられたら、なおさらな……」

 

 どれだけ策略を巡らせても、絶対に正面突破できない理不尽な最強。

 そんな化け物を相手に、二度と同じ過ちは犯さないと決めた自分自身の言葉を最後に、スバルの視界は急速に真っ白な光へと染まっていく。

 

 世界が、引き絞られるように巻き戻る。

 ラインハルトは決定的な過ちを犯した。彼が魔女を殺したこの瞬間、サテラはスバルから奪い取った『魂の鎖』の権能を利用し――スバルの代わりに、その死をすべて肩代わりして、死んであげたのだから。

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