もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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英雄にしかなれない男

「俺には……無理だ……。俺には、どうしようもないんだよ……ッ!」

 

 スバルはそう嘆き、誰の耳にも届かない惨めな独り言を石畳に零す。氷の剣を容赦なく握りしめたエミリアが、再びスバルに向かって肉薄してくる。

 迫り来る冷たい銀光。その剣線を、今のボロボロの心身で見切って回避できる自信など、スバルにはどうしても持てなかった。次はどんな痛みに肉体を裂かれ、どんな風に殺されるのか――頭の中はもうその恐怖だけに支配されていて、自分が情けなくてたまらない。

 

「――シャマクッ!!!!」

 

 体術での対応に限界を迎えたスバルは、すぐさま陰魔法の暗闇へと縋りついた。もはやマナの残量など気にしていられる状況ではない。もう、これ以上傷つきたくない。大好きなあいつを傷つけたくもない。これがすべて、タチの悪い悪夢であってくれと願いながら。

 スバルの放ったシャマクの闇は、まだ有効だった。だが、五感を奪われたはずのエミリアは、スバルの気配が残る場所を山勘で正確に狙い定め、氷の剣を激しく振り回す立ち回りを見せ始める。今はまだ大振りな軌道のおかげで、ラインハルトの加護を頼りにギリギリ反応して避けられているが――スバルの体力の方が先に底を突き、躱しきれなくなるのは時間の問題だった。

 

「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようッ!」

 

 正常な思考を放棄するように、呪詛じみた動転を口から吐き零しながら、スバルは暗闇の戦場を無様に逃げ惑う。だが、本当にまずいことになってきた。そろそろ、スバルの身体に内包されたマナが完全に枯渇する。

 ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン――ッ!!

 脈打つ傲慢の権能。スバルは、背後に眠る『最強』のパイプを限界まで開放した。

 

「助けろ助けろ……ラインハルト……ッ! 今すぐここに来て、俺を助けろ……助けてくれよぉッ!」

 

 もっと早く思い出せ。何をしていたんだ、俺は今まで。

 前回のループでのエルザの言動のおかげで、あいつの現在地は完全に割れているはずだ。エルザは今、すぐ近くの酒場に引きこもって、この俺の惨めな道化ぶりを特等席で観戦している最中なのだ。

 ということは、ラインハルトに丸投げしているフェルトの捜索現場において、フェルトがエルザの手によって殺されるタイムラインはすでに消滅している。

 

 そういえば、フェルトの傍にはあのロム爺がいたはずだ。あの老人は修羅場をくぐってきた賢い男だ。フェルトかロム爺のどちらか、あるいは両方が サテラの予知夢を見て、二人で協力して安全な場所へ避難している可能性は十分に高い。それならば、ラインハルトがどれほど街を探し回っても足取りが掴めず、捜索に異常な時間をかけてしまっていることにも綺麗に説明がつく。

 

 ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン――ッ!!

 繋がった鎖から、莫大なマナが強引にスバルの細い回路へと逆流してくる。

 

「――シャマクッ!!」

 

 エミリアがまだ近くまで間合いを詰めてきていないというのに、恐怖に駆られたスバルは魔法を連発した。

 ラインハルトとの魂の繋がりを都合よく利用し、枯渇した己のマナを補完するために、スバルとラインハルトの『正気』を文字通り際限なく消費し続ける。それでも、エミリアを自分に近づけさせなければ、ナツキ・スバルが殺されることはないのだから。

 

「――シャマクッ!!」

 

 俺には無理だ。ナツキ・スバル一人の手じゃ、こんなバグまみれの地獄なんて解決できねぇんだよ。

 もう、権能の代償を出し惜しみしている余裕なんて残っちゃいない。ラインハルトの力を極限まで借り続ける。ラインハルトとスバルの精神を、使い倒して、しゃぶり尽くしてやる。

 早く来い。今すぐここへ駆けつけて、その理不尽な暴力で全部解決してくれ。お前、世界最強の『剣聖』なんだろ!?

 

 ――この考えが、どこまでも自分勝手で『傲慢の狂人』そのものだと、後でいくらでも俺を非難してくれ。罵ってくれ。その代わり、いま、この最悪の状況から俺を助けてくれ。それ以上は何も望まないから。

 

「――シャマクッ!!」

 

 あの野郎は一体全体何をしているんだ。いつまでフェルトの捜索なんかに時間をかけてやがる。もう待ってられないんだよ。王都を滅ぼしかねない大罪司教シリウスなら、俺たちがサクッと倒してやっただろ。あいつも自分の仕事をさっさと全うしろよ。

 何で結局、エルザの対処まで俺の担当みたいになってんだよ。ふざけるな。あいつの方が圧倒的に強いんだ。だったら、強いあいつの方が俺より何倍も頑張るべきなんだよ。

 ああそうさ、俺はただの最低な傲慢野郎だよ。でも、結果的に俺たちが助かるならそれでいいだろ。今すぐ戻ってこい、ラインハルト……ッ!

 

「――シャマクッ!!」

 

 やべえぞ。そろそろ、俺がシャマクを発動するタイミングすら、エミリアに読まれてきやがった。

 魔法を発動したというのに、エミリアは無理に突入してこず、闇の手前でピタリと静止し、効果が薄れるのをじっと待っている時がある。――それが、恐ろしくてたまらなかった。

 

 いたずらにシャマクを連発し、無駄にマナを浪費させられ、そのマナを補完するためにさらに『魂の鎖』を駆動させ、スバルとラインハルトの正気をすり潰していく。それがすべて、彼女の冷徹な学習によって無駄打ちに終わらされていくのだ。

 シャマクの効果が切れた瞬間に限って、エミリアは正確に牙を剥いて襲いかかってくる。だから、恐怖でまたシャマクに頼る。完全に終わりのない負のスパイラルに、スバルは囚われていた。

 

 クソ。またマナの底が見えてきやがったな。よし――。

 スバルは狂ったように笑い、魂の鎖のバルブをさらに深く、奈落の底まで叩き落とした。

 

 ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン――ッ!!!!

 

「――シャマク!! ……っ、シャマクッ!!」

 

 スバルはひたすら石畳を這い、無様に逃げ惑い続ける。もうまともに迎撃することすら、とうの昔に放棄していた。ただ自分が傷つきたくないがために、エミリアから離れるためだけに、陰魔法の闇を文字通り雑に乱発する。  

 エミリアを呪いから救うためじゃない――ナツキ・スバルがこの瞬間を生き延びるためだけに、力を浪費し続けている。

 

 ラインハルト。 まだ来ねえのかよ。 まだ伝わらねえのか。 これほど、これほど魂の鎖を引っ張って、お前の正気をしゃぶり尽くして訴えかけてやってるのに。 まだ俺を蔑ろにするつもりかよ。 早く来て、この最悪を全部片付けてくれよ。

 

「ぎっ……、あ、がッ!!?」

 

 その時だった。スバルがエミリアとの間に十分な距離を保ち、またしても目くらましの『シャマク』を自暴自棄に放とうとした、まさにその刹那。

 闇を切り裂いて放たれた一本の氷の剣が、寸分の狂いもなくスバルの右足の太ももを深く突き刺し、貫いた。

 

「あ、あぁああああああああああッッ!!!!」

 

 惨めな後悔と、底知れぬ絶望が混ざり合った悲鳴が喉を裂く。肉を、骨を抉る激痛で世界がパッと真っ赤に染まった。スバルは到底その痛みに耐えきれず、前のめりに激しく石段へと倒れ込んでしまった。

 エミリアはずっと、あの血塗られた氷の剣を右手に握ったままスバルを追い続けていたのではない。スバルの怯え、逃げ回るその『癖』を完全に読み切り、スバルが最も油断する絶妙なタイミングで、氷の剣をあえて「投擲する」という冷徹極まりない新手を打ってきたのだ。ワンパターンにシャマクを連発することに逃げ、思考を放棄した愚かなナツキ・スバル。――殺されて、当然の結果だった。

 

「ううっ……っ、あ、が……っ」

 

 倒れ伏したスバルがもう二度とどこにも逃げ出せないよう、エミリアの細い身体が有無を言わさずその背中へ馬乗りになってくる。ぐるりと首をねじ向けさせられ、またしてもあの、すべてを呪う化け物の血色と化した赤い瞳と、至近距離で視線が合致してしまった。

 一切の容赦なく、大きく天へと振りかぶられる白い拳。スバルの頭部をスイカみたいに跡形もなく叩き潰さんと、狂気の質量が真っ直ぐに振り下ろされた。

 

「――――ッ!!」

 

 ド、パンッ!! とスバルのすぐ耳元で石段が爆裂し、クレーターのように陥没するほどの衝撃。それでも、振り下ろされたエミリアの拳には擦り傷一つついていない。それは石段の強度が脆いのではない――ただ、エミリアの拳が、世界の何よりも硬く、強いというだけの話だ。

 スバルは死に物狂いになり、首だけの最小限の動きで、どうにか彼女の第一撃を紙一重で躱してみせた。だが、太ももに刺さった氷の剣の激痛が酷すぎて、石粉に塗れて潰れた右耳の感覚は完全に消失していた。

 

「ぐっ……、お、あ……っ!」

 

 最適化する。どこまでも理不尽に、最悪の効率を求めて彼女の行動は変質していく。

 エミリアは、スバルが次に頭を動かして避けるのを防ぐため、その白い左手でスバルの顎を万力のような怪力で鷲掴みにし、石畳へと完全に固定した。

 スバルの両目から溢れ出た涙が、真っ赤に染まった視界をどろどろと濁らせていく。だが、その濁りこそが、これから訪れる瞬間を見なくて済むようにスバルを優しく守ってくれているかのようだった。スバルは奥歯が砕けるほどに噛み締め、最後の瞬間をただやり過ごそうと身体を硬くした。耐える必要なんてない。ただ、この肉体が破壊される瞬間を無感覚にやり過ごし、またあの終わらない痛みのマラソンのスタート地点へと戻るだけだ。

 顎を固定され、もう一ミリも顔を動かせないスバルの眉間めがけて、エミリアの第二撃が容赦なく振り下ろされる――。

 

 しかし。その拳がスバルの顔面を叩き割ることは、なかった。

 

「――そこまでだ」

 

 振り下ろされる質量がスバルの皮膚に到達する直前。

 凄まじい風切り音を置き去りにして駆けつけたラインハルトが、エミリアの手首をその素手でガチリと掴み取り、その絶対的な突進を完全に静止させていたのだ。

 

 決壊したダムのように、その絶対的な救いの到来に感動し、スバルは子供のように声を上げてボロボロと泣いた。

 傲慢に、魂の鎖を引っ張り続けて良かった。傲慢に、最強の正気を貪り、願い続けて良かった。

 

 もう、大丈夫だ。もうナツキ・スバルを傷つけられる相手なんて、この世界のどこにも何もできやしない。すべて、この世界に愛された無敵の救世主が、跡形もなく何とかしてくれるはずだから。

 

「ごめん……っ、ごめんなさい……っ! 俺、何もできなくて……役立たず、だった……っ!」

 

 涙と鼻水にまみれながら、自分を地獄の底から引き上げてくれた唯一の親友に向かって、スバルは狂ったように謝罪を繰り返した。

 

「――そうか。それが、君の示す『答え』だと言うのなら。僕は……どこまでもそれに従おう」

 

 恐怖と痛みの果てに正気を摩耗させたスバル。そして、そのスバルに際限なく精神をしゃぶり尽くされ、同じように『正気』を完全に失ってしまった世界最強の騎士。

 ラインハルトは、あまりにも重すぎる昏い感情をその声に宿らせながら、らんらんと輝くその空色の瞳を――涙を流すスバルの『紫紺の瞳』へと真っ直ぐに向け、静かにそう告げた。

 そして彼は、スバルの全身を爛れさせる大火傷と、原型を失って潰れた右耳、そしていまも鮮血が止まらない太ももの大怪我へと視線を落とす。

 

「どうやら……君にはもう、一分一秒の猶予も残されていないようだね。――でも、まだ間に合うだろう。僕は君の『騎士』として……君を傷つけるすべての問題を、今ここで完全に排除する」

 

 ラインハルトのその静かすぎる声音に、スバルの脳髄が、今までにない最大の致命的な違和感を察知した。――だが、気づいたときにはもう、すべてが遅すぎた。

 スバルの傲慢な依存によって狂気の奈落へと突き落とされたラインハルトは、エミリアの怪力をさらに遥かに上回る圧倒的な絶対の力で、彼女の手首をバキバキと音を立てて握りつぶし、大罪の呪いのせいで全く痛む様子すら見せない彼女の身体を、まるでただの紙屑のように大通りの道へと投げ飛ばしたのだ。

 

「……ぁ……っ、ち、ちが……っ、待って、くれ……っ!!」

 

 眼前で幕を開けた本当の絶望。その状況の恐ろしさを脳が完全に理解した瞬間、スバルの喉は激しく震え、あまりの恐怖にまともな言葉を発することすらできなかった。

 

 たった今、この血塗られた戦場において――。

 ナツキ・スバルを確実に、無残に、殺しきってくれる救済者など、ただの一人も存在しなくなってしまったのだから。

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