もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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ナツキスバルらしい最適解

「――『シャマク』ッ!!!!」

 

 これが、俺の人生のなかでの、本当の本当に『最後』のシャマクにする。スバルは最初からそう心に決めていた。

 もう、自分がこの凄惨な痛みから逃げるためだけに、この魔法に甘えたりはしない。そんな、ただの延命のためにしか使えないのなら――こんな歪な異世界の力、今ここで丸ごと捨て去ってしまえ。

 

 この、魂を乗せた一回きりの『シャマク』の代償として、ナツキ・スバルは己のなかに眠るすべての魔法回路――『ゲート』を完全に犠牲にした。取り返しのつかない破滅の音が内側で響き、ゲートは跡形もなく完全崩壊する。スバルはもう、この先の一生において、一切の魔法が使えない身体になった。

 無敵の剣聖も、超常の異世界特典も関係ない。ナツキ・スバルは、ただの、何一つ持たない無力なナツキ・スバルへと戻る。

 

 だが、その全喪失という凄まじい犠牲と引き換えに放たれた漆黒の闇は、大通り全体を丸ごと飲み込むほど驚異的な範囲へと膨れ上がり、迫り狂っていたエミリアの全五感を完全に圧殺した。彼女から視界を、感覚を、完璧に奪い去り、ナツキ・スバルの存在を世界から完全に隠蔽してみせる。

 

「これが……これこそが俺だ……ッ。これが、俺の、泥臭い戦い方だろ……っ!!」

 

 ナツキ・スバルらしい戦い方。それは、強者に正面から立ち向かう英雄の挙動などではなく、みっともなく、格好悪く、必死に地を這う『逃走』だ。 ゲートをドブに捨てて稼ぎ出した闇のおかげで、辛うじて猶予は生まれた。だが、通常のシャマクの発動時間程度では、この大詰みを打開するには到底足りない。もっと、もっと決定的な時間を稼ぎ出す必要がある。

 スバルは爛れた五体の激痛に歯を食いしばり、必死に足を引きずって走り出し、近くを流れる川にまたがる、巨大な橋の『石柱の裏』へとその身を深く潜めた。

 

 やがて、大気の一角を塗り潰していたシャマクの効果時間が終了し、黒霧が静かに霧散していく。

 そこに取り残されたエミリアの赤い双眸は、完全に獲物の位置を見失っていた。

 

「――――」

 

 スバルは石柱の冷たい裏側に細い身体を縮こまらせ、自身の口を両手でこれでもかと強く押さえつけ、荒い呼吸の音すら徹底的に殺して隠れた。

 みっともなくていい。弱虫でいい。これが、俺らしい戦いなんだと、必死に恐怖する自分を鼓舞し続ける。

 

 そして――次にスバルは、視界の先で立ち尽くすエミリアを対象に定め、己の脳内から『魂の鎖』のバルブを限界まで開放した。

 これが、俺の人生のなかでの、本当の本当に『最後』の傲慢の権能の発動にする。スバルはそう決めていた。

 もう、弱い本来の自分を偽るために、ラインハルトのような都合の良い誰かから力を借りたりはしない。そんな、自分を守るためだけにしか使えない傲慢なら――今ここで、エミリアのために使い潰して捨て去ってしまえ。

 

 この一回の稼働は、今までのどんな発動とも全く意味が違っていた。

 前回のループで、ラインハルトを呼んで絶望のどん底に落とされたあの最悪の失敗は――決して、無駄なんかじゃなかったんだ。今回のこの命懸けの勝負が、あの失敗のすべてに、最大の『意味』をここで与えてみせる。

 

「お前の……お前のその、重すぎる憤怒を……俺が全部、消してやる……っ!!」

 

 本来の『魂の鎖』の接続は、互いの正気を消費し合いながら、力を送り合うやり方だった。だが、今のスバルが鎖の回路を通して実行したのは、エミリアの精神を蝕むあの『憤怒の呪い』のすべてを、スバルが引き受けるというものだった。

 

 ラインハルトが最期に、その審判の目で真実を暴いてくれたおかげだ。

 エミリアの憤怒の正体は、スバルへの殺意などではなく、スバル以外の『世界すべてへの憎しみの反転』。

 この決定的な事実を理解できていなければ、これまでのループのように、どれだけ魂の繋がりで彼女を正気に戻そうとしても、ただ自動人形に対して殺戮の燃料を都合よく貢ぐだけで終わっていただろう。

 だが、今のスバルが利用したのは、エミリアのなかに眠る『憤怒の反転』そのものだ。歪んでいるとはいえ、その感情の「正体」と「居場所」がハッキリと割れているからこそ、スバルは『魂の鎖』の権能を無理やり楔として打ち込み、彼女の心を侵食する憤怒をダイレクトに奪い取ることができる。

 代わりに、スバルがこの魂のパイプを通じてエミリアの奥底へ送り付けたのは――ナツキ・スバルのなかに眠る、歪みきった『傲慢の反転』だった。

 

「――っ、く……!!」

 

 スバルは石柱の影から、息を殺してこっそりとエミリアの様子を伺った。すでにシャマクの霧は完全に晴れ去り、大通りの中心に佇む彼女の姿がハッキリと視界に映る。

 スバルが『魂の鎖』を異様な形で駆動させた瞬間から、それがただの力の発動ではないと本能的に悟ったのだろう。無意識のうちに最適化を繰り返す彼女の行動原理は、「今すぐ、この奇妙な感覚の接続元であるスバルを見つけ出して確実に殺害する」という、最も原始的で獰猛な殺意へと変化していた。

 エミリアはスバルの気配を狂おしく探すべく、スバルが真っ先に隠れていそうな、大通り沿いの最も近い建物のなかへと足早に入っていった。

 

 石柱の裏に縮こまるという、まさに灯台下暗しに等しい原始的な隠れ方だけが、今のスバルの命を辛うじて繋ぎ止めている。だが、彼女の索敵能力が、いつこの死角に牙を剥くかは分からない。スバルの全身を、どろどろとした生々しい不安と恐怖が支配していく。

 

 ――スバルはエミリアの心から反転した『憤怒』の濁流を受け取り、代わりに自らのなかに眠る反転した『傲慢』を、鎖の限界を超えて送り付け続ける。

 これによって彼女の内側で起こる現象は、魔女因子同士の凄絶な『相殺』だ。

 エミリアの脳髄を支配していた憤怒の精神汚染の量は、鎖を通じて確実に、明確に減り続けている。それは今、スバルの方へと音を立てて移動しているのだ。傲慢の魔女因子を宿している限り、スバル自身は他者からの精神汚染が一切効かない特殊な体質のなかにいる。だが、エミリアの憤怒を受け取る代償として、自身の『傲慢の因子』を彼女へと切り売りして差し出さなければならない以上、スバルの手元に残された傲慢の権能の残量は、秒単位で確実に、明確に減り続けていく。

 

 この命懸けの相殺が終われば、エミリアはきっと、あの最悪の憤怒の呪いから解放される。

 

 ――だが、その美しい未来の光を掴み取るためには、ナツキ・スバルが持つ大罪の権能そのものを、この手で完全に捨てることが必要不可欠だった。

 

 魔女因子がすべて消滅し、権能が完全に消え去るその瞬間まで、ナツキ・スバルは絶対に死ぬわけにはいかない。

 今のスバルは、ゲートを壊し、身体能力のバックアップも失った、ただの、本当にただの不登校の高校生だ。もしこの至近距離でエミリアに見つかってしまえば、今度こそ躱すことも、逃げることもできずに一瞬で圧殺される。

 だからこそ、弱虫のように冷や汗を流し、情けなく逃げ隠れながらも、この綱渡りの大博打にすべてを賭けて耐え忍ぶしかなかった。

 

「……進むんだ、っ。未来に……っ、正しい未来へ……っ!!」

 

 進んでいる。確実に、ナツキ・スバルの物語は前に向かって進んでいた。

 エミリアを蝕んでいた憤怒の汚染がみるみる減退していく。引き換えに、スバルの宿す傲慢の権能の繋がりが、パチパチと音を立てて明確に崩壊していく。

 これまでのループのなかで、どれほど死を重ねても完全な『詰みセーブ』だと絶望させられていたこの理不尽な戦いにおいて――これほどまでに、ハッキリと状況が進展したことなど、ただの一度だってなかった。

 

 この、もう一人の自分が示してくれた最悪で最善の道を信じて、残されたすべての財産を賭ける。

 何かを犠牲にして捨て去らなければ、この残酷な世界では、何一つとして変えることなどできないのだから。

 

 あの、予知夢のなかで最悪を尽くした傲慢の大罪司教が、エミリア以外の世界のすべてをドブに捨て去ることで、最期に心からの『満足死』を手に入れたように。

 ナツキ・スバルは今、エミリアとの輝かしい未来の日常を取り戻すために――自身が抱え込んでいた、捨てられるすべての異世界特典を、喜んで生贄に捧げるのだ。

 

「……あ、っ――」

 

 スバルの唇から、掠れたか細い悲鳴が漏れ出た。

 火傷で爛れた全身からドッと冷たい脂汗を吹き流し、石柱の影に隠れて、五体をガタガタと激しく震わせる。

 ずっと、ずっと怖かった。今にも、この薄暗い影が彼女の赤い瞳に見つかってしまうのではないかと、その恐怖だけで心臓が破裂しそうだった。

 

 ――そして。

 カサ、リ。と、恐ろしいほどにすぐ近くの至近距離から。

 冷たい石畳の上の草むらを、容赦なく踏みしめてにじり寄ってくる、確かな『足音』がスバルの鼓膜へと迫っていた。

 

 こんな、誰の目にも留まらない泥臭い戦い方こそが自分にはお似合いだと自嘲してはみても、この残酷な世界というやつは、惨めな姿でどれほど必死に頑張ったところで、ナツキ・スバルを都合よく許してはくれない。

 

 ――ザザ、と容赦なく距離を詰める不吉な摩擦音。

 この石柱の裏にまだ見ぬ獲物が隠れていないか、その生存を冷徹に確かめるように。

 

 ぬっと影を落として覗き込んできたエミリアの、どろどろとした憤怒の血の瞳と――最後の権能を全身全霊で駆動させながら、圧倒的な死の恐怖にガタガタと震え続けるスバルの、涙に濡れた紫紺の瞳が、至近距離で真っ向から合致してしまった。

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