もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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進撃の巨人で、無垢の巨人が一番怖くて厄介ですよね・・・
進撃の巨人とリゼロだけがアニメで海外評価10/10達成したって知って驚きました。



無垢のエミリア

「エ……エミリア?」

 

 石畳に座り込み、上体だけを起こした姿勢のまま、スバルの脳髄を圧倒的な焦燥感と恐怖が支配していった。

 おかしい。絶対に何かがおかしい。シリウス・ロマネコンティの心臓は間違いなく貫かれ、奴は確実に死んだ。それなのに、なぜその死後にばら撒かれた精神汚染の効果が消えず、それどころかエミリアの心を乗っ取っている?

 

 スバルは最後のトドメを刺す刹那、『魂の鎖』の接続対象をエミリアからラインハルトへと強制変更した。あの無敵の身体能力を借りなければ、シリウスの猛攻をかいくぐって一撃を叩き込むことは不可能だったからだ。だから、あの一瞬の空白だけ、エミリアがシリウスの『憤怒』に対して無防備な状態になるのは理屈として分かる。

 だが、術者である大罪司教が絶命すれば、すべての権能は確実に解除されるはずなのだ。

 否――その甘い前提こそが、すでに崩壊していた。

 

 エミリアは、人形のように無機質な表情のまま、ぐっと上半身を前に屈めると、スバルに向かって猛然と走り出した。人間が限界まで加速するために最適化された、恐ろしく無駄のない前傾姿勢。ただスバルを圧殺するためだけに、銀髪の少女は石畳を蹴り破って突進してくる。

 

「――――」

 

 喉から言葉を交わす素振りすら一切ない。ただ走り、ただ機械的にスバルとの距離をゼロへと詰めてくる。

 

「おい!! エミリア、嘘だろおいッ!!」

 

 様子が完全に狂っていることだけは分かった。いまの彼女からは、一切の理性も感情も感じられない。シリウスが最期に遺した『憤怒』の濁流に精神を完全に支配され、無意識の本能のままにスバルの命を奪いにきている。

 

「エミ……っ、が!!! ――」

 

 エミリアがスバルの目の前へと到達する。

 刹那、まるでサッカーのペナルティキックの如く、彼女は左足を軸にして、そのしなやかな右足を後方へ大きく振り上げた。スバルは本能的な恐怖から咄嗟に目を瞑り、両腕を顔の前に突き出してガードを固めたが――。

 

 ――ド、ガッシャアアアアッ!!!

 

 大気を爆裂させるような、鈍く、痛ましい破壊音が響き渡った。

 加減を完全に忘却したエミリアの容赦のない蹴りの一撃が、スバルの肉体を正面から蹴り飛ばしたのだ。肉盾にしようとしたスバルの脆い両腕の骨など、一瞬にしてへし折れて原型を失う。スバルの身体は木の葉のように宙を吹っ飛び、大通りの側を流れる川の真上へと弾き飛ばされ、そのまま水面へと激しく落下した。

 

 ザブウウウウッ!!!

 

 吹っ飛ばされた先が水面だったおかげで、背中に致命的な衝撃を受けることだけは免れたが、全身の皮膚が冷水の中に突っ込んだことを瞬時に脳が理解した。およそ**18°C**の冷たい水中へいきなり叩き込まれた衝撃で、こめかみの奥に鋭い頭痛が激しく木霊する。それと同時に、シリウスに焼かれ、エミリアに破壊された全身の傷口に容赦なく冷水が染み渡り、スバルは狂いそうなほどの激痛に身を悶えさせた。

 

「ごぼっ……っ、げほっ!!」

 

 折れた両腕は、もはや現代医療では元に戻せないほど無残に複雑骨折していた。まともに水をかき分けることすらできない。激痛と、このまま底へ沈んで溺死するという圧倒的な恐怖から、スバルはパニックを起こして大量の川水をゴボゴボと飲み込んでしまう。

 

 何故だ。何故、何故、何故なんだよ。

 スバルの知っている、あの『予知夢』のなかのシリウス・ロマネコンティはこんな仕様じゃなかった。ここまで理不尽で凶悪な精神汚染を、あの大罪司教は持ち合わせてはいなかったはずだ。

 思い返せば、夢の記憶にあるシリウスの精神汚染は、ある程度精神力が強い者であれば自力で抵抗できていたはずだった。さらに、精神汚染を免れた者は負傷共有からも外れていたはずなのに、今回のループでは、スバルの権能で精神汚染を防いでいたはずのエミリアにも、最初から物理的な負傷共有が強制適用されていた。

 

 冷水によって凍りつきそうな頭が、ガンガンと、怒りと混乱で燃えるように熱くなっていく。

 スバルは理解した。理解せざるを得なかったのだ。

 あの全身包帯の怪人は――予知夢を見たことで、『自らの権能を再解釈』し、より凶悪で逃げ場のないものへと変質させていたのだ。

 もし、その再解釈の真骨頂が、この「術者の死後も対象を呪い続ける憤怒の自動人形化」なのだとしたら。

 すでにこの世にいないシリウスの手で、この呪いを解除させる手段などどこにも存在しない。

 

 ――その時だった。

 ドバシャァアアンッ!!! と、何者かがスバルのいる川の水中に上空から飛び込み、激しい水音を全方位に散らした。

 その直後、水中に激しい奔流が渦巻き、スバルの視界を遮っていた川水が一斉に押し退けられる。剥き出しになった空間の向こうから、飛び込んできたエミリアの姿が鮮明に目の前に現れた。

 

 彼女の右手には、あの血塗られた『氷の剣』が握られていた。それは彼女が今新しく生成したものではない。スバルが先ほどシリウスの心臓を貫き、現場に残してきたあの因縁の剣を、わざわざ拾い上げて追ってきたのだ。

 

「エミリア……っ!!」

 

 死線の淵で、スバルは必死に精神を絞り、傲慢の権能『魂の鎖』の対象者をラインハルトから――眼前のエミリアへと再び書き換えた。

 これで、この魂の結合さえ繋ぎ直せば、シリウスの遺した『憤怒』の精神汚染の呪いからだって、エミリアは解放されるはずだ。解放されるに決まっている。

 

 だが、スバルは見てしまった。

 鎖がガチリと結ばれたその瞬間も、エミリアの顔は無機質な人形のままで、何一つ変わらなかった。

 彼女の美しい紫紺の瞳は、ドロドロとした憤怒の赤に汚染されたままで、一ミリの理性も取り戻しはしない。

 

 ガシィッ!!!

 

 エミリアは氷の剣を持っていない左手で、スバルの焦げ付いた肩を上から乱暴に掴み取った。常軌を逸した恐ろしい怪力。骨ごと肉を握りつぶされてしまいそうな痛みが走る。

 彼女にこれ以上の氷魔法を使うそぶりはない。だが、スバルには、その『憤怒の権能』によって肉体強度を限界突破させられたエミリアの存在そのものが、恐ろしくて、絶望的でたまらなかった。

 

「エミリアッ!! 頼む、戻ってくれよッ!!」

 

 これまでは彼女の正気を保つために頑なに温存していた、あの『魂の鎖』の力を、スバルは自らの側から破れかぶれになって一気に送り込んだ。

 エミリアにこの溢れんばかりの力を、己の狂おしいほどの思いを鎖を通じて送り続ければ、いつか彼女の心がこちらに返ってくると信じて。

 

 ――だが、何も、何も変わらない。

 赤く光る彼女の瞳は、無機質に、冷酷に、ただ眼前のナツキ・スバルを殺害することだけを見据えている。

 スバルがどれほど魂を使って愛の力を送り込もうとも、それはただ、自分を無残に殺そうと剣を振り上げる怪物に対して、都合よく殺戮のための燃料を貢いだだけに過ぎなかった。

 

「ぐっ……、あ、が、は……ッ!!!」

 

 無慈悲に振り下ろされたエミリアの右手――その血塗られた氷の剣が、ナツキ・スバルの胸元を迷いなく貫き、心臓を深く突き刺した。

 ボコ、とスバルの口から大量の鮮血が吐き出され、噴き出した赤黒い命の灯火が、清烈な川の水へと混ざり合ってどろりと一つに溶けていく。

 

 胸を抉る絶望的な激痛に一瞬だけ身悶え、しかし、次の瞬間にはその破壊の感覚すらも急速に喪失していった。

 全身の力が抜け、ただ冷たい流れる川と同化していく感覚。視界は急速に光を失い、目の前に佇む、かつて愛した銀髪の少女の姿すらもモザイクのように霞んで見えなくなる。

 取り残され、見捨てられ、ただ無惨に死にゆくことの圧倒的な孤独――。

 

 ――それでも。ナツキ・スバルの心根は、これっぽっちも折れてなどいなかった。

 

 負けたのなら、また立ち上がればいい。

 『死に戻り』という奇跡がまだこの魂に宿っている限り、何度泥をすすり、どれほど惨めな最期を迎えようとも、スバル、エミリア、ラインハルトの3人が誰も欠けずに正しい未来へ進むために、何度だって戦いへと身を投じてやる。

 もう一度、あの最悪にアップデートされた大罪司教シリウスと激突する。その決意だけは、何者にも、死の闇にすら踏みにじらせはしない。

 

 次は……ただあの化け物を普通に殺すだけじゃ、絶対に駄目だ。

 

 死にゆく意識の淵で、スバルは次なる勝利の絵図を強烈に魂へと刻み込んだ。

 この地獄の情報を持ち越せるのは、世界のなかでナツキ・スバルただ一人だけ。術者の死後も発動し続けるあの憤怒の呪いを破るには、シリウスの息の根を止めるのではなく、確実に意識だけを刈り取り、生かしたまま『気絶』させる作戦こそが最も望ましい。

 

 諦めない。絶対に、絶対に諦めてたまるか。

 

 すでに心臓を破壊され、エミリアの手から無造作に放り出されたスバルの肉体は、物言わぬただの肉塊となり、冷たい川の流れに身を任せて虚しく捨てられ――。

 

 ナツキ・スバルは今、死を迎えた。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

  ――これは、ナツキ・スバルにとってこの世界での四度目の挑戦になる。

 またしても泥をすすった己にリトライの機会を与えてくれる魔女への感謝を胸に、あの見慣れた八百屋の店主の前から、今度こそ完璧な『気絶作戦』を組み立て直して――。

 

「――ここから……生き延びてみろ! ……ナツキ・スバル!!」

 

 耳朶を激しく引き裂いたのは、あの最悪の包帯女の声だった。

 それだけを言い残し、エミリアへ解き放ったあの悍ましい『憤怒の呪い』をこの世界に遺して、いま確実に事切れたはずの怪物の断末魔。

 

「お……いや、は……? 嘘、だろ……?」

 

 脳髄を直接冷水で殴られたような、凄まじい衝撃。

 あまりにも理不尽で、あまりにも残酷な目の前の現実を認めたくなくて、スバルは世界に対して納得がいかないと主張するように、間の抜けた掠れた声を漏らした。

 

 勘違いするな。ナツキ・スバルの『死に戻り』という能力は、決してプレイヤーに都合のいい万能の救済措置などではない。

 困難を解決するか、あるいは一定の時間経過によって、セーブポイントはスバルの意志とは無関係に、無慈悲に更新される。それは、あのアヤマツの予知夢のなかでも嫌というほど叩き込まれてきた、この呪いの絶対的なルールだったはずだ。

 

 シリウスを完全に打倒し、彼女の『命の崩壊』を確定させたあの瞬間――世界は、そこを新たなセーブポイントとして書き換えてしまったのだ。傲慢さのあまりに、そんな基本中の基本すら忘れていたのか。

 

 いま、ナツキ・スバルに突きつけられた地獄の答え。

 それは、たったの**1分前**――シリウスが死に、エミリアが憤怒の呪いに完全感染した直後からの、逃げ場のない超至近距離のリスタート。

 

『ここから……生き延びてみろ! ……ナツキ・スバル!!』

 

 頭の真ん中で、これからの生き地獄を嘲笑い、面白がるように、シリウスの遺言が幻聴となって何度も、何度も反復して響き渡る。

 

「うっ……、げほっ……!」

 

 あまりの絶望感に、スバルは思わず口を手で押さえて激しい嘔吐感を必死に堪えた。

 だが、そんな心の準備すらできていない無力で弱い少年を、待ってあげるような優しさは、この残酷な世界には一欠片も存在しない。

 

 血も涙も、一切の理性すら失った無機質な銀髪の少女――『憤怒の自動人形』と化した無垢のエミリアは、人間が最速で獲物を屠るために最適化されたあの美しい前傾姿勢から、すでに地を爆裂させてこちらへ向かって走り出していた。

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