もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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英雄になれない男

「――さぁ! ……ここから生き延びてみろ!! ……ナツキ・スバル!!」

 

 まただ。この呪われた生き地獄が、再び繰り返される。

 スバルは全身を悍ましい業火に焼かれ、爛れた激痛が全身をのたうち回る最悪の状態のまま、リスタートを迎えた。その不吉な目覚まし時計代わりとなったのは、いま確実に息の根を止めたはずの『憤怒』の大罪司教が遺した、最期の呪詛の言葉だ。

 スバルは反射的に激しく咳き込みながら、自身の首元へ慌てて手をやった。火傷の熱は残っているが、先ほどエルザの暗器で無数に抉られたはずの風穴は、どこにも開いていない。

 

 だが、安堵などできるわけがなかった。

 打つ手が見つからないのなら、このまま彼女の手によって、あるいはあの人殺しの変態女の手によって、永遠に惨殺され続けるだけだ。思考を止めるな。諦めるな。考えることをやめたら、その瞬間にスバルの魂は本当に死ぬ。

 さぁ、何ができる。ここからどう動けばいい。前回と前々回の死線から持ち帰った情報の中に、現状を打破できるような都合の良い手札は何一つとして存在しない。絶望的な問題ばかりが浮き彫りになり、そのすべての解決策を、これから泥縄で見つけていかなければならないのだ。

 

「……ッ、――シャマク」

 

 肺の奥から絞り出したのは、今にも消え入りそうな、ひどくか細い声だった。一瞬、喉の激痛で詠唱がかすれ、陰魔法の発動自体に失敗するかと思ったほどだ。だが、問答無用でこちらへ突進してきていたエミリアの意識を奪う暗闇の霧は、辛うじてその場に展開された。

 黒霧に視界を遮られ、エミリアの動きが僅かにブレる。その一瞬の隙に、スバルは床に落ちていたあの因縁の氷の剣をひったくるようにして拾い上げ、全速力で彼女との距離を取った。

 

 これまでのループで、確実に分かったことがある。

 これまでシリウスの『憤怒の権能』による精神汚染をことごとく無効化してきたはずのスバルの『魂の鎖』は、この今の状態においては、クソの役にも立たないということだ。

 あまりの理不尽さに脳が狂いそうになり、スバルは思わず自身の爪をガチガチと激しく噛んだ。爪を切ることすら怠けて、惰眠を貪っていたあの代わり映えのない不登校の日常――その甘ったれた日々を呪うように、肉ごと爪を噛み千切り、鋭い深爪の痛みを脳に刻みつける。

 

「あああああ、ちくしょおおおッ!!!」

 

 大声で叫んで、全身を襲う火傷の激痛と精神のパニックを強引に紛らわす。躊躇している時間は一秒たりともない。

 スバルは『シャマク』の霧を強引に引き裂いて再び肉薄してきたエミリアに対し、迷いを捨てて氷の剣を大きく一閃した。鋭い刃が、彼女の右足を容赦なく切断する。しかし、これがただの惨めな時間稼ぎにしかならないことは、前回の死で嫌というほど思い知らされていた。

 

「――パック!! 聞こえるか、パック!! 初めましてだけど……お前の、お前の力が今すぐ必要なんだよ!!」

 

 スバルは、いまこの場には存在しない、あの『夢の記憶』のなかでだけ見聞きした灰色の猫の大精霊の名を、天を仰いで大声で叫んだ。あの精霊はエミリアを誰よりも大切に守り、いつだって彼女の傍らにいたはずだ。それなのに、スバルがこの異世界に召喚されてから今にいたるまで、ただの一度もその姿を現していない。

 エミリアの側からも、パックに関する話は今日一日、一言も口にされていなかった。それは、大精霊が顕現できない何らかの深刻な問題を、彼女自身が抱えており、それを「何も知る由もない異邦人のスバル」に対して気遣い、隠していたからなのだろうか。

 

 しかし、スバルの必死の叫びに応じる返答は、どこからも返ってはこなかった。あの呑気な猫は、この絶望的な戦場のどこにも姿を現さない。

 そうしている間にも、エミリアの切断された右足からは猛然と白い蒸気が吹き出し、瞬く間に肉体を完全再生させていく。痛覚を失った赤い瞳が、再びスバルの命を刈り取るために、石畳を爆裂させて走り出した。

 

「悪かった!! 頼む、お願いだパック!! 俺の手じゃ、もうどうしようもねえんだよ!! お前が、お前の手で、エミリアをあの呪いから助けてやってくれよぉおッ!!」

 

 それでもスバルは叫び続けた。あの精霊がただの意地悪で、まだ聞こえない振りを決め込んでいる可能性が、ほんの0.2%くらいは残されているかもしれないから。エミリアの危機が本物なら、パックだって絶対に彼女を救いたいはずだ。もう、自分がエミリアを助けるという結果にこだわる必要なんてない。彼女が無事に戻ってくれるなら、ナツキ・スバルの手柄にならなくたって何だっていい。自分は、そこまで独善的で『傲慢』な男ではないはずだ。

 

「はっ……!? ――しまっ、」

 

 足の超回復を終えて即座に復帰してきたエミリアに対し、スバルはもう一度その足を切り払って時間を稼ごうと氷の剣を振るった。しかし、エミリアは無機質な表情のまま、その跳躍を完璧に見切って軽く宙へ飛び、スバルの剣線を鮮やかに回避してみせた。

 戦うたびに、彼女の動きが恐ろしい精度で洗練されていく。ただナツキ・スバルを無残に殺害するためだけに、彼女の肉体は無意識のうちに最適化され続けているのだ。

 

「やべえっっ!!」

 

 空中で体勢を翻したエミリアの、容赦のない鋭い回し蹴り。

 まともに食らえば、ただの高校生の肉体など一撃で両断されるほどの破壊力を孕んだ風切り音が迫る。スバルはラインハルトとの繋がりによる超反応でそれを地面に伏せてギリギリ回避したが、文字通りもう後がない。この生き地獄を終わらせるための解決の道は、未だに見つからない。

 

 スバルは、パックに助けを求めることを完全に諦めた。これだけ魂を削って訴えかけても、周囲の反応は完全にゼロ。もうこれ以上、あの大精霊に期待して時間を浪費するわけにはいかない。いちいち絶望して落ち込んでいる暇すら、今のスバルには与えられていないのだ。

 

 エミリアはただ恐ろしく強いだけじゃない。スバルの躱し方、魔法のタイミングのすべてにリアルタイムで適応し、最適化してくる。このままでは、いずれ『シャマク』のような陰魔法での目くらましすら、一切の時間を稼げなくなるだろう。

 何より、ラインハルトとの『魂の鎖』を完全に解いた瞬間に、圧倒的な身体能力バフを失った自分が、エミリアの怪力によって一瞬で叩き潰されるという本能的な恐怖がスバルの心を支配していた。だからこそ、パックに一か八かで自分の魂を繋ぎ替えられるか試すことすら、今のスバルにはできなかった。どうせ呼びかけても無理なのだと、心のどこかで諦めてしまっていたのだ。そんな弱腰の奴に、運命の女神が味方してくれるわけがなかった。

 

「もう……やめてくれよ……ッ! 頼むから、戻ってくれよエミリアぁああッ!!」

 

 エミリアとは違い、スバルの肉体的な体力はすでに限界を迎えて残り少なくなっていた。全身を爛れさせる大火傷を負ったままでの激しい白兵戦は、どれほどラインハルトの加護で身体能力が強化されていようとも、猛烈に痛いし、死ぬほど苦しい。そもそも、荒い呼吸を吸い込むだけで、焼かれた気管や肺胞に鋭い激痛が走り、血の味が口内に広がるのだ。死んで、殺されて、リスタートしても、息をつく暇すら与えられない。

 全身が黒焦げにされた直後からのこの絶望的なワンゲームは、超優しく例えるのなら、スバルにとって「永遠に終わることのない痛みのフルマラソン」を強制的に走らされているかのようだった。

 

「あああああああああああッッ!!!!」

 

 またしても、苦痛を紛らわすための絶叫。

 残された体力も時間も、もう残り少ない。やれる選択肢も、打てる一手も、時間を重ねるごとにどんどん少なくなっていく。だからこそ――スバルは、自分にとって最も楽で、最も残酷な『最悪の手段』へと、心が折れるように逃げてしまった。本当に情けなくて、頼りない男だと、自分自身の浅ましさが嫌で嫌でたまらなくなる。

 

 スバルは涙混じりに叫びながら、エミリアの細い胸元――その『心臓』めがけて、手にした氷の剣を力任せに真っ直ぐ突き刺していた。

 

「返せよ……っ!! エミリアの、その優しい心を、俺に返せよぉおおおッ!! ――っ、く……!?」

 

 だが、心臓を鋭利な氷で貫かれたというのに、エミリアには怯む素振りすら一欠片も存在しなかった。

 それどころか、彼女は胸に剣が深く刺さったままの状態で、その白い片手を伸ばし、氷の刃の身をガチリと力任せに掴み取ったのだ。

 完全に意表を突かれ、逆にスバルの側が、唯一の武器をその場にガッチリと封じられる形になってしまう。

 

 エミリアと、この至近距離で最悪の『力比べ』になってしまった場合――今の負傷のスバルに、勝ち目など、万に一つも残されていなかった。

 

「なんで……なんで……ッ!」

 

 バッ、とエミリアの白い手がスバルの顔面を掴みにかかった。力比べの膠着にスバルの意識が削がれた、その一瞬の隙を正確に狙い撃ちしてきたのだ。

 本能的な悪寒に突き動かされ、スバルは氷の剣から両手を離して後方へと必死に跳んだ。引き換えに、唯一の武器を完全に放棄してしまう。

 だが、もしあの瞬間に顔面を捕まれていれば、そのまま林檎のように握りつぶされるか、石畳に叩きつけられて割られるかの最悪な2択が待っていたはずだ。

 

 間一髪で死を回避したスバルだったが、安堵する間など与えられない。エミリアは自身の胸に深く突き刺さっていた氷の剣を、躊躇なく引き抜くと、 その重さを右手に確かめるように冷酷に握り直した。

 その赤く濁った瞳に、一切の変化なし。その心に、一切の揺らぎなし。

 痛覚も、疲労も、何一つ変わっていないどころか、彼女の動きはループを重ねるごとにどんどん最適化されていく。スバルの悪あがきを、躱し方を、弱点のすべてを学習し、ただの高校生には絶対に対処できない殺戮のステップを作り出すよう、最適化されていくのだ。

 

 シュウシュウと白い蒸気が上がる。

 スバルが剣を奪われるのと引き換えにエミリアへ与えてしまった、あの致命的な心臓の負傷。それすらも、権能の超回復の前には全くのノーダメージ。傷ついた心臓が瞬く間に元通りに再生していく光景を前に、スバルの脳内で、文字通りすべての行動が無意味へと帰した。

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