もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公) 作:ああ
「――ッ、シャマク!!!!」
恐怖と絶望で焼き切れそうな脳髄を無理やり振り切り、スバルは絶叫と共にギリギリのタイミングで陰魔法を間に合わせた。
ボッと激しく大気が爆ぜ、全方位を拒絶する漆黒の霧がエミリアの視界を、感覚を、遮断するように立ち込める。闇に呑まれたエミリアは完全にスバルの位置を見失い、その突進の足が微かに泳いだ。
その一瞬の隙を見逃さず、スバルは石畳を転がり、足元に落ちていたあの血塗られた氷の剣をひったくるようにして拾い上げる。
どうする。拾ったところで、これからどうすればいい。
ここからどうやって彼女を元に戻せばいいのか、答えなど何一つ見つかっていなかった。
スバルはラインハルトとの『魂の鎖』の接続を維持したまま、全身を業火に焼かれたボロボロの肉体に鞭を打ち、激痛で震える両手で氷の剣を構え直した。
「おい……っ! 頼むから落ち着けよ、エミリア……ッ! この、お前が作った剣が見えないのかよ!?」
「――――」
スバルの悲痛な虚勢など、今の彼女には何の意味もなさなかった。
『シャマク』の黒霧が引き裂かれるように薄れ、そこから現れたエミリアの双眸には、いまだ一切の躊躇の光がない。彼女はスバルが武器を構えていることなど歯牙にもかけず、再び無機質な殺意のままに襲いかかってきた。
「……やめてくれ、ッ!!」
直撃すれば、ただの高校生の身体など一撃で消し飛ぶような規格外の怪力。エミリアは容赦なくその白い右腕をしならせ、スバルの頭部目かけて拳を振るう。
やはり魔法を使う素振りはないが、その剥き出しの身体能力はあまりにも非現実的で、悪夢そのものだった。スバルは背後に繋がる『剣聖』ラインハルトの力の恩恵のおかげで、辛うじてその超高速の軌道を見切り、紙一重のところで回避し続ける。
だが、避けることしかできない。もし今のスバルが腕でその攻撃をガードすれば、衝撃に耐えきれず両腕が木っ端微塵にへし折れるのは火を見るより明らかだった。このまま防戦一方で躱し続けていても、いずれ体力の限界が来る。それ以前に、スバルの全身はシリウスの炎による重度の火傷でひどく爛れ、今すぐにでも超回復の治療が必要な状態なのだ。
「――ごめんッ!!!!」
このままでは確実に殺される。スバルはエミリアの凶行を物理的に封じるため、苦渋の決断と共に氷の剣を横一線に振り抜いた。
狙いは、彼女の右足の腱――。
キン、と鋭い剣線がエミリアの右足を捉え、深く切り裂き、肉を引き千切る。
スバルの手のひらに、大好きな少女を自らの手で損壊したという最悪極まりない肉の感触が伝わる。だが、その残酷な目的だけは果たされた。
エミリアの右足は膝下から完全に切断され、石畳に鮮血が飛び散る。
しかし――エミリアは、苦痛の声を上げるどころか、顔の筋肉一つ動かさなかった。無機質な表情のまま、物理的にバランスを失って地面へと崩れ落ち、倒れ伏しただけだった。
「……ふざけんなよ……っ。こんなの、こんなの最悪だろ……っ!!」
スバルは氷の剣を握る右手の激しい震えを、どうしても止めることができなかった。
自分が死なないために、自分が傷つきたくないがために、エミリアの美しく清らかな身体をこの手で深く傷つけた。その事実を脳がハッキリと認識した瞬間、罪悪感で頭が狂い、叫び出しそうになった。
「こんなもの……ッ!!」
どれだけ思考を巡らせても、何の解決案も思いつかない。それにもかかわらず、スバルはもはや己の身を守る唯一の武器であるはずの剣を、自ら放棄してしまった。震える手の衝動のままに、血濡れた氷の剣を、大通りの側を流れる川へと向かって思い切り投げ捨てた。
水面に剣が落ちる音を聞きながら、荒い呼吸を整え、スバルは地面に転がっているエミリアの方へと視線を戻す。
――そして、その異様な光景に、スバルは息の根を止められたように驚愕した。
「……まて、まてまてまて、嘘だろお前……っ」
スバルの剣によって綺麗に切断されたはずのエミリアの右足の切り口から、シュウシュウと白い蒸気が猛然と吹き出し、見る見るうちに肉と骨が、皮膚が再生していったのだ。
エミリアの『憤怒』に汚染されたドロドロの赤い瞳は、倒れた姿勢のまま、冷酷にスバルの姿をしっかりとロックオンしている。足を切断されるという大不条理に見舞われたにもかかわらず、彼女は痛がる素振りすら一欠片も見せない。
スバルは、その悍ましい現象の正体を、最悪の形で察してしまった。
この『白い蒸気による超回復』は――ナツキ・スバルの持つ『魂の鎖』だけの特権ではなかったのだ。
これは、魔女因子がもたらす権能の力だ。
シリウスの遺した『憤怒の呪い』は、この回復能力をエミリアの肉体に強制的に上書きし、「眼前のナツキ・スバルを確実に殺害する」という唯一の絶対命令を全うさせようと駆動しているのだ。
今のエミリアにはおそらく、戦いを躊躇う心も、肉体が悲鳴を上げる痛覚も、限界を迎えるスタミナ切れすらも、一切存在しない。
彼女はただ、ナツキ・スバルを確実に殺すためだけに動く、終わりなき永久機関。
スバルは顔面を蒼白に染め、あまりの絶望に狼狽えた。一歩、二歩と、無様に後ろへ後ずさり、もうどこにも逃げ場のない残酷な現実に直面する。この街のどこへ逃げ延びようとも、この自動人形を止めない限り、自分たちが救われる未来など永遠に訪れないのだと、心が思い知らされる。
「――――」
エミリアは、やはり何も言ってはくれない。
ただ黙ったまま、獲物であるスバルから一度も目を離すことなく、右足が完全に再生し終えるのと同時に、何事もなかったかのようにすくりと立ち上がった。
絶望のあまり、スバルの両目からポロポロと涙が滲み出た。
もう一度だけでいいから、あの優しい声が聞きたい。自分を肯定し、圧倒的な安心感を与えてくれた、あのひだまりの温もりを知る鈴の音が聞きたい。
「――くそっ! やるしかねえだろ、!!」
スバルはジャージの袖で涙を乱暴に拭い去り、腹の底からドス黒い覚悟を絞り出した。ここが本当の、一歩も引けない正念場だ。
間髪入れず、再生したエミリアが弾丸のような速度でスバルに襲いかかる。まともに食らえば肉体に風穴が空きそうな、容赦のない右ストレート。
スバルはラインハルトの加護の感覚を極限まで研ぎ澄まし、上体を驚異的な低さまで屈めてその拳を神業のように紙一重で躱す。そして、空振りに終わって流れたエミリアの右腕の細い手首を、下からすくい上げるようにしてガチリと掴み取った。
「よいしょおおおっっっ!!!!」
全体重を乗せ、足腰のバネを爆発させて放った、スバルの魂の『背負い投げ』。
柔道の技術が綺麗に決まり、エミリアの身体が宙を舞う。さらにその刹那の交錯の間際、スバルは全神経を集中させてエミリアの衣服のポケットへと左手を鋭く突っ込み、その奥に眠る『ある固い感触』を力任せに掴み取った。
投げ飛ばされたエミリアは、一切の無駄を削ぎ落とされた最速のモーションのまま、無意識のうちに石畳へと綺麗に受け身を取ってみせた。そして地を滑るようにして即座に振り返り、獲物を捕らえるために再びスバルへ向けて地を蹴ろうとする。
だが、スバルはその僅かな間に、素早いスリーステップを踏んで彼女から一気に距離を取っていた。
エミリアが受け身を取ってから完全に立ち上がるまで、ほんのわずかな秒数。――しかし、この狂った生き地獄のなかでは、十分に時間が稼げた。
そして、スバルは残された最後の『賭け』を実行に移す。
それは、客観的な勝算など一欠片もない、完全にエミリアの『心』を盲信するだけの無謀な大博打。
けれど、この絶体絶命の正念場において、あの優しかったエミリアを心の底から信じることだけが、今のナツキ・スバルの折れかけた心を支える唯一の原動力になっていた。
「――エミリア!!!!」
スバルは、右手に掴み取ったあの『宝石の嵌め込まれた徽章』を、正面のエミリアへ向けて、これ以上ないほど真っ直ぐに突き出した。彼女の魂に、凍りついたその心に直接訴えかけるように、熱く、狂おしく、彼女の名前を叫ぶ。
――ピキ、と世界の時間が止まった。
眼前に迫り狂っていたはずのエミリアの突進の軌道が、その鋭い踏み込みが、ほんの一瞬だけ、奇跡のように完全に静止したように見えた。
これまで足を切断されても一切の踌躇を見せなかったあの『憤怒の自動人形』が、突き出された徽章を目にした瞬間、確かにその動きを止めたのだ。
その奇跡の軌跡を目撃した刹那、スバルの胸の奥から、熱い、熱い感情の濁流が堰を切ったように込み上げる。
「お前は……お前はまだ、そこにいるんだろ、エミリア……っ!!」
スバルは自らの命を、残された全存在を賭ける。
繋がっていたラインハルトとの『魂の鎖』の接続を、脳内でガチリと切断。――それと同時に、眼前のエミリアへと、傲慢の権能を再び再接続させた。
この繋ぎ替えを行えば、ラインハルトから得ていた強力の身体能力はすべて消失し、エミリアからの恩恵の身体能力に戻ったスバルには、再び殺しにかかってくるエミリアへの物理的な対処など、不可能になる。
信じる。俺の全生命を、この一瞬にベットする。
もしもこの賭けが失敗すれば――ナツキ・スバルは次の瞬間、大好きな少女の手によって、跡形もなく確実に惨殺される。
――それでも、スバルは繋ぎ直したエミリアとの鎖を通じて、己の魂のすべてを、狂おしいほどに重い感情の濁流に変えてエミリアの心へと叩き込んだ。
「帰ってこい……っ!! エミリアッ!!」
もう一度、喉が裂けるほどの声量でその最愛の名前を叫ぶ。
右手に掲げた徽章をこれでもかとエミリアの瞳に焼き付け、彼女が命を懸けて守ろうとしていた大切な目的を、王になるというあの気高き夢を思い出させる。そして――ナツキ・スバルという、君を救うためにここにいる男のことも、どうか思い出してくれ。シリウス・ロマネコンティが遺した、そんな安っぽい憤怒の呪いなんかに負けてたまるか。
スバルの願いが、魂の鎖を通じて彼女の脳髄へと直接流し込まれた、まさにその次の瞬間――。
――視界が、爆辞的に真っ白に染まった。
目の前にいたはずのエミリアの姿が一瞬にしてかき消え、上下左右の平衡感覚が完全に喪失する。
あまりの衝撃に脳の処理が追いつかず、自分が今地面に倒れているのか、宙を吹っ飛んでいるのか、それともまだ直立しているのかすら、何一つ認識できない。
遅れて、鼓膜を破壊するような凄まじい衝撃音が世界に響き渡った。
ラインハルトとの魂の繋がりの力を自ら脱ぎ捨て、ただの無力な少年に戻ったスバルの身体は、エミリアの放った超絶的な一撃をその身に直接浴びていたのだ。
弾丸と化したスバルの肉体は、大通りの石畳を派手に転がり、その勢いのまま背後にあった酒場の頑強な木製の壁と窓ガラスをまとめて木っ端微塵に突き破り、薄暗い店内へと無残に突っ込んでいた。
どっち派?
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