もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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エミリアの憤怒の正体

 

 

「あっ……!! おい、!!」

 

 そして――エルザという怪物を完全に『終わらせた』エミリアは、無防備に背中を向けたまま立ち尽くす最強の騎士には目もくれず、自らの最大の殺戮対象であるはずのスバルの姿を、その濁った赤い瞳でハッキリと見据えた。

 

 ――次の瞬間。彼女はあろうことか、全く別の方向へと向かって弾丸のように走り出し、その場から忽然と姿を消してしまった。

 

 ラインハルトは、彼女が走り去った方向へ振り返ろうともしない。ただ絶望に染まった顔のまま、地面を見つめて立ち尽くしている。

 

「いなくなったぞ……っ どういうことだよッ !ラインハルト、お前がその目で見ちまったもんを、全部、全部俺に教えろよッ!!」

 

 右太ももに氷の剣が深く突き刺さり、立ち上がることすらできないスバルは、エミリアが一体どこの、何の目的のために向かったのかさえ、知る術すら持ち合わせていなかった。

 

「――――ッ!!! クソッ!!!!」

 

 ラインハルトの、普段の気高く、流麗な英雄の振る舞いからは天地がひっくり返っても想像のできない、汚く、泥臭い絶叫が虚空に響き渡った。その悲痛すぎる憤怒の咆哮に、スバルは完全に言葉を失う。

 見れば――あの無敵の『剣聖』が、その双眸から大粒の涙を流し、ボロボロと石畳を濡らしていた。

 

「あの『憤怒』は……世界を殺しに行ったんだ! その最悪の呪いは、スバルが……君が、君という人間が『死ななければ』、絶対に止まらないんだッ!」

 

 ラインハルトは、血の涙を流すかのように激しく叫んだ。

 

「シリウスの呪いなど……ただの引き金、最初のきっかけに過ぎないんだ。 あの悍ましい『憤怒』の正体は、エミリア様ご自身のものだ……っ! 呪いのせいで、それを内側から押さえつけるはずの理性が、彼女の中のどこにも残されていないんだ……っ! もう誰にも、誰にも止めることはできない……ッ!」

 

 スバルの脳裏に、かつての死線の記憶がフラッシュバックする。

 

 ――ラインハルトの目は、世界の真実を問答無用で見通すことができる。    その正確さは、過去のループにおいて、スバルの『死に戻り』という絶対の禁忌すら正確に言い当てたほどだ。そのラインハルトが、英雄としての冷静さを完全にかなぐり捨てて涙を流し、「スバルが死ななければ、エミリアの憤怒は世界を滅ぼすまで止まらない」と断言しているのだ。

 

「なんで……はは、俺が死ねば、それでよかったのか……? エミリアが……エミリアが俺をずっと殺したかったのを……これまでの日常の中で、必死に理性で抑え込んでたって言うのかよッ!」

 

 エミリアの『憤怒』を終わらせるために、ナツキ・スバルの完全な永眠が必要なのだとしたら――それは文字通り、この世界における『完全な詰み』だ。

 なぜなら、スバルはどれほど凄惨に死んだところで、またセーブポイントへと強制的に『戻って』しまうのだから。そして戻った先の一分前では、すでにエミリアは憤怒の呪いに侵され、取り返しのつかない怪物と化している。

 これは終わりのない生き地獄だと、世界最強によって確定させられたのだ。

 

 スバルはラインハルトから、少しでも、一センチでも遠くへ離れようと、激痛に苦悶の表情を浮かべながらズルズルと血まみれの身体を引きずった。

 

「どこまでも再生し、どこまでも強くなり、どこまでも俺を殺しに来る……。何度繰り返しても何も変わらない……っ。こんな、こんなクソみたいな地獄が、あってたまるかよッ!!」

 

「クソっ!! クソクソクソクソクソクソッ!!」

 

 ラインハルトは両手で自らの顔を覆い隠し、眼前のスバルの存在すら無視して、ただただ己の無力さに対する感情を爆発させていた。そんな弱々しく狂った姿は、あのアヤマツの悪夢のなかのスバルですら、到底想像したことのない英雄の崩壊だった。

 本来のラインハルトは、世界に祝福された英雄だ。エミリアが一般の民衆を、ルグニカの街を殺戮しに向かったのだとしたら、一秒でも早く止めに行かなければならないはずなのに。――今の彼は、その場から一歩も動き出せずにいる。

 

「サ……サテラッ!!!! お前なのかっ!? 優しいフリして、愛してるなんて囁いておきながら……俺をこんな生き地獄に引きずり込んだのは、お前の仕業なのかよぉッ!!」

 

 目の前にラインハルトがいることすら忘れ、スバルもまた、天を仰いで怒りのすべてを爆発させた。この罵倒がトリガーとなって、魔女サテラが顕現し、自分の命を奪いに来ようとも、この理不尽をぶつけずにはいられなかった。

 だって、あいつが設定した死に戻りのセーブポイントのせいで、ナツキ・スバルの運命はもう完全に、永久に詰んでいるのだから。

 

「エミリアも……サテラも……っ。結局お前ら銀髪のハーフエルフは、俺を殺すんだろ……! 何度も……何度も、何度も、何度も、俺に憤怒して、俺を憎んで、おもちゃみたいに弄びやがって……っ!!」

 

 状況を客観的に見れば、二人の銀髪のハーフエルフが裏で手を組み、無力なナツキ・スバルを終わりのない地獄で嬲り殺しにしているようにしか見えなかった。

 

「そんなに……っ、そんなに俺のことが憎くてたまらないなら、優しいフリなんてするなよ!! ひだまりみたいな顔して笑いかけるなよ!! 俺は、俺はこんな理不尽な結末のために……死に物狂いで、頑張ろうとしてたのかよ……」

 

 もう、ナツキ・スバルは、死に戻った先でこれ以上生き足掻こうとする気力すら、その魂から完全に消え失せてしまった。

 

「――それは、違うよ、スバル」

 

 だが、奈落へ落ちゆくスバルの言葉を、ラインハルトは涙を流したまま静かに、けれど明確に否定した。

 

「エミリア様が、君を憎むわけがない。……僕の目が見透かしたあの『憤怒』の正体は、エミリア様の本心が、呪いによって真逆に反転させられたものだ。……つまり、エミリア様はスバルを殺すために、世界を殺そうとしているんじゃない。――彼女は、君以外の『世界そのもの』に対して、誰にも止めることのできない悍ましい憤怒を抱いていたんだよ」

 

 ラインハルトから告げられた、想像を絶する世界の裏返し。

 その信じがたい言葉の質量は――魂を完全にへし折られたはずのナツキ・スバルにとって、死に戻った先で再び泥をすすって生き足掻くための、最後の、そして最大の引き金となった。

 

 エミリアが……あの優しく、お人好しで、傷つくことばかりだったあの少女が、ナツキ・スバル以外の『世界すべて』に対する深い憤怒を――これまでずっと、あの健気な理性の内側で押し殺していたというのか。

 

「エミリア……っ。一体、お前はサテラから、どんな予知夢を見せられちまったんだよ……。俺は……お前のことも……あいつのことも……何一つ、分からねえよ……っ!」

 

 スバルは涙と血を流しながら、すでに彼女のいなくなった、王都の空へと向かって、狂おしいほどの慟哭を叫び続けた。

 

 世界を殺すほどの憤怒を、誰がどうやって抑えられるというのだ。そんな理不尽な感情の嵐、ナツキ・スバルの抱く『傲慢』など可愛く見えるほどに、あまりにも重く、昏い本物の『憤怒』だ。

 

「ラインハルト……っ。俺は……俺は、お前に謝らなきゃいけないことが……死ぬほど、あるんだ。俺が予知夢のなかで、お前に何をしたか……そのすべてを、俺は裁かれなきゃいけない……。でも、お前にだけは、お前の手でだけは……殺されたくねえよ……っ」

 

 スバルは涙と血に塗れた顔を歪め、喉の奥から己の醜い本心を絞り出した。

 

「俺は……このまま全部から逃げ出したいんだ……。もう、あんな、世界を滅ぼすほどの憤怒を向けられたくない……。全部、全部放り出して、どこか遠くへ逃げたいし、いっそもう、消えちまいたい……。俺は、誰からも許されちゃいけない最悪のクズ野郎だって、自分が一番よく分かってるけど……だけど、もう……っ」

 

 ザッ、と石畳を踏みしめる音が響き、ラインハルトが血だまりに倒れるスバルの元へとゆっくり近づいてくる。

 

 ――キィン、と凍てつくような澄んだ金属音が鳴り響き、再び『龍剣レイド』がその鞘から引き抜かれた。

 世界最強の剣は、いまや動くことすらできない、こんな惨めな雑魚のナツキ・スバルですら、斬るべき『正当な敵』として選んだというのか。

 

「――その気持ちを、僕は一生忘れないと、魂に誓おう。スバル……最後に、君の胸にあるもののすべてを、ここに吐き出すんだ」

 

 ラインハルトの口調は、絶望的なまでに暗く、不気味なほどに落ち着き払っていた。すでに彼の精神のブレーキは、スバルの傲慢な搾取によって完全に破壊し尽くされている。

 

「俺は……俺はお前を殺したんだよ…… ルグニカの街に最悪の火を放って、何もかもを焼き尽くして……『剣聖』としてのお前を、俺の我が儘で、俺が殺したんだ…! 俺はお前のその、誰も届かない圧倒的な強さに嫉妬して……俺の歪んだ目的を果たすためだけに、お前を使い潰して殺したんだよ…… ごめんなさい、ごめんなさい……ずっと、ずっとお前に謝りたかった……っ! でも、それでも……それでもお前にだけには殺されたくないって、こんな期に及んで、今でも醜く思っちまってるんだよ……」

 

「なぜだい?」

 

 ラインハルトは冷徹に、けれどどこか慈悲を孕んだ空色の瞳でスバルを見下ろし、静かに問いを重ねる。

 

「まだ……まだ、俺はお前に、何一つとして返せてねえから…… 俺は、お前の見ていた予知夢に出てきた、立派な『俺』とは、似ても似つかねえ偽物で、違いすぎるんだ…… 何の正しい道も示せてねえし……お前を救うどころか、クソの役にも立たなかった…… 申し訳ない……っ、本当に、申し訳ない……っ!」

 

 スバルが頭を石畳に擦りつけ、血反吐を吐き散らしながら慟哭する。

 そんな少年の頭上へと、ラインハルトは静かに、けれど一切の迷いなく『龍剣』の切っ先を構え直した。

 

「――ありがとう、スバル。君は……僕にとって、『真の英雄』だ」

 

 ラインハルトの放った絶対の閃光――それは、心身ともに限界を迎えていたナツキ・スバルに対して、一瞬の苦痛に悶える暇すら与えはしなかった。

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