もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公) 作:ああ
「――ここから……生き延びてみろ! ……ナツキ・スバル!!」
シリウス・ロマネコンティが遺した、最悪の断末魔。その反復される呪いの言葉とともに、ナツキ・スバルの再挑戦が幕を開けた。
スバルの状態は、全身大火傷の凄惨な肉体。
そして眼前に佇むのは――シリウスの『憤怒』の精神汚染の呪いに完全感染し、あの『嫉妬の魔女サテラ』と同等レベルの厄災と化した、世界への濁った憤怒を抑えきれなくなった血の目のエミリアだ。
スバルは前回のループでの、あの救いようのない完全な失敗を脳裏に思い返す。
世界最強の騎士ラインハルトをここに呼べば、彼はスバルを救うためにエミリアを『排除すべき問題』として認識してしまう。そして、それは物理的に不可能だった。ラインハルトが放ったあの『龍剣』の神撃を以てしても、エミリアは無傷へと全回復してしまったのだ。
さらに最悪なのは、その一撃を経てエミリアの最適化される行動が、「スバルを確実に殺害するためには、優先的にスバル以外の『世界そのもの』をすべて殺戮し尽くせばいい」と、変化してしまったことだった。ラインハルトのあの澄んだ空色の瞳が、この終わりのない精神汚染を終わらせる条件として「スバルの完全な死」しかないと絶望とともに見抜いてしまったのが、その決定的な証拠だ。
「俺じゃ……無理だ……」
スバルは石畳の上に棒立ちになったまま、現実から逃避するように固く目をつぶってしまった。
一秒でも早く目を開けて行動を起こさなければ、すでにこちらへと凄まじい初速で走り出しているエミリアの怪力に、一瞬で轢き殺されて肉塊に変えられる。それでも、どうしても目を開けることができなかった。
スバルの全く知らない、エミリアがその健気な理性の内側でずっと押し隠し、抑え込んでいたという、世界すべてに対する悍ましい憤怒の質量。
あまりの重さに圧倒され、とても自分のような無力で臆病な引きこもりの少年にどうこうできる問題だなんて、逆立ちしても『傲慢』には思えなかったのだ。
絶望の淵に呑み込まれ、心根が完全に破滅へと向かう中、スバルの主観的な体感時間だけが走馬灯のように狂おしくスローモーションへと引き伸ばされていく。
このままでは、いけない。頭では分かっている。だが、正気のエゴや、真っ当な正攻法の綺麗事では、このセーブポイントの完全な『詰み地獄』を乗り越えることなど絶対にできない。
――だが。もしも、あいつなら?
世界に愛されたラインハルトでさえ解決できなかったこの不条理な戦況を、最も最悪な手段で、確実に解決できる『最悪の存在』を、スバルは一人だけ知っている。魔女サテラに見せられたあの傲慢の予知夢のなかで、その男が犯したおぞましい所業のすべてを、この脳髄はハッキリと記憶している。
記憶はある。だが、それは過去のタイムラインでの所業だ。自分は、あのエミリアを自分の我が儘のためだけに利用し尽くした『傲慢』の怪物にはなりたくないと心に決めていたからこそ、今まで同じ狂気に手を染めることができなかった。
「……弱い、俺のままじゃ……あの圧倒的な憤怒には、これっぽっちも対抗できねえ……っ」
今のエミリアの憤怒が、世界を滅ぼす嫉妬の魔女サテラに並ぶ厄災だというのなら、この無能なナツキ・スバルではどう足掻いたって勝てるわけがない。
不条理な狂気に対抗できるのは、それを遥かに凌駕する『本物の狂気』だけだ。
エミリアとサテラという二人の厄災に対抗できる悪魔がいるとしたら――それは、自らの狂おしいエゴのためだけにルグニカの国を地獄の業火で焼き尽くし、世界最強の剣聖を社会的に殺害し、エミリアを絶対の王座に就かせて、自らの人生に満足して逝った、あの『傲慢のナツキ・スバル』だけだった。
『――俺を見ろ。俺だけを見て、俺を憎んで、俺という存在をお前の魂に刻み込め』
あいつの不敵な声音が、スバルの脳内の奥底で、静かに囁いた。
『俺が必ず、何をしてでも、エミリアを救ってみせる。――だろ?』
もう一度、あいつの声がスバルの脳髄を直接揺らすように激しく吠えた。
スバルは思わず、閉じていた両目を引き裂くように思いきり見開いた。
「――俺を、エミリアを助けてくれッ!」
世界で一番遠ざけようと誓い、絶対に違う、綺麗な道を歩こうと決めていたはずの『もう一人の自分』を唯一の接続対象に定め、スバルは傲慢の権能『魂の鎖』を、己の内側へ向けて狂ったように発動した。
あいつとの、時空すらも超越した魂の接続がガチリと形成される。
スバルがその昏い存在のすべてを拒絶せず、無条件に受け入れたことによって――ナツキ・スバルは本当の意味で、あの『傲慢の予知夢』を丸ごと自らの支配下へと完全に掌握した。
『――おう! 助けに来たぜっ!』
この世界のどこにも実在しない、自分の壊れた脳内にしか存在しない、他人から見ればただの惨めな精神分裂の妄想と言われても否定できない影。決してそのおぞましい生き様に感銘など受けないし、受けたくもない、最悪の男だ。
だが、この男だけは――今この目の前にある最悪の『詰み』を、いとも容易く、最も最悪な方法で解決できる絶対的な力があると、スバルの傲慢な魂にそう確信させるだけの、圧倒的な器を持っていた。
カチリ、と世界の時間が静止した。
この『傲慢』の接続が、スバルに対して、正しい絶望の道を選択するための思考の猶予を強制的に与えてくれているのだ。
藁をも掴む、猫の足でも借りたいという領域をとうに通り越した、自らの奈落の底にしか残されていなかった最後の縋れる救い。その狂気にすべてを賭けてでも、悪魔に魂を売る覚悟を決めるしかなかった。
『――魔女教大罪司教、傲慢担当、ナツキ・スバルだ! まぁ、俺はもう自分の人生に100%満足して死んじまってるからよ。これはただ、他人がやってるゲームのプレイングが下手くそすぎて、横から見ててモドカシイから口を挟んでやるっていう感じの、ちょっとしたアシストだと思って気楽に聞いてくれよ?』
脳髄に響く軽薄な声は、紛れもなくあの予知夢のなかで最悪を尽くした自分そのものだった。だが、聞こえるのは声だけ。姿は見えないし、自分にしか聞こえないただの幻聴のようなものだろう。
それでも、奴がこの期に及んでヘラヘラと軽口を叩いていることだけはハッキリと分かったから、スバルは盛大に舌打ちを一つ噛み潰しておいた。
「……何笑ってんだよ、クソ野郎。ふざけていい場面じゃねえんだよ……っ。俺にはもう、どうしていいか、何が正しいのか分からねえ。……でも、お前ならどうする? お前なら、どうやって……あのエミリアを救うんだよ?」
世界で一番悪いこの男に救いを求めるなんて、人間として完全に間違っている。だが、その対象がエミリアのことになるなら――話は、全くの別次元だった。
例え自分の歩む人生じゃなかったとしても、エミリアを助けるためなら、この男は喜んで悪魔の知恵を貸してくれると、スバルの歪んだ『傲慢』の確信がそう告げていた。
『簡単だろ、俺。――全部捨てちまえよ。エミリアを完璧に救い出すために、お前が今抱え込んでる捨てられるもののすべてを、な』
「俺に……捨てられる、すべて……?」
『まず、その異世界召喚のご褒美みたいな、便利なチート特典な。あんなもの俺のルートには最初からなかったし、そんな甘え、お前にも今後一切いらねえよな? ――次に、魔法だ。お前はただの地球人だろ? 本来持ってない不釣り合いな力なんて、大事そうに抱え込んでんじゃねえよ。――あとは、エミリアたんの「綺麗な心」かな。今後一生、絶対に消えねえくらいの特大のトラウマを、あの子の魂に深く刻み込んでやれよ』
「エミリアたんって、何なんだよその呼び方……」
どこまでも身勝手で、どこまでも傲慢な言葉だ。大罪司教を自称するだけあって、狂気が言葉の節々からどろどろとにじみ出ている。だが、同時にスバルにはハッキリと分かった。この最悪の男には、正攻法では絶対に解けないこの大詰みを完璧に破壊し、無理やり未来へ進むための冷徹な道筋が、明確に見えているのだと。
ここで、綺麗事にこだわって駄々をこね、結局誰一人救えずに地獄をループし続けるのが今までの無力な俺だというのなら――そんな生温いプライド、今この瞬間にすべて捨て去ってしまえ。
「――やるしかねえ! 運命様、上等だ!」
これは、断じて詰みセーブなんかじゃない。己のドス黒い傲慢さを受け入れ、都合よく抱え込んでいた大事な物をすべてドブに捨てれば、まだ血塗られた未来へと進める泥濘の道が残されている。
『ハッ、物分かりが良くて助かるぜ、俺。まぁ、あくまで俺だったらこうするっていう想像に過ぎねえけどな。本当の俺はもう後腐れなく成仏して満足死しちまってるはずだからよ、今のお前が聞いてる声なんて、ただお前にとって都合のいい、狂った妄想みてえなもんだ。――汚い自分を、トコトン受け入れることだな』
「上等だよ……っ! もしこれで失敗したら、地獄の底で全部お前のせいにしてやるからな!」
スバルは涙を拭い、自らの脳髄に響く『傲慢』の幻聴に対して、負けじと不敵な軽口を叩き返してやった。
もう、腹は決まった。綺麗なナツキ・スバルは、今ここで死んだ。
『ハッ……! 誰に向かって物言ってやがる、俺――。さぁ、始めようぜ、俺たちのゲームを』
どっち派?
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