もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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オボレル憤怒という厄災

「スバル。君の戦いは、ここからだ」

 

 ラインハルトはそう言い残すと、完全に鞘から抜かれ、まばゆい絶対の霊気を放つ『龍剣レイド』を、躊躇なくエミリアに向けて振り抜いた。

 刹那、世界の一部がまるごと消失したかのような、凄まじい破壊の衝撃と轟音が大気を引き裂いた。

 

「――エミリア……っ!!」

 

 スバルの喉を千切らんばかりの悲痛な叫びすら、その次元の違う神撃の音の前に、無残にも掻き消される。

 あまりの土煙と、粉々に砕け散った瓦礫の嵐のせいで、エミリアの姿は一瞬で視界から消え去った。彼女の肉体が世界から跡形もなく消失してしまったのか、それとも崩壊の奥に埋もれたのか、今のスバルには全く判別がつかない。

 

 この地獄のような戦場にラインハルトが現れたのは、スバルが『魂の鎖』を通じて強く、身勝手に彼を望んだからに他ならない。だが、スバルの願いにあったのは、「世界最強がスマートにこの場へ駆けつけ、エミリアを優しく無傷で制圧し、すべての状況を安全に解決してくれる」という、どこまでも自分に都合の良い甘い妄想に過ぎなかったのだ。

 魂をしゃぶり尽くされてその場に現れた最強は、正気を摩耗させたがゆえに、スバルの生存という唯一の目的を果たすためだけに、盲目的な『傲慢』の剣を振るう。そして皮肉なことに、手加減など許さない『龍剣』という名の本物の凶器が、そんな彼の暴走する背中を最悪の形で後押ししていた。

 

「――すぐに止血をするよ。ひどい怪我だ、我慢するんだ」

 

「う、ぐっ……、あ、お……ッ!!」

 

 ラインハルトは自身の美しい白い上着の布を力任せに引き千切ると、スバルの太ももの深い傷口に強く、強く縛り付けて止血を施した。肉を容赦なく締め付けられる裂けるような痛みに、スバルは狂いそうになりながら苦しげに呻く。

 

「どうやら……今の一撃を以てしても、仕留めきれなかったようだね」

 

「え……っ?」

 

 ラインハルトは恐るべき剣撃の痕跡――完全に形を失ってクレーターと化した方向を冷徹に見据えながら、淡々とそう呟いた。その不穏な言葉が聞こえた瞬間、スバルはラインハルトが二の太刀を放つ前に、血を吐きながら必死に制止の言葉を叫んだ。

 

「待て……っ! 待ってくれラインハルト、エミリアを殺さないでくれ……っ! シリウスのやつは確実に仕留めたのに……あの、あの包帯女の野郎、死に際にエミリアへ精神汚染の呪いを残しやがったんだ……っ!」

 

 スバルは太ももの激痛と器官の熱さに耐えながら、なんとか崩れそうな言葉を紡いで事実を伝える。

 

「――それで? 何か、それを解決する具体的な算段が、今の君にあるのかい?」

 

 ラインハルトから返ってきたのは、かつての優しさが嘘のように凍りついた、冷徹極まりない言葉だった。スバルは、その問いに返す言葉を何一つ持っていなかった。

 

「全ての手を尽くし、打つ手が完全になくなったからこそ、君は僕に魂を伸ばし、僕を呼んだんだろう? だったら――後はすべて、僕に任せておけばいいんだよ、スバル」

 

「ラインハルト……っ!」

 

 取り返しのつかないことをした。スバルは、ここから先はどれほど言葉を尽くそうとも、この狂った『正義の味方』を止めることなど誰にもできないと、絶望とともに悟ってしまった。

 そして、もう自分には、自らの手で命を絶って『死に戻り』でリセットする以外の選択肢は残されていないのだと直面する。ラインハルトをこんな形で呼び出しては絶対に、いけなかったのだ。

 傲慢の権能に頼り切ってはいけないと、あれほど心に固く誓ったはずなのに。目の前の恐怖と痛みに耐えかねて自ら禁忌を破り、その結果として、この世で最も迎えてはならない最悪の結末を自らの手で招いてしまった。

 

 だが――仮にここで死に戻ったところで、一体どうなるというのだ。

 もしラインハルトを呼ばなければ、エミリアの手によって、自分はただ無惨に、一方的に惨殺され続けるだけではないのか。

 ループを重ね、新しい『間違い』をまた一つ見つけ出したというのに、事態が一向に好転する気配はなく、明るい光など微塵も差し込んではこなかった。

 

「ご……ごめんなさい……っ。ごめんなさい、ラインハルト……っ」

 

 スバルの中に渦巻くラインハルトへの感情は、限界突破して稼働し続ける『魂の鎖』の影響によって、異常なほどに肥大化させられていた。

 それは、胸が押し潰されそうになるほどの、圧倒的な罪悪感。

 死に戻れば世界を何度でもやり直せると分かっている。なのに、もしも自分が今この瞬間、舌を噛み切って死のうとしたその不審な挙動を、世界最強の男に見破られたら――彼は一体、どんな目をこちらに向けるだろうか。

 

 ラインハルトが一体どんな『夢』をサテラに見せられたのか、スバルには分からない。ただ、スバルとラインハルトが固い絆で結ばれ、協力してエミリアを王にするために命を懸けて戦う、そんな未来だったらしい。だが、そんな綺麗な未来は、今のスバルにはどうしても想像ができなかった。

 なぜなら、スバルが見た予知夢の真実は――エミリアを王にするためだけにルグニカの街を地獄の業火で焼き尽くし、ラインハルトを『剣聖』という名の栄誉から引きずり落として精神的に殺害した、最悪の大罪人としてのナツキスバルなのだから。

 

 いま、自分の弱さのせいでラインハルトをこの凄惨な泥沼に引きずり込んでおいて、彼の行動が自分の理想通りにならなかったからといって、ゲームのリセットボタンを押すように『傲慢』にやり直すのか?

 

 スバルは心の底から恐怖していた。

 あまりにも傲慢の権能を酷使しすぎた代償として、ラインハルトに対する際限のない罪悪感が、自分という人間の精神のなかで、エミリアへの感情をも上回る最も肥大した最大の感情になりかけていたのだ。

 

「――馬鹿な……っ!」

 

 スバルが己の精神の奈落で激しく葛藤していた、その瞬間。

 ラインハルトが、驚愕に目を見開いて突如としてそう呟いた。

 

 見れば、ラインハルトの目前に積み上がっていた瓦礫の山が、内側から激しく爆散した。

 そこから飛び出してきたのは――傷一つなく完全全回復を遂げた、あの赤い瞳のエミリア。

 彼女はラインハルトの想定を完全に裏切り、眼前の最強の騎士をまともに相手にすることなく、その目前を驚異的な速度で横切った。そして、まだ破壊し尽くされていなかった『ある建物』の方向へと、弾丸のように突っ込んでいったのだ。

 

 スバルの存在を完全に無視し、全く別の場所へと飛び込んだエミリア。

 彼女が猛然と突入していったのは、あの『腸狩り』エルザが身を潜めていたはずの、あの酒場の中だった。

 

 直後、鼓膜を激しく震わせる連続的な破壊音が轟く。

 

 凄まじい衝撃によって酒場の構造が内側から粉砕され、建物自体が自重に耐えかねて派手に崩落していった。

 

「え……っ? な、なんだよ……それ……っ」

 

 スバルは太ももの激痛も忘れて、思わず目を丸くした。

 これは、今までのどのループにも存在しなかった、完全に未知のイレギュラーだ。精神汚染に心を乗っ取られたエミリアが、最優先の抹殺対象であったはずのナツキ・スバルを完全に無視した行動を取ったのは、これが初めてだった。

 さらに、ラインハルトが放った『龍剣』の、あの世界を消滅させかねない一撃をまともに食らっておきながら、エミリアの進撃を止められなかったという事実が、スバルの脳髄に凄まじい衝撃を叩きつけていた。

 

「素敵っ! 素敵っ! 本当に素敵よ、貴方……ぁッ!!」

 

 崩壊し、粉塵が立ち込める酒場の瓦礫の奥底から。

 銀髪の自動人形と、漆黒のドレスを血に染めた吸血鬼――二人の規格外の怪物が大気を引き裂いて飛び出し、凄絶極まりない命の奪い合いの幕を開けていた。

 

 ラインハルトは『龍剣』を構えたまま、スバルのボロボロの身体をその広い背中で庇うようにして立ち塞がる。

 そして、眼前で始まった予想だにしない狂気に対して、王国最強の騎士としての正気を取り戻すべく、鋭い空色の瞳でその戦況を冷静に分析し始めた。

 

「腸狩り……。そこに、いたのか」

 

「あいつは、俺たちがシリウスと戦っているときから……ずっとあの中に潜んでやがったんだよ。……だから、フェルトは、多分無事だ」

 

 ラインハルトに向けて、血を吐きながら真実を告げるスバルの瞳には、消えかけていた希望の光が確かに宿り始めていた。

 なぜこんなイレギュラーが起きたのか、その確実な理由は分からない。だが、これはナツキ・スバルにとって、暗黒の状況に差し込んだ一筋の光明だった。

 エミリアの双眸は依然として大罪司教の『憤怒』に汚染され、ドロドロとした赤色に光ったままだ。だが、彼女の壊れた内心は――「眼前のスバルを殺す」という命令から、人殺しの『腸狩り』へと、本能的な防衛対象をすり替えてくれたのかもしれない。

 

「今なら……今あいつがエルザに気を取られている隙なら、エミリアと魂の鎖を繋ぎ直せば……っ!」

 

 スバルは必死にその蜘蛛の糸のような希望へと縋りつこうとする。

 視界の先、繰り広げられているのは凄惨極まりない一方的な惨殺劇。エルザの妖艶な肉体が、エミリアの非現実的な怪力によって何度も、何度も文字通りひき潰され、そのたびに不死身の能力でドロドロと再生し続ける。だが、ラインハルトの『龍剣』の神撃すら全回復させてみせた今のエミリアは、さながら鬼神そのものだった。直視することすら躊躇われるほどの凄絶な光景が、終わりのない地獄のように永遠と続いていく。

 

「――いいや。無駄だよ、スバル。僕には……僕にはもう、わからないんだ」

 

 だが、その微かな希望を打ち砕いたのは、隣に佇む最強の存在だった。

 ラインハルトは、背後で巻き起こるエミリアとエルザの激闘から無造作に背を向けると、血だまりに倒れ込むスバルの方をゆっくりと振り返った。世界を映すはずのその澄んだ空色の瞳は、いまや底の割れた深海のように、酷く昏く黒ずんで見えた。

 

「ラインハルト……?」

 

 何かを決定的に悟ってしまったように、絶望へと顔を染めていくラインハルト。

 一体、世界に愛されたその目に、お前はどんな『世界の真実』を見てしまったんだ。

 

「スバル。……最後に、一つだけ聞かせてほしい。本当に、エミリア様を元に戻す方法は……今の君には、何一つないのかい?」

 

「こ……これから探して、死ぬ気で考えるよ! だから……っ!」

 

 おかしい。何かが、決定的に狂っている。

 なんでそんな、取り返しのつかない現実を見るような哀切な目で、俺を見るんだ。

 

「今が、今が絶好のチャンスだろ……っ。エミリアはさっきまで、ずっと俺だけに殺意を向けて思考を最適化させてたんだ。なのに、その最悪の状況がこうして進展したんだよ。このチャンスを掴めば……っ!」

 

 スバルが必死に熱弁を振るい、そこまで言いかけたところで、言葉が物理的に喉の奥で詰まった。

 目の前に佇むラインハルトの表情が、見ていられないほどに、苦痛に歪んだからだ。

 ラインハルトは、スバルの紡ぐ言葉の意味など、とっくの昔にすべて理解したうえで――その先の『真実』に絶望しているようだった。その残酷な真実を、スバルは知らない。知りたくなどなかった。

 

「エミリア様は……もう、二度と帰ってこない。……あれは、誰にも止めることのできない、『憤怒』だ」

 

 ラインハルトは、自らの震える口調を押し殺すようにそう告げると、あれほどまばゆい光を放っていた『龍剣レイド』を、カチリと音を立てて静かに鞘へと収めてしまった。

 その信じがたい行動に、スバルの思考が凍りつく。ラインハルトがエミリアを殺すつもりを無くしてくれたのだと、そんな風に安心することなど、今の彼の不気味な佇まいからは絶対にできなかった。

 

「誰にも……止めることのできない憤怒、だと……っ  あれはシリウスの野郎が死に際に残した、ただのタチの悪い呪いだろ? ラインハルト、お前にとって……あの大罪司教なんて、超格下の、ただの羽虫みたいな敵だったんじゃねえのかよ…… あんな小物の残した呪いに、世界最強のお前がそこまで言わされるなんて……俺は、絶対に信じたくねえよッ!」

 

 スバルは血反吐をぶちまけながら、自身の弱さに、そして最強の騎士の絶望に対して、あらん限りの怒りを叫び散らした。

 

「スバル。あの呪いの目的は、君を殺すことで今も変わっていないんだ。……ただその目的を果たすために、より確実な行動へと変化したに過ぎない。僕の龍剣でさえ、あの『憤怒』を終わらせることはできなかった。――あれは、あの『嫉妬の魔女サテラ』と、全く同じ類の不条理な災厄だ。僕が何をしようと、すべては千日手の膠着となり、あの呪いを終わらせる手段は存在しない」

 

「サテラ……だと……っ!?」

 

 スバルにとって、到底聞き逃すことのできない単語が鼓膜を打った。だが、その直後にスバルの意識を強引に奪い去ったのは――ラインハルトの背後で、完全に肉の塊となって物言わぬ死体へと成り果てたエルザの無残な姿だった。

 何度殺されても即座に蘇るはずの吸血鬼の再生能力すらも完全に機能停止に追い込まれ、ただの不快な肉片として石畳に捨てられている。その「これ以上ない最悪の結末」の感覚には、ナツキ・スバル自身もこれまで嫌というほど身に染みていた。

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