もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公) 作:ああ
スバルが覚えている約束の場所へ向かって、エミリアと二人で大通りを駆け抜ける。
道すがら、彼女にはすでにシリウスの凶悪な能力について伝えてあった。だが、真っ先に川沿いの橋へ向かう判断だけは避けた。この三度目の挑戦において、ナツキ・スバルがどうしても言葉を交わし、その歪みを正しておかなければならない最重要人物が、もう一人残っている。
「――ラインハルト!! 見つけたぜ!」
今回は、スバルの側が人混みの中を歩く赤髪の騎士の後ろ姿を発見し、その名を大声で叫んだ。
刹那、世界最強の『剣聖』が弾かれたように振り返る。スバルの顔を捉えた瞬間、彼は普段の優雅さをかなぐり捨て、周囲の人波を強引に掻き分けてこちらへと全力で走ってきた。
「スバル! それに、エミリア様も……っ!」
二人の健在を確認できたことで、ラインハルトの切迫していた空色の瞳に、一条の救いのような光が灯る。彼がそれほどまでに心の余裕を無くし、狂おしいほどに焦っている本当の理由を、スバルは痛いほどに覚えている。
「あれっ……? なんだか、すごーく焦っているみたいだけれど……大丈夫?」
隣に立つエミリアも、普段なら完璧な佇まいを崩さないラインハルトが、いまは猫の手も借りたいほどに追い詰められているその異様な雰囲気に、即座に気づいたようだった。
「そうだよな。天下の『剣聖』様が、いまは今にも泣き出しそうな顔をしてるぜ。――だがラインハルト、まずは落ち着いてくれ。間違っても、俺の体をヒグマみたいな力で掴んで、あの薄暗い不気味な路地裏に強引に引きずり込む……なんて乱暴な真似はしないでくれよな?」
スバルにしか分からない、前回のループで味わったラインハルトからの理不尽な制圧。まずはその記憶をあえて軽い皮肉に変えて釘を刺しておく。
「……何を言っているんだい、スバル? 僕が君に対して、そんな酷いことをするわけがないじゃないか」
純粋に、そんな心外な疑惑を向けられたことが信じられないとでも言うように、ラインハルトは困惑した顔でスバルに言い返し、その距離を縮めて彼の肩にそっと触れた。
だが、その何気ない接触の瞬間、前回のループで骨がきしむほどにねじ伏せられた生物としての恐怖が脳裏をよぎり、スバルは本能的にビクリと身をすくめてしまった。
「スバル……? もしかして、ラインハルトのことが怖かったりするの?」
スバルの僅かな硬直を察知して、エミリアが横から覗き込むようにそう言った。背中にそっと手を添えてくれる彼女の気遣いは涙が出るほどありがたいが、その台詞、いま目の前にいる本人にもバッチリ聞こえてるぞ。
「スバル。僕たちは……あの夢のなかで、確かな『親友』だったじゃないか。……まさか君は、僕とは違う予知夢を見てしまったのかい?」
ラインハルトから返ってきた言葉のニュアンスは、つい先ほどのエミリアのものと全く同じだった。誰もが、自分が見たあの切実な予知夢を信じ、同じ絆で結ばれた相手との再会を、その温もりを求めてしまうのだ。
「ええい! こ、怖くなんかねえし! ちょっと俺より背が高くて腕っぷしが規格外に強いだけだろ!? あと、エミリアはあんまりストレートに核心を突かないで! ……それから、ラインハルト。お前には悪いが、お前の知ってるその『親友』って関係、一端ここで――振り出しに戻させてもらうぜ」
この世界には『リセット』というゲーム的な概念が存在しないため、とっさに言い換えた表現だったが、今の自分たちの関係性にはこれ以上なくしっくりときた。
それはラインハルトが差し出してきた絆への拒絶ではない。これから真っ当な手段で、この『剣聖』と本当の友達になれることを大前提として歩みを進めるための、前向きな「仕切り直し」だ。
だが、最強として孤独に生きてきたラインハルトにとっては、冷酷な拒絶とも受け取れる言葉。彼がどんな反応を示すか、スバルは首筋に嫌な冷汗が流れるのを感じながら、彼の次の言葉を待った。
「……振り出しに戻す、か。それは、どういう意味だい?」
ラインハルトの顔からサッと表情が消え、暗い影が落ちる。だが、彼がどれほど苛烈な不条理を前にしても、その個人の感情を冷徹に切り捨てて『正義の騎士』として振る舞えてしまう、強固で哀しい精神性の持ち主であることをスバルは知っている。
エミリアは、スバルの放った言葉がラインハルトの胸にどれほどの衝撃を与えたかを痛いほど理解できたため、悲痛そうな面持ちのまま、黙って二人の会話の行く末を見守っていた。
「言葉通りの意味だよ。俺の頭の中には、お前と固い握手を交わした記憶も、背中を預け合って助け合った記憶も、何一つ残っちゃいねえ。……だけどさ、これからの俺は、間違いなくラインハルトに死ぬ気で助けを求めるし、お前が困ってたら、この命を懸けてでも助けてやりてえと思ってる。その先で、またお前と『親友』ってやつに戻れるかどうかは……自分から言うのはマジで恥ずかしすぎるから、運が良ければってことにしといてくれ。俺が言いたいのは、そういうことだ。――とにかく、今すぐ俺に力を貸してくれ」
ラインハルトは一瞬、彫刻のように完全に凝固した。
彼の中にあった「完璧で、自分のすべてを理解してくれていたスバル」と、いま目の前で泥臭くハッタリをかましている「未熟なスバル」の姿を、その驚異的な頭脳で必死に見比べ、考えているようだった。
――そして。
ふっと、張り詰めていたラインハルトの表情が劇的に緩み、彼は子供のように声を上げて吹き出した。
今この瞬間だけは、彼を極限まで追い詰めていたはずの、あのフェルトに関わる残酷な『運命のタイムリミット』を、世界最強の男は完全に忘却しているようだった。
「何笑ってんだよ、お前っ!!」
途端にスバルの顔がボッと熱くなる。柄にもなく恥ずかしいセリフを全力で言わせたくせに、当の本人が楽しそうに笑うのはいくらなんでも意地悪が過ぎやしないか。
「ごめん、ごめん。なんだか……今のスバルは、僕の知っている君よりも、ずっと幼くて、ずっと年相応に見えたからね。でも、変に僕の力に怯えて気を遣われるくらいなら、僕は……そうやって正面から、はっきりと『助けてくれ』と言ってもらえた方が、何倍も嬉しいんだ」
燃えるような絶対の強さを示す赤髪に、世界のすべてを透き通らせるような空色の瞳。
あまりにも完璧すぎる存在であるがゆえに、ラインハルト・ヴァン・アストレアという男は周囲から恐れられ、近寄りがたい印象を強め、本当の意味で対等に接してくれる人間が少なかったのだろう。
あの最悪な『アヤマツの夢』のなかで、もう一人の自分は、まさにそのラインハルトの『孤高の弱み』に徹底的に付け込んだ。そして王国に地獄の火を放ち、彼を『剣聖』という呪縛に縛り付けたまま、社会的に、精神的に完膚なきまでに殺害したのだ。
その胸糞悪い悪夢の真実を、いま目の前で微笑むラインハルトに教えてやることは絶対にできない。けれど、これからの現実の未来のなかで、自分のすべての行動を以て、彼への贖罪と救いを証明していきたいとスバルは強く願った。
「お前の中の俺って、どんだけ気遣いができる大人な奴だったんだよ? ……っていうか、結局お前に完全に見透かされてんじゃねえか。……まぁ、その話は一端こっちに置いとくとして」
お互いに、ここからは一分一秒の猶予すら惜しいはずだ。スバルは表情を引き締め、ラインハルトの空色の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「ラインハルト。お前も今、猫の手どころか人間の手が死ぬほど必要な状況なんだろ? エミリアも含めて、ここに3人いれば『三人寄れば文殊の知恵』って言葉があるんだ。この大通りじゃ目立ちすぎる、あっちの路地裏に入って、今すぐ全員を救うための作戦を立てようぜ」
「モンジュ……? ――ええ、そうねラインハルト、すぐに行きましょう!」
一瞬だけスバルの口にした馴染みのないことわざの意味を考えようとして、エミリアはわずか2秒で思考を切り替えて肯いた。
エミリアはいつだって、スバルの言葉を時間をかけずに、真っ直ぐに信じてくれる。川沿いの橋に潜むシリウスという狂人のことも、大通りを歩くラインハルトの居場所をスバルがなぜか正確に知っていたことも、彼女は何一つ疑わなかった。その絶対的な信頼が、今のスバルにとってはどれほど救いになり、ありがたかったことか。
そんな奇跡のようにありがたいエミリアと比べてしまっては申し訳ないが、眼前のラインハルトは前回のループにおいて、再三にわたるスバルとの口論がまとまらず、パニックのままに貴重な時間を浪費し、挙句の果てには世界そのものを巻き込むサテラの逆鱗に触れてしまったのだ。
だからこそ、今回こそは、絶対に落ち着いた作戦会議を成立させる必要がある。
スバルだけが『剣聖』の力を一方的に借りるわけでもなく、ラインハルトだけがスバルの『死に戻りの記憶』を貪るわけでもない。お互いが対等に、お互いの大切な人を助け合うための、本当の協力関係をここで結ぶのだ。
「スバル……。エミリア様……。今、この最悪の瞬間に、僕の元へ現れてくれたことに心から感謝します。――行きましょう」
ラインハルトは、王国最強の『剣聖』としてではなく、一人の迷える少年のように深く、深く頭を下げた。
そして、先導するスバル、エミリアの二人の背を追うようにして、大通りの喧騒から薄暗い路地裏の奥へと足を踏み入れて行った。
△△△△
作戦会議は、3人の協力により、極めて迅速にまとまった。
現在、スバルとエミリアはラインハルトと別行動をとり、因縁のあの場所へと向かって走っている。
――ラインハルトなら大丈夫だ。今回は『死に戻り』という致命的なタブーを彼に暴かれることも、それによってサテラの逆鱗に触れることもなかった。
今頃あの最強の剣聖は、スバルとエミリアを信じ、自らに課せられたフェルト救出という役目にその超人的な力を集中させているはずだ。
「――俺たちの、戦いはここからだ……ッ!」
一度目のループでは、このセリフの直後に『憤怒』の大罪司教シリウスとの絶望的な死闘が始まり、なす術もなく焼き殺されて敗北した。
だが今は、スバルのその決意の言葉の横で、力強く、優しく手を握り返してくれるかけがえのない仲間がいる。
「ええ、スバル! 私にすごーく、すごーく頼ってね」
握りしめた手のひらが、恐怖でカタカタと微かに震えていることは、エミリアに完全にバレている。サテラが見せたあのアヤマツの悪夢のなかで、大罪司教の全員を一人残らず惨殺し尽くした冷徹な記憶はあるというのに――それはあくまで、脳内にロードされた『ただの夢の話』だ。
今日という過酷な現実に立ち向かう肉体は、ただのしがない不登校の高校生、ナツキ・スバルそのもの。これは彼の、人生を賭けた初陣としてのリアルな恐怖なのだ。
「あぁ……っ。エミリア、俺に力を貸してくれ!」
スバルは意を決し、あの慈悲深きサテラの手によって、狂気の代償を自覚したうえで正しく返却された傲慢の権能――『魂の鎖』を発動させた。
ドクン、と心臓が鳴り、スバルとエミリアの魂が一本の強固な鎖でガチリと結合される。
この繋がりがある限り、どれほどシリウスが狂気的な感情の汚染をばら撒こうとも、二人の精神が侵食されることは絶対にない。
すでにエミリアとの緻密な情報共有は完了している。それどころか、あの『剣聖』ラインハルトすらも、このスバルの権能を完全に把握したうえで、裏で同時進行で作戦を動かしているのだ。――そんな超絶的な包囲網が敷かれているなど、目の前で待ち構えるシリウス・ロマネコンティは夢にも思っていないだろう。
――この世界において、正気を保ち、仲間と手を繋いだナツキ・スバルと敵対した悪党は、絶対に勝てない。
この絶対にして最悪の『傲慢な事実』を、今こそあの理不尽な怪物へ、問答無用に振りかざしてやる。
「薄汚い半魔ぁアアアア!!! ナツキ・スバルぅウウウッ!!!」
川沿いの橋へと続く、見覚えのある大通り。
民衆の雑踏に紛れ込んでいた全身包帯の怪人――シリウスは、こちらへ向かって一直線に突き進んでくるスバルとエミリアの姿を視界に捉えた瞬間、鼓膜を激しく引っ掻くような、不快極まりない憎悪の咆哮を叩きつけてきた。
「ありがとう。そして、ごめんな ――自分からわざわざ俺たちに倒されに、この王都まで来てくれて!!」
スバルは不敵な笑みを浮かべ、大音量でそう挑発し返した。だが、それは単なる虚勢のハッタリなどではない。シリウスの手にある『福音書』の記述は、彼女が予知夢を見るよりも前の段階で、この王都へ彼女を導いていたのだ。そして予知夢でペテルギウスの死を見たことで、シリウスは真っ先にスバルたちの排除へと行動をシフトした。
それはスバルにとって理不尽極まりない残酷な運命であったが、ここで、シリウスの目論見を完璧に叩き潰し、返り討ちにしてやるというのなら話は全く別だ。
この防衛戦に完全勝利し、エミリア、そしてラインハルトとの絆を未来へ繋ぐ最高のきっかけにさせてもらう。
「そのふざけた面ごと、骨の髄まで焼き尽くしてやるぅうううッ!!!」
魔女教大罪司教としての、あの狂気的な自己紹介を口にする暇さえ与えられず――。
スバルの完璧な先制挑発によって、シリウス・ロマネコンティの『憤怒』は、戦いの火蓋を切る炎となって大爆発した。
どっち派?
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